無色(むしき)で彩なす

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梗 概

無色(むしき)で彩なす

突然変異を極度に繰り返すRNAウイルスが世界で猛威を奮う。
ワクチンの作成が原理的に不可能なため、逆に人間側のDNA構造を動的に変異させ続ける技術が発展した。皮膚に貼ったシールから電気信号でヒトのゲノムを編集し、転写因子を操作する。このドグマをハックする技術は、『デジタルゲノミクス』と呼ばれ、一縷の希望となる。
だが、肝心の『どの部分を変異させればよいのか?』は常に変化する。そのため、個人ごとにランダムに処置し、有効とわかったら全体に還元する、まるで原核生物における水平遺伝子移行ゲノムのメッシュの如き分散処理アーキテクチャが採用され、その社会実装は市場の原理に託された。設計上、ネットワーク効果が大きいため企業買収が相次ぎ、結局日本はザナドゥとアイザックが市場を寡占する。
しかし暫く後に悲劇が起こる。副作用により色素が変化し、アイザックのユーザーは橙色、ザナドゥは緑色に皮膚の色が変異していった。皮膚で人は感情の機微を読み取る。この『無言のバベル』と呼ばれる人災で、社会は分断した。

工藤幹雄は幼少の頃、アイザックでは治療不可な病のためザナドゥに移った。だが周囲からの『異邦人』の扱いに限界を迎えた母親の手で乱暴な施術が行われ、結果、斑色に全身が変色すると同時に、副次的に五つの錐体視細胞をもつスーパー色覚を得る。目のおかげで表情の機微に聡く、同時に容貌のせいで疎まれながら育つが、抜群の色彩感覚によりゲノム芸術家GAとして次第に名を馳せる。
ある折、自分を見ても嫌悪しない高野雅に惹かれ逢瀬を重ねる。だが、雅から自身は色が判別できず、よって幹雄の容姿も不快でなかったと告白される。愕然とするが、結婚して一子を授かり、灯と名付け、一時の平穏を得る。しかし次第に灯に拒絶される恐怖に幹雄は取り憑かれる。

逃げるように作品開発に取り組む中で、幹雄は塩基配列にバイナリデータを写像させ、そこに磁性ナノ粒子を垂らして配列に結合クエリ検索させることで、今までの膨大なゲノム改変履歴をファジー検索可能にする作品を開発する。
そしてその検索結果が波乱を生む。実は皮膚の色の変異は、互換性を無くし、乗り換え不可にする企業の戦略だったと判明する。幹雄は怒り、事実を公開すると、同時多発的に暴動が起き、暴力の伝播に雅と灯も飲み込まれる。目をくり抜かれ、口に突っ込まれた母子を見た幹雄は、この社会に復讐を決意する。
幹雄はデジタルゲノミクスの脆弱性を突き、今後生まれてくる全てのヒトが、色を感知できないよう遺伝子を駆動ドライブさせた。そして、その後に生まれるカオスと秩序を自身の最後の作とした。

—-動乱の中で橙と緑が混ざり合う。
だが数世代あとには、誰もが皮膚の色プラットフォームで判断できない平和な社会になるだろう。願うならばその世に生まれたかったと、幹雄は一人ぼっちのアトリエで泣き続けた。

文字数:1198

内容に関するアピール

旬なネタは、『withコロナ』,『Apple社とEpicGames社のプラットフォーム戦争』、『ノーベル化学賞(ゲノム編集)』です。
『人間社会は簡単にカオスになるが、わりとすぐみんな適用し、新たな社会構造を作る』ことを表したいです。例えば、仮に数ヶ月前の自分に今の近況を送ったら『COVID-19』、『ロックアウト』、『COCOA』などが踊る(今でこそ)真っ当な内容を虚構として一笑に付してたと思います。しかしながら、現実では、マスクをしながらGoTo Xで巷に人が溢れている不可思議な社会に一瞬で遷移しました。社会は意外と堅牢ロバストであるという認識が皆にある上で、『ウイルス=>企業による統治=>外乱=>さらに新たな社会構造』という物語によって、乱流の中でのみ竜巻が生まれ得るように『無秩序の中だからこそ、起きうる(奇特な)秩序構造もある』ということを作品の背骨とし、書き切ります。

文字数:392

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無色(むしき)で彩(あや)なす

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 父のはなし

 渋谷のスクランブル交差点。信号の点滅に従って大勢の人々が行き交う。そのリズムに沿って、ヒトが流れDO止りQU流れDO止りQU鼓動を刻む。大通り、渋谷という街に血流人々を送り込む心臓ポンプの役割を果たすかの如く、周期的サイクリックに駅から出てくるヒトたちを流しこんで、街の朝を活性化させいく。
 わたしの父である黒桐透こくとうとおるは、その生動を眺めるのが好きだったらしい。交差点の一角にある二階のカフェから、滞留と行進を繰り返す者達を、なんとなしに俯瞰して見つめることが、徹夜で作品開発に勤しんだ後の、明朝のお楽しみだったようだ。
 信号が青になって人々が動き出す。雑多なガヤガヤとした人混みのなかでも、よくよく上から見やるとパターンがみてとれる。おおまかに同じ方向に向かう人同士が、周りとぶつからないようにと緩く列をつくり、幼子のクレヨンの筆跡のような辿々しい線が縦横斜めに奔っている。しかし、それより巨視的マクロな現として、その流れのキャンパス中に、さらに赤い皮膚の者たちアイザック緑の皮膚の者たちザナドゥとで、綺麗にぷっつりと分かれ、絵の具を落としたようなたまになって蠢いていて、それぞれに属する人々は、まるで相手に対する卑猥な斥力を体内から発してるかのように、互いに排他的な集団クラスタを作り、上からみるときれいに散逸的な構造を織りなしながら、それぞれ整然と固まりながら動いている。実際のところ人々の根には、無意識に排斥する力学が懸命に働いている。そんな人々の本心が一目瞭然で垣間見れる風景。

 透は賑わう店内に、その眼をやる。朝の早い時間であっても、東京の一等地というだけあって中は雑然としていた。一角ではアイザックの若者たちは、11月に入ろうという寒空にも関わらず、タンクトップ姿で大声で喋りながら屯している。宵の喧騒がまだ躰に充満しているようで、その火照った熱を逃がそうとしているかのようだ。その証左と言わんばかりに、見える肌からは、ただでさえ赤みがかかったアイザック色紅色が、燃えるような烈火の色に染まり、ぺろりと露わになっているその腹部には、流行りのタトゥー型のゲノムエディタがペタリと貼られている。
 また一方には、東京名物HITOGOMIを一目眺めに訪れたのであろう、ザナドゥ色碧色の妙齢の観光客の一団。昔は海外からの観光客もよく渋谷に訪れたというが、”あの疫災”のあと、世界中が自閉モードに入って海外渡航が禁じられ、そこからの『持続的可能なサスティナブル秩序回復』が行われた当時いましても、既に旅客ビジネスのエコシステムは復活しない。
 若者集団と観光客はそれぞれ互いに、自由気ままにぶらぶらとしてるが、それでも決してに近づこうとはしていない。まるで本能に刻み込まれているかのうように、一定以上はお互いに近づかない不文律を守っている。皮膚の色がつくりだす人間関係の力場の中で、不可思議な相互作用が常に働いていて、そして、そのようなフィールドにおいて、透の存在はまさに特異点的シンギュラーであった。
 ざわめく混み合った店の中にも関わらず、窓辺に座る透の両横は空席で、誰も近づこうとしない。深夜帯から長く腰を据えていると、たまに隣に人が来る時があるものの、透の全身の肌のその異様さに気づくと、すぐにそそくさと移動してしまう。その時、立ち退く者は無表情を取り繕っても、そんな奴らの内奥に刻まれた微細な歪みの表情が、まるで心象を透過するかの如く、透の眼には、ありありと見て取れた。
 そのたびに、透は正面のぐねりと弧を描く窓ガラスに、うすぼんやりと反射する自分のかおを、表皮を指でなぞりながら、自慢のその『眼』でじっと見る。自身のその相貌はアイザックザナドゥとで斑模様に染まっている、その皮膚を。鱗雲のようにボツボツと、あるいはところどころに色の塊と塊がくっついて、まるでなにかを言いたげな、ぼけた奇妙なかたちを纏っている。じっとみていると、なにかうぞうぞと蠢くような錯覚を覚えるようで、それが見る人の気持を—-たとえ自分自身であっても—-不安にさせる。
『無言のバベル』以後、アイザックとザナドゥで二分され、互いに避け続ける日本を、まるでそのままヒトの形に練り上げたようだ。透は自分の姿をふとした時に見返すたびに、幾度もそんな妄想に苛まれた。

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 祖母のはなし

「東京にも、こんなに人がもどってきたのね」
 父が子供の時分、祖母がテレビを見ながらそんなことをふと呟いたことがあったという。そこにまだ穏やかな彼女の影があったのならば、それは父が7歳の頃より前のことだろう。
 わたしの祖母であり、透の母である奏子かなこは第一世代の、いわゆる、”復興を託された人々”だった。世界経済の復興を担い、さらに次の世代に繋げと教えられ育てられてきた世代だ。その世代にとって、奏子が若い頃には、人混みなどはありえないことだった。奏子が透を生んだ頃には、『デジタルゲノミクス』の技術自体は既に安定してきて、日本の人々はアイザックかザナドゥのどちらかの所属ユーザーにはなってはいたが、不特定多数の人々の接触はタブーという圧が強かった。そういう狭間の時代に奏子は育ったのだった。

 その疫病の深刻さが明るみになったのは、2025年の晩春の頃だったらしい。突然、どの国家のどの都市でも、突如として痙攣しなから血を流し、即死する人が出始めたのだ。
 世界保健機関WHOによる緊急事態a state of emergencyが宣言され、これが世界規模の新興エマージした感染症によるパンデミックであると発表された。範囲が世界規模であることと、その劇的な死に様から、「感染力と致死率が高い、新種の感染症である可能性が極めて濃厚」と初期の段階では思われていた。
 しかし、第一線の公衆衛生の専門家集団エキスパートチームの初期における必死の追跡をもってしても、このウイルスがどこから生まれて、どのような感染経路を辿ったのかは、全くの謎に包まれていた。新興感染症が出現した際の初期の対応は、患者の隔離と感染経路を突き止めることが基本則である。だが患者には数ヶ月の間、誰とも会ってない者も居たし、またどの国から感染が始まったというのも明確でなく、どの地域でも人数規模に応じて、まるで予め示し合わせていたかのように、一斉に突発的流行アウトブレイクが起きた。つまりこの感染症は、急に現れたと思ったら、すぐさま発狂すると決めてたかのように世界中で暴れ始めたのだ。
 当時の人々は死者の数で次々染まっていく世界地図を見て、芽生えた恐怖は幾程だっただろう?まるで不可視の怪獣が、乱雑な足運びで各地を蹂躙していく、その足跡だけを、何もできずに呆然と眺めるかのような憂懼であったのかと推し量る。
 けど実際のところ、世界全体の恐怖の総量に見合うだけの致死率を、そのウイルスは宿してなかった。健康な成人が発症する確率は、実は0.7%程度であり、無論、看過などできないが、とはいえ決して数字の上では死を覚悟するほどのものでもない。それは、過去に流行った黒死病ペストやスペイン風邪よりも遥かに低い。ならば、この感染症怪物の恐怖は何処からやってくるのか。

 この感染症の本質、それは、『潜伏する期間が確率的である』ことだった。
 感染してから一定期間は発症しないものの、 ある程度時間が経つと、誰しも発症するリスクを有している。だが、発症までの期間の分布は、病的なパソロジカルな性質をもった特殊な確率密度関数で表現モデリングされ、その期間はあくまで確率的にしか表せない。それなりに大きな集団の内、特定の期間の内に何人が発症するかのおおよその予測は可能なものの、”私”が”いつ”発症するのか、決して予測できなかった。あと一秒で血を吐き倒れるかもしれないし、何事もなく寿命を迎えるかもしれない。普段は大過なく過ごせるが、症状が出たら最後、わずか数時間の内に、突如として免疫システムが反乱を起こし、高熱、、嘔吐、全身からの出血で、縋る術もないままに死亡する。つまり、人類全員が身体に眠った爆薬が爆ぜるまで、一刻一刻とロシアンルーレットを行いながらの生活が強制されたようなものだった。
 最初、病原体の仮称は、PANどこにも存在するウイルスと平易な名前がつけられていたが、いつからかその動態から、綴をもじってPAWN人質ウイルスと次第に呼ばれ始めた。そして、いつ破裂するともわからない、ゆらいだ生命を定められた者たちは、第ゼロ世代、”はじまった人々”と称された。
 最初の混迷のあと—-WHOの『宣言』から2ヶ月後、米国疾病予防センターCDCの職員達による必死の調査によって、その原因となるウイルスの特定がついに判明する。
 PAWNウイルスは種類としては、インフルエンザウイルスなどと同じ、RNAのみをもつウイルスではあったが、最大の特徴として、感染した人の細胞の中で、RNAからDNAを合成する逆転写を行い、自身のもつ情報を感染者に組み込んでしまう。そうして、暫くDNAの構造体の一部を不法占拠をし続けることで、宿主キャリアも気づかぬように潜伏する。その間、産めよ増やせよと逆転写したDNA設計図から少しずつ自身の複製となる材料タンパク質をそっとヒトの細胞を使い合成し、外部に放出して、空気を媒介にまた別の宿主に植え付けていくのだ。
 潜伏期間のうちは特に症状はでないため、気付いたときには全世界を支配していた。というわけだ。しかも、ウイルスがちょっと気まぐれにある閾値を越えると、途端に全ての細胞で癇癪を起こすかのように、宿主を殺す。その突如とした変貌を遂げる二面性が、このウイルス特性だった。
 けど、この時点で判明した現実ですら、ウイルスの恐ろしさのほんの一側面でしか無い。本当の恐怖が判明したのは、更に数年後だった。

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 父のはなし

 透はカフェを出て、寒さが張り詰めた街を歩く。けど、肌を刺激するのは、寒さだけじゃない。自分を見てくる人々の視線も痛々しく突き刺さる。なるべく肌を露にしないよう、メガネの遮光度合いを目一杯に上げて目元を隠し、ガウンのフードを被って、ファスナーを首元まで目一杯に上げる。けど、それでも警戒されているのが、通行人の表情から見て取れる。
 自分の所属するザナドゥ企業体の運営する無料シャトルを利用する手もあるが、短くない今までの経験だと、そちらのほうがより警戒されることは明白だ。そもそも、あまりそういった公共機関に頼りたくないから、仕事場である研究室アトリエの近くに住まいを移したのだ。朝方のまだ人通りを少ない道を選んだつもりだったのだが、やはり失敗したかもしれない。
 当時の手記によると、ゲノム・メディア・アーティストとしての名声とは裏腹に、そんな肩身の狭い生活を送っていたらしい。

  透は、第二世代、つまりは”分断された人々”だった。透は姿だけでなく、その遍歴にも両方の企業体のシンボルが混在している、アイザックで生まれ、ザナドゥで育った。そして、母親である奏子の手で、今の姿に変えられた。

 PAWNウイルスの存在が明らかとなり、猛威が始まってからの十数年間、実質的に社会は停滞をし続けた。既に水際対策など無意味で、感染率が30%を上回っている以上、どれだけ人を避けてもすでに根絶は不可能な段階ではあり、”はじまった人々”はいつとも果てるかともわからぬ自身の命を前にして、完全に無気力になっていた。
 PAWNウイルスに対するワクチンの開発は現実的に不可能だと思われていた。だってそうでしょう?幾兆個もの細胞を占拠した歩兵隊pawnを、魔法のようにまるごと追い出すなんて、誰だって絶望的な気持ちになる。加えて、各地でウイルスの採集サンプリングを進める内に、更に追い打ちをかける事実が確定した。PAWNウイルスの性質が極めて速いスピードで突然変異を繰り返していることがわかったのだ。一般的にRNAウイルスの進化は極めて高速に起きる。極めて広範囲に拡散したPAWNウイルスは、すぐさま姿を変え始めた。もはや、単一的モノリシックな解決策では、手の打ちようがない状態になっていた。PAWNは変異し、交雑し、適用しながら、進化の行軍バージョンを推し進めていった。

 そこに対して、一縷の光明が見えはじめたのは、2040年。無気力の空気が包み込んだ世界にその希望の知らせが疾ってまわった。国々の研究者たちが相互に連携をとりながら、数多の科学技術の糸を綿密に織りなした、新たなシステムが誕生したのだ。
 このウイルスに対して、ワクチンのような対処法は既に前時代的なものとなっていた。重要なのは『常に』、治療を『受け続ける』ことだ。その動的平衡を体内で実現しない限り、PAWNの尖兵たちに対して、人類はなす術もなく、震え続けるままとなる。
 その対応策として構想されたのが、PAWNに侵略された部位を見つけ、罹患したすべてのヒトのDNAの配列を”書き換え続ける”計画だ。PAWNによる悪意のある書き込みを消し続け、正常な配列に置き換え続けることで、人体の組成コミューンに平穏をもたらすというわけだ。この案自体は比較的当初から叫ばれ、これこそが事態を覆す唯一の切り札と呼ばれてきたが、その実装は倫理面を抜きにしても、技術的に実現が難しいと思われていた。的確に遺伝子に改変を行い続けることが不可欠だが、それは一つの巨大な研究室を小さな器官オルガンとして、人体に組み込むことが必須とされる。ゲノム編集の基礎技術自体は2010年代から圧倒的な飛躍により、基礎的な理論は立脚していたものの、任意の塩基配列を局所的に置き換え続けることが可能な携帯式のガジェットなど、不可能と言っていい夢物語だった。しかも、どこに編集を加えて良いかの情報は、PAWNの気まぐれで常にアップデートされる。それは巨大な象が、小蝿の一匹一匹を見極めて踏み潰し続けるような難しさだと、少なからぬ人々に揶揄されてきた。さらにそんな象を、一人一人が背負うようなものだと。
 だが、遂に、それの実現が報じられたのだ。電子的に制御されたガイドRNAを特殊な酵素と共に送り込むことで、局所的ピンポイントにゲノムを編集エディットし、更にはその技術を薄いチップの中に実装し、皮膚と常に接触させることで新陳代謝による微量の電位差で半永久的に駆動するシステムが、臨床段階に入ったと公式に発表された。A-G-T-C、4つのアミノ酸によって奏でられる生命の調和を一 文字塩基単位で局所的に、如何様にも置き換えられる、12通りの変換方法trans-Xがその中には挿入インジェクションされ、可逆的に幾重にも改変可能プログラマブルな仕組みをもつこの技術の名は、応用技術である戴冠の印として[-ics]で締められ、『デジタルゲノミクス』と呼ばれるようになった。そして、人体に常に帯同し、接触できるようにと、デジタルゲノミクス技術はシール状のハードウェア—-ゲノムエディタとして実装された。その20センチ四方のパッチを皮膚に貼り付けることで、悪意のある配列コードを除去し続ける。

 日本でもすぐにこの治療が取り入れられ、順番に施術が行われた。だけど、製造工程の複雑さから、やむなく優先順位として、余命の期待値が比較的高い未成年者に対して優先して実施され、次第により年長の者へと割り当てられていった。このときの初期の段階で治療を施された者たちは、第一世代、”復興を託された人々”と呼ばれる。その区分には、幼い頃の奏子も含まれていた。
 彼ら/彼女らには、権利と義務が課せられた。まず、第一に、デジタルゲノミクスの恩恵を受け、常に最新ライブストリームの遠隔医療を受ける『権利』。そして、第二に、その医療のための試験体テストユーザーとなる『義務』だ。
 PAWNウイルスは動的ダイナミックにその構造を変え、変異する。感染する際の仕組みも常に一意的ではなく、手を替え品を替え人体の牙城に喰らいつき、侵入を試みる。その時々で多様な打ち手をしてくる相手に対して、都度都度、発見∝検証∝適用のサイクルを回す時間も人手も足りなすぎた。ならば対抗策は唯一つ、全く同等の戦略をもって迎え撃つことだ。ゲノムを編集により任意のパターンで変更可能かつ、大多数のユーザーに対して一斉に行うことが可能になったこその、経験論的ヒューリスティック解決策ハレルヤが実行された。
 まず、少数の無秩序に選ばれたランダムサンプリングユーザーたちに一定期間だけ、局所的に意図的な変異を加える。その試行が、PAWNウイルスを除外する作用があるかのA/Bテストを行い、統計的に有意な効果があり、さらに副作用の心配がないとわかると、すぐに他の者にも同様の変異を共有する、というわけだ。これはゆうなれば、生物進化の流れを加速させるためのシステムだ。突然変異を意図的に引き起こし、生き残るために『良い』と判断された変異を、時の審判を待つこと無く、ネットワークにより伝搬し取り込まれる。分散型アーキテクチャゲノムメッシュによるPub/Subシステムとして、このデジタルゲノミクスネットワークDGN構築デザインされ、そしてまたたく間に実運用が開始に至った。そして、瞬く間に秩序を社会は取り戻し、全人類の”暫定的”回復がなされた。めでたしめでたし。
とは、残念ながらもならならなかった。寧ろ、ここに次世代の悲劇が埋まっていた。革新的な技術は、生まれた時は一等に持て囃されるが、過度な期待だとわかると絶望され、忘れた頃にまた活路が見出される。その山と谷ハイプ・サイクルを繰り返して、やっと皆が当然のものとして享受していく。平時だったらそんな一進一退を繰り返しながら、社会にじわじわと浸透していくものだ。けど、乱世においては、そのような余裕など何処かに飛んでいってしまったようで、デジタルゲノミクスに対して、懐疑的だったり、リスクについて正確に述べた者がいたとしても、無視されるか、最悪、民意に仇なすとみなされ、攻撃の的にすらなった。
 でも、概して歴史を鑑みると、極めて優れたテクノロジーになればなるほど、社会全体に普及したその瞬間に、突如、思いも寄らない災厄が襲う。多は異なりMore is Different。個からは想像もつかぬ事象が創発し、また全体を別の次元の秩序に遷移させる。そして、このデジタルゲノミクスも、その歴史の連鎖に、また一つ連なっていくことになる。

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 祖母のはなし

 祖母である奏子にとって、息子である透は何よりの宝だった。PAWNの性質と、その感染率により、この疫病は、実際よりも虚大な影響を社会経済に与えた。そんな時代を十数年に渡って切り抜けたあと、必要なのは秩序の回復だ。第一世代である”復興を託された者”である奏子は、平穏への回帰であるさらに次の世代を授かったのだと、その確固たる責任感を秘めて、我が子を愛おした。

デジタルゲノミクスは『公共的知財としての側面が極めてが強く、また社会的より効率的に還元するため』商用利用可能、修正可能、再配布可能なフリーウェアとして公開された。要はこの技術を使って、誰がどんな商売をしてもお上から文句は言われない。ということだ。これは実質、社会実装コモディティ化を政府がすべて資本システムに丸投げしたというわけだ。かくして、普及への使命は、市場原理に託された。税制上の優遇処置が取られながら、ありとあらゆるゲノムベンチャーが勃興していくこととなる。どの企業もセコセコと顧客ユーザーを取り込み、それぞれ独自のシマを築いていった。現界するDNADNA Of Thingsを次々と地上に描画していくためのユーザーDoTの皆皆は群れをなし、企業を勃興させては衰退していく。非平衡アンバランスな生態系を持つ社会システムが数年も経たずして、自然な状態として認められるようになったのだ。
 けど、自由競争に全てを託すには、原理的な欠陥があった。先の通り、このシステムの肝は、PAWNに対して先手を打ち続けることだ。それには規模の経済ネットワーク効果がハバを利かせるために、DGNによるユーザー同士の”繋がり”が極めて重要だ。そのため、それぞれのDGNのデータは、完全に門外不出、企業間で連携が行われることは一切なかった。よって、ユーザー獲得のための貪欲な買収合戦が相次ぎ、結局のところ、少数の貪欲なファージ企業だけが生き残った。日本では、最後に残ったプラットフォーマーはたったの二社、それがアイザックとザナドゥだった。この二つの強大なプラットフォーマーによって、市場が寡占されたため、社会的インフラの役割も担うようになっていき、それぞれ、独自の生態系エコシステムを構築し、医療システムだけでなく、通信、教育、娯楽などを複合的に展開し、巨大な企業帯バンドとなっていった。わたしはこの時の海外の情勢については深く知らないが、大体の動向はどの大陸や国々でも、軌を一にしていたのだと思う。けど、あのような悲劇が起こしたのは、日本————つまり、アイザックとザナドゥだけだった。
 おそらく、当時の人々は、DGNに”組み込まれる”ことのデメリットなど、微々たるものだと思っただろう。でもそれは、真綿で締め続けるような、遅効性の劇薬だった。たとえを出すなら、ビタミン。ヒトは自身の体内で特定のビタミンを合成できない。果実から摂取する旨を学んだ人類は、進化の過程でその機能を取り払った。そしてその結果、人類は果実の奴隷となり、その繁栄を手伝うことを決定付けられた。つまりは、少しでも何かを外部化アウトソースすることは、同時にその何かに隷属することにつながる、ということだ。この世に無料の昼食フリーランチなどない。無論、自分の自己防衛システムを外部化したわたしたちにとっても、それは全く同じことだった。
 
 ふたつの企業に属した人々は暫くすると、互い同士で避けるようになり始めた。お互いの情報がオープンでない以上、どのような「変化を加えれられているのか」について疑心暗鬼に陥ってDGNネットワークの環はそれぞれで閉じているため、互いに理解し得ぬ何かミュータントに変異していつつあるのでは?という猜疑心を持ち始めたのだ。そして、2055年の11月、ジワジワと広まりつつあるヒビに、決定的な断裂が刻み込まれた。
 突如、アイザックとザナドゥ双方の人々の皮膚の”色”が微妙にが少しずつ、けど一人一人着実に、変化し始めたのだ。この異常現象に対して双方の企業帯の対応は、恐ろしほどに冷静だった。どちらもすぐさま、エディタが取り入れた変異の一部に、バグオフターゲットが混入していたことを公に認め、そして同時にその変異は、『過度に広まってしまったことから、元の状態に復元するのは不可能』だと、ことなげもなく発表した。謝罪のみで賠償も責任追及も一切なされない。そう、独立していたはずの二つの企業帯が、”偶然”、”同じタイミングで”、”同じように”、互いの圏に所属するユーザーに対して変異が生じたのだ。だからこそ、逃げ場は何処にもない。ユーザーであることを辞めようにも、数日そのパッチを遠ざけるだけで、何が起きるかはわからない。閉ざされた檻でで怒りに震えて叫んでも、虚しく反響して自分に返ってくるだけだ。誰しも何が最適なのか、何が正しい行いなのか、それが見出せずに思考停止に陥っていくうちに、ますますアイザックの者達は全身が紅色に染め上がり、ザナドゥの人々は滑らかな翠色に全員が次第に変貌していった。そして、その事実に全員が考えるのをやめた時、日本は二つの社会プラットフォームに分断されたのだ。
 ヒトが色覚を持つ一つの説に、『肌の色で、敵味方の感情や状態を察知テレパスするため』というのがある。生理状態の変化が血流の流れに変異を引き起こすことから、肌に表れる感情の昂りを、目敏く見抜くために眼が発達してきたという説だ。実際、一般的な眼に存在する三種類の錐状体は、ヒトの肌の色のスペクトルを見分けることに最適化している。この分断により、それぞれの企業帯の者達は自分に属さない者たちからの発信シグナルに疎くなり始め、近所や親族だとしても、もはや同じ国家プラットフォームであるという認識は次第になくなり、互いのエコシステムはさらに加速度的に閉じ始めた。二重の基準色ダブルスタンダードのもと、別々の次元に住まい、意思疎通が断絶するようになったこの人災を聖書の一節になぞらえ、『無言のバベル』と呼ばれ始めた。

 この人災無言のバベルから5年の後、透は生まれ、そしてさらに7年後、母の手によりその分断された世界の狭間に、透は堕とされた。
 アイザック側で育った透は、子供の時、PAWNとは別の病に侵された。医療の環が閉じた世界において、その病原体に対する治療についてはザナドゥ側にしか対処法がなかったため、まだ子供だった透は、”特例により”ザナドゥ側に乗り換えるコンバートことが許された。ただし、条件として、透だけでなく家族での移行が求められ、そのためアイザックに『染まった』母、奏子も共々、移住が求められた。その後ザナドゥのDGNの医療により無事に回復した透だったが、今までの生活と異なるコミュニティに移った奏子は、精神を病んでいくことになった。
 アイザックの元で育った奏子にとって、ザナドゥのコミュニティでの『異邦人』扱いは堪え難いものだった。さらに何よりも大事な透もその中においては、平穏に暮らすことも叶わず、見た目のせいで、常に親子は嫌悪の感情に晒された。それが、凶行の撃鉄となって、透の前に振り下ろされた。
 奏子にとって、そのような扱いを受ける暮らしが限界だったこと以上に、透の将来を慮るための『慈しみ』が、我が子に対する違法手術を行うことを決意させた。少しでも好意的に解釈するなら、そうなのだろう。けど、行った施術はあまりに激烈だった。どこから取り寄せたかも分からないゲノムエディタを、透の顔の全面に(眼も口も鼻も一切特別扱いすることなく)無理やりに貼り付け、何処から見つけてきたかもわからないような、アングラな遺伝子編集アルゴリズムを流し込み、デタラメに皮膚の色素をザナドゥ翠色に変換することを試みたのだった。そして果たして、その試みは最悪の結果となって返ってくる。透の皮膚はポツポツと翠に染まり、どちらに与する者達が見ても嫌悪をも掻き立てられるような、醜い烙印スティグマが刻まれた。
 結局、奏子は、自身の子に対する虐待として処理され、そして、奏子は透と二度と会うことは叶わなかった。そして、父にとってはこの時に、その後の人生が、どうしようもないほどに決定づけられたのだった。

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 父のはなし

 父は大学で応用生物学を学びつつも、周囲から孤立する自身の姿を鑑み、アイザックとザナドゥどちらの研究施設にも属さない、フリーのDIYバイオハッカーとしての生活を選んだ。だがそれは、研究者というよりも芸術家にその区分は近く、また自身でもゲノムメディアアーティストを名乗った。
 作の一例を出すならば、ある真核生物の細胞内に、その系統に連なる生物達の対立遺伝子を発現しないように特殊な形式で埋め込んだ”輪廻Linne”や、百万人分にも及ぶ匿名化されたヒトゲノムのSNP異なる箇所のみを25億色でデジタルマッピングで修飾した”異電子i-Denshi”など。けど、一番のお気に入りは、何処にも公開していない、自分だけのための作品、二種類の”蟻”を瓶の中に詰め込んだ”ant/inomieアンチノミー”という作品だった。当然の如く、その蟻たちは普通の昆虫じゃない。それには、ともすればグロデスクとも評されかねない、ある仕組みが埋め込まれていた。
そして、さまざまな作品オブジェクトを作り出す一方、同時に透はDNAの構造の、計算素子としての可能性を追求した応用研究にも独自に着手していた。表向きの想いとは関係ない、自身の野望のために。

 大規模チームによる研究が当然の時流に逆らっての研究ができたのは、父のその『眼』に理由があった。彼が幼少の頃に加えられた『変異』の履歴は肌の色だけではなかった。顔の全体に無理やりエディタパッチを当てられ、奏子の手によって、顔全体の織りなすタンパク質の形質を無理やり変換させられたのだ。そして、五感のなかで情報を最も集約するセンサ————視覚の細胞にも膨大な影響を残した。彼女の滅茶苦茶な施術によって、遺伝子のパターンが攪拌され、網膜の錐体細胞を構築する遺伝子がモザイク状に発現し、透の眼は可視光以外の領域の波長も認識できる、『五色覚』を持つに至った。そのスーパー色覚が施術の副作用サイドエフェクトにより、自身の組成が変わることによる度重なる激痛の末にもたらされたのだ。その形質を獲得は、独りで生きることを余儀なくされた透に対して、一つの活躍の場ニッチを提供することになった。
 透はゲノム配列を特殊な蛍光標識で染色し、同時に専用の可視化技術イメージングにより、自身の網膜に最適化した姿でゲノムの配列を認識することで、生命の設計を遥かな高みから俯瞰することができた。そのインタフェースに加え、元から秀でた抽象的思考力と空間把握能力とが組み合わさり、何処と何処が相互に関係し合っているのか、何処に変異を与えると、同時に何処か相関するのか。それを理性的に、そして直感的に導くことができたのだ。透の脳髄では高次元の姿で生命のかたちを立ち上がらせ、まるで流れる音の調べを、あるがままに受け入れるように、そこに記された暗号を読み取って応用する事ができた。それを独自の応用技術を立脚し、『作品』という形で還元して、キャリアを築いてきたのだ。
 だけどそれよりも、デメリットのほうが遥かに勝った。この眼によって、透は元より少なくない、他人からの嫌悪をより過敏に受け止め続けた。普通は見えない皮膚に刻まれた皺の一つ一つまで、透の眼は透過する。そのため心象をより正確に捉えてしまい、どれだけ上っ面では何事もないように取り繕っても、透の眼にはありありと自身に対する鬱屈とした気持ちを捉えてしまう。遮光用のサングラスでそれ心象を直接受け止めないように防御も図ったが、ひょっとしてという気持ちが勝り、つい幾度もチラリと他人の表情を確認してしまう。ただその儚い希望が、叶ったことは一度としてなかった。
 わたしの母、雅に出会う前までは。

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 母のはなし

 母、雅を一眼見たその瞬間に、父は既に母と添い遂げることを確信していたらしい。
 
 父、透が作品をが有名になるに連れ、覆面作家としての活動にも限界が来ていた。自分の代わりに雑事や対外活動を担ってくれる人物を雇うことに決めたのだ。そのために、その手の人材サービスで候補を何人かセレクションし、実際に面接に来てもらった。その中に、母、雅の姿もあった。
 暗々とした研究室の一角。『目に見えない』光も認識してしまう透は、裸眼でいるときには常に部屋の明かりを抑えている。その部屋に1人づつ招き入れ、面接を行った。仕事上のパートナーを見つけるため、多少でも自身を厭わぬ人を判断するために、遮光グラスもその時ばかりは外して1人づつ招き入れるが、誰しも多かれ少なかれ、透の姿見に隠しきれぬ生理的な嫌悪を抱くのが、ありありと見て取れた。
「どうぞ」といって、次の候補者をを招き入れる。暗々たる部屋に佇む透の姿を認めた候補者は、当然の権利かのように複雑な感情を匂わせてきた。だけど、この時に入室してきた若い小柄な女性、雅だけは違った反応をみせる。
「失礼します」と言いながら、雅は臆することなく冷静に、けど少し浮き出た愛嬌を微塵も崩さないままに、じっと先を見つめ続けながら、透の面前にそっと座る。そのなりに惚けて雅を見続けた。この瞬間、まだ名も尋ねぬままに、雅の採用を透は既に決めていた。
疾る気持ちを抑えたまま、「それでは、最後に何か聞きたいことはありますか?」とお決まりの質問まで手早く辿る。
「じゃあ、お言葉に甘えて」と時を少し溜めて、頬に手を当てながら考える仕草をした後に「透さんにとって、一番に大切な作品はなんでしたか?」と尋ねる。
 透は少しだけ考える。質問自体はテンプレといえるような陳腐なものだったが、透は本当の答えを今の今まで口にしたことは一度としてなかった。けど、雅に対してだけは、真摯に答える価値がある。そのための決意が躰を巡るまでの時間だった。
「それは二種の蟻で作られたコロニーです。ただし普通の蟻ではない。自然界においてその二種類の蟻同士は天敵同士なのだけど。一方の蟻の遺伝子を組み換えることで、あたかもお互いが仲間同士かのように錯覚するフェロモンを出すようにしたのです。そうして、お互いがお互いを仲間と認識するようにした作品、それが僕にとっては一番大切な世界かもしれない」
「ちょっと怖いけど」とそこで切ってから、「けど、素敵な作品ですね」と雅は続ける。ゆったりとした微笑みを伴いながら。上っ面フェイクではない、心からの言葉だ。それに、作品自体よりも、自身を認めてもらったようで、安堵の気持ちが透の奥底で灯る。
「僕も・・・僕からも質問があるのですが」透が一呼吸置いて、発する。
「なんでしょう?」雅が好奇心の色を浮かべて問い返す。
「是非とも一緒に仕事がしたい。この場で承諾してくれませんか」とずっと言いたかった旨を渡す。その内示に透は無論、雅は喜ぶとばかり思った。
しかし、意外なことに、雅の顔に暗い色が、この時になって急に浮かび上がる。
「もしも、契約周りで不安であれば————、」想定外のタイミングで見せる、訝しげな表情に際し、透が先じようとした瞬間、雅が「いえ」と言葉を遮り、
「履歴書に記載しなかった事実について、どうしてもお伝えしなければならないことがあります」と、これまでにない、剣呑な口調でそう告げた。

 雅が出した、雇われるにあたって、語らねばならぬ事。それは、人の顔の『色がみえない』がという彼女についての先天的な異常であった。相貌失認に近しいものではあるが、顔自体を覚えることには問題はなく、ただヒトの『色』だけが判別できなかったのだ。
「なので、業務に際して、どうしても支障がでる面がでてくるかもしれません」
 その返で一刻の淀みが透を巡った。自分を嫌わなかったその理由は、ただ、”見えてなかった”からだったのだ。
 だけど、と一瞬の迷いを振り切る。だけど、だから何だというのだろう。彼女以外に今自分を厭わない人間など、今までいなかった。生みの親も含めて。そして、恐らくこの機を逸すれば、これからも現れることはないだろう。そう思って、その告白の後でも、採用のオファーを透は覆さなかった。すぐに雅と握手を交わし、その後一緒に仕事を行う毎に、その判断が正しかったと実感していく。

透は雅と一緒に過ごすうちに、雅の、他者への公平さにその時々で心打たれた。どちらの企業体に与することなく仕事を受ける透の立場にとって、例え誰であっても素直に交流できる雅の存在に仕事のうえで何度も助けられ、どちら側に立つ、どのような人に対しても公平フラットに雅は応対する。その才能が今の日本において、何より稀有である事は、透が最も知るところだった。
 色彩というのは騙術フィクションだ。自然に存在する数多の光線のうち、偶然、ヒトが感知できる極々狭い領域に入ったのただの波。それが網膜中の神経に刺激し、その興奮パルスが、大脳を揺さぶるただの現象だ。つまりは音を結晶化する事が叶わないように、色をいんする外界の物質は存在しない。また同時に、艶やかな旋律に心が静まるように、色彩は感応を刺激する。彩色のためのパレットは、いつもに躰の内奥にある。雅にはその時代が決めたエポックに染まる事なく至ることがきたのだ。そして、そこまでのあり方には全く交わるところがないものの、色という感情に染まらなかったふたりは、次第に惹かれあった。
 
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 わたしのはなし
 
 そして、わたしが生まれた。
 けど、母が残した日記によると、わたしという存在に対して父は、望まぬ感情の中で葛藤を抱いていたらしい。
 孤独に一生を終えることを覚悟していた中で、雅と出会い、さらには自身の子が生まれたことは、透にとって言外の喜びであった。と、同時に、わたしが『普通の子供』として生まれたことに恐怖したらしい。良くも悪くもわたしは『ふつう』だ。度したる眼もなく、感情の機微にも順当に反応する。生後すぐにそのことがわかると、透は安堵と不安で張り裂けるような気持ちに陥った。
 「やがて、この子も他と同様に、親のことを疎うの日がくるかもしれないな」時にはそう母に漏らし、次第に私と離れて研究に没頭した。
 
微量な粒子を封入したエッペンを、アトリエに入る微細かすかな光でほんのり透かす。その中の入ったシリカ粒子ビーズには、特殊な製法で編み込まれた、本来であれば門外不出のDNAデータが封入されていた。一掻きにも満たないその粒たちの中には、数ペタバイトに及ぶ情報————アイザックとザナドゥ双方のDGNによる、全国民の今までの医療履歴ログが内包されている。
DNAというのは、ある種の計算素子プロセッサとしての側面をもつ。経年による変化も勘定に入れれば————四次元空間に物体を出力プリントを実現するための素子であり、内部に一定の演算能力、さらにメモリとストレージが組み込まれている。有限種類の記号からなるその媒体は、静的なデータストレージ構造と動的な処理プログラムが混在している。
そのストレージの貯蔵キャパシティは実に甚大だ。四種クアドリからなる生命の配列を自在に置き換えられる今、極小のDNAという媒体に、大量の情報を書き込むことができる。金属反応もなく極めて微量な体積の中に、莫大な情報を書き込むことができるDNAを模した塩基配列は、特に機密情報を持ち出したり、やり取りする際に極めて有用な媒体メディアだった。
そして、透が手にしたそのDNAの中には、今までの改変ログが絡まり合って全てを記録していた。そして、その死蔵された情報群コールドストレージの中から、透が取り出したいと願うのは、数バイト塩基にも満たない、一粒の情報の結晶————無言のバベルの”真実”だった。自身を苦しめるに至った、あの災害は何処か示唆的な匂いがする。その経緯に至ることが、自身を見つめ直し、ひいては我が子を臆する事なく、愛すためのきっかけに繋がるだろう。どうやら父は、そのように考えてたらしい。
両企業体の関係者に長年に渡って掛け合うことで、それぞれの門外不出であるログを入手することができた。だが、困難なのは、その内部の情報を読み解くことだ。たとえ、透の力を持ってしても、中の情報はおいそれとは汲み解けない。
そのための技術を透は、開発し続けた。暗号化エンコードされた特定の情報の読み込みreadのために、局所的に該当の塩基配列にだけマッチするような磁性ナノ粒子を作成し、塩基の鎖と結合クエリ検索する方法を画策し、数年の試行錯誤の後、膨大で乱雑に絡まった情報から、ひと掬いの求めていた結論エビデンスを蒸留することができたのだ。そして事実は、陳腐で見窄らしい想像通りの意地汚いものだった。つまり『無言のバベル』は、偶然ではない、人災だったという事実こと
アイザックとザナドゥ、どちらのゲノムエディタにも、裏口バックドア最初からデフォルト装備されていると、DGNのログは示していた。これを使えば、任意の指令を自分たちのユーザーに任意に送ることができただろう。そして実際、その侵入経路がどちらもたった一回だけ使われた形跡を残していた。そう、皮膚の色が変わりはじめた、あの年に。
おそらく、二つの寡占企業の中には、意図的な取り決めがあったのだろう。一斉に色の遷移という異常を起こせば、逃げ場がなくなり、どちらかに一斉に入れ替えられる不安は無くなる。なぜそのような事をアイザックとザナドゥが企てのか、それは考えるまでもなく明瞭だ。
その目論見は、永続的にユーザー基盤を確固たるものにするための”賭け”のようなものだったのだろう。当時、まだ、群雄割拠のゲノム戦国時代の時流において、曲がりなりにも天下を二分したばかりの企業体同士が最も恐れることは、お互いではなく、第三者、新たな挑戦者スタートアップの台頭だろう。その芽を潰すために、それぞれのユーザーに離れる離れられない、その皮膚を打ち込む事は、賭けの対価としては余りある。肌の色が変わったとなれば、おいそれと、別のシマには移れまい。そしてその画策は見事に当たった。その結果、その犠牲となったのが奏子。そして勿論透も。

この後の透の行動は鮮やかとも表せるような手際の良さだった。覆面作家であることを辞め、自身の姿を晒しての動画メッセージにて辿り着いた事実を公表し、そして、その中で、自身の展覧会の告知を行った。そしてそれはただの発表の場ではない、透の頭の計画にあるのは、決起するための集会だった。
アイザックとザナドゥの狭間で苦渋に満ちた人生を歩んできたものは、まさか自分だけじゃ無いだろう。この事実を明るみに出せば、二つの社会に苦しんだ人々が立ち上がり、アイザックとザナドゥを追い込み、新たな別の社会システムの萌芽に繋げることができる。その革命のための青地図を透は長年温めてきた。それを率いるために、自身の姿を公に晒し、扇動するための一つの象徴スティグマとして、利用するために姿を晒したのだ。ただし、革命に必要な要素は、象徴だけでは不十分だ。そこには、誰しもを同じ方向に導くための共鳴がなくてはならない。そのためには、雅の力も不可欠だと透は理解していた。母の、その染まっていない感情が、何よりも重要だった。
 父にとって、そして母にとっても、二つに断ち切れたこの世を受け止める舞台となった。けど、かれらは間違っていた。怒りに向かって立ち上がると期待していた世の人々の抱える誠の気持ちを、これ以上なく、完璧に勘違いしていたのだ。

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 わたしたちのはなし

 展覧会の会場で最初に、狂ったような叫び声をあげたのは、ある老女だった。最初の世代はじまった人々に位置するであろう、その女は唸り声を纏ったまま、壇上にいる透に向かって突進してきた。すぐさま周りにいた警備員に止められたが、事態はそれだけで終わらなかった。
 記録にあるところだと、その後勾留された際に、この一連の惨劇の発端になるこの行為に及んだ旨を、その老ぼれは尋ねられると、以下のように口にした。
「あたしは、この狂った世で70年間、曲がりなりにも生きてきました。病に怯え、その治療を乞い、皮膚が真っ赤に染まっても、必死に生きてきたんです。それが人の手によるものだと知ったところで、今更、そんなんは何の慰めにもなりゃしません。これ以上、私たちの世界を揺さぶらないんでほしかったんです」

 初日の決起会で、透と雅を迎えたのは、月並みで、平凡な、無名の、敵意で溢れかえった人達だった。個展が始まった瞬間に、紅と翠の者たちが、声を合わせて異口同音に、罵声の刃を二人に向けて放ってきた。
そして、先の老女の特攻の後に、その合唱が会場をさらに包み込み、合唱は暴力に表現形式を換えた。疫病のような衝動が人々を蝕み、壇上にいた透とその隣に控えていた雅にじわりじわりと、その輪を詰めてきて、躰の中から、悪意と敵意を発してきた。それは透が今まで見た中でも最上の、殺意に近似できるほどの禍々しさを帯びていた。
その動機は単純だ。企業体同士の計略など、公になってないだけで、誰しも暗黙のうちに気づいている事なのだ。だが、その事実を今更断罪して何になるというのだろうか。そもそも、二つの巨人を断罪できる機関はない。国家プラットフォームは誰にも止められない。ならば、これ以上余計なことはするなと、ただそれだけなのだ。けど、その単純なことを、透も雅も理解していなかった。どちらにも染れず、染まらなかった夫妻は、皮肉なにも一体となったアイザックザナドゥ傀儡ユーザーに押し付けられ、もみくちゃにされ、圧殺されて、命を落とした。瓶に閉じ込められた蟻たちは、閉じ込めた奴らじゃなく、『ここは瓶の中だ』と指摘した、異質な蟻を攻撃の的にしたのだ。それは当時の者にとってみれば、当然の反応だったのだろう。けど、この話を知った”あなた”は、その気持ちが理解できないことを何より願う。

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 あなたたちのはなし
 
 今、わたしの目の前には、蟻塚が入った瓶がある。父のお気に入りの作品だ。勿論もう蟻は死に絶えてるが、反目するはずの二つの種族が協力しあったなごりだけは残っている。
 両親がが亡くなった後、遺産は全て私に譲渡された。勿論その中には、父のアトリエと作品も含まれる。15の年になった時、突如として遺産相続の代理人が私の前に現れ、それを置いて行ったのだ。アトリエ、作品、そして父の実験記録ログと母の手記ログだ。こういうものを予め手配していたことを鑑みるに、おそらく両親は幾分かは、最悪の可能性を考慮していたのだろうか。
つまり、私はバックアップなのだ。そして、この蟻塚は、次の社会の実験模型トイモデル
 さて。
 遺品の中には、我が父の実験ログもきちんと存在している。そこには、それぞれのゲノムエディタの裏口からの侵入経路方法が示されてあった。ちゃんとその突破方法も父は用意してくれていたのだ。
この裏口から、わたしは、日本全土の人たちと接続テレパスし、自由に細胞の状態を変異キネシスできる。内臓系に甚大な変異バグを組み込んで、苦しみの中に貶すこともきる。子を宿すことができぬようにして、ゆっくりと滅ぼすことも。けど、わたしは、別に家族の復讐を為したいわけじゃない。わたしは、”きっかけ”を与えたいのだ。
ザナドゥとアイザックのどちらのユーザーに対しても、染色体上に存在する、眼の網膜にある錐体細胞には、吸収する波長がことなる3つのタンパク質オプシンが存在する。だから、わたしは裏口パスを使い、遺伝子を駆動ドライブさせ、このオプシン遺伝子の発現を止め続ける。これで、強制的に皆が色のない世界—-母の環世界に皆を遷移させる。
その後に裏口もわたしだけの秘匿鍵プライベートキーにする予定だ。徐々に色を喪っていく事実を受け止めるには、時間がかかるだろうが、その後にふたつに破れた国がもう一度もとに戻るためのきっかけになれば良いと思う。
けど、最終的には、わたしはここに至った経緯が、皆が知るところになってくれると嬉しい。だから、この物語は、そのための指標マーカーだ。
裏口を使うついでに、ヒトのゲノムの中のほんの些細な一部分に、節にちょっとずつ分けながら、ここまでに至った物語の断片を、サンプリングした幾人かに、挿入ノックインしようと思う。この配列物語自体は毒にも薬にもならぬよう、変に発現しないように暗号化スクランブルをかけて変換エンコードしておく。だから、これは、”気付き”のための仕組みなのだ。いずれ、何代かあとに聡い者が現れてたら、一部の人間の配列に、不自然な連鎖があることに違和感を覚えて、それが自然言語のパターンであることに気付くだろう。そのときに、この物語の裏にあったわたしの行いを解読デコードして色を復調リカバリーさせることができるやもしれない。さすれば、この無色の闇を抜け出すヒントとして、活用することができるだろう。
その蓋然性を高めるために、アイザックとザナドゥのユーザーそれぞれに、ちょっとずつ別々の物語を組み込んだ。わたしに連なる、家族の物語の一節を。母体プラットフォームが異なるユーザー毎に、別々の物語を組み込んだ。
肌の違いに頓着がなくなって、2つの集団が少しずつ交わっていくにつれ、自然とそれぞれのゲノム物語も交わって行くだろう。そうなるたびに、この物語の系譜も少ししずつ体内に貯蓄され、ふとしたきっかけで、この物語ゲノムが見つかる可能性も高くなっていく。世代が経つにつれ、分割された物語が紡がれ、結えられ、一つに統合されていく。世代が経つにつれ、物語のDNAが紡がれ、組み合わされて、一つの文脈ゲノムとして成長していく。わたしの家族の物語は、あなたに連なる物語にもなるのだろう。
だったら良いなとおもうけど、無論、そんなうまくいくことは無いだろうし、少なくとも、わたしが生きている間には起き得ないだろう。だから、この仕組み物語は自己満足に極めて近しい。
だけど、だから、誰も彼もが、どっち側にいたのかなんて、いつしかどうでも良くなって、その中に組みされた昔話がいつしか発見されたとき、それがこの世とも思えぬ出来事のように受け止めてくれれば良い。そうであったら、良いなと思う。

# 参考文献
武村政春. 巨大ウイルスと第4のドメイン 生命進化論のパラダイムシフト
武村政春. 新しいウイルス入門 単なる病原体でなく生物進化の立役者?
田口善弘. 生命はデジタルでできている 情報から見た新しい生命像
太田邦史. エピゲノムと生命 DNAだけでない「遺伝」のしくみ
山本卓. ゲノム編集とはなにか 「DNAのハサミ」クリスパーで生命科学はどう変わるのか
エド レジス. ウイルス・ハンター アメリカCDCの挑戦と死闘
マーク・チャンギージー. ヒトの目、驚異の進化 視覚革命が文明を生んだ
オリヴァー サックス. 色のない島へ──脳神経科医のミクロネシア探訪記
大山正. 色彩心理学入門 ニュートンとゲーテの流れを追って
ジョン・ブロックマン他. ディープ・シンキング  知のトップランナー25人が語るAIと人類の未来
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