梗 概
テクノロジーとその本来のところとする所へかえる
2035年、第10回JTCF(Japan Technology and Culture Festival)が開催される。2022年に突然終了した文化庁メディア芸術祭の後続事業として開始されたこの芸術祭は、日本が強みとするテクノロジーにまつわるアートとマンガやアニメといったポップカルチャーを主に訪日外国人向けに紹介する巨大な芸術祭であった。
「今更ホワイトキューブ批判か…」メディア・アーティストである零は真っ白な蝶の舞う展示空間でそう呟く。その蝶は遺伝子操作によって世代時間を早め、捕食機能を持つロボットと共にホワイトキューブの中で継代飼育し作出した ”ホワイトキューブに擬態する蝶”だった。
JTCFでは政府が選定した研究者・キュレーターらが推薦した作家達が展示を行う。零は業界ではそこそこに知られた存在であったが、過去に一度もJTCFに推薦されたことがない。零は他にも「量子テレポーテーションによって月面と展示空間に全く同じ状態で存在するマイクロ彫刻」や「観賞者の脳波を計測し、その都度新規のストーリーが生成される360°アニメーション」などを鑑賞するが、もはや嫉妬で歪んだレンズを通してしか作品を見ることができない。零がそれでも展示を見て周るのは、ある思惑のため、カメラ型のデバイスで会場全体をスキャンする必要があったからであった。
零は「観賞者のメタバースアカウントの履歴からその都度AIが生成した格言風のセリフを人工声帯が読み上げる」作品に出くわす。いかにも先端アートといった風情に嫌気を覚えるが、読み上げられた台詞「テクノロジーとその本来のところとする所へかえる」が会場を後にしてからも頭の中を反芻する。
後日、零はメタバース上で新作を発表する。メタバース上にJTCFの展示会場を再現し、ユーザーが自由に作品や会場を破壊、爆破するという官製の芸術祭を批判する意図を込めたバーチャル体験であった。しかし新作は特に話題になることもなかった。ある日、コメントが付く。「JTCFに行ったことがなかったので、とても楽しむことができました」零は自身の意図にそぐわない的はずれなコメントにイラつく。コメントの主 ”@in_the_room”のスペースでは下手な自作3Dモデルが8つだけアーカイブされていた。零はコメントへのリアクションは行わない。
後日、件のアカウントからDMが届く。「お話をしてみたいです」乗り気でないまま、アバターを通して会話を行うと、彼が重度の障害を持っており四肢を自由に動かせないこと、アートに関心があり視線と口で操作しながら3Dモデルを作ってみていること、ひとつの粗末なモデルを作るのに数日以上をかけていることを知る。零の頭の中に再びあの台詞が反芻する「テクノロジーとその本来のところとする所へかえる」。
半年後ある小さな展示が開かれる。「in_the_room」と題されたその展示では、四肢を自由に動かせない作者が視線と口でデバイスを操作しながら作った3Dモデルが数点展示されていた。各モデルの横には作者がそのモデルを制作する様子を第三者視点で収めた数十時間のビデオが再生されている。対のモデルとビデオをNFT化したそのシリーズはすぐに完売した。展示を仕掛けたのは零であった。しかし零はその展示に自身の名前を出すことはなかった。零は作家としての複雑な感情と新たな活路を見出したかのような不思議な気持ちの中、次作へと向けて手を動かし始める。
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内容に関するアピール
大学院生の頃から10年間に渡ってメディア・アーティストとして活動しており、その中で経験した様々な出来事や感情、また今後作りたいと思っている作品のアイデアなどを織り交ぜています。
また、先日突然の終了の告知があったメディア芸術祭に対するモヤモヤと今後の展開への不安な気持ちを着想源にして、近未来の芸術祭を舞台としました。
務めている会社での企画研修の際に講師から言われた「君のアイデアは誰かが嫌な思いをするものが多い」というコメントにもヒントを得ています。
参考:http://archive.j-mediaarts.jp/festival/2010/art/works/14a_the_eyewriter/
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