都市船の神子

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梗 概

都市船の神子

地球規模の災害が繰り返し起こり、人類が定住を諦めて数万人単位で水陸両用の都市船に住む時代。大八洲国に属する都市船「丹波」に住む少年、八年生の矢持高穂は、進路に迷っていた。基礎課程修了後、防衛隊に志願するか、食糧生産科に進むか。放課後、都市船の舳先を訪れた高穂は、神官服姿の少女と出会う。神官とは時戻りの力で都市船を守る公務員だ。人類の四次元空間利用の第一歩とされる時戻りは、精神のみで自身の過去の肉体に戻る力で、発見以前は無意識に使われ、既視感等として捉えられてきた。誰もが使えるが、任意の過去に戻るには訓練が必要で、戻った途端、未来の記憶は薄れていくので、扱い切れる人間は少ない。また一生の間に使える回数は個人差があり、五回から十回だとされている。ただ、使い熟せれば人生をやり直せる力なので、訓練は多くの都市船で基礎課程に入っている。
 高穂の名札を見た少女は山本穂波と名乗り、自分達の名には都市船に住む人々の祈りが込められていると語った。高穂は進路に迷っていると吐露する。穂波は防衛隊はやめるよう言ってきた。近い将来、大八洲国に属する都市船群とガンガ国に属する都市船群の間に戦争が起き、戦死する可能性が高い、と。確信した物言いに、高穂は時戻りをしてきたのかと問う。穂波は悲しげな表情になり、逃げるように去っていった。その後ろ姿を見て高穂は、この情景を見たことがあると感じる。それは、自分が時戻りをしたことを意味した。何となく舳先へ来たと思っていたが、時戻りをし、薄れゆく未来の記憶で、ここへ来ると念じて来たのだ。自分達は会うべくして会ったと悟った高穂は、神官について調べる。穂波が学生の年齢に見えたからだ。結果、神子と呼ばれる存在を知る。神子は、時戻りの力が強くなるよう遺伝子改良及び教育を施された人間で、人権はなく、都市船自体の危機回避を担っているという。穂波から個人的に哀れまれたと感じた高穂は、敢えて防衛隊に志願した。
 二年後、ガンガ国の都市船「ハワー・マハル」との衝突の中、高穂は穂波を見かけて命懸けで守ろうとする。しかし自身は怪我で済み、逆に穂波は「きみを殺したくない」と呟いて死んだ。高穂は時戻りを決行。首尾よく戻った二年前の「丹波」の舳先で、高穂は穂波に一個人に構わず都市船を守るよう訴える。すると穂波は、個人個人を守るための自分だと答え、都市船の守り方にもいろいろあると諭してきた。その言葉を反芻し、高穂は再び防衛隊に志願する。二年後、覚え書きを頼りに穂波を守り切った高穂は、精度の高い時戻りの力を生かして工作員となり、諸外国から恐れられる存在となった。そんな高穂の前に穂波が現れ、泣きながら刺してくる。「丹波」は高穂の所為で各国から標的とされ、滅ぼされるからだという。死ぬ前に高穂は時戻りをした。あの舳先で、高穂は穂波に食糧生産科へ進むと告げる。穂波は初めて嬉しげに笑ってくれた。

文字数:1200

内容に関するアピール

人生において「あの時、ああしていれば、こうはならなかったのに」と思い、やり直したいと強く願ったことが何度かあります。今回のお題を見て、その「やり直し」ができる話を書きたいと思いました。ただ、容易にやり直しができたのでは、「やり直したい」という気持ちも強くは描けないので、やり直せるけれども、とても難しいという設定です。また、「やり直し」ができるのは一人ではないので、紡がれる未来も、なかなか思う通りには変わりません。平行世界などなく、一人一人が懸命に己の責任を全うしようと、よりよい未来を希求し、足掻く姿を描きたいと思います。
 「時戻り」は、人類がずっと有していたけれど、気づいていなかった力です。酸素があることに気づいたように、重力があることに気づいたように、精神のみで自分の過去の肉体に戻れることに気づいた人類が、それをどう使い熟そうとしているか、都市船生活の中に描き込んでいきたいと思います。

文字数:399

課題提出者一覧