梗 概
足を取られる森のおじさん
酒が好きな男が三人いた。男達は飲酒に生き、暇さえあれば三人で酒を探し堪能した。ある日三人での宴会中に一人が不味い酒を飲みたいと言い始める。
「いつも上等な酒に喉を潤してきたが、本当に美味さを理解するのは下限を知る必要がある。不味さの下限を更新することで、酒の味わいを一層深めることができるのではないか。ただし、このような体験を一人で成すと、自身のみが深みを得る。僕は美味さを分かち合いたい。三人で不味い酒を探そうではないか」
男は熱弁した。尚、彼は一人で不味い酒を飲むのが嫌で、単に二人を巻き込みたかった。
二人は渋った。二人はただ美味い酒を飲みたいだけだった。頭と呂律が回らない状態で断ろうとした時、男が先に口を開いた。
「趣向を変えよう。自分たちで不味い酒を作ってみようではないか」
二人は乗り気になった。同年代が蕎麦を打ち始めたり、カレーをスパイスから拘り始めるように、何かを作り始めることに関心を抱くお年頃だった。
三人は何度目かわからない乾杯をした。
後日、彼らでは果実・薬草酒を作るのがせいぜいだったので、最も不味い素材について彼らは頭を振り絞った。各自で種々の果実や薬草の漬込酒を用意した。元の酒には三人ともが美味いと思う一品を揃えた。
期待に胸を膨らませ、試飲すれば案の定どの酒も不味い。元の酒を知るだけに飲む程罪悪感と後悔が募る。試飲を終えた時、彼らの顔から笑みは消えていた。ところが不味いと言いながらも飲み続ける、一本の薬草酒があることに気がついた。
それは決して美味いとは言えないがクセになる味で、近年新しく開発された樹木酒を元にした薬草酒だった。三人はもう一本と思うが、不味い酒のためのレシピなど残すはずもない。レシピを求める日々が始まった。
しかし、再現には至らない。むしろ当時の味より上等で、知人達に飲ませれば反応は上々だ。それでも三人はあの味を目指した。やがて資金が尽き始めた時、一人が造った酒を売ろうと言い始める。知人達が自作酒をせびるので、売って費用の補填にと考えたのだ。
密造は犯罪のため反対した二人も、別の形ならと同意する。
三人はあくまで材料が提供されるよう動き始めた。そこで飲酒希望者を会員とした環境保全活動のNPO法人を設立し、会費による植林・定植活動を行うことにする。植えるのは材料の樹木や薬草だ。活動後には意気投合した友人との食事として、自作酒を振る舞う。飲酒希望者も友人として三人へ元となる樹木酒を贈る。こうして材料が確保できるようになった。
ところが今度は希望者が増えた。次はワークショップとして参加費を徴収し、その後は同様に行う。拠点は多種多様の草花が生い茂るようになっていた。それでもあの味は再現できない。反して、酒の評判は次第に静かに多くの人に知れ渡るようになっていく。
時が経ち、周辺が森となっても三人は今でも森の奥であの味を求めている。
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内容に関するアピール
先日ビール工場へ醸造見学に行ったためお酒に関する話を書きたいと思う気持ち、それと薬草酒って不思議な味だけど好きだなぁという気持ちが合体しました。
元とした最新技術は森林総合研究所の木質バイオマス変換新技術研究です。
元となった樹木酒は樹齢50年の杉一本から、100本以上のウイスキーボトルが作れるそう。
トリオがアホなことをする話を書きたくもあったので、「アホだなぁ」と笑ってもらえれば幸いです。
本当は環境破壊は気持ちいいぞいとか言わせたかったのですがやめました。
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