失われた記録と最後の数々

印刷

梗 概

失われた記録と最後の数々

人も、世界も、そのすべては、「神々」によってプログラムされていたことが「最後の人」によって解明されてから、419年(地球時間)が経つ。「スリー」は地球の月、静かの海にある首都アポロの「数の中心」から、西暦1973年5月29日2時23分地球の西サハラ、モロッコ王国が支配する町スマラ近郊へ派遣(時空間転位)される。プログラムのバグから生じる、生成が中止された世界線の取材のためだ。スリーにとっては今回もまた「アトラスの大巨人」系の取材になる。

 

スリーは今回、「解析者」によって人類データバンクから選ばれた、1951年に西サハラ内で死んだ37歳男性、アダーン・サイードの体を与えられている。転位点では「ナイン」が待っていた。「シックス」の姿はまだない。小さな焚火をナインと囲む。スリーとナイン、そしてシックスの組み合わせが、多くの場合で「解析者」が選ぶチーム構成の最適解だ。

 

バグ後の世界線で何が起きたのか、神々すらも完全には把握していない。だからこそスリーらが取材をし、記録にとどめ、神々はバグが引き起こした現象の解明と、「世界」のパッチ修正をする必要がある。スリーらが見聞きしたデータのすべては再転位後、解析者と共有される。解析者はそのデータ群から有益な情報を抽出し、神々にとって意味のある形へと編集する。それが神々のあいだで共有され吟味されて、世界を司る知識となり、「数の中心」にある「最後の塔」に収蔵される。必要がないデータや情報、有効性を失った知識は、「最初の穴」へ落とされ、削除される。

 

バグ取材の基本は、現地の噂や報道を丹念に追うこと。なぜならばバグが発生すると、心霊、超能力などのオカルト現象が多発する。世界のアルゴリズムが綻ぶからとされる。そして敵対する「テン」が流す流言や誤情報には惑わされないこと。

 

スリーとナインはスマラに向かう。内陸から大西洋に出て、港町のアイウン、ブジュドゥール、ダフラへと至る。カラシニコフをぶら下げた人民戦線ポリサリオの戦士たちが道々、西サハラの町を支配している。ダフラのホテル滞在中、タコの雨が降りだす。窓の外を見ると、車がふわふわと浮き上がり、空めがけて勢いよく飛んでいく。大音響とともにアトラスの大巨人が大西洋上に出現。雲の下へ突き出た足の裏は全長数十キロもあろう。世界の終わりか。大地震……。

 

津波が押し寄せる中、故アダーン・サイードの年老いた母は、アダーンの姿をしたスリーを見かける。スリーも母と目が合う。市民らの誘導に従い逃げるスリーとナインを制止する声がする。振り返ると、少女の姿をしたシックス。西へ西へと叫びつづけるポリサリオたち。西へ向かう民衆に押されて身動きが取れないスリーを目掛けて、空からクジラが落ちてきた。

 

借り物の体が失われて、スリーらの取材が失敗に終わる。大巨人の記録は最後の塔に収蔵され、アダーンの母との記録は、最初の穴に捨てられる。

文字数:1199

内容に関するアピール

神とは人とは世界とはという大上段なテーマに対して、ヒエラルキーやプログラムの果てのない連なりをぶつけた格好。完璧な世界がないゆえに、かならず存在する世界の異常、矛盾、バグ。死も矛盾のひとつか。その結果、大巨人のような災害や、オカルト現象のように隠されていたものが出現する。それらにおののき、おそれる人のはかなさ、立ち向かう偉大さ、その最後を多く描いてみたい。

 

中心、塔、穴、重力などの象徴性も意識。最後は塔ないし穴の二者択一で片づけられるあたりに、人の気持ちの割り切れなさ、神々が支配する世界の不自然さを醸す設計。どこかゲームっぽさがあるのも同様のねらい。

 

武力紛争、ジャーナリズム、サイエンスなどとコミュニケーションを題材にして、自身の専門性や興味・関心を生かした試作との位置づけ。内面、情景、自然描写を紙幅の制限上はぶきながら、長編用の設定をはめ込むなど、梗概作成に試行錯誤中。

文字数:389

課題提出者一覧