梗 概
寿司ネタ殺人事件
俺は、秋刀魚。秋が旬で、寿司ネタにもなる魚だ。
今、目の前の卓袱台の上には寿司桶が二つある。一つは空で、もう一つはラップが掛かったままだ。この部屋の主は、ほんの少し前に俺を食ったらしい。だが、確認はできない。卓袱台の下には、主らしき男がピクリとも動かずに転がっているからだ。
「殺人事件です! 寿司ネタのどれかが原因なのでしょう。……何で僕たちは話し合えるんですか?!」
そんな質問が出るなんて嘆かわしい。さては、お前はノルウェーサーモンだな。この国のルールを教えてやろう。
八百万の神の国・瑞穂では、あらゆる物体に“神”が宿り、“念”を持つ。ペットのように名付けられると個々の念を得るが、俺は秋刀魚の概念に宿る念。いわば「秋刀魚神」の念だ。念は同種の仲間と意思疎通ができる。だから俺は、魚類の考えは分かる。だが、同じ寿司桶の仲間でも、かっぱ巻きやイカの考えは、さっぱりわからない。さらに、“念”が残るのは、無念の死の後の二十四時間だ。寿司桶の魚の念が集まっているのだから、俺たちはよっぽど下手な板前に捌かれたのだろう。
「魚を食って死ぬなんて、犯人はフグしかいないだろう」
「いやいや、貝毒でも死に至ることはある。我が魚類は無実だ」
「単独犯でなくて、複数犯、つまり食い合わせが悪かったのでは?」
喧々囂々と議論が進む。俺は死体と部屋を観察した。うつ伏せの死体の口元から吐瀉物が広がっている。死体はテレビ台に向かって手を伸ばしている。
さらに詳しく検分していると、玄関の鍵が開く音がした。まもなく、若い女が入室した。女は倒れている男を確認すると、テレビ台の上にプラスチックの筒を置いた。続いて、手つかずの寿司桶のラップを開けて行儀悪く一つ摘む。台所で手を洗うと、満足そうに電話を架けた。
やがて、部屋には複数の男が現れた。男たちは女に聴取をする。
「喘息の既往症があるようですね」
「死体には蕁麻疹も見られます。寿司を食べた後なら、青背の魚が原因でしょう」
仲間の魚の冷たい目が、青背の俺に集まる。俺は慌てて講釈した。
「死んだ原因は俺じゃない。しかも、偶然の食あたりではない。あの女の故意だ」
サーモンが「わけがわからない」と主張する。
「問題は三点だ。第一に、死因となった食材。第二に女の殺意の証明。この二点は、女が一つだけ摘んだ握りが鍵だ」
「イカの握りですか?」
俺は厳しく頷いた。
「第三に、俺の推論をどうやって調べている男たちに伝えるか……でかしたぞ、鯖!」
俺は鯖を凝視して、叫んだ。だが、鯖の念の気配はない。すかさず、サーモンの声が聴こえた。
「僕はタイムリミットみたいです。秋刀魚さん、頑張って!」
そういえば、ノルウェーサーモンならば、現地で冷凍されるはずだ。何故、二十四時間前まで生きていたんだ? 俺は声を出していた。
「第四の問題。何故、俺たちは、ここに集まったのだろうか?」
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内容に関するアピール
死因の疑いをかけられた寿司ネタ・秋刀魚が、真実を探して奮闘する話です。
課題を聞いた時に、まず、寿司屋のカウンターに時鮭や戻りガツオが並ぶ映像が浮かびました。語り手は秋刀魚。冒頭から出落ち感たっぷりで、読者を失笑させます。ところが、読み進めると「近頃の話題を取り入れた本格ミステリー」です。そのギャップが本作の狙いです。
作者は、人獣共通感染症も専門にしています。ウイルス感染症については別の機会に書いているので、今回は「ハチ以外によるアナフィラキシー・ショック」を謎の核にしました。釣り人や獣医には馴染み深いアニサキス症ですが、人医には浸透しているとは言い難いです。さらに、アニサキスでアナフィラキシー・ショックまで起きることは、最近の報道で知られてきた事実です。本作は、正に、旬のネタによる旬のネタの解明です。梗概は問題編までになってしまいましたが、この後、解決編が続きます。
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