梗 概
大いなる遺産を求めて
エドとジェフ。二人は兄弟で、両親はいない。父親は早くに他界し、母親のクレアは二人が子どもの頃に失踪した。二人はクレアの祖父に引き取られた。成長しエドはプログラマー、ジェフはボイストレーナーとなって自立する。会社経営者だった祖父は高齢に加えて病気を抱えていたため、二人が自立する頃には引退していた。死期を悟った祖父はクレアに会いたいと言うようになる。二人とも失踪以来、母親に会っていないし所在もわからない。祖父はホームムービーを視聴してはクレアの、小さいエドの服の乱れを直してやる姿や幼いジェフが口元に手をあてて話す癖をやめるよう言い聞かせる姿に涙していた。
ある年の感謝祭で祖父は遺言の話をする。二人は遺産がもらえることを期待するが個人資産は孤児支援団体に寄付すると告げられる。
「グッドアイデアだよ」
「感動的だ」
実際はグッドアイデアでも感動的でもない。不満を覚えた二人は、遺産を分配してもらうための作戦を練る。エドはジェフに言う。
「ママからじいさんに頼んでもらうのはどうだ」
「名案だ。ママがいない点を除けば」
過去の映像から母親の容姿と声のデータを取り出し、別の人間のデータと融合させ、母親に変身させる。それがエドのアイデアだ。映像は十年以上前に撮影されており、フェイクデータはその点も考慮する。ジェフには声質に関する知識があったし、エドは長年テレビや映画でみている著名人を素材として加齢による変化の平均値を割り出した。それらをデータに反映させ、現在版クレアが誕生する。
遠方にいるという名目で祖父に映像をみせる。「手前勝手な言い分だけど二人のことはお願いねダディ」と口元に手をあてて涙ながらに話す映像のなかのクレア。頷く祖父。
やがて祖父が他界する。二人には現金と二通の手紙が遺されていた。手紙の一通は兄弟宛てで二通目はクレア宛だ。兄弟への手紙の中身はこうだ。。
『あれがフェイクだということはすぐにわかった。あの子は口元に手をあてて話したりしないからな。だが、たとえフェイクでも最後にクレアの姿を見られてうれしかった。親子だからな。お前たちとクレアも親子だ。だからこの金でクレアを探しなさい。私からの手紙を預けておく。それにも書いたがクレアに会えたら、彼女に遺した金から相応分を分配してもらいなさい』
二人は母親を探し始める。ある日、自宅にくるジェフを待っていたエドの携帯電話が鳴る。
「エド。私のことわかる?」
二人が作った現在版クレアの声だ。瞬時にジェフの仕業だと考えたエドは「つまらないことをするな」と言って通話を切るとすぐ、玄関から「エド。入るよ」という声が聞こえてくる。やってきたジェフにエドは文句を言う。「何のことだか……」と言いかけたジェフは何かに思い当たったかのように顔をあげる。
「一人いる。あの声の持ち主が」
二人はエドの携帯電話の画面に表示された見知らぬ電話番号を見つめる。
文字数:1199
内容に関するアピール
作中で使用した最新技術は「ディープフェイク技術」と「音声クローン技術」です(技術的なことは曖昧に書いてます)。
実際にこれらの技術によってアメリカ大統領のフェイク動画が出回って騒ぎになったことがあるそうです。
技術レベルがさらに上がっていけば、悪用しようとする人たちにとっては魅力的な技術かもしれません。
今作ではそれらの技術を、悪事というよりは善意の嘘に近い味付けを意識して登場させてみました。
ただ本作は技術の物語というよりは、それを材料のひとつにした兄弟の物語であり親子の物語です。
最新技術は使われていますが、難しい技術用語も専門用語も登場させていません。
気軽に読んでもらえると幸いです。
文字数:293