梗 概
炎天下
夏。祖父が亡くなった報を受け、久しぶりに地元に帰ってきた悠一は憂鬱だった。この街には良い思い出がない。集まりを抜け出し、煙草を吸っていると、痩せた男に話しかけられる。和雄と名乗る、怯えた様子の男の姿に悠一は冷たいものを覚えた。瞬時に脳裏に蘇るのは、二十数年前の記憶である。
中学受験を控えた春頃、母親たちの目の色も変わり始めた頃、悠一と貴史は塾を抜け出した先、廃工場の裏手で妙な物を発見した。
雑草の茂る駐車場跡地の片隅にひっそりと置かれたポリバケツと、その中で銀色の体をくねらせる不思議な生き物である。
図鑑にもない新種の生物。ジョーと名付け、即座に二人で飼うことに決めたものの、肉も野菜も全く食わない。唯一、吸い付くような反応を示したのが二人の指先であった。
翌日、登校した二人は奇妙な違和感を覚える。楽しみにしていた球技大会の表彰状がクラスに飾られていたのである。そこには悠一と貴史の名もあったが、二人はまるで参加した記憶がなかった。写真も確かに残っている。しかしクラスメイトに尋ねても誰も二人の活躍を覚えていない。よく観察してみると、球技大会はおろか、廃工場を後にしてから日付が一週間ほど飛んでいるようだった。途方に暮れつつも再び塾をサボった先で、二人の目に、ジョーは少し大きくなったように映った。
そうした中、塾のサボりを咎めに来たガキ大将の和雄に秘密を知られてしまう。時が飛ぶことにより塾の勉強をサボれることに気をよくした和雄は、案の定「うちで飼う」と言い出し、バケツごとジョーを持ち帰ってしまうのだった。
意気消沈する二人であったが、それからしばらくして和雄の様子がおかしくなった。どこか上の空であったり、突然怯えだす、といった仕草を見せるようになったのである。友人や教師が訝しむ中、二人はジョーが関与していると確信した。
和雄に元の場所に戻すよう進言するが、聞き入れられない。そうしているうち、夏休みを目前にしたある日を境に、和雄はぷつりと姿を見せなくなってしまった。
責任を感じた二人が和雄の家を訪れると母親が出迎えた。通された部屋の床には、一抱えほどにもなったジョーが塒を巻いていた。惚けた様子で「たった二ヶ月でこんなになるんだぜ」という和雄。隙をつき、二人はジョーを廃工場まで担いで行く。
廃工場では目を凝らすと無数の銀色の生き物が空を飛び交っていた。抱えていたジョーが体をくねらせ群れに合流していく。
それからは受験勉強に追われ、中学に上がり、貴史とも離れ離れになった。以来、あの生き物の話は誰の口にものぼることは無かった。
今、雄一の目の前の和雄にかつての面影はどこにもない。あの魚はどこかへ行ってしまった、と告げ、和雄は逃げるように去っていく。
近頃、時間が経つのが早い気がする。確かに経験したはずなのに、思い出せない記憶も増えた。視界の端で銀色の光が翻った。太陽の下、不安が音もなく忍び寄る。
文字数:1199