梗 概
記憶の味
ある深夜、前田琴美はネット通販で水晶玉のような照明器具を衝動買いする。七色の光が奇麗でインテリアとして良さそうだった。
数日後荷物が届く。箱を開けると照明器具にしてはちょっと変なものが入っている。両手で包みこんで持てるくらいの大きさの球状をしているけれど感触は柔らかい。内部には幾つもの発行体があり時折微かに光を放っている。バッテリーが充電済みで光ってるのかな? と琴美が思っていると、それはもぞもぞと動いて、表面に触手のような突起物がニョキニョキと生えてきて、そして、突然、跳ねるように飛んで琴美の額に張り付いた。琴美は剝がそうとするが剥がれない。もがく琴美だけれど、しだいに頭の中がスッキリしてくるのを感じる。数分後それは床に落ちて突起物もなくなっている。中をのぞくと黒い靄のようなもので満たされていた。しばらくすると黒い靄は表面から煙のように立ち昇って消えていった。
その物体は頭の中の嫌な感情を吸い取って浄化してくれる、ということに琴美は気づいた。通販サイトに問い合わせたかったけれど消滅していた。これは生物に違いない、と琴美は確信してマリモ(形状が丸いというだけの理由)と名付けてペットとして飼うことにする。エサは自分の感情を食べさせてやればいいみたいだ。あの消滅した通販サイトは、この生物を何処で手に入れたのだろうか? もしかしたら、宇宙生物? 異次元生物? SNSに投稿すれば誰か教えてくれるかもしれない。でも、琴美は自分だけの秘密にした。マリモは人懐っこい性格で、数日も経つと突起物を足のように動かしてヨチヨチ歩いて琴美にすりよってくる。マリモは人の感情だけでなく記憶も吸い取ることができて、その記憶の情景を透明の体内に映像として再生することができた。琴美は忘れてしまった過去の記憶をマリモに吸い取らせて再生してもらって、楽しい思い出に浸っていた。琴美はマリモと二人だけの生活を楽しんでいた。ところが、遊びに来た友人のユリに知られてしまいマリモの動画をSNSにあげられてしまう。
数日後、二人の警察官が訪ねてきた。マリモに捜査の協力をお願いしたいという。殺人容疑で逮捕した黙秘を続ける男の記憶を吸い取ってほしい、という依頼だった。「マリモ、どうする?」と琴美が訊くと、マリモはオレンジ色の光を発した。「やるそうです」琴美は刑事たちに言う。
警察の取調室。黙秘を続けている容疑者の男の前にマリモを置く。男はマリモを驚きの目で見る。マリモは素早く男の額に飛びついて張り付く。数分してマリモは男の額から剥がれて床に落ちる。マリモの内部で男の犯行映像が再生される。その後マリモは真っ黒になり苦しそうに転げまわる。隣室で見守っていた琴美が取調室に走りこんできて「マリモ、早く黒い靄を吐き出して」と言う。しかし、マリモは窓から空へ飛んで行ってしまう。琴美は窓から空を見上げる。マリモはもう見えない。
文字数:1200
内容に関するアピール
変なペット、変なペット、変なペット、と呪文のように唱えながら考え続けていたら、人の感情や記憶を食べて育つ生き物をペットにしたらどうなるだろうか? という考えに行き着きました。想像力・妄想力を全開にして書きました。マリモは犯罪者の強すぎる悪意を吸い込んで、それを地球上で解き放つのはよくないと思って、宇宙空間に捨てに行ったんだと思います。捨てたあとは琴美のもとに帰ってくると思います。
文字数:191