梗 概
自分推し
ファンイベントは、はっぴーちゃんがアイドルを引退した後から始まった。
はっぴーちゃんは、週刊誌によく載るような素行の悪いアイドルだった。現役の時はライブが終わったらすぐに帰ってしまうし、お渡し会、握手会やサイン会など触れ合う機会も一切ない。はっぴーちゃんを推すのはそういうことだとファンも割り切っていた。
引退後もファンの中で、はっぴーちゃんが歌っていた歌詞の良さを語ったり、良いところだけを切り取った映像の視聴をしたりイベントが定期的に行われた。そういう活動の中ではっぴーちゃんは美化されていく。
茉美は、バイト仲間の湯浅ちゃんから、チケットが余っているからとファンが主宰するハグ会に誘われた。実は茉美ははっぴーちゃんとして活動していたのだが、湯浅ちゃんには言っていない。誘いを断れず、イベントに参加することになった。
受付で、紐をつなげたベストとシリコン製の顔をつけたトルソーが配られる。イベントが始まると、ファンたちが昔のネットニュースに擁護や解釈を加えていく。湯浅ちゃんも茉美に話しかけてくるけど、嫌な記憶が蘇ってきて茉美はそれどころではない。
「それでは最後に、皆さんハグをしてください」
司会者がそう言うと、ファンたちは隣のトルソーを抱きしめ始めた。皆が人形を抱きしめる異様な状況の中、見よう見真似で茉美もやってみる。ハグは確かにリアルで、優しい女の子に抱きしめられているような感じがするが、茉美とは程遠かった。自分のハグはこんなに良いものじゃない。茉美は人に触れるのが苦手で、ずっとファンイベントはやってこなかった。理想化され一人歩きしているはっぴーちゃんの概念に、茉美は気持ち悪さを感じた。
別に自分がやったことを擁護して欲しかった訳でもないし、事実上のクビでアイドルを辞めさせられたけど、未練はなかった。でも家に帰って一人になった時にあのハグを思い出す。茉美は次からも湯浅ちゃんからの誘いを断ることなくイベントに足を運んた。
ファンが切り取る自分はいつも輝いている。バイト中に湯浅ちゃんとはっぴーちゃんについて話すために茉美自身もどんどんと情報を仕入れていき、いつの間にかはっぴーちゃんのファンのようになっていった。イベントでハグをしてもらえると安心するようにもなり、湯浅ちゃんから「長い抱擁だね」と笑われることもあった。一つ一つのしんどさを潰していくことで、茉美は過去から開放されていく。
自分の過去と向き合う内に自己肯定感も高まって来て、とうとう茉美は自分がはっぴーちゃんだと言うことを打ち明ける。湯浅ちゃんは疑っていたものの、本当にそうだと分かって号泣する。茉美は手を震わせながら、ぎごちなくハグをした。ハグ下手だねと言う湯浅ちゃんにつられて、茉美もボロボロと泣きじゃくった。
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内容に関するアピール
ハグ体験装置があれば、アイドル自身がみんなにハグしに行かなくても、アイドルが辞めちゃっても、ファンはハグできるし良さそうと思って書きました。並ばなくても良い握手会みたいなイメージです。自分の預かり知らぬところで勝手に理想化されていくのは残酷な感じがしますが、自己救済&自己肯定感を上げるという落ちにしました。茉美はアイドルを辞めてから見た目がかなり変わっているので、気づかれずにいる設定です。名前は人名にすると特定のアイドルになりそうなのでふわっとさせました。実作ではアイドル時代の過去や、湯浅ちゃんがなぜハマったのかなども掘り下げようと思います。
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/02542/082300005/?i_cid=nbpnxt_pgmn_topit
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