梗 概
永遠の子
15歳のアンリは、採掘師の仕事を誇りに思っていた。その時代、ワームホールを超えて、他の惑星で資源採取を行う者は採掘師と呼ばれていた。地球より時間の進みの遅い惑星は避けられていたが、アンリは率先してそのような惑星に行った。皆よりも若くいれることが彼女の密かな喜びだったが、おのずと同胞と過ごす時間は引き換えとなった。いっとう輝き続けるアンリを子供たちは英雄視した。けれどアンリは、子供たちは歳を重ねると、いつまでも子供のようなアンリから離れていくことを知っていた。
アンリは宇宙資源競争の黎明期に、ワームホールの先で閉じ込められたリサという名の採掘師を尊敬していた。惑星を探索していた際に、ワームホールが閉じるという不慮の事故だった。リサの一生とその最期に行われた娘との交信記録は、一冊の本にまとめられていた。それは百年以上も前の話であったが、リサの聡明さと気丈なふるまいはアンリの心を突き動かして、彼女を採掘師の道へと進ませた。
ある時、アンリは航行中に見慣れないワームホールを発見する。示される座標データから、アンリはリサのいる惑星と思い、迷わずワームホールに飛び込んだ。祈る思いで星に近づき、キャンプを見つけて着陸する。リサは生きていた。その星でのことは、リサにとって一年ほどの出来事だった。帰還する宇宙船の中でアンリは、あなたの伝記を読んだとリサに話した。娘との通信は叶わなかったから、その記録はフィクションだろうとリサは言った。彼女は泣いていた。自分の描いていたリサと目の前のリサとの違いにアンリは戸惑った。
地球に戻って数日放心したのち、リサは娘がどういう人生を送ったのか知りたいと言った。アンリはリサの願いなら、採掘業を休んででも力になりたいと思った。ふたりはリサが最後に住んでいた場所から順に、娘の軌跡を辿った。娘に関わった人の言葉や残された写真から、娘の過ごした時間を想像することは、リサの心を満たしもし、追い詰めもした。幸いにも娘は養子となり、周囲の執拗な追及からも遠く離れ、日本の荒廃した町で生涯を全うしたことが分かった。リサはひ孫のヒイラギケントに出会い、彼の顔に夫と娘の面影があることをみとめた。
リサの望みで、アンリとリサはケントの一家と生活を共にすることにした。不便のあるなかでも睦まじく暮らす夫妻は二人を心よく迎えた。リサはケントの子供である美知をだんだんと娘のように思っていった。アンリはリサが私的な時間に包まれていることを知った。アンリはふいに、今までの過ぎた時間や失った関係は取り戻せないことを知って、困惑した。一年という短い休暇は終わりを迎えようとしていた。アンリは採掘師を続けたいのか分からなくなっていた。アンリを見てリサは言った。私と娘の時間も、あなたと私の時間も確かにあったの。アンリとリサは宇宙から運ばれてくる資源ポットの光を見ていた。
文字数:1192
内容に関するアピール
物理的に収縮する時間と私たちのなかで変化する時間、そのどちらも描いてみたらどうかと思い、話を考えました。例えば自分のなかで絶対だったことがあっけなく崩れるとき、なぜあの時に気付かなかったのかと思うことがありますが、あらゆることの大半の意味は、後から気付くような気がしますし、というより事ある毎に変化していくために後から気付いているように感じるのだと思います。自然の大きなスケールと人間の可塑性を描けたら良いなと思います。
文字数:211