ポタラカへとんでゆく

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梗 概

ポタラカへとんでゆく

その星の名は〈じぇねりっく・ぽたらか〉といいました。

綺羅星鉄道はくるくるまわりながらその星へつっこみました。六さいの〈ぼく〉はもう、しぬんだ、とおもって、いっしょに星から星へと旅していたおばさんにかかえられ、まどの外、はるか下のほうに山のそびえるのを見ました。でも鉄道はおみごと、山と山の間の空港ステーションにちゃくりく。はじめての星におり立ったぼくは、生きているうれしさにふるえて、空港を走り回ります。すると、空気のうすいこの星で、しかも高い山でのこと、あっというまにぼくは高山病でたおれました。
 
 昔の地球そっくりにしているというこの星では、病院も昔のまま。ぼくは病院でおしりに太い注射をうたれ、おばさんにおぶわれてホテルにいきました。そのとちゅう、この星のヒトらしいおない年くらいの女の子が、おばさんの背中でぐったりするぼくの首すじに何かとても小さなモノをなげつけてきました。チクリとしたそれは、どう見ても“オナモミ”。
 
 ぼくはホテルのベッドで羊の皮のさんそぶくろにつながれながら、さっきのオナモミの女の子の夢を見ました。もこもこの羊にしがみついたぼくは、やっとのことかたほうの手を、その子のほうへのばそうとしました。そこへ、買い物に出ていたおばさんが帰ってきたから、ぼくは夢からさめました。おばさんは茶色いぶどうみたいのをひとつぶずつもいで、ぼくに食べろといいました。この星では道ばたでもよく売っているくだもので、水分がとれるし、あまくてえいようがあるらしい。
「目みたいな大きなタネがあるから、それは口から出すのよ」
 ぼくはそのくだものにむしゃぶりつきました。おばさんの声はやがて、あの子の声にかわってきこえました。
「どう? のどがかわいていたんでしょう? さっきトゲをさしたから」
「きみはだあれ。とげってなあに」
「しぬような毒じゃないの、ただ、のどがかわくだけ。わたしの肉をたくさんたべられるように」
「にく?」
「そうよ、竜の目ロンガンの肉。たべたらでかけましょうね」
 女の子は姉さんのように話してきました。ぼくはもうぼぉっとなって、羊にのってその子と外へ出ました。たどりついたステーションは、ぼくがこの星にやってきたときの空港ステーションとはちがう、ほんものの、鉄道の駅でした。
「これがほんとうの綺羅星鉄道なの。あなたののってきたのはニセモノ。ほんものは、宇宙なんてとばないんだから」
「この鉄道は、どこへいくの」
「星のまんなか、ポタラカ宮殿へ」
 女の子は、宮殿のうらにこの星のじぇねりっくなひみつがながれこんでいるの、と言い足しました。
「その、さかさに水のながれこむ泉まで、いっしょにいってちょうだい。あなたとなら、わたし……」
 その子の体はまどをぬるりとのりこえ、竜になって汽車によりそいました。

だれかがぼくの名をよんでいます。「ようちゃん、」と、ぼくの背中のまんなかをたたいています。オエっとぼくはタネをはきだしました。竜の目が出てきました。おばさんがぼくをのぞきこんでいます。けれど、ぼく、あの子となら、あの鉄道にのっていってしまってもよかったのに。
 ぼくはポタラカへはいけず、いまの地球へとつれもどされました。

(おしまい)

文字数:1334

内容に関するアピール

この物語は昔々のチベットをモチーフにしています。親がこういうタイプの旅行が好きだったので、旅とはsurviveするものだと長らく思っており、この時はひと月近く中国各地を彷徨っていました。写真左はチベットの空港、写真右は酸素吸入をしている幼いわたしです。これまた親の趣味により、この頃のわたしはいつも少年の姿をしていました。
 物語はもちろんフィクションですが、飛行機が危なかったのと、高山病と、オナモミのあたりはだいたい本当です。結局、わたしはラサにいる間に快復に至らなかったため、ポタラ宮へは行けませんでした。
 ちなみにこのあと香港に寄り、当時中国に進出していた日本の百貨店「そごう」の食料品売り場で恋しい日本食〈かまぼこ〉と出会い(羊肉を食べる機会が多かったので…)、自分史上最大級の腹痛に見舞われるのですが、それはまた別の話…

文字数:365

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ポタラカへとんでゆく

日の暮れる頃、異国の地で、ある少年が両親と共に列車に乗った。一家はポタラカの宮殿を目指し、遠くから旅をしていた。
 寝台付きの車両は静まりかえり、こっそり首を出してみた通路にもたれも居ない。
 否、疲れて眠る両親を置いて少年が客室を出て数歩いくと、そこにぽつんとたれか居た。
「こんにちは」
 言葉が通じるかしら、と思いながらも声を掛けた。怖じ気づいているというふうに見られたくなかったのかもしれない。年の頃が同じと見えた白い服のその子どもは、しかし、開け放った車窓の縁に手を突いて振り向かなかった。
「なにしているの」
 仄かに上下する相手の横顔、もぐもぐと動く口元を見やる。と、その口から何か小さな黒いものが、走り去る窓の外へフッと飛んだ。
「お行儀が悪くない?」
 驚いて、水田のひた続く遠景の中に飛んでいったモノ、たぶん果実の種、の行方を探すふりをするが、むろん見つかるあてもない。
「行儀は悪くない。この地ではこういうものだ」
 口ぶりと声から同性ではないかと思ったが、確信は持てない。髪を短くした女の子かもしれなかった。ようやく振り返ったその顔は、太陽を受けた肌の色、切れ長の目の形、見慣れぬ、やはり異国の顔立ちをしていた。
「言葉が話せるの」
「失礼だな」
 異国の少年は手の上で小さな果実をいくらかもてあそんだ。こぶりの葡萄くらいの房ではあるが、ひとつひとつの実の外側は薄茶色をしている。
「ごめん、あの、通じるの、っていう意味」
「そっちから話しかけてきたんだろう」
「うん、そうだけど、」
「ほら、」
 果実を小さくひと房、千切って投げて寄越す。落とさないように受け取るのが精一杯。掌の中に果実同士が当たって弾む感触がする。
こうやって、と異国の少年は自らまたひと粒を口に入れて見せる。その唇が紅をさしたようにあかく濡れ、傾いた陽の光に輝いていた。幾度か軽く噛むと、また窓の外へ向けて皮と種とを器用に飛ばしてみせる。
「あの水牛に向かってやってみたら、うんと飛ぶ」
 水田を耕す黒い牛を指差した。何頭も何頭も、列車がどれだけ進んでも牛はいる。
 掌に果実をもてあましていると、ふいに距離を詰められ、ひと粒、口に詰め込まれた。反射的に口の中のものを噛む。相手の指先からは水のにおいがした。
「あまい」
 思わず言葉が漏れ出た。ひと噛みで蜜のような果汁が舌にまとわりつく。
「そうだろう。見た目とは違うから」
 それから、思ったよりも大きな種が歯に当たり、顔をしかめる。
「そう、それが竜の目」
「リュウ、」
 果肉と分離したごわごわの皮が、口の中で舌の回るのを邪魔した。
「そうしたら、こうするんだ」

異国の少年は、車窓から思いきり身を乗り出した。ぬらりとその体が窓の外へ伸びていく。服の代わりに光る白い鱗。太陽の色の角。たれそかれの空に舞う。そしてポタラカへとんでゆく。

(了)

文字数:1167

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