UBAKAWA

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梗 概

UBAKAWA

ある日東京上空に円盤が現れる。
 そのため、東京は常に真っ暗な都市になってしまう。
 円盤から、総理大臣のもとへ1体やってくる。その1体は、あらゆる人間の姿に変異してみせる。
 総理の前で総理のすがたかたちをして見せ、総理に円盤が来た目的を訊かれる。「目的を言えばどうしてくれるのか」、と、偽総理が言うと、人間の総理は「望みのものを与えるかどうか前向きに検討する」と言う。
 そこで偽総理は、「男と女と、ひとりずつ、つがいでほしい」と言う。
 前向きに検討された結果、総理の地元から中年の姉弟が東京へ連れてこられる。 
 中年の姉弟は無職で、地元に夢も希望もなかったので、最期に東京で遊ばせてもらう条件でやって来た。姉弟の目には、東京はただ暗いだけで、朝の時間の満員電車も、夜の時間の繁華街もテレビで見たものと全く同じで混乱もないように思える。 
 肩透かしな気持ちで、円盤人の前にふたりが立つと、円盤人はちょうど半分ずつに擬態してみせる。ふたりは昔のテレビで見たアニメのキャラクターみたいだと思う。
 円盤人は人間がつがいで入手できたので喜んでいたが、姉弟は円盤人の思い違いに気づく。
「自分たちは血のつながった姉弟なので、円盤人が期待するような繁殖はできない」と言う。
  円盤人は「構造上可能なはずだ」と言うが、「血が濃すぎると良くない」とふたりは言い返す。円盤人には、「血」という概念が理解できない様子だったので、姉は持っていたソーイングセットの針を取り出し、自分の指を突いて見せる。
  赤い血が出ると、円盤人は興味を示し、「自分もそれで突いてくれ」という。姉が躊躇するので、弟が思い切り針で円盤人を刺してやると、円盤人はその穴から桃色の気体を排出し、皮だけを残してしぼんでしまう。
  円盤人の皮は、気体が抜けたあとは透明状になり、ゴム状に伸び縮みした。弟が皮をかぶると姉に、姉がかぶると弟の姿になった。
  姉弟は、誇らしい気持ちで総理のもとに戻ったが、ふたりは警官から銃を向けられてしまう。円盤は相変わらず東京上空にとどまったままだったので、円盤人が姉弟に擬態したのだと疑われたのだった。
 ふたりは絶望し、円盤人の皮を伸ばしてふたりでかぶり、周囲の人に擬態しながら逃げ出す。
 そして、スカイツリーに上ると、円盤から降りてきた階段の入口に立つ。透明な壁があるようで、登れないが、円盤人の皮をまとうとセンサーのように壁が光って反応し、円盤の中に乗ることができる。
  姉弟は皮を枕にして円盤の中で眠ってしまう。起きたときには、地球ではない惑星に着いている。
  姉弟は薄く伸ばした皮でボディスーツをふたり分作り、おそるおそる外に出てみると、薄もやのようで外皮を持たない生物が出迎えてくれる。
「そんな窮屈な皮は脱ぎ捨てるといい」
  脳に響くコンタクトがあり、姉弟はお互いの顔を見合わせた。

 

文字数:1183

内容に関するアピール

「最新技術なんかきらいだ」
と叫びながら今回の梗概を書きました。最初はイソギンチャクの話でした。2回目に電子皮膚の話になりました。
電子皮膚があったら顔に貼れば化粧しなくていいなあ、いいなあ、という程度の知識しか頭に入ってきませんでした。
最新技術×昔話=温故知新、ということで(?)姥皮の話をモチーフにして話を組立てました。

今回も聴講生の縦谷痩さんにアドバイスをいただきました。そしてうまく反映できませんでした。申し訳ありません。2回も読んでくださって本当にありがとうございました。
電子皮膚
https://wired.jp/article/electronic-second-skins/
姥皮
https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000237657

文字数:384

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UBAKAWA(未完)

 水道からは温かい水が出た。熱いような気さえした。夜の間も、一向に冷めなかったらしい。ナミはため息をついた。市営住宅の7階なのに、階段もない。困らないのは水圧だけだ。
「テレビ消したら? うるさいよ」
 とナミは言った。台所に立って、ナギに背を向けて茶碗を洗っていた。
「聞こえてる?」
 とナミが振り返った。ナギは仕方なくボリュームをしぼる。水音が大きくて、コメンテーターが何を言っているのかわからなくなったけれど、字幕がついているから支障はない。もちろんまだブラウン管テレビである。
〈東京を襲う銀色の物体の謎〉
〈謎の円盤からメッセージが発せられているというデマに注意〉
〈下りの新幹線は子連れの家族で満席〉
〈都民困惑、日照時間低下による体調不良続出〉
〈110番がパンク、不要不急の110番は自粛するように〉
〈臨時閣議、連日続く〉
 東京の空が、いくつもの円盤で埋め尽くされている様子が映し出される。
 電気が煌々と灯り、夜の景色のようだ。
〈電気代高騰、一時金支給検討〉
 晴れることもあるらしい。円盤がくるりと旋回したりすれば。ほかには、雨が降ったりすると、円盤は高度を上げ一時見えなくなる。しかし、今年は空梅雨だった。
「東京はたいへんだねえ」
 とナギは寝転がりながらお腹をさすった。中年になって下腹が少し出て来たようだ。さっき食べたうどんがお腹の中で蕩けていっているイメージがうかぶ。今日も素うどんだった。フードバンクでもらえるものは炭水化物ばかりだ。お中元のあまりの冷や麦。そうめん。ジュースやジャム、塩をもらえるときはいいが、米がないのに炊き込みご飯の素や、ポン酢、ドレッシングばかり続くときはつらい。ナミが手を寝巻のTシャツで拭きながら食卓に戻ってきた。ナギは水みたいなお茶を飲んでいた。茶葉を何回も煮出したせいだ。「ナミ、もう少ししたら出かけないと」
 ナミは返事もしないが、お互いに考えていることはわかった。ナミとナギは双子の姉弟だ。ナミの肌には吹き出物ができていた。ナミはずっと便秘で、腹がふくれて突っ張っていた。若いときには、洋服や髪型で似ても似つかない二人だった。それが40歳を過ぎてから似て来たのだった。互いに無職だから、洋服はいつもジーンズにTシャツ。髪は脂っけもない白髪交じりの短髪、少し腹の出た猫背、と、シルエットが似てきて、顔つきも親に似てくると、性別がわからなくなってきたようでさえあった。親は10年以上前にふたりとも死んでいるけれど、そういえば、似たもの夫婦だったかなあ、と思う。
「今日は何が食べれるかなあ」
「漬物とおにぎり以外のが食べたいよなあ」
 二人はマリンブルーのTシャツに着替えた。ナミがMサイズでナギがLサイズだ。同じものを毎日着るから、首元がよれて着ている。でも、清潔な格好でいかないと事務所に入れてもらえないから、帰宅すると慌てて脱いで洗って、できるだけ部屋の風通しがいいところに干しておく。
「うえ、生乾きっぽくね?」
 ナミも匂いを嗅いで、すこし顔をしかめるが、
「しょうがないよ」
 と、100均一で買った衣服用消臭剤をかける。科学的なバラの匂いが部屋に充満する。トイレによく置かれている芳香剤みたいな匂い。昨日のうちに寝押ししておいたスラックスを履く。これも膝と尻のあたりがテカテカしてしまっている。
 二人の家から、手伝いに行く選挙事務所まで2キロ程度ある。あぜ道には陽を遮るものがなく、汗が噴き出す。宣伝もかねて自宅からTシャツを着ることが推奨されている。背中と胸元にはさりげなく政党名が書かれている。汗染みができないか二人はハラハラする。さっき振りかけた香料の匂いが、襟元から立ち上ってきてむせそうだ。
 事務局はひどく冷房が効いている。汗が冷えて寒気すら覚える。二人は取り仕切っているボランティアの年かさの女性に挨拶し、今日の仕事を支持してもらう。ナミは分厚い名簿をもらい、電話かけをする。裏返るほど高い声を出し、指示だしをした女性にちゃんと聞こえるようにする。
「○田珠夫をぜひ……」
 数字の羅列に上から順に電話をかけていく。何回もやっていることだから、どの人が感じがよくてどの人から罵られるかはわかっている。電話したあと、手応えを○(投票OK)、△(投票決めていない)、×(拒否)の三段階にわけて票に記入していく。よっぽどの拒否感がなければ、○をつけておく。そうしないと事務局がピリついて二人のようなボランティアに当たりがきつくなるから。
 ナギはひたすら紙を折る。もしくははがきの宛名を書く。二人の母親が元気だった頃、ナギは書道を習っていた。だから字はそれなりにきれいに書ける。宛名はきれいすぎてもだめで、素人が書いた感じをださないといけない。そして、名前の漢字は絶対にまちがえないこと。ナギはこの2点に関しては神経を使っている。
 紙をきれいに折るには、オロナミンCのような栄養ドリンクの丸みを利用する。軽く折り目をつけてから、その上に瓶を転がす。爪だと折り目がはっきりしすぎてしまうが、瓶で押さえると均一に圧がかかるのできれいに折れる。
 二人は一心に仕事をこなす。心を殺す。お腹がすき始める。
「日本の未来は○田にお任せください! 子育てのしやすい社会、みんなが尊重される社会へ」
 ふと目を上げるとマニフェストが見える。毎年、毎月、どこの選挙でも聞く手垢のついたマニフェスト。
 出汁の温かいにおいがして、二人は顔をあげた。とろろ昆布と薄いかまぼこが浮いたうどんだった。おにぎりと、たくあんが添えてある。
「どうぞ皆さん手を休めて」
 他にも茶菓子をもらう。乾いたあんこが入ったまんじゅう、かりんとう、サラダせんべい。他のボランティアが食べ残した茶菓子はポケットにしまう。
 うどんを食う。冷凍うどんを煮て出汁パックを振りかけた味。それでも食べる。あまった出汁におにぎりを浸して出汁も飲み干す。口の中にしょっぱさが残る。もらった飴でごまかす。ナミとナギは顔を見合わせる。外れだな、という評価をしているのを互いに読み取る。さっさと食べてしまうと、また手を動かす。比較的若いのはナミとナギぐらいだ。日中に選挙事務所の手伝いができるのは無職の高齢者か、「意識が高い」学生か、身内ぐらいのものだ。
 余ったうどん玉を帰りに持たせてもらう。
 二人が事務所から出たところで、髪を七三に分けた議員秘書から声をかけられた。青く剃り上げられた髭に、二人の一ヶ月の生活費を合わせても、彼のスーツのカフスボタンひとつ買えないに違いない。
「仕事を探しているんじゃないですか」
 秘書はにこやかに言った。彼がニコニコしているところを二人は初めて見た。いつも厳しい顔で事務局長に威張り散らしている様子しか見たことがなかった。
 二人はうなずく。
「ちょうど、君たちみたいな人材をさがしていたんだよ」
二人は目を見合わせた。

 ナミはバッグに何を詰めようか悩んでいた。
「そんなに荷物いらねえんじゃね?」
とナギがため息をついた。
「持てるのかよ。支度金でキャリーバッグ買おうっていったろ」
「だって、どうせ二度と使わないバッグじゃない、それなのに支度金つかうなんて」
 ナギは化粧をしていた。めったにしない化粧なので、顔は真っ白で、唇は真っ赤である。 新しい下着と、東京で着るためのスーツ上下を購入した。二人ともスーツを着るのは初めてで、スーツに合わせた靴を買うのは失念している。これは東京に行ってから気づくことになる。
「向こうで遊ぶお金が減るでしょ」
「何したらいいんだろうな、100万円なんて使い切るかな」
「風俗でもいけば」
「うっわデリカシーねえな、おまえ」
 ナギは笑いながら台拭きを投げた。食卓の上には、骨付きチキンと買ってきた寿司と、ホールケーキが食べ散らかされていた。もう明日には家を出て二度と戻らないので、食器も洗わなくてもいい。ケーキは切り分けもせずおのおのがフォークで掬って食べた。二人とも腹いっぱいで、だらだら続く将来に対する不安も消えていた。
 秘書が言うには、円盤から政治家たちのもとに使者が来て、男女一人ずつ用意することを所望したという。秘書がにおわせたのが、繁殖目的に男女がほしいと言ってきたのではないかということ。赤の他人の男女を「派遣」してもいいが、おめおめと円盤側の利益になりかねないものを提供してやることもない、という結論に達したのだろう。
 二人はそんな、円盤と政府の考えはどうでもよかった。気になったのは支度金が支給されるということだけだった。
 各政治家は、地元でいなくなってもいいような人間を探したのだろう。そしてことごとく挫折したことだろう。おそらく、使者に引き渡されたあとは、決して戻ってこられないだろうから。
 二人は生きることに倦んでいた。二人とも氷河期世代で、今まで定職についたことがなかった。親が死んだ後は、実家に住み、単発の仕事をこなし、食べ物にありつけることがあればなんでもした。二人とも怠惰ではなかった。しかし、地方都市ではろくに仕事がなかった。東京か、大阪に出ることも考えたが、引っ越しの元手を貯めることすらままならなかった。 生活保護もうけず、どうにかはやっていけるギリギリのラインではあった。まさに食いつなぐだけで精一杯だったのだ。
 部屋の鍵は開けっぱなしにしておいた。解約手続きのために市役所にもいかなかった。政府がすべてつつがなくやってくれるというので。二人が生まれ、育った住宅だったが、なんの思い入れもなかった。父親が吸っていた煙草で壁紙が黄色くなっているのと、母親が倒れたときに畳が赤く汚れたのも、ただの日常の景色であって、地元を離れるというような感傷を誘うものではなかった。
 高速バスを乗り継いで東京へ向かった。夕方に家を出て、着いたのは翌日の昼過ぎだった。バスを使ったのは羽田も成田も航空機の離発着が出来なかったからだ。二人はすぐに山手線に乗った。自由時間は明日の正午までだった。
「やっべ、高輪ゲートウェイってほんとにできてる」
 ナギが大きな声で言ってしまう。しかし、7割がたいた乗客は誰もナギに注意を払わない。
 二人は、支給されたスマートフォンを使って会話した。
〈渋谷ってハロウィンがあるとこ?〉
〈代々木って予備校の名前だと思ってた〉
 他愛もない感想を隣同士に座ったまま、文字だけでやり取りしていく。
〈今すごい半裸みたいな女の人乗ってきた、なにあれ〉
〈どこ〉
〈じろじろ見すぎないようにしてよ〉
 そして、それぞれ好きな駅で降りた。相手が逃げたり集合場所に現れなかったら200万円弁償してもらう、と言われていたが、互いに何の心配もしていなかった。
 どうせ帰る場所はないのだ。
 翌日、ナミは髪を染め、爪を色とりどりに染めて現れた。ナギは相変わらず小汚い恰好で、生あくびをかみ殺していた。
 幾人もの対応をくぐりぬけ、やっと通された最後の部屋にいた高齢男性からは、甘ったるい整髪料のにおいがした。

 

文字数:4469

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