二人だけの舞踏会

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梗 概

二人だけの舞踏会

ドッヂ・シールド世界大会、トーナメント第一回戦。
神経を研ぎ澄ませた茜は、手を覆ったハプティック・グローブをキュッと握りしめ、ゆっくりと顔を上げる。
ブォン、という音とともに、すぐそばにパートナーのアインが出現した。無言で視線を交わし、お互いに頷く。
目の前にはバトルフィールドが広がる。集まるは3000万人の観衆。暴風にも似た歓声が体を叩きつける。
…最悪だ、と茜は思った。

ドッヂ・シールドは、2対2のARスポーツである。両手の甲に生成された2つの「盾」を使い、襲いかかる弾を防ぎながら、ときには盾自体を投げつけヒットを狙う。
リングネーム「茜丸」こと茜は、黒装束に身を包み、両腕に大きな風車手裏剣を構えた姿で戦う。パートナーのアインは、ヴァイキング風の衣装に円形の木盾。チーム名は「ニンジャ&ヴァイキング」、これはチーム結成時からずっと変わらない。
今日の対戦相手「ライオンハート」は、不幸なことに、このスポーツの頂点に君臨する人気チームだった。実況プレイの視聴者数は約3000万人。つまり、今試合の観戦者全員である。
圧倒的なアウェイ。そんな中で、情熱のすべてを傾けて勝ち取った世界大会第一回戦を戦わなければならない。

やがて押されていく茜丸とアイン。二セットを落としてしまい、もう後がない。
アインが語りかける。たしかにあいつらは強い。でも、私達だって努力を重ねて、ようやく世界大会への出場がかなったんだ。まだ何も見せられていない。

アインはロシアに住んでいる。本名も年齢も知らない。いつの日か茜に語ってくれたことがある。自分のハンディキャップ設定が7であることを。それは、生活にも軽度の介護が必要な数値である。相対速度やアシスト、運動効果が補正されることで、ドッヂ・シールドはどんな人でも楽しめるフェアスポーツを確立していた。自分のような存在でも楽しめるスポーツに喜び、楽しみたいとアインは願っていた。

一緒に戦ってきたアインが茜に奮起を促している、茜もそれに応えようと決意した。

三セット目。茜丸は左右の手裏剣を全力で放った。
通常、盾は1つは残す。とっさに守る手段が無くなってしまうからだ。どよめきが沸き起こり、アインも不敵な笑みを浮かべ両腕の盾を投げつける。合計五個、把握しきれない量の飛翔体が乱舞する。
守る術がない状態で、二人は身をかわし続ける。視聴者はその姿に釘付けになり、かつて体を叩きつけていた3000万人は、やがて体を押し出す3000万人へと変化していく。

結果は3対0。一セットも取れずに、「ニンジャ&ヴァイキング」の挑戦は終わった。
拍手と歓声のなか、満足げに笑う二人。

汗の滲んだハプティックグローブを外し、ログアウトした。
3000万人の熱狂はなくなり、誰もいない静かな体育館に戻る。

茜は、もう一度世界大会に出場して、再びたくさんの人たちを熱狂させたいと決意を新たにするのだった。

文字数:1190

内容に関するアピール

これまでの常識の数々が失われてしまったコロナ禍のなかで、今を生きる当事者として何を書くべきか。
私は、スポーツ分野がどのように適応し発展していくのか、未来のひとつの顔を提案できればと思いました。
超人スポーツのコンセプトが好きなので、ここを出発点として、ARや配信を前提としたプロスポーツのあり方、そしてそれを支えるルールや空間設計をうまく料理できればと思います。

主人公たちは、コロナとともに生きる生活がノーマルとなります。
そのため、コロナを念頭としつつ、かつ一切コロナを描かないあり方が良いと考えました。

文字数:251

課題提出者一覧