トケイ=官能小説

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梗 概

トケイ=官能小説

俺はただのネット小説書きだった。日々のストレスとプロの作家になれなかった挫折感からなる煮こごりをエロで塩っ辛く味付けした作品を投稿する、くだらない小説書きだった。

人類が時計を失い、「官能小説家になろう」にアップロードした俺の小説が新世界の時計となるまでは。

精密な時計が、我々を起こし、待ち合わせを調整し、決まった時間にパチンコ屋から追い出す時代に、人類は驚異的な試練に直面した。ある日突然、われわれの時計に対する認識機能が一切失われたのだ。かつて馴染みのあった時計のカチカチ音やデジタル表示は、見ることはできても全く理解できないものと化した。科学者たちによれば時間自体は依然として存在しているものの、人間の時間認識能力が失われているらしい。そのため、時間を認識しようとすると思考がぼやけ、今が何時なのかを人に伝えることができなくなった。この異常事態は世界中に瞬く間に拡がり、専門家たちはこれを「タイムブラインド(時間盲)」と名づけた。

感染症、神経変性疾患、コンピュータウイルス、宗教学など、あらゆる角度から調査が行われたが、決定的な原因は未だわからず、人類はタイムブラインドを受け入れざるを得なくなった。しかし、時計が失われたこの世界で唯一、小説投稿サイト「官能小説家になろう」の時間指定投稿機能だけが「時間」を失っていないことが判明した。主人公である黒野は、ネット小説家「†クロノス†」としてこのサイトで活動し、世界中から注目を集めることとなる。黒野は人類がタイムブラインドになる前からこのサイトに投稿しており、毎日午前七時と午後五時に時間指定投稿をしていたことから、†クロノス†の小説は新たな時間の指標となった。

†クロノス†の小説が時計となった世界では、社会は前例のない変化を遂げた。大人たちは†クロノス†の小説に没頭し、空いた時間は全てサイトの更新を待つために使われた。時間の基準は午前七時と午後五時の二点だけで、その時間を「朝投稿後(夜投稿前)」「夜投稿後(朝投稿前)」と呼び、人々は限られた時間指標に基づいてコミュニケーションを取るようになった。

しかし、この†クロノス†だけが時間を支配する時代は長くは続かなかった。同じく「官能小説家になろう」に登録していた別の作家「邪悪アタリ」が投稿を始めると、その魅力的なストーリーは†クロノス†を凌ぎ、世界は邪悪アタリという新たな時間指標を手に入れることになった。黒野はこの状況に納得いかず、邪悪アタリの人気を落とすためにもっと面白い小説を書こうと頑張るのではなく、彼の粗探しをし始めた。炎上狙いである。黒野は邪悪アタリについて調べていくにしたがって、なぜ「官能小説家になろう」だけがタイムブラインドの影響を受けないのか、「タイムブラインド」とは何なのか、そして、邪悪アタリとは一体何者なのか、明らかにしていく。

文字数:1181

内容に関するアピール

私たちは普段、腕時計やスマホを使って正確な時間を得て日々生活しています。私も普段はカレンダーアプリを使うことで様々な用事を時間に沿って円滑にこなしています。ただ、たまにそんな時間管理から逃れたくて小銭とSUICAだけを持って出かけることがあります。私はそういうとき、街の様子や太陽の高さからだいたいの時間を知る、何かをリセットしたかのような感覚がとても好きです。娯楽施設の宣伝でよく見る「時間を忘れて過ごす」的なことを、特別な日(ハレ)ではなく、日常(ケ)の日にやる。そういうことなのかなと思います。この小説「トケイ=官能小説」では、主人公が使っている「官能小説家になろう」の時間指定投稿機能を除いて、時間を知らせる全ての媒体が役に立たなくなります。天体も腕時計もスマホも時計として使えなったとき人類はどんな時間文化を育んでいくのでしょうか。

文字数:371

課題提出者一覧