梗 概
内山
同じクラスにいた内山という同級生を、私はとても嫌っていた。内山は顔がそこそこよく、背は平均身長と同じくらい、勉強も運動も、クラスの上位に入るような人間だった。他害性のない穏やかな性格は、学級委員を任されるにふさわしかった。
彼の存在が鼻についたのは、彼と私の共通項があまりに多すぎたからである。誕生日も血液型も好きな食べ物も、得意なスポーツに至るまで、彼は私を無意識に模倣していた。私はそれが腹立たしかった。
中学に上がる際、内山は遠くへ引っ越すことになった。多くの同級生はそれを悲しんだけれど、私は逆に清々した。けれども頭の片隅には、常に彼の微笑が存在した。私は高校へ上がり、都会の大学に進学した。内山を熱心に探し始めたのはその頃である。インターネットが日常に溶け込みSNS全盛のこの時代、彼の影などいくらでも転がっていることだろう、そう思った。
しかし、結果は芳しくなかった。内山自身はおろか、彼の家族も、彼と濃い繋がりを持つ可能性のある人間も、全く見当たらなかったのだ。その手応えのなさにうろたえた私は、同級生の人々に話を聞きに行った。残念ながら、それは徒労に終わった。
私はその結論に納得がいかず、独力で捜索を再開した。用いたのは内山の卒業文集だった。個性が極限まで慣らされる時代において、文章の癖は再現性高く当人の実在を知らしめる。私は内山の文章の特性をアルゴリズムに読み込ませ、少しずつ増殖させていった。そしてその文法のシグナルを基に、インターネットの文章のアーカイブを探し回った。
結論から言うと、内山は「いた」。正確に言えば、内山に限りなく近い人格を発見した。私は彼のいる場所へ移動する準備をした。心は高鳴り、私生活はおざなりになり、内山と再会する日を待ちわびている自分のことを、軽蔑しないわけではなかったが、心はすでに内山のものだった。
その時、唐突に、内山を名乗る人間から連絡があった。私はひどく混乱した。待ち合わせの場所で内山を待つ間、彼を規定する情報を全て読み込み、是非について咀嚼した。情報によれば、当該人物は内山ではなかった。
小綺麗な男性が目の前に現れる。微笑はかつての内山に似ている。私は彼に問いかけた。自分が内山であることを証明できるのか、私をどのように納得させられるのか。内山は流暢に自分の略歴を語る。その中には私の知らない情報もあった。にもかかわらず私は眼前の内山を信じることができなかった。私は内山に「お前は偽物だ」と言う。
すると内山は「君こそ偽物じゃないか」と吐き捨てる。
私は帰宅後、自分の情報を照合する。その要素は一つずつ、自分が自分であることを否定する。嘘だ、と私は思う。しかし事実は止まらない。紡がれる文章も思想も、かつての自分と歪んでいく。
私はその時、自分の戸籍上の名前と、自分の存在の相違を認識し、過去の私の死を感じ取った。刹那、壊れていく私の情報の残滓を見た。
文字数:1200
内容に関するアピール
人生を振り返ってみた時、私の一部を確実にかたどっているのは「転校」という行為だと思います。私はこれまで二回引っ越しを経験し、うち一回で転校しました。転校する前の学校に、自分とよく似た男子がいました。今でもたまに思い出します。あいつは今どこで何をしているのだろう?考えてみれば、出会える手段はたくさんあります。終わりかけた人間関係を、snsで再生することができるはずなんです。ただ、そうやって会った相手が「自分の望んでいた誰か」であるという保証はありません。そういう虚しさを基に、この話を作りました。
文字数:249