海出だし風が吹くのを待っている

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梗 概

海出だし風が吹くのを待っている

「信頼スコアシステム」が定着した未来。 
個人の資質は数値化され、人はその評価内での自由が与えられた。生殖は高スコアのみの特権であり義務だった。

上海に住む朱棣シュテイはその権利を持っていた。婚姻制度は崩壊して久しく、子供を持つには政府が保管する配偶子の利用申請を出せばよかった。

朱棣はその子を「義胎ポット」で育てる予定であったが、キャリアのために推奨されたのは「産み女」を雇うことであった。低スコア女性を借り腹として子を育む職業「産み女」は、後進国より提供される代胎サービスだ。その利用は国際貢献として朱棣にスコアアップを齎す。

初夏、勧められるまま雇った産み女は今や停滞国である日本の少女、登録名:風待かぜまちだった。産み女の暮らす養護院で朱棣は風待との面会を重ねていく。

契約に則り個人情報のやり取りには制限があるが、少しずつ互いを知る二人。
趣味も合い、そのうち朱棣は風待に好感を抱くようになり、それは風待も同様だった。月一の面会は義務だが、それを超えて朱棣は親切で風待のケアにも積極的だった。

妊娠は現代人にとって無駄という認識だ。人生はたった百五十年。他者にさく余裕はなかった。

だから朱棣の熱心さを見ると風待も腹の子を大事にしようという気になった。

親しくなるにつれて朱棣は子の母が風待であればと願うようになる。そして風待も同じ気持ちなのでは、と。

「君も自分の子が欲しいと思うかい」
「私は欠陥品よ。そんなこと望ませてはいけないわ」

実力主義と優性思想が蔓延した社会、だがいくら選別しても欠陥のある子はでき、それらは自動的に低スコアだ。

「私は生きた培養ポットに過ぎないの」
「君をそんな風に扱えない」

それは第一子を得る時に産み女に感じる平均的な感傷だった。
風待もそうだ。この愛情は薄れる。産み女を続けるうちに、きっと。

出産から目覚めた風待は生まれた子と対面した。朱棣の息子は差し出した風待の指を握る。風待は涙ぐみ、決意する。
雇用関係がなければ二人は会えない。この社会はレベル帯で人間関係が制限される。認識を撹乱するほどそれは強い。けれど再びがあるなら。

「私の本当の名前を目印にして」

けれど告げられた名を朱棣は認識できず、名前を書かせようとするも今度は風待が首を振る。代わりに風待は長い数字列を朱棣に告げた。それはディスレクシアという障害を持つ風待が、朱棣と見た短歌集内の三文字を示していた。

「忘れないで」

風待は言うが、規約違反の罰則として二人の記憶は封じられる。しかし息子は風待を覚えていた。風待の言った数字列も。

数年後それが誰かの名を示すと教えられた時、朱棣は風待を思い出す。そして目的も分からず必死でスコアを上げていた風待は、朱棣の子を見てすべてを思い出した。しかしスコア差ゆえに傍にいても風待と朱棣は互いを認識できない。

風待は朱棣の子に「いつか三人で春を迎えよう」と伝えてくれるように頼む。

文字数:1200

内容に関するアピール

元ネタは『信用スコア』。中国どころか日本でも導入され始めていると知って、(えらいディストピアが始まっちゃったな……)と感じたのが始まりです。

将来学歴から病歴まで調べ上げられ個人を数値化する時代が来たら、きっと出生の制限もあるでしょう。そもそも出生制限自体は既出ですし。
そんなこんなで『代理出産』をサブテーマに階層社会の恋のお話を書こうと決めました。
諦めなくても夢は叶わないけど、希望を抱き続けることはできる、ささやかな反乱の話になればいいなと思います。

また実作では家族や子供に対する社会の制度などの変化、それに付随する価値観の違いについても盛り込んでいきます。

 

ちなみに朱棣はおっさんとして書き始めたんですが、案外女性でもいいな……と思ったのであえて明示しないことにしました。

実作のどこかで使いたい、タイトルに続く下の句は「いずれまみえる山と知るまで」です。

文字数:378

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