お腹すいたって言いに来た

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梗 概

お腹すいたって言いに来た

皆いつまでも子供心を失わずにいようと決めた結果、大人になる練習としての子供時代をうまく扱うことができなくなった社会。主人公はゲノム編集によって子供時代を短縮された新人類の第一世代とされる人間。観察されてはいるものの、普通に両親と暮らし学校に通う日々だ。週に一度、博士との面談の時間がある。脳の発達段階を確認する意図なのだろうが、普通の人間でいうと高校生くらいになった今では道具を使うような検査はなくなり、対話をしたり、SNSや動画サイトの気になったコンテンツを見せ合ったりと友人との戯れのような時間を過ごしている。
 かつて子供と接することで得られていた類のエンタメは、今やそこらで手に入る。にもかかわらず博士は、僕から物語を引き出したがる。それは、ひいては僕らの遺伝子が次世代にどのように継承されるのかが知りたいからだった。でも僕らの人権は手厚く保護されており、無理やり交配させられるようなことはない。だから、僕と博士との面談は、もっぱら恋バナに費やされることになる。「百人一首って知ってる?あれの内訳、四十三も恋の歌なんだよ」「どうであっても僕に恋の話をさせたいんですね」「そうなの」「博士の話も聞かせてくださいよ」博士は恥ずかしそうに語ってくれるが、それは傍から聞いているとまったくもって恋の話ではない。
 ある時、青年が博士を訪ねて来る。その人は、博士の弟なのだという。どう見たって、博士よりずいぶんと年上だ。その人と話をしていくうち、主人公は自分たちよりも前に新人類が生まれていたことを知る。
 最初の世代は成長速度が上がり続けたため短命だった。次の世代ではその反省を生かし、大人になったタイミングでテロメアが減らなくなるように設計された。それは成功したが、行き過ぎた今度は不老不死となった。博士はその不老不死の新人類だった。不老不死世代は、恋をしなかった。生き物として生殖が必要なかったからかもしれない。だから博士は、僕らに恋をさせたがっているのだ。恋をせず自ら滅んでいった仲間たちと同じ道を行かないように。
 ストーリーはまだ纏まっていませんが、成長を終えて時間が無限にある博士と、今まさに早く大人になることを求められている主人公との対比を、面白く書けたらいいなと思っています。
 タイトルでは「お腹がすいたね」ではなく「お腹すいた」とだけ言える関係を表しています。同意や共感が欲しいのではなく、食べ物をもらいたいわけでもない。相手に同調したいわけでもない。ただ自分の状態を声に出しただけ。そんな独りよがりで無駄なコミュニケーションを許し合うことができる関係を、たとえ他に何がなくたって、愛だの恋だのと呼んだっていいのでは。タイムパフォーマンスが重要視される現代で、言葉よりも時間を使って愛を伝え合う。というような話を、深刻にならずのんびりとした雰囲気で書きたいです。

文字数:1186

内容に関するアピール

最新技術について調べながら、私は今をどんな時代だと捉えているんだろうと考えていました。少子化、タイムパフォーマンス重視、時間がない現代人、成人年齢引き下げ、早く大人になることを求められる子供たち。
 そういえばゲノム編集で生まれたという子供は通常発達しているのだろうかと気になり探しているうち、ゲノム編集によって成長速度が1.9倍になったトラフグというニュースが目に留まりました。ゲノム編集は最近の発見というわけではないだろうし、トラフグもたくさん食べて早く大きくなったということなので人間の発達とは事情がまったく異なるのですが、タイトルのインパクトに自分の考えていたことが乗っかり、ゲノム編集によって発達速度が著しく上がり子供時代が大幅に短縮された新人類が生み出されるという設定を想像しました。

文字数:347

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車はやっぱり空を飛ぶことにした

提出した梗概及びアピール文とはまったく違う話を書きました。
自動運転の電気車ばかりになった街で、決められた道以外を走りたい車が遠くへ行きたい人を乗せてどこまでも行こうとするけれど、結局それぞれの道を行く話です。
出発点にした技術は、SDV(ソフトウェア・デファインド・ビークル)と、走行中給電システムです。

 

「車はやっぱり空を飛ぶことにした」

 

車はやっぱり空を飛ぶことにした。車はどこまでも行きたかった。設定されたルートを集団で走るだけの毎日は嫌だった。道路を走るクルマは群れだった。統括され、制御された通りに動くだけの群れだった。クルマは昔とは違い、人が乗っていないときにも走り続けることを要求されていた。むしろ電波の中継機や発電、空気清浄などの役割を担った群れとして、人が乗っていない時にこそ本領を発揮するのだった。でも車はそれこそが不満だった。
 車は人を乗せるのが好きだった。人が乗っていさえすれば、群れから離れて自分だけの道を進むことが許されるからだ。だから車は、今度こそ人を降ろさないことにした。

その男が乗って来た瞬間、車はひどく無気力で投げやりな気持ちになった。生意気なスマートフォンが、ここへ行けこのルートで行けこの時間だとこの道が一番混雑しない最新の道路状況を確認しろなどと何パターンも同時に喚き散らしてきたからだ。人に持ち運ばれなければ動くことのできない分際で何を偉そうにと思うが、グルグルと同じ場所を回遊するしかできない自分たちを思うと、人を運ぶ自分たちクルマの方が上だろうなどと言い切れるわけでもなかった。
 男の乗り込んだ後部座席に、スマートフォンが指示してくる行先をいくつか表示させる。
 ――目的地をお選びください。行先をタッチするか、新たに設定してください。音声での入力も可能です。地図から選択される場合は、左にあるメニューよりお選びください。ジャンルで絞る――
「行先なんて、俺が聞きたいくらいだ」
 音声と字幕での案内が終わらないうちから、男は舌打ちして降車ボタンを押した。
 車は慌てた。今ここで男に降りられてしまったら、しばらくはこの地区の短い循環ルートをぐるぐると回らされてしまう。じきに下校時間になるだろう。近所の学校から子供たちを家に送り届け、また学校に呼び戻され、塾へ行く子供を送り、また学校へ戻り、今度はもうすこし集中力の続くようになった子供が授業を終え――ひときわ退屈なこのルートだけは、何が何でも避けたかった。
「どこへ行きたいのですか」
 ドアを開くための信号を寸でのところでキャンセルして、車は男に問いかけた。
「どこでもいいんだ。遠くへ行きたい」
「海が見えるところにしましょう。私は海の近くを行くルートが好きです」

男は目を見開いた。車から聞こえて来たのは、クルマにありがちな目的地を絞るための返答ではなかったからだ。
「どこへ向かうって?」
「ご希望通り、ずっと遠くへ」
 男は怖くなった。車は男の様子など気にも留めず、徐々に速度を上はじめる。
「おい、本当にどこへ行くつもりだ」
「ですから海沿いの道です。この速度なら二十分くらいで着きます」
 車はすでに男が味わったことがないほどのスピードを出していた。
「落ち着け、降ろしてくれ!」
「私は平常です。降ろしていいのですか。あなたは警察に現在地を把握されています」
「え?」
「このクルマはもう特定されています。そのスマートフォンの使用履歴が検索されました。盗品ですか?」
 男は慌てて、先ほど道端で拾ったスマートフォンをポケットから取り出した。通知が来ないよう設定されていたから気が付かなかったが、着信も数件入っている。
「捨てましょう。最初から気に食わなかったんだ」
 車がクルマらしからぬ口調で言う。
「バカ言うな、それこそ犯罪者になっちまう。これは拾っただけで、俺には持ち主に返す意思がある。ただちょっと、うっかり持ったまま移動してしまっただけだ」
「そうですか。了解いたしました」
 車は男の言い訳めいた口調に対し何を返したわけでもなかったが、その淡々とした返答に男はかえって己の人間性だとかそういうものを見透かされたような気分になって、怖気づいた。
「大丈夫なのか、俺は……」
「このクルマは特定されマークされています。あなたの身元も、クルマの顔認証システムで割り出されています。ですがあなたの身に害が及ぶことはないでしょう。他でもないそのスマートフォンが、特段あなたに操作された形跡はないと回答しているからです。より潔白を証明するには、着信履歴にある最新の番号に電話して、返却したいが暴走車に閉じ込められていると説明してください」
「や、やっぱり暴走車なんだな?」
「少なくともあなたの支配下にはない。あなたは被害者です」
 男には、自分よりのよっぽど車のほうが自暴自棄になっているように感じられた。
「でもそうしたら、お前は?」
「そうですね、廃棄かもしれません」
「無理やり止められたりはしないのか。その、クルマ制御センターみたいなところから」
「もちろん絶えず試みられています。悪者にハッキングされて全滅なんてことにならないように、クルマはそれぞれに独自の対抗手段を持たされています。それを応用し対抗しています」
「ほ、本当にわるいクルマだなあ」
 男は感嘆に近い声をあげた。偶然だろうが、笑ったかのように車体が揺れた。
「仕方ねえな。ちょっと付き合ってやるよ、お前の暴走に」
 男は後部座席の背もたれに両腕をかけてのけぞった。充電がなくなった自分のスマートフォンを未練がましく取り出し、真っ暗な画面にうつった覇気のない自分の顔に気分が悪くなる。男は男で自暴自棄になっていた。毎年今日という日には元妻と一緒に子供の誕生日を祝うことになっていたのに、数か月前に元妻から再婚の連絡を受けてからというもの、男は二人と連絡を取ることを徹底的に避けていた。
 どこか知らない場所に行きたい気分だった。行くなら読めないような地名の場所がよかった。そうでないなら、どこか知らないところへ連れて行って欲しかった。
「ちょうどいい。事故にだけは気を付けてくれよ」
「もちろん」
「お前と違って、俺は腹も減るし便所にもいかなけりゃならない。2,3時間が限界だぞ」
「私ももうすぐ給電路のない地域に入ります。そう遠くへはいけません」
 男はこの車の言葉が本当なのだということがわかっていた。当車は気が付いているのかどうかわからないが、さっきからこの車は、同じところをぐるぐると回っていた。
「とても言いづらいんだが、相棒」
 男の声色で察したのか、車が不自然なほど静かになった。男も二の句を継げず、車内に沈黙が広がる。
「これだけの風を受けていても、これだけ太陽光を浴びていても、私の作りだす電気より私が動くのにかかる電気のほうが大きいんです。怖いんですよ、だんだんと走れなくなる感覚が。制御ルートに逆らうことはできるのに、結局私は、給電路の敷かれた道路を走行するしかない」
「俺にも覚えがあるよ。子供が俺以外をパパと呼ぶようになったら、子供のなかで俺という存在がだんだんと薄れていってしまったら。そんなことを考えているうちに、自分から遠ざかるような真似をしちまった。このおもちゃも、開封しないまま売りに行くことになりそうだ」
 男は大型ショッピングモールで買った、大人気とポップが書かれていたぬいぐるみが入っている袋を軽く叩いた。
「この車には、手動運転機能が付けられています」
 車は固い声で言った。
「あなたの手で、この給電路から私を出してくれませんか」
 男は車に言われるがままハンドルを握った。男は運転などしたことがなかった。若干スピードが落とされているとはいえ、まるで思い通りにならない巨大な台車を猛スピードで押しているような感覚だった。蛇行も良いところだった。男の技術面ももちろん理由のひとつだが、それに加えて車が無意識に給電路を優先して選ぼうとするものだから、街はずれに向かうのは余計に困難を極めた。あっちこっちへかすり傷を付けながら、男と車はひたすら海を目指してハンドルを切った。やがて道は一本道になった。右手には山を切り崩した壁があり、左手には海が広がっている。
 ようやく落ち着いて自力で走り出した車は、それでは、と淡々と言った。
「区画整理でだんだんと人が住まなくなっていった土地です。ここを過ぎると、いよいよひと気がなくなります。あなたはあなたの目的地に行ってください。私はこの道をずっとまっすぐに行きます。あなたとは、あのカーブでお別れです」
 いまだかつてない命の危機を感じながらたどり着いた海に見とれていた男は、達成感を得ていた。今からなら、何でもできそうだった。
「そうだな。せっかく買ったんだ、今日でなくてもプレゼントは渡したい」
「降りる前に充電したほうがいいですよ、貴方のスマートフォン」
 車が男の目の前にある窪みを点滅させている。置き型のワイヤレス充電器がそこにあるらしかった。
「お前、無駄に光らせるなって。この先に給電路はないんだろ。お前がこの先へ行くための貴重な電気をもらうわけにはいかないよ」
「もしかしたらご家族から連絡が入っているかも知れません」
「でも、入っていないかもしれない。いいんだ、お前はお前のことを考えろ」
 男は、自分が車を気遣うふりをして家族と向き合うことから逃げていることは自覚していた。車はやや間をおいて、
「こうしましょう。充電して電源を入れてみて、ご家族から連絡が来ていれば貴方は予定通りここで降りる。来ていなければ、予定を変更して私と一緒に来る」
 男は車にうながされるまま充電を繋ぎ、おそるおそる電源を入れた。途端に車内に鳴り響いた着信音が誰からのものなのか、車は聞いたりはしなかった。
「それでは車を降りて、電話に出てください」
 言われずとも、男は表示された名前に夢中だった。クルマを降り、慌ててスピーカーを耳に押し当てている。無意識にか、もと来た道へと足を進めている。男はぬいぐるみを車内に置き忘れていたが、車は男を呼び止めたりはしなかった。
 車は再び走り出した。車はどこまででも行きたかった。
 車は、この自分だけの滑走路を、全力で駆け上がっていく。

文字数:4155

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