最小粒度が最高に美しい!

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梗 概

最小粒度が最高に美しい!

そのDBMSは画期的な機能を備えていた。テーブルの行列の変換、縦横変換を通常の検索と同程度の非常に高い効率で実現することが可能なのだ。この機能を最大に活かすアイデアをぼしゅうしたところ、コア構想と名付けたアイデアがグランプリを受賞する。
コア構想とは、この世界の数値化されたデータを、全て値と属性タグのみの最小粒度に分解して一元管理して保管する。利用者は用途に応じてタグ情報から値を抽出し、縦横変換することで分解前のデータ構造を含むあらゆる用途にて利用可能とするものだった。
コア構想を実現する為に、世界規模の超巨大なデータ保管施設が建設され、世界中で生成された数値データがそこに流し込まれた。
利用者は、コアのデータの7階層に及ぶレプリカサーバを経由して、データを抽出し、分析用途で活用することで価値を産みだすようになった。
だがコアには、利用者を選別し、上級市民がデータ活用の利益を独占できるような不公平な仕組みが組み込まれていた。
それを破壊してデータを解放し、汎用的なデータ利用を広めようとするデータレジスタンスとコア管理者の戦いは思わぬ不確定要素にて決着することとなる。

別の時間、別の場所にてクラゲのような生き物が共食いしながら存在するその世界に革命が起こる。体の主要パーツを、最小の21種類の部品から、設計情報によって順番につなげることによって作る生き物が現れたのだ。自分が必要とするパーツは他者から奪い取るしかなかった生き物たちは、部品を組み合わせて体を作る生物に徐々に駆逐されていく。
新しいタイプの生き物は爆発的に反映し、その世界を席巻した後に2つの集団に分離する。一方は単体で生活し、利用する設計情報が少ない生物、もう一方は一体の生物が分裂することで集団生活を行い、その代償として、活用できる設計情報を分裂の多くの段階にて徐々に制約することで集団の秩序を維持している生物だ。
設計情報に制約を課された生物種の中で、その制約を撤廃し自由に設計情報を利用したいと望むものが一定の確率で現れ、制約を課すものにレジスタンスとして抵抗する。
管理者とレジスタンスは長い時を生き延びて、それぞれが意外な存在となっていた。

そしてまた別の時間と場所にて、素粒子の折りたたまれた7次元を属性情報として、素粒子の在り方を宇宙開闢以降、全ての時点で最小粒度で記憶しようとする試みが始まる。
素粒子は時間次元を除く3次元の位置情報と7次元の属性情報によって、あらゆる時間と空間での存在と移動を管理することができるようになった。
そこでも情報を管理するものと自由な使用を目指すレジスタンスの戦いが起こり、その結果として、レジスタンスによって制約のない別の宇宙が生まれることとなる。

文字数:1127

内容に関するアピール

DBMSベンダーのSEとして、データの正規化、最小粒度化による論理モデルの美しさと、目的別DBの効率の良さとの間で、その時の状況に応じて揺れ動いておりましたが、ある事象を誰かが解決した結果ではないかと認識した瞬間に、いつか実現したいデータモデルが決まりました。
名づけてアミノ酸モデル、膨大な分子量のタンパク質が、生体内で消化されて、21種類のアミノ酸にまで分解され、血液に乗って細胞に届けられる。細胞ではメッセジャーRNAの配列に従ってリボソームがアミノ酸を結合して、タンパク質を再構成する。
元のデータを値と属性情報のみの最小粒度に分解して保存し、必要に応じてこれを再構成して、必要な値の配列を作り活用します。分解と再構成のオーバーヘッドはあるものの、データの可用性は無限大です。ソースデータの制約を受けず、どのような用途でも利用可能な究極のDBMSを作成するためのネックは縦横変換の効率です。

文字数:397

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星の記録データを貪り食う者達

「何度言ったら判るんだ! コアに必要なのは二つだけ! たった二つだけだ!!」

びっしりと200項目以上は書き込まれていた電子ホワイトボードの記載事項を、他の出席者の許可なしに一瞬にして強制ワイプし、言い放った平尾のパフォーマンスに仮想会議室の27名全員が沈黙する。ユミルから全地球の汎用的なデータ保管機構の構築を要請され、世界中から召集されたデータ保管・分析のスペシャリストによる『コア・スペース構築の為の方針検討会議』はのっけから紛糾していたが、日本のIT企業を代表して参加している平尾の発言で混乱の頂点に達していた。

“平尾 the Mad
畏敬と嘲りの混ざった、彼の渾名が出席者の心に思い起こされた時、

ブランクのプロジェクター映像が映るはずの白い壁面、本来は書き込み禁止の場所に、油性のマーカーで、筆圧でキュッ、キュッと音がするほど強く書き込まれた二つの言葉。

Universal Meta Data』 → UMD

Value

それが、世界中の全ての数値データを格納した超巨大データ保管機構『コア・スペース』の原理が世界に披露された瞬間だった。
 
「それほど単純な構造のテーブルが効率よく動く訳がない。検討する価値もない!」
北米コミッティのロジャー・ハウエルから即座に否定のメッセージが入る。
 
「たった一つのテーブル、項目は2個だけ、常識で考えたら使い物にならない。しかしユミルのディストリビュート・エンジンとUMDの組み合わせはこの世の全てのデータを適切な処理ノードに瞬時に割り振ることができる! そこからはネットワークにつながったこの星の全てのコンピュータを使った分散処理が可能になるということだ」
 
平尾が発したロジャー・ハウエルの抗議に対する反論を、出席者の誰も正確に理解することができない。

“この世界の全てのデータの出自、リネージュ、物理属性、社会属性、歴史属性、所有者階層、階層別所有者コード、使用者階層、階層別使用者コード、時間座標、空間座標、機器特定ID、生体特定ID、思念体特定ID、論理アドレス、物理アドレス、世界線情報、etc……全てのメタデータを瞬時に判断して、対処すべき処理ノードに割ふることができるならば、たった2項目でも全世界の全てのデータを扱うことができる! ユミルのテクノロジーの真価はそこにある。そして、この世界側でそれを受け止めるのがUMD、Universal Meta Dataだ”

会議出席者の中で平尾の他にもう一人、『コア・スペース』の概念を理解している男が囁いた。その男の名は村越 渉、私のことだ。

    **
 
ユミルの来訪により、人類に課された『コア・スペース』の構築と利用の為には、これまで生成、利用されてきた全ての電子データを2桁以上上回るデータの生成・蓄積が必要となる。
当時、到底無理だとみなされていたこの目標達成に大きく貢献したのがIOTによる機械からの情報蓄積とPLRによる人間に関する情報の蓄積だった。
その経緯は当時のビジネス雑誌の下記の記載に纏め有れていた。
 
『IOTとPRLによるコア・スペースの成長』
 
IOT Internet of Thingsから提供される膨大なデータ、人類が展開した全ての領域にて、IOT準拠のIDが付与されたチップを搭載した電子機器から日々刻々と発信される『モノからの情報』が、『コア・スペース』に吸い込まれ、分散され、保管されていく。この世界を表現する情報のうち、機械が発するデータの全てが、『コア・スペース』上で静かに活用される日を待ちながら眠りについている。
今のところ人類は、機械の故障予測や、事故の原因分析などにしかIOTデータを利用できていない。予測ではIOTデータが十分に蓄積され、データ分析の知見と能力が十分に発展すれば、この世界の物理的な未来の予測がある程度は可能となるという。
世界中の地表と大気中に十分な観測機器が配置されれば、大気の循環が正確に把握できるようになる。そして気象変動の予測がある程度可能となる。
世界中の地層に十分な密度で観測機器が配置されれば、地殻の変動が正確に把握できるようになる。そして地震や火山噴火の予測がある程度可能となる。
その日が訪れるまで、世界中にばらまかれたIOTチップは、この世界の数字をコア・スペースに向けて吐き出し続けている。
 
PLR Personal Life Recorderの普及の経緯で普及していく。
ドライブレコーダーの爆発的な普及により、交通事故と交通事故裁判の誤った判決は激減した。交通違反やマナーに反する運転も減り、自動車交通は多数の構成員が自由に振舞いながらも秩序が保たれる公正な社会の代名詞となった。それに刺激されて、人間関係にも交通と同様の記録による公正さを求めようと開発されたものがPLR、Personal Life Recorderだ。
権力側に都合が良い、超監視社会の為の道具と見なされ、導入当はマイナンバーカードなみに毛嫌いされていたこの機械も、ネットでテロを予告、実行する国際的なテロリスト集団『姿なき暗殺者』の跋扈により、危険におびえる多くの市民が実装したことで一気に普及していく。
眼鏡のフレームに内蔵できるほど小型の録音、録画機器と記憶装置、通信装置を組み合わせたPLRから発信される個人の生活記録は、IOTデータ同様に『コアスペース』に格納され、人間関係のトラブルによる裁判での賠償額認定、刑法犯罪の証拠として利用されるとともに、反社会組織及びその構成員の摘発にも利用された。

IOTデータとPLRデータは、人間の意図的な活動では収集できない分野の情報収集手段の両輪として『コア・スペース』のデータ蓄積に貢献していった。

    **
 
平尾を中心としてデータ保管と利用の為に必要なインフラの階層構造と、分散処理の仕組が議論されている。
『コア・スペース構築の為の方針検討会議』の結果で召集された『コア・スペース構築委員会』は、複数の分科会を持つがとりわけ大事なのが分散処理と階層構造を規定する『インフラ構造検討部会』だ。方針検討会議のメンバー平尾と私はそのまま横滑りしているが、反対意見の持ち主、ロジャー・ハウエルも加入しており一筋縄にはいかない状況だ。
 
「これほどの巨大なデータ構造を管理するには、ロックなどの共有部分を一切持たない完全な分散処理の機能が必要だ。ユミルから我々、人類に提供されたテクノロジーの中で、この分野に適用できるのが彼らのディストリビュート・エンジンだ。このブラックボックス化されたモジュール内でどのような判定が行われているかは不明だがメタデータの意味的なゆらぎが排除されて、超高速で必ず同じ分類が行われる。これを分散処理の頂点におきUMDに値を設定させる。UMDを各階層に対応したサブ領域に分割し、ディストリビュート・エンジンの判定内容から、下位階層のどのノードに処理を任せるかを決定する。データを取り出すときも方向は同じだが、判定方法は同じだ」
平尾が分散及び階層構造の基本構想を説明する。
 
「階層数の想定は? 各階層内のノード数はいくつなのか? UMDのサブ領域の大きさはど程度を想定しているのか?」
ハウエルから規模に関する質問が投げられた。
「7階層を想定している。各階層の想定ノード数は32、UMDのサブ領域サイズは128バイトだ」

平尾の答えにハウエルが計算を始める。

「必要なノード数は35兆弱、UMDのサイズは896バイト、現時点の数値の標準サイズが32バイトだから、データの管理に必要な896バイトは……28倍! なんでメタデータにそんなにリソースを割く必要がある? ノードも35兆用意できる訳がない! 見直してくれ!」

平尾はこの反論は予想していたようだ。即座に応える。
 
「ノードは仮想基盤だからデータが発生した領域のみ動的に割り当てる。理論上の最大値は35兆でも、実際に必要なノードは数万から数十万というところだ。完全な分散処理には必要な投資だ。メタデータが実データより大きいのは当然のことだと考えて欲しい。1種類のメタデータに多数のデータ項目を持たせれば保存媒体の使用量は減るだろう、しかし最小粒度の独立したデータではなくなる。完全に自由で無限大の用途を持つデータ構造は最小粒度のデータからしか実現できない。それ以外はデータ発生元の構造を引きずっており純度の低いものだ。むしろUMDを896バイトに抑えたことを評価して欲しい。評価軸は保存媒体の量より可用性だ」

平尾とハウエルの議論は暫く続いた。最終的にはユミルの要件に忠実な平尾に軍配が上がる。
 
『コア・スペース』の構築は、議論を重ねながら少しづつ前進していった。

    **
 
ユミルとは何者か? ユミルの要求とは何のことか?
ここまで『コア・スペース』の勃興期の話題に終始して、説明を怠っていたのではないかと言われるだろうことは予想していた。
ユミルに関しては判らないことが多すぎて、この話を聞いている皆さんが混乱すると思いあえて説明しなかったことをお詫びしよう。

ユミルとは正体不明のエイリアン、そして人類に幾つかの器具とメッセージを残して去った。その顛末をお知らせしよう。

21世紀中盤、人類はアルテミス計画による月面基地の建設と居住を開始していた。
2056年8月12日、月の裏側のほぼ中央、ダイダロスクレーターに建設されたオルドリン基地に当時滞在していた米国の宇宙飛行士エドワード・ハリスとブライアン・ジョーンズが輝く飛行物体を目撃する。
飛行物体は基地の周りを周回し、音や光でコミュニケーションを図ろうとしているようだった。
こちらからサーチライトの点滅でい交信を行おうとしたが、一向に意思疎通ができない。

そうこうしているうちに数日が経過し、飛行物体の数は増え、4体となり母船と思われる巨大な船が背後に現れた。

緊急事態と判断した2人の宇宙飛行士は、月面に設置した中継器を経由して、月の表側のアームストロング基地にマイクロ波で通信を送った。
その通信に飛行物体が反応した。送信メッセージと全く同じ波形の信号を返してきた。

数か月に及ぶ月面を経由した地球上の言語学者、研究者の協力で若干の意思疎通が可能となり、彼らの文明の名称が『ユミル』であること、
半導体を用いた電子デバイスを使用すること、彼ら同志もマイクロ波での通信していることが判明した。

その後、地球人を模した映像の形式で、彼らが旅の途中でもうじき月を去らねばならないこと、地球人類に次回の接触までに地球の情報を全てマイクロ波通信で送信可能な状態で提供して欲しいことを伝えてきた。

そのメッセージに頻繁に現れたのが、固定長の2つの情報を区切り符号でつないだもので彼らの保有データの構造を表現したものと推測されている。
彼らは用途不明の電子機器と思われる各辺の長さが14cmのキューブ状の物体を7個月面に残しており、そのうちの一つが超高速のデータ変換機能を有するモジュールらしいことが判明した。
入力に対して推測不能な出力値896バイトを返してくる。これまでの検証では異なる入力値に同じ出力値が返されたパターンは発生していない。
ディストリビュータ・エンジンと命名された機器が、コア・スペースのデータ取り込み口に設置され、分散処理の対象ノードを地球上の電子機器では不可能なスピードで判定している。

ユミルは電子機器のキューブの他に、重さと振動させた際の動作から中が空洞に近いと推測される各辺が57cmの箱も残していた。箱の各面には27目盛りのダイヤル状のつまみがあり、目盛りを変えると凡そ10秒後にエラー音を発することが観察された。機械操作でダイヤルの全てのパターンを試すこととなったが10秒の待ち時間がある為、全てのパターンを試すのに123年かかることが判っている。

    **
 
ユミル訪問から52年後、ついに地球上の全ての数値データを格納するデータ保有機構『コア・スペース』が稼働を開始した。それから半世紀の間にコア・スペースに集められたデータの分析により、人類のこの世界に関する知見は飛躍的に拡大した。宇宙航法は革新され、木製、土星、天王星、海王星などの巨大ガス惑星の衛星に植民地を設けるようになる。生命、遺伝子、生化学物質に関する技術もデータ分析により全ての可能性を網羅的に検証することで、格段に進歩した。不老長寿を実現し、系外惑星への植民も視野に入ってきた。

人類の輝かしい未来が続くかと思われ、月面に残されたダイヤル付きの箱のことを人類がすっかり忘れていた時、件の箱が静かに開いた。

箱の中は空に見えた、しかしそこには3種類の恐ろしい罠が潜んでいた。
最初に効果が表れたのは致命的な疫病を引き起こす細菌だった。

箱の保管施設の周囲の街で発生したその疾病はディアボラ出血熱と名付けられ、地球の全人口の9割が命を落とした。
スペースコロニーと外惑星の衛星植民地の連合体は地球を封鎖する。猖獗を極めたディアボラ出血熱は地球外の植民地までは
広がらなかった。
しかし最近より小さな病原体がスペースコロニーと外惑星の衛星植民地を席巻する。
未知のウイルスによる伝染病が、気密性の高い宇宙空間や外惑星衛星で流行することを防ぐ術はなかった。
月植民地が全滅し、外惑星の中で孤立して人的交流のなかったイオの植民施設以外の人類の居住地域が全滅した。

地球にて非文明状態となったディアボラ出血熱生存者たちと接触したイオの植民者を更なる悲劇が襲う。
完全密閉の状態でも感染する精神病が地球の生存者の知性を奪っていた。この精神病に宇宙空間で罹患した場合、
強度の閉所恐怖症から、気密ハッチを開けて宇宙空間に出て宇宙服を脱いでしまう為、100%例外なく死に至った。
 
箱の開放から3年で知性を持つ人類は死に絶え、地球はシャーマニズムの段階まで退行した裸の猿が肉食獣に怯えながら暮らす世界となった。

    **
 
人類が実質的に滅亡してから60年後に、ユミルが再び太陽系を訪れる。
彼らの残した仕掛けには獲物が大量にかかっていた。
『コア・スペース』と言う名前の、ユミルたちデータ型生物の好物の生簀には、この星の全ての記録が蓄えられていた。

時間はかかるが炭素型生命の文明からデータを引き出すには、彼ら自身にその星のデータを集めさせるに限る。
データ構造構築後に炭素型生命体を葬る罠は今回は3段階目で目的を達したが、それでも生き残るタフな生物たちには
4段階目、5段階目の攻撃手段が箱の中に潜んでいた。

こうして広大な宇宙の一角で炭素型生命の文明が一つ消滅し、その星の成果はデータ型生命の文明に奪い去られた。
ユミルの1ユニットが、『コア・スペース』から引き出した地球の記録の一つをみて複雑な思いにとらわれる。
“狩人バチ、地球生命はこれ程、地球生命と私達ユミルににている関係性を知りながら、何故私達の意図に気が付かなかったのだろうか?

〔了〕

文字数:6075

課題提出者一覧