モーニングコーヒーはいつまでも

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梗 概

モーニングコーヒーはいつまでも

毎朝出勤前にスターバックスでコーヒーを飲むことが日課の中年男性、矢島。ある日渡されたショートサイズのコーヒーがとても小さくなっていることに気づく。矢島が店員に「サイズ小さくなりました?」と聞くと「ずっとこのサイズですよ」と返ってくる。今朝は皆知らない顔の店員だった。

矢島の大学生の娘が扉を開けてやってきた。朝活で一緒に勉強したいと言い、ひと月前から待ち合わせていた。
 娘は落ち込んだ様子で「お母さんが死んでから元気がでない」と言う。矢島は驚く。「ママは死んでなんかいないよ」
娘は「お母さんは半年前に癌で死んだじゃない」と返す。
 矢島がコーヒーのカップを持ち上げると、ロゴがスターバックスではなく「スタッブス」になっている。いつの間に店名が変わったのか? メニュー表を見るとコーヒー以外の項目がない。「スタッブス」は本格コーヒー専門店だという。矢島は夢かと疑うが、目は覚めない。
 混乱しながらも矢島は娘の分のコーヒーを注文する。すると足元を突かれている感触があり、下を見るとうさぎが裾を噛んでいた。驚いて立ち上がると娘は「ここはうさぎカフェなんだから」と言う。いつの間に全てローテーブルとクッション席になっており、ロゴも緑の人魚から緑のうさぎに変わっていた。いよいよ変だと気づいた矢島は辺りを見回し、一人席でMacBookを抱える若い男性に声をかける。大量のうさぎにのられる彼も困惑した様子で、自分はスタバにいたはずでうさぎカフェなど来た覚えがないと言う。
「追加ワンドリンクで30分延長できます」とやってきた店員は大学生になったばかりの矢島の息子だった。矢島は驚くが息子も娘も特に反応せず、ここでは他人であるようだった。矢島はコーヒーを注文するが、息子はそんな飲み物は存在しないと言う。

また店内の様子が変わる。うさぎはもうおらず、古民家の内装だ。矢島の息子がメニュー表を持ってくるが、古民家紅茶カフェ「白鯨」となっている。MacBookの彼、佐藤も一緒のテーブルに座ってもらい、紅茶を頼むと、今度は店内がショッキングピンクになり目の前の席には息子が座っていた。店員としてメニュー表を持ってきたのは娘だったが、メイド服を着ている。今度はメイドカフェにいるらしい。佐藤は変わらず、横の席で意味がわからないと頭を抱えている。その時コップが倒れて中身がこぼれた。こんな風にこぼしたコーヒーを誰かに拭いてもらったことがある。妻だ。矢島は妻とカフェで初めて出会った。様々なカフェに移動しても、一度も妻が現れないことに矢島は違和感を覚える。笑顔で向かいの席に座るのは妻の役目だった。矢島は妻は死んだと娘が言った世界が自分の元いた世界だと気づく。
 カフェの変化は終わり、そこはもう元のスターバックスだった。
 娘と息子と、MacBookを抱えた佐藤が席を囲んでいた。矢島は涙を拭い席をたつと、全員分のコーヒーを注文した。

文字数:1199

内容に関するアピール

この間久しぶりにスタバでショートサイズを頼んだら小さくなっていて驚いたので書きました。ささいなこと代表です。(運営会社の方申し訳ありません!)
 サイズの変化という日常の出来事が、世界そのものへの違和感のきっかけだと面白いなと思い組み立てました。
 出勤前のカフェ通いが日課の主人公が、注文というトリガーによってパラレルワールドのカフェに移動するお話です。

喪失は人生のなかでとても大きなことですが、私はもういないことそれ自体をどうしてか日々の暮らしの中でふと忘れてしまうことがあります。そうだった、いないんだったと思い起こす瞬間のこころのざわつきはどうあっても慣れません。主人公にはその部分を担ってもらおうかなと思っています。

実作は娘や息子の性格や主人公の所作など、細かな部分を書き込むことで、逆にそこに「もういない人」を感じさせられる中身にできたらと考えています。

文字数:381

課題提出者一覧