赤い星

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梗 概

赤い星

 

巨大な赤い星をみてた。
 僕は祖父の腕に抱かれていた。
 世界中が赤く照らされ、瞬くたびに星はその赤みを増していった。炎のような光が僕に迫り、目を瞑ったつぎの瞬間から記憶は途切れている。

結局、あの星のことを訊きそびれたまま、祖父は死んだ。

祖父は大半の時間を庭の離れで過ごした。
 離れは地下二階建てで、祖父は一階を「理科室」、二階を「図書室」、地下を「音楽室」と呼んでいた。生前の祖父は決して音楽室には足を踏み入れなかった。音楽室にはピアノが一台置かれていた。
 図書室には穴が開けられた膨大な量の厚紙が遺されていた。その正体が知りたくて、僕は実験室のノートに手を伸ばした。
 ノートには「季節」や「日付」といった言葉が頻繁に登場したが、どの辞書にもそんな言葉は載っていなかった。
 あるノートは楽譜で埋め尽くされていた。僕は導かれるように地下へと潜り、適当なページを演奏した。
 すると、目の前に男が現れた。
 男は僕と同じ名ミナトを名乗った。「2022年のメロディだ」と男は付け加えた。
「手を止めずに聞いてほしい」と僕に語り始める。
 世界は「1999年7月」に赤い星に焼き尽くされた。
 この世界は、男の祖父であり、そしてリヒトによって設計された「1999年の僕、つまり君」へと係留された世界だと、僕は告げられる。

★ 

ノストラダムスの予言を真に受けたリヒトは、世界をパンチカードに記録した。
 ぜんまい仕掛けの自動ピアノが地下シェルターに設置された。周囲の温度変化によってムーブメント内のカプセルに密閉されたガスが膨張/収縮し、それらが動力となってゼンマイを巻いてパンチカードを読み取る。つまり空気が存在する限り、半永久的に仕組みだった。

音楽になったリヒトの誤算は、変化のない世界でも人はやがて死んでしまうことだった。静止した時の中で、リヒトは厚紙に穴を開け続けた。そうやって1999年の続きを想像/創造し、自分の腕の中で焼け死んだ最愛の孫の未来をメロディーとして紡いだ。

遺されたパンチカードとノートの楽譜を照らし合わせ、僕は読解に没頭した。
 やがて長大な音楽が書きあげられた。そこには世界が記録されていた。
 僕は演奏を始める。ありえたはずの未来がありありと映し出される。
 楽譜にまでおこしながら、どうして祖父はピアノを弾かなかったのだろう?と、僕は不思議に思う。

 ★ 

地上が炎に包まれ、シェルター内の温度は刻一刻と変化していた。自動ピアノは演奏を続けている。数え切れない反復で随分と摩耗したパンチカードに奇妙な現象が観察された。見えない力で、新たに穴が穿たれたのだ。変わらないはずのメロディーが変化してゆく。

それが危険な行為だと、リヒトは気付いていた。
 自動ピアノのメロディーの変化は、ミナトの変化だった。
 ミナトが変化するとは、つまり、この世界が1999年から切り離され、動き出してしまうことを意味していた。
 この世界の孫だけでも、恐怖の大王から守りたかった。

演奏を終え、僕は地下室の階段から空を見上げた。
 巨大な赤い星がみえた。

文字数:1293

内容に関するアピール

「もしかしたら、あの時死んでたんじゃね?」みたいな不思議な光景が、誰の記憶にもあるはず(ないかもしれない)。
 僕はじいちゃんに抱っこされながら、大きな赤い星を絶対にみたはずなんだけど、それは夢だって親族からは笑われる。でも赤々と燃える応接間の恐ろしい風景は今でもありありと思い出され、そういえば1999年には世界が終わると本気で怯えていたなぁ、なんて連想からこの作品を書きました。
 地下二階建ての離れも実在します。間取りも一緒です。じいちゃんのDIYです。じいちゃんに聞きそびれてしまったことも本当。相手にされなくてもいいから聞いときゃよかった。

高山羽根子先生『オブジェクタム』に出てきたホレリスコードを使いたくて、敬愛する吉村弘の自動演奏ピアノCDを聞いているときに繋げることを思いつきました。やったね!

全体的には最愛のミュージシャンの、最愛のアルバムの、最愛の曲から霊感をうけた、つもりです。

 

いつか、誰かも
この場所で、この場所で、赤い星をみる

 

文字数:423

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