梗 概
灰燼よ、龍に
龍の咢を撫でる。
人の手ではごつごつとした肌は岸壁に触れているかのようだ。
ワタツミは御神送りの一族として、死にゆくものを送る役割を担っている。
大いなるものが果てるとき、世界には天変地異がもたらされる。
それをなるべく静かに、穏やかに済ませるのが、ワタツミの役割だ。
龍の社には国王から国民に至るまで、あらゆるものが詰め寄せてきていた。
龍王国ジルニトラの黒龍ジルニィは齢千にして、その生涯を終えようとしていた。
仕度に備えるワタツミのもとに、ハルキヨと名乗る男が現れる。
ハルキヨはいう。「その龍はすでに堕ちているぞ」。
生き物はみな、正の位相に生きている。どんなに弱きものでも正の領域にいる。これが死ぬと無へと還る。
だが稀に、これが無を突き抜け、虚の底に沈むことがあるという。
人の精神は弱く、時に炎上し、焼滅することがある。火は街を飲み込み、空を焦がす。
では、より高位の存在である龍が堕ちればどうなるか。
ワタツミに仕える獣のひとり、白鴉は嗤う。
「大いなる龍を堕とせるものなどいるものか」
おなじく獣のひとり、黒猫は訝しむ。
「ハルキヨと名乗る貴様は何者だ」
ハルキヨは自らを火の国の生き残りだと答えた。
火の国は10年前に、火が沈み、その国ごと滅び去っていた。
国王はハルキヨに時間を与えることとした。
龍が堕ちていることを証明してみせよ、と。
ハルキヨはワタツミとともに龍王国を探る。
王子に、大臣に、国民に、小竜に尋ねる。
しかし、龍王国に異常なところは見受けられなかった。
ある夕暮れ時、龍の社に連行される人影をハルキヨは見つめていた。
ハルキヨは龍王国が龍に何を捧げていたかを突き止める。
龍王国は罪人を龍の供物へと捧げていた。
堕ちた人間を喰らうこと千年、龍はついに堕ちたとハルキヨはいう。
火の国もまた、炉に罪人をくべることで火を穢していた。
火は穢れ、荒れ狂い、国そのものを燃やし尽くしてしまったことを、口惜しそう告げる。
国王は、龍が人をどれだけ喰らおうと堕ちることはありえないといった。
これまでの歴史の中で龍が人を喰らうことを拒んだことなどない。
龍に喰われることのみが、罪人の許しとなるのだ。
龍がこのようになってもまだ、人の為に酷使するのかとハルキヨは激高するが、国王は聞き流すのみだった。
ワタツミはハルキヨにこれ以上はもう意味がないことを告げる。
この国を去り、どこか違うところへ、行く当てがなければワタツミの郷へ来るといいと。
ハルキヨはワタツミに感謝を告げるためにわざわざ来たことを告げる。
もともと龍などどうでもよかったと。沈んだ火を慰めに来たのは、ワタツミの一族だけだったと。その感謝のために来たのだと。
ワタツミの祈りでも、龍を鎮めることはできないといい、ハルキヨはその身を龍へと捧げた。
龍の牙がハルキヨの身に突き刺さると、その体からは火が噴き出した。火は龍の身体を体内から焼き尽くす。
内から焼かれた龍はたまらず空へと飛び立ち、その後二度と戻ることはなかった。
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内容に関するアピール
龍は自然の象徴であり、
火、炉はエネルギーの象徴として、
私の人生に最も影響を与えたものは2011年3月の出来事であり、
その感情を寓話として。
文字数:69