梗 概
放屁
遥ともみじが生まれ育った安納村では、放屁は忌み嫌われ、すればするほど寿命が減るものだと信じられてきた。曰く、あらゆる生き物の体内にはその生物固有の時間があって、その時間が腐るとオナラとなって体外に排出されるのだという。もみじはオナラが出まくる体質の娘であり、彼女が早死にすることは村の中では当然視されていたものの、遥だけはもみじの寿命を延ばす方法を模索していた。
ある日、高山さん家に赤ちゃんが産まれたので、遥ともみじは大人たちに「叩き手」として呼ばれ、赤子が初めてオナラをするまでケツを叩いてやり、最初に捻り出された屁を瓶に詰める「封屁の儀」を行うこととなった。
そんな折、旅人のユタカが村を訪れ、偶然にも「封屁の儀」を目にし、赤子のケツを叩くもみじの美しさに一目惚れする。ユタカは旅先で手に入れた酒を差し出しながら、もみじを嫁にさせてほしいと懇願する。よそ者のユタカに対する懐疑心は拭えないものの、村の中では死んだも同然だったもみじを嫁にとる男はいないし、何よりユタカが持ってきた酒が大変美味だったため、縁談は纏まる。
夜の宴では、村の人々は皆楽しそうにしているが、遥だけは釈然としない。遥はユタカを外に連れ出し、なぜ早死にするもみじを嫁に取ろうとしたのかを問う。ユタカは自分も少女にケツを叩かれたいからだと白状し、更にもみじはオナラが出やすいだけの女であり、そのことは寿命とは関係ないのだと明かす。衝撃を受ける遥。続けてユタカは、落ち着いたらもみじと他の街に移住し、思う存分オナラをさせてやるのだと目を輝かせる。それがもみじにとっての幸せであり、そのためにも今日の縁談は絶対に纏める必要があるのだと語る。遥はこのことをもみじに話そうとするが、それがもみじの為になるのかは分からない。かろうじて「本当にユタカと結婚しても良いのか」と問うが、もみじは曖昧に微笑むだけである。
もみじの笑みに泣きそうになる遥は、大人達がやけに騒がしいことに気付く。見るとユタカが羽交い締めにされている。聞けば、村の住民との談笑中に、ユタカは笑いながらブヒーと放屁をしたのだという。それは村では大変失礼な行為にあたり、そんな無礼な輩には、もみじは嫁にやれんと結論付けられたらしかった。村を去ろうとするユタカに遥が駆け寄ると、こっそりサツマイモを渡される。本当はもみじに食べさせるつもりだったが、どのように使ってもらっても構わないとユタカは言う。
次の日の朝、放心状態のもみじを誘って、遥は村から離れた場所で焚き火をする。怪訝な表情のもみじに、ユタカからだと言って半分に割った焼き芋を渡す。食べると、ふたりは腸内に強烈な圧迫感を覚える。遥はユタカの言葉を完全に信じたわけではなかった。けれども、死にたくないよと泣きながらお腹を擦るもみじの隣で、遥にできることは限られている。
遥は喉が枯れるほどの大声を上げてから、高らかに放屁した。
文字数:1200
内容に関するアピール
本当は認知症になった魔法少女の話を書こうと思ったのですが、ゲンロンSF講座の有志によって運営されている「ダールグレンラジオ」曰く、初回の作品でおおよその印象が決まるとのことでしたので、自己紹介の意味も込めて、私らしさが出ている作品を提出することにしました。私の場合、ゴリゴリのSFを書こうとすると全然納得する作品が書けないので、今後の課題もなるべく本作と同様の方向性で執筆していきたいなと考えています。
さて、本作は時間を「体内に潜むオナラ」として考えるのはどうか、という思いつきだけで成り立っているような小説です。その価値観において醸成される文化の営みも描くつもりではありますが、基本的には遥からもみじへの感情を如何に美しく書けるか、最後のシーンをどれだけ印象的に出来るかが鍵だと思っています。講座で選ばれなくても実作を書くつもりですが、作品の〆の描写は筆の乗りに合わせて修正する可能性が高いです。
文字数:399
【未完】放屁
ぷすぅ、とイヨから漏れた屁の音を、皆は決して聞き逃さなかった。まただ、とスミは思う。集会が始まってから五回目の放屁だ。車座になっていた村民達は青ざめるイヨに憐憫の視線を向けたかと思うと、硬く鼻を挟むように合掌をし、深々と頭を下げた。スミも左隣の父親にせっつかれて頭を下げるが、スミの合掌は格好だけで、鼻を挟むフリをしている。下げた先の視界には右隣で正座をするイヨの赤らんだ膝小僧があり、その後ろの方から漂ってきているのだろうか、微かに屁が薫っていた。
禁忌だとは理解している。
しかしスミはどうにも我慢が出来ず、ひと思いにイヨの新鮮な屁を鼻孔から吸い込んだ。
ギュッと、鼻の奥までつきつけるような刺激臭が、愚かなスミの意識を明滅させる。
たまらない、とスミは思う。同時に、やはり「屁吸い」が禁忌なのは可笑しいとも思う。村民たちが祈り、スミが屁を吸って訪れる静寂は、徐々にその存在を薄めていき、壁越しに波のように押し寄せる鈴虫のさざめきと、村民共の頭の上でチリチリと弾ける松明の揺らめきが、いよいよ集会場を埋め付くさんとする間際、それまで集会場の上座で頭を垂れて沈んでいたゑい婆が顔を上げ、震える人差し指をゆっくりと立てた。
「一日じゃ」
ゑい婆の嗄れた声に村民達は顔を上げる。
「イヨ、おめぇは今、一日分の寿命を縮めたんじゃ」
頭を垂れながら、はい、と蚊の鳴くような声でイヨは答えたが、恐らく聞こえたのは隣に座っていたスミくらいのものだろう。イヨは屁の通りは良いものの、声の通りはすこぶる悪い。
「なぜ、我慢さできねえ?」
イヨは何かを呟いたが、ゑい婆の隣に座る弥七に「聞こえぬ」と一喝される。イヨの背中は呼吸によって少しだけ膨らみ、申し訳ございません、と辛うじて聞き取れる声を発した。
「責めとらんぞ、心配しとるんじゃ」
ゑい婆は立てた指を掌のなかに収める。
「イヨ、おめぇわかっとるな。屁ぇはそん人だけの時間、寿命の成れの果てじゃ。そげな屁ぇばっかりぶっこきなさると、権蔵みたくなるけんね」
イヨは静かに頷いた。見るからに元気を無くしたイヨに、スミはこっそりと「気にすることないけんね」と囁いてみるが、イヨは力なく笑うだけである。スミは腹が立った。死の象徴である「権蔵」を取り出してイヨを脅すゑい婆にも、傷ついたイヨを元気づけることができない自分にも、である。スミはイヨの沈んだ表情が苦手だった。そんな時のイヨの屁は、心なしか刺激が弱い気がするのだ。やり場のない怒りを覚えたスミは、ゑい婆のことをキッと睨み付けた。スミの鋭い視線に対し、ゑい婆は平然とスミの顔を見つめ返すが、ふと思い出したように「そういや富田の六郎、おめぇんとこの赤子はどうじゃ?」と話を変えた。ゑい婆の斜め前に座っていた六郎は、突然の声かけに「へえ!」と驚きを押し殺しながらも、
「お陰様で、そりゃもう元気に育っておりますとも!」
「回数は」
「へえ?」
「へえ、ではなく、屁の回数を聞いとる」
「あっ、はッ!? へええ! 十三回ですとも!」
「一刻にか?」
「へえ、ゑい婆の言うとおりに、ちゃんと計っておりますとも!」
ゑい婆はしばらく考え込んでから、そろそろ良い頃合いだなと呟く。隣の弥七が口を手で隠しながらゑい婆に耳打ちをすると、ゑい婆はうむと頷き、六郎に顔を向けた。
「おい、やるぞ」
「へえ? やるって何を?」
きょとんとする六郎に、ゑい婆は面倒臭そうに手を振った。
「おめえ、この村に住んで何年だ!? 赤子でやると言ったら、一つしかなかろうて!」
村民共がざわめく。六郎の隣に座っていた助八が、肘で小突きながら「封屁だよ」と囁き、六郎は慌てて頭を下げる。
「はっ、ハハァー! 誠にかたじけねえ!」
叩き手を決めねばならぬな、と村民の誰かが言い出し、そうだその通りだと便乗する声が上がってくる。
封屁の儀とは安納村の四大祭事のひとつであり、封屁の儀における叩き手は、封屁される赤子の一生涯において重要な立ち位置を占めることとなる。この村の生まれでないイヨはその限りでないが、生粋の安納村の村民であるスミは、今でも期の初めになると叩き手を担当した半の助に粗品を持って挨拶に行くのだ。
いつしか集会場は騒然とし、車座になっていた村民達は六郎の周囲に押し寄せ、やれワシにやらせろやらウチの息子はどうじゃなどという自薦と他薦と唾が入り交じったものが六郎の頭の上に降りかかっていく。これ以上は収集が着かぬと判断した弥七は一喝しようと構えるが、それより先にゑい婆が、
「叩き手はもう決めておる」
と言うものだから、六郎を中心に団子のようになっていた村民たちはシンと静まり、そのかたちを崩しながらゑい婆に視線を送る。ゑい婆はゆっくりと腕を持ち上げ、震える指先で一方向を指した。
「イヨ、おめえがやれ」
ざわ、と集会場が揺れ動いた。
「それからスミ、おめえも助けに入れ」
「俺も!?」
ゑい婆はスミを見ずに、大声で叫ぶ。
「明日、富田の六郎の娘、ミツの封屁の儀を執り行う。叩き手はイヨ、それからスミじゃ。誰の文句も受け付けん。それでは、解散ッ!」
〇
「にしても、まさかイヨが叩き手とはなぁ」
「俺もまさかじゃ。こんなことになるとは思わんかった」
スミとイヨは、家の布団のうえに寝転がる。
「なあ、封屁の儀って何するんじゃ?」イヨは尋ねた。
「何って……そんな特別なことはせんよ。明日、六郎のみっちゃんとこ行くじゃろ? ほいたら多分、六郎が用意したみっちゃん専用のカメがあるけんね」
「カメ?」
「カメって言っても、甲羅のある奴じゃなか。食い物入れる器のやつじゃ。それの底に塩ば敷き詰めて、屁が腐らんようにするんじゃ」
イヨは顔を顰める。
「腐らんようにするって……もう屁として出てきてる時点で、時間は腐っちょるじゃろ」
「それは知らん」スミはあっけらかんと答える。「とにかく、昔からそうなっちょる」
イヨは納得したような、してないような顔でふうんと呟いた。
「とにかく、そこまで準備したら、あとはもう簡単じゃ。みっちゃんの尻ば、ペンペンするんじゃ」
「ぺんぺん?」イヨは繰り返す。
「ほうじゃ。ぺんぺんじゃ。赤ちゃんじゃけ、あんま強く叩いたらいかんと。こう、『屁ぇさんこちら』ってなもんで、ぺんぺんぺんぺん叩くんじゃ」
ほぉ~、とイヨは感心したような声を出す。
「そうやって、屁は出よるんか?」
「それは知らん」スミはあっけらかんと答える。「とにかく、昔からそうなっちょる」
なんじゃいそりゃ、とイヨはクツクツ笑うが、その弾みにイヨの尻から屁が漏れる。スミはその一瞬の放屁を見逃さなかった。布団から跳ね起き、イヨの尻に向かって飛び込む。「いやっ、ちょ、やめえ阿呆!」とイヨは逃げようとするが、素早さではとてもスミには叶わない。ドタバタするイヨをスミは馬乗りになって押さえつけ、屁をしたばかりのイヨの尻をむんずと掴むと、その割れ目に鼻を突っ込んだ。イヨは尻の筋肉にグッと力を入れ、ささやかな抵抗を試みるが、既にスミの鼻はむずむずとイヨの尻の奥部まで入り込んでおり、イヨはイヨで尻の力の入れ加減を誤り、ブフッと屁が出てしまう。
ああ、と思った頃にはもう遅いのだ。イヨの屁は勢いよく、スミの鼻孔に流れ込んでいく。
スミは、イヨの屁が好きだった。
屁を嗅ぐと、刺激的な匂いに頭の中が明滅するのだ。一度だけ、イヨの屁の強烈な匂いに「意識の消し忘れ」のような状態に陥ったことがある。スミはその感覚を今でも覚えていて、その隅々まで透明になってしまった身体のなかで、赤く滾った血が屁を捉えた意識の周りだけで循環し、スミの目と思考をギンギンに開かせる快楽は筆舌に尽くしがたいものだった。以来、スミはイヨの隙を見ては屁の匂いを無理やり嗅いでいるのだけれど、村民共は、まさか畏れ多い屁を鼻で直接嗅ぐような不届き者がこの安納村にいるとは思っていないし、イヨも他人に屁を嗅がせるという禁忌破りに加担していると自白するはずがないので、これまでスミが犯してきた禁忌については、共犯者であるイヨの他に、誰も知る者はいなかった。
屁を堪能し、天井を眺めながらぼんやりしているスミの額を、ペチリとイヨが叩く。
「なにすんね」
「阿呆」
「阿呆じゃなか」
「禁忌破るやつの、どこが阿呆じゃなかと」
「……」
「……バレたら、終わりじゃけ」
「バレへんよ」
「なぜそう言い切れるんじゃ」
イヨの言う通り、言い切れる理由など何処にもなかった。ただ、なんとなくそんな気がしていたし、そうでなければならないとも思っていた。イヨには返事をせずに、スミは布団に潜り込む。昔から気に食わなかった。「屁吸い」が禁忌だなんて、どう考えても可笑しいのだ。
〇
体内にはその人だけの時間が備わっていると教えられたのは、まだ年端もいかぬ頃である。
その頃には、捨て子だったイヨはスミの家に引き取られていて、ふたりは姉妹のように育てられていた。引き取った頃から、イヨはよく屁をする子供だった。あまりにもイヨが屁をするので、村の子からは、「立てばぷっぷ、座ればブウ! 歩きながらも屁が止まらん!」と揶揄われる始末だった。そういう揶揄いは、子供らをスミが追いかけ回すうちに自然と消滅していったが、屁をかますと大人達が決まってする、あの儀式めいた合掌は決してなくならなかった。スミは、なぜ屁をかますと大人から合掌されるのかが分からなかった。スミもイヨほどではないが、気を抜いた時に放屁の一つや二つくらいすることもある。その折には、母はスミの気に食わない合掌をした後、スミの名を呼びその腕のなかに捕まえて、愛しい娘の腹を丹念に撫で回すのだ。スミは母に触られるのが好きだったが、母の顔つきは親子の遊びというにはあまりに寂しそうであったし、腹を撫でる手つきは非常に念入りで、まるで呪術めいたものを腹に植え付けるように思われたので、スミは密かに恐怖心を抱いていた。母の撫で回しから解放されたスミは、イヨを捕まえては自分の腹がどこかおかしくなってないか確認させたものである。
ある日、スミはかなり気合の入った放屁をしてしまい、母からいつも以上に丁寧に腹を撫でられていたのであるが、何回撫でてもいつまで経っても悲しげな母にいよいよスミは我慢がならなくなって、ついに、なぜそんなに悲しそうに俺の腹を撫でるのかと問いかけた。
村野スミ、村野イヨ、ともに六歳の時である。
母としては、この話は幼いスミやイヨにはまだ難しかろうと思っていたし、一度でもこの話がイヨの耳に入ってしまえば、あの利口で憐れむべき放屁の申し子が傷つくことは分かっていたので、我が子たちに本当のことを話すつもりは毛頭なかった。ただ、一家が住んでいるのは、真偽不明の噂が忙しなく飛び交う、狭っ苦しい村である。特に子供たちの探究心の深さは侮れないもので、いざ愛しの娘に真正面から問われてみると、この無邪気の塊が口にする「なぜ」には、とんでもない気力が隠されていることに気付く。その気力とは、自分が気になったものに対しては、とことん調べ尽くしてやろうという決意の固まりであり、いくら大人が寄って集って仮初めの理由を考えたとしても、彼らは決して納得せずに、自分たちで考えて動き、本当のことを突き止めるだろうという確信をもたらすものだった。
そう考えると、母は今の対応に不安を覚えてしまう。このまま屁について隠し通そうとしても良いが、結局のところ、どこからどの情報がイヨの耳に入るか分からぬことを考えると、徒に隠してやるよりも、いま親である自分の口から言ってやった方がいいのではなかろうか。
幾分逡巡した末、母は庭で遊んでいるスミに、いまイヨは何処に居るのかを問うた。
「イヨなら弥七の家の近くで石ガッチンしとるけんねー」
スミは木の棒でお尻を描きながら答える。
「石ガッチンってなんね?」
「俺もよう知らんけど、そこらにある石と石をば拾って、ガッチンガッチンぶつけるけんね」
「それでどうなるとね?」
「どうもならんよ。どうもならんけど、イヨはそれが好きみたいじゃ」
よく分からないが、母はスミにイヨを呼ぶように言いつけた。数分してスミに手を引かれたイヨが、「おっかあ、どうしたんじゃ」とやってくる。
今から話すことは、きっとイヨを傷つける。母はギュッと唇を噛みしめて、それでも俺は言わねばならぬと自らを奮い立たせた。
「……今から二人に、大事なことを話すけんね」
「なんじゃあ、いったい」
「俺らのする屁についてじゃ」
「屁?」
「ほうじゃ、屁じゃ。屁について二人に黙っとったことがあるんじゃ」
「なんね、それ」
「よぉく聞きんしゃい」
二人の娘を部屋に呼び寄せて、母は口を開く。彼女が途切れ途切れに語ることには、人間の体内、つまりお腹にはその人の寿命のもととなる「時間」が詰まっているのだという。
「お腹に時間があればあるだけ、その人は長生きするんよ。でもその時間が腐っちまうと、屁として出てくる。出てきた屁はもう取り返しがつかんじゃろ? だから人よりうんと屁をする者は、他の者より早死にするんじゃ」
イヨの顔が強張る。その説明は、屁が出っぱなしのイヨが短命であることを示していたし、それがイヨにどれほどのショックを与えるか、想像は難くなかった。しかし、
「なあんじゃ、そんなことかい! それなら俺に良い考えがあるけん」
「何よ」
「簡単なことじゃ! こうやってな、出てきたイヨの屁を俺が吸って、俺の屁をイヨが吸えば……」
「阿呆!」
母はスミにゲンコツした。スミは痛みにもだえ苦しむ。
「そりゃあ禁忌じゃ! 絶対にやっちゃいかんことじゃ!」
「なんでや、ええ考えじゃろ!」
「んなわけなかろうが! お前の言うとることは、神様の決めなすった寿命を浅ましくも伸ばそうとすることに他ならん! 罰当たりじゃ!」
「でも、そいじゃあイヨはどうすりゃええんじゃ!」
今度は母が黙る番だった。スミはここぞとばかりに母を責め立てる。
「イヨは毎日朝から晩までピーピー屁をやっとるじゃろ! これじゃあイヨはいつ死んでもおかしくないけんね!」
「スミ」母が窘めるが、スミの勢いは止まらない。
「イヨは可哀想じゃ! 何も悪いことなんてしとらんのに、親にも捨てられて屁も出てばっかりで、ほんで、こんなの、こんなの……っ!」
「スミ」
「イヨは俺が守っちゃるんじゃ! 禁忌も知らんし、寿命とかいうのも知らん! 誰もイヨの味方にならんのなら、俺が――」
「スミ」
今度はイヨの声だった。スミ、スミ、と声が聞こえる。
何度もスミの名を呼んでいるのだ。
「スミ」
「なんじゃあ、イヨ……」
「そろそろ起きんといかんね」
え、と寝ぼけ眼を開くと、イヨが覗き込んでいた。顔に朝日が当たり、ほんのりと温かい。気が付けば朝だった。どうやら夢を見ていたらしい。
「……ふあ」
「ほら、はよ起きんと」
「なあ、懐かしい夢見たけんね」
「どんな夢?」
スミはぼんやりと考え込む。どう説明すればいいのか分からなかった。先ほどまではあんなに鮮明だった夢が、いまではぼやけ、霞んでいる。
「よう分からんけど、俺がイヨを守っちゃる夢じゃった」
「なんよそれ」イヨが鼻で笑う。「別に、スミに守ってもらわんでも良か。俺もいつまでも子供じゃないけんね」
「……ほうか?」
「ほうよ」
イヨは笑う。その顔は、スミの知らない女に見える。しばらく見とれているうちに、村の太鼓が鳴り響き始める。
【未完】
文字数:6262