それは、とても幸福な生命維持活動

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梗 概

それは、とても幸福な生命維持活動

 トウセイは夢をみている。幼い妹がこちらに歩いてきて転び、手を差し伸べることのできなかった後悔とともに目覚める。

観察室からブレイン・デコーディング実験の終了を告げるサイラスの声がする。そこは、安楽死を希望する人間が住まう「ヴィタル」と呼ばれる民間施設で、入居者は安楽死試行までの期間、危険な治験に協力することと引き換えに安楽死を許可される。これは安楽死を推奨しないための国策であり、社会貢献意識の醸成から自尊心を取り戻させる意図がある。

トウセイは3年まえに施設に入った。はじめて参加したのはMDMAによるPTSD緩和実験であり、この実験で見事PTSDを克服する。その成果をもとにMDMAはとある国で合法化され、治療薬として多くの緩和ケアに利用されるようになる。トウセイは自分が役立ったと喜ぶ。

 ヴィタルには常時30人ほどの入居者がいて、みな無気力症やトラウマを抱えて施設にやってくる。「外」で弟を失った少女ウーリーは失語症に陥っていたが、負荷の高い治験を乗り越えた達成感とトウセイをはじめとするヴィタルの住人たちとのふれあいによって、笑顔を取り戻していた。

 トウセイとウーリーは、ふたりでもう一度「外」で生きることを決意し、社会復帰のプログラムを受け始める。「外」は危険な場所であり、生きていくための術を叩き込まれる。「外」に出たふたりは、ヴィタルとは異なる荒廃とした場所に怖れを感じる。サイラスによって自立するまでは遠隔で就業サポートがあると告げられる。覚えた技術を使って指示どおり暗殺を行う二人。ヴィタルは、「外」が他国から受注した暗殺を遂行するエージェントを育成する場でもあった。

 幼い子を抱える女や愛する女をかばって死ぬ男。その映像は、トウセイが夢で見たものだった。ふたりはだんだんと、これが一度目の社会復帰ではないことに気づいていく。何度も記憶を失うほどのトラウマをうけて、その度にヴィタルに戻っていたのだ。ふたりは「外」から逃げようと決意する。表向きはサイラスの指示に従ったふりをして国境を目指す。

 追手をふりきりながらふたりは、ヴィタルでの思い出は本物だったと言いきかせあう。壁をよじ登り、遅れるウーリーをひっぱりあげようとしたとき、トウセイはすべてを思い出す。そして、咄嗟にウーリーの身体を盾に追手の弾丸を逃れる。大切な人を失うことでもう一度ヴィタルに戻る。そのプロットはすべてトウセイが考えたものだった。国家元首だったトウセイは、自分の作った市場ゲームを一プレイヤーとしてプレイしたいという独尊的な欲望から、死ぬまで殺戮が繰り返される国家をつくりだしていたのだ。

 トウセイは記憶を混濁させるために服薬し飛び降りようとするが、そのトウセイをサイラスが撃つ。サイラスはブレイン・デコーディング実験を通してトウセイが自分の恋人を殺したと知り、復讐の機会をうかがっていたのだ。消えゆく意識の中でトウセイは次のマスターにサイラスを指名するが、サイラスは一命を取り留めたウーリーとともに国境を超えていく。

文字数:1255

内容に関するアピール

最新技術

MDMAによるPTSD緩和とブレイン・デコーディングを扱いました。
新薬は、治験に進めるかが壁となりますが、社会システムの中にそのプロセスが取り込まれると危険な治験が合法化されてしまうという懸念もあります。この話では、一国家元首のゆがんだ欲望が生み出す生体実験市場を想定することで、そのような社会をシミュレーションします。

 

構想の背景

以下現状の社会の延長に生じる可能性があると考えました。
 ・社会がテクノロジーにより高度にシステム化されると、システムに従順な人間がうまれ、ゆがんだ仕組みに違和感をもたなくなる可能性があること
 ・テクノロジー全体主義を信奉する元首がうまれると、箱庭世界をつくり掌握したいという欲望が生まれる可能性があること

 

留意点

・登場する国の規模は小さく、国の財財源確保のためヴィタルのような施設での生体実験・傭兵育成を産業とします。
・テクノロジーレベルに違和感が生まれないよう、治験でいくつか別の実験(遺伝子書き換え等)を登場させる想定です。
・ヴィタルは天に一番近い場所として、多幸感あふれる場所とします。

文字数:464

課題提出者一覧