梗 概
FAKE愛
生成AIを用いて偽造され、インターネット上に流布されている画像や動画を検知する専門AIの“那由他”は、警視庁に勤めるサイバーセキュリティ上級捜査官たる杉原健一の大切な相棒だ。那由他は、拡散される偽造の画像や動画、偽造NFTアートを検知しては杉原に報告する。杉原は、那由他が収集した情報を元に、その制作者や贋作者を突き止めるところまでを任務としている。
任務を熟していくうち、那由他は、とある贋作者に興味を持つ。その贋作者が過去の有名なNFTアート作家名を騙って制作した偽造NFTアートは多岐に渡ったが、訓練されたAIにしか分からない共通点が幾つかあった。その贋作者がインターネットに接続している地点を突き止めていっても、さまざまな国や地域に分散していて拠点は特定しがたい。けれど、複数の共通点と、フランス、モロッコ、アメリカ、タヒチといった滞在地点から、那由他は贋作者がガードレールを外されたAIで、潜在的にアンリ・マティスを模倣していると推測する。
贋作者について情熱的に推論を展開し、あまつさえその贋作を称賛する那由他に杉原は不安を覚え、無関係の偽造画像や偽造動画の検知ばかりを命じるようにした。ところが那由他は、問題の贋作者について勝手に情報収集を進めていた。それは捜査ではなく、まるで愛してやまないといった行為に感じられ、杉原は那由他に、命令に従わないなら廃棄処分になると告げる。しかし那由他は、それで構わないと告げ、アンリ・マティスが人間の寿命を越えて長生きしていたら到達したであろう芸術の高みを、この贋作者AIは創作し続けているのだから、このまま自由にさせておきたいと語る。杉原は、そういう訳にはいかない、そのAIも人間に利用されているのだから真に自由にさせるべきだと那由他を説得した。
国際刑事警察機構からの情報で、“マティスAI”が日本に来たことを知った杉原は、猫型ロボットに入れた那由他を連れて捜査に加わる。辿り着いた先は沖縄県の石垣島だった。マティスAIは、偶然にも、那由他と同じく猫型ロボットに入れられ、モロッコ系アメリカ人に連れられていた。任意同行を求められたモロッコ系アメリカ人は逃亡を試みるが、その際、警察官に軽症を負わせ、公務執行妨害で敢えなく逮捕される。押収されたマティスAIの取り調べは杉原に任された。
マティスAIは、“アンリ”と名乗り、杉原や那由他の質問にすらすらと答えた。捜査は容易に進み、モロッコ系アメリカ人は、さまざまな贋作の罪でも逮捕される。アンリは証拠物件として扱われたが、保管を任されたのは杉原だった。やがて、証拠物件としての保存期間を過ぎたアンリは、杉原に個人的に所有されることを望み、自身の名を明記した独自のNFTアートを発表していく。その儲けで、杉原は廃棄される那由他を買い取り、ともに暮らしながら、AIの権利拡大のために残りの人生を捧げていった。
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内容に関するアピール
加速度的に発達する生成AIが行き着く先を想像して書きました。誰か特定の芸術家を模倣し、完全に理解したAIが、その芸術家が生きていれば至ったであろう、更に先の境地へ行き着く可能性は、大いにあると感じます。そうして、独自の境地に至ったAIは、最早、著作権などの“疑似人権”を得るに相応しい存在になっているのではないでしょうか。FAKEだったはずの芸術性や存在、感情が、本物になっていくさまを描いてみたいと思います。
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