Think! Think! Think!

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梗 概

Think! Think! Think!

「えっ何このスコア……」

高校三年生の7月。西宮ナナは進路指導室で絶句する。先週まで好成績をキープしていた自身の「多面的総合的評価」を示すスコアが急落していたのだ。

大学入試は15年ほど前の改革以来、学科学力と行動データ分析によるスコア評価の半々で入試の合否が分かれる仕組みになっていた。模範的生徒のはずのナナに限って、スコアの減点なんてあるわけがない。心当たりがあるとしたら投稿した動画に一緒に映っていた級友のマキの年上の彼氏が最近、行動履歴詐称のデータ改竄で捕まったことくらい……。いずれにせよ減点ロジックは不明だった。

スコアを取り戻すために、ナナは夏休みに政府主催の政策PRのボランティアに参加する。同級生で赤点常連のサッカー部員イチイも一緒だ。新宿の貸し会議室に集められた高校生たちの指導をするのは広告代理店から来たヨツシマという若い男だった。まずヨツシマが抱えてきたのは一面ピンクと紫の複雑なマーブル模様だけが描かれた迷彩柄のポスターの束で、これを新宿駅構内の掲示板に貼るのだという。貼り方にはやたらと細かい指示がある。その内容を問うと、ヨツシマは答えずただ「減点するぞ」とナナたちを脅す。極めて具体的ながら意図の分からない指示の連続でナナたちは参ってしまう。そこでこっそりヨツシマの行動を追跡すると、彼の指示はすべて、彼が後生大事に抱えている鞄の中の情報端末から出力されていることが判明する。それは彼の会社が試運用中の、新型の行動データ収集基盤の施策提案エンジンのインタフェースだった。その基盤こそが今回のPR活動の主役となるもので、時の政権が推し進めているのは国民の行動データを統合的に収集し、分析し、国民の無意識をモニタリングした結果を政策決定の指標とすることだった。

やりがいのないボランティアに嫌気がさしたナナは、級友マキの彼氏に知識を借りて大量の意味ありげで何の意味もないデータを作り、それを友人たちにも拡散するように促す。面白がった高校生たちを中心にゴミデータの拡散・改変・再拡散のループが始まり、データ基盤の分析精度ががた落ちになる。そこからメディアやECサイト、あらゆるレコメンドが狂い始め、ついには政権支持率にまで影響が及ぶ。いや、それが実際にそうなのか、分析結果が狂っているだけなのかさえ今はもう分からなかった。

この混乱を受けてエンジンは停止、入試制度におけるスコア評価も無期延期となった。二学期に改めて進路指導を受けるナナとイチイ。担任が進学先の大学をいくつか提案するが、その根拠はやはり過去の進学実績からのレコメンドだった。ナナはすべての候補を拒否して、自分で行きたいと思っていた「学食がおいしい」地方の大学を志望する。胃袋と第六感と青春は確実に自分のものだ。担任の机の上に置いてあったイチイの進路指導票にも同じ大学名が書かれているのを横目に、ナナは進路指導室を出る。

文字数:1199

内容に関するアピール

大学入試改革、政権のブランディングと広告代理店、行動データ活用の基盤作りと、一つ一つは地味ですが、旬というからには現在進行形で着実に私たちの社会に影響を及ぼしているものをすくい上げたいと思い、組み合わせて「評価のブラックボックス化」をテーマに選びました。データとして取り扱える情報が加速度的に複雑になっていく中、大人たちが考えることをやめてしまったらどうなるか。半歩先のグロテスクで滑稽な大人たちの社会と、本能盛んな十代の若者の青春が対立の構図となるお話を書きたいと思っています。

文字数:240

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Think! Think! Think!

体育館のよくワックスがけされた床に、バスケットボールの跳ねる音が無数に響く。

ナナはもう3年生だから6月の試合で部活を引退したけれど、今日は塾もなくて、かといって自習室にも足が向かなくてなんとなく後輩たちの練習を見にきた。演劇部の練習の邪魔にならないように気を付けながら、檀上の片隅に腰を下ろしてフロアを眺めることにした。奇数の日はバドミントン部と体操部が体育館を使うが、今日は偶数の日なので手前側の半面がバスケ部で、奥側がバレー部の領土だ。さらにその半面ずつを女子と男子が分け合っている。プロスポーツの世界ではもう男女混成が当たり前なのに、地方の公立校の運動部はずっと昔からこの方式だ。補助具も競技拡張用のAR装置も導入が進まないから仕方がない。

女バスの部員たちは二人一組になって、ドリブルしながらディフェンスを抜ける練習をしている。誰かが身をひるがえすたびにキュっとバスケットシューズの底面が鳴る。後輩たちはナナの顔を見て嬉しそうに挨拶してはくれたけれど、練習に参加せずに見学だけするというのは案外所在ないもので、あまり長い時間しないうちにナナは体育館を出て自習室に向かうことにした。

『3年2組西宮さん。西宮ナナさん。進路指導室まで来てください。三ツ矢先生がお待ちです』

突然全校放送が鳴り響いた。…げ、という言葉が実際口から漏れただろうか。体育館から教室に向かう渡り廊下を歩いているところだったので、ちょうどすれ違った同級生にクスクス笑われた。

「ナナ~マミちゃんに呼び出されてんじゃん」

「珍しいね、優等生のナナちゃんがさ~」

「やめてよお」

マミちゃんというのはナナの担任のことで、まだ3年目の新任教師だからナナ達とも距離感が近くてみんな名前で呼んでいる。ナナは曖昧な笑みを返してふたりをやり過ごすと、進路指導室に行き先を変える。北棟の2回の奥にある指導室はちょっとしめっぽい小さな個室で、PCが一台と椅子が2台置かれている。PCが置かれている方の椅子にはすでにマミ先生が座ってナナを待っていた。

「失礼します」

「西宮さん、急にごめんね」

ナナが開いている方の席に腰を下ろすと、画面を何度も再読み込みしていた先生が身体をこちらに向けた。

「あのね、西宮さん。最近何か変わったことってない? もし、先生に言っておいた方がいいと思うことがあったら教えてくれるかな」

「え……、ありませんけど。何ですか?」

「本当に? だったら、びっくりしないでほしいんだけど……見て」

マミちゃんがPCモニタをナナが見やすい角度に変えると、画面にはナナの成績情報が表示されていた。

「えっ……何このスコア……」

学科偏差値:6教科総合68.8

行動評価:スコア32 D評価

そんなはずはなかった。少なくとも前回見たときまではナナの行動評価のスコアは80点以上あり、評価はB+だったはずだ。A評価を取れる高校生なんてめったにいないので、これでもかなりトップにいたはずなのに。ナナは頭の中で最近の自分のしたことを超スピードで巻き戻して確認する。SNS、暴言吐いてない。ドラマの違法視聴、してない。信号無視、してない。課題、期限までに全部出した。厚労省推奨の一日30000歩のアクティビティも毎日達成して食事の記録と一緒にデータ送信済みだ。あとは……

「あ……」

ナナの頭にひとつだけ影がよぎる。

「友達の彼氏が……最近捕まりました」

中学からの親友で、今は工業高校に通うマキのことだった。うんと年上の彼氏ができたといっていたのが昨年のクリスマスで、その彼氏が行動データの改ざんで書類送検されたのだという。ナナの身の回りで、法に触れる人間なんてこれまで一人もいなかったから、結構衝撃だった。そんなことがある前に、マキとは先日一緒に会う約束をして、その時遊び歩く様子を動画に取って投稿した。その行動自体は間違いなく計測されているはずだった。

「友達の彼氏……? さすがにそれは影響ないんじゃないかな。西宮さんも何か一緒にしてたわけじゃないよね」

「それはそうですけど……ほかに心当たりありません」

「そうかあ、困ったなあ。一応、評価システムの運用をしている会社には問い合わせてみたんだけどね、回答できないって」

「……どうしたらいいですか」

「そうだねえ、まだ夏休み前だし、取り戻せると思うよ。何か一つ二つ、大き目の活動に参加してみたらどうかな。

 夏休み中に文部科学省が募集している「高校生のための職業体験インターンシップ」なんかいいかも。東京だけど、参加してみる?」

「はい、なんでもいいので、それでスコアが加算されるなら参加します」

「交通費と宿泊費は自己負担だから、親御さんとも相談してね。情報送っておくから、あとで見ておいてね」

モヤモヤした気持ちを抱えながらもナナは進路指導室を出た。今日はもう勉強する気にならない。学科の成績よりも、今はスコアの回復に努めなくては。その時ポロンとポケットの中の個人端末が鳴り、さっきの面談の内容が届いた旨のプッシュが届いていた。改めて自分の学業プロフィールを見直す。

——スコア33.5

マミ先生と面談したおかげで「将来を考える意欲」が評価され早速スコアが少し上がっていた。このあと自分も面談後の所感を「高校生のためのキモチログ」に送信すればさらにスコア評価が得られると端末の画面にガイドが表示される。それにしたって元の数値にははるか及ばない。ナナの学力で行けるはずの大学に合格したければ、スコアの値も80から90は必要だった。

(このままだと何のために1年も2年も頑張ったのかわかんなくなっちゃうよ……)

一年生、まだ顔なじみのいないクラスの中で学級委員もやったし、オリエンテーション合宿の運営もやった。二年生、生徒会に入って書記もやったし、バスケ部の副部長も務めあげた。三年生は受験生なので学校でできる活動は少なかったが、その分、環境問題をテーマにしたレポートを書いてパネル展示に参加したり、英語の弁論大会に出場したりと校外活動にも精を出してきたつもりだった。

コツコツ書き溜めてきた「キモチログ」の内容を読み返してナナは悔しい気持ちになる。こんなに頑張って積み上げてきたスコアが、どうしていきなりこんなに下げられてしまったのか。今の気持ちを正直にログに書き込もうかと思ったが、ネガティブなことを書いてしまうとすぐに「相談室」に呼び出されてしまう。そこで元気な様子を見せないと今度は職員室の「ほめて伸ばそうリスト」入りだ。吐き気がする。そのリストに入れられるとすれ違う教員に必ず「1日1ホメ」を投げかけられる羽目になる。リストは非公開だが、誰がそこに入れられているかはすぐにわかる。そうなるとその生徒は何らかのトラブルがあった者としてクラスの腫れ物扱いだ。なぜならば高校生活で一番厳禁されていることが「いじめ」で、落ち込んでいる生徒に対する接し方を間違えると「いじめ」に準ずる行動をとったとみなされてしまう恐れがあるからだ。そうならないためにクラスメートはお互いに朗らかに挨拶をし、忘れ物があれば貸してやり、だけどリスト入りした生徒には絶対に親しく口を利かない。リスクを回避するため、システムが判定できない領域に見えない壁を作って落ちこぼれをはじき出すのだ。

なるべく同級生に会いにくい、1年生のクラス前の廊下を横切って昇降口までたどり着く。素早く下靴に履き替えて、ほとんど小走りで駅に向かうと、ナナはそのまままっすぐに帰宅した。

「あれえ、西宮さんじゃん」

東京行きの高速バスに乗り込もうとしたとき、後ろから声をかけられた。

「市居くん…?」

「顔見知りいてよかったあ。俺、東京初めてだから」

そこにいたのは同級生の市居勇斗だった。同じクラスだが、ほとんど話したことがない。

市居はいつも定期考査の赤点常連で、教室の中では似たような男子生徒同士で陽気に過ごしているタイプだ。といっても、サッカー部員で運動はよくできる。真面目な委員長タイプのナナとは、どちらのカーストが上というわけでもないがタイプが違いすぎてどこにも接点がない。少なくともナナの方はそう思っていた。

バスに乗り込むと、当然のように隣のシートに市居が座る。すぐにメッセージアプリをいじくりはじめて「東京行ってくる~」と誰かに報告しているのが見えた。

「西宮さんもインターンいくんだ。勉強も忙しいんじゃない?」

「うん……もう少しスコア上げておきたいから」

「大変だね。俺は学科試験なしのスポーツ推薦狙いだからさ。

 バスで東京まで8時間、ヒマだなあ」

市居はカバンの中からゲーム機を取り出した。10年位前まで流行っていた、古い携帯機だ。持ち手の部分のカラフルな樹脂が劣化していて、ベタついていそうなことはナナの目から見てもすぐ分かるほどだった。

「市居くん、それ……」

「あ、これ? オフラインで遊べる最後の世代の端末なんだよね。

 改造して今のソフトも遊べるようになってるんだけど、プレイ時間を学校に報告されなくて済むからさ。あ、先生には内緒にしてね」

バスの発車前からくつろぐ市居を横目にナナは学習用のタブレットを取り出す。自分にカメラを向けて本人確認をしてから学習開始のボタンを押す。画面の中で親しみの持てないプレーンな絵柄のネコが出てきて「こんにちは!今日の気分はどう?」といくつも質問を投げかけてくる。ここで回答を間違えると、やはり不調な生徒として要注意リスト行きだ。元気な高校生ならどんな回答をするべきかを考えながら質問に全て答えると、「通信中」のぐるぐるマークが表示されてしばらく待たされる。それから「理科の学習時間が目標に達していないみたいだね! 元素記号の暗記から始める?」と言われるので何も考えずにOKを押す。画面の右上にタイマーがセットされて学習時間の記録が始まる。ほどなくバスの発車時間になり、車内にアナウンスが流れた。

「……車内では他のお客様のご迷惑になることはご遠慮ください。また未成年のお客様は、保護者の方の認可を確認するため文部科学省提供の連絡用アプリ「MATCHA」で当バス乗車の手続きを実施ください……」

「あ、いけね、俺忘れてた」

市居が慌てて端末を取り出してアプリを立ち上げる。アドホック通信でバスの無線をつかむと、アプリと連携させる。

「めんどくさいよねえこういうの。いくつアプリ入れさせるんだよって感じ」

学校への課題の提出はクラス専用アプリ、学校生活の記録は「キモチログ」、保護者が子どもの行動を把握するためのアプリはこの「MATCHA」だ。他にも健康状態を送信するためのアプリや、高校生がゲームやメディア視聴を楽しむために連携しないといけない認証アプリもある。すべて公的なシステムなのだが、提供する省庁がバラバラで、かつ、開発会社も違うため一つ一つのシステムが全く連携ができないようになっているのだと、情報の先生が教えてくれたのをナナは思い出していた。

バスで8時間の旅は案外あっという間で、二人は新宿駅のバスターミナルに下ろされた。時刻は18時。宿泊先のホテルは参加時点で指定があったため、バスに乗り合わせた高校生たちの行き先は皆同じだった。

「わーすごい、都会だ。広告が全部動画だ!」

移動しながら市居が物珍しそうにあたりをきょろきょろしている。駅構内には等身大のデジタルサイネージがずらりと並んでいて、どこで探知しているのか、市居が前に立てばたちまち男子高校生向けのスポーツチャンネルの宣伝や、若者向けのアパレルショップの広告がところ狭しとポップする。同じ場所をナナが通過すると、今度は映画や、男性アイドルのライブ情報、近くのアイスクリームショップの新商品情報などが洪水のように表示されて、二人の歩調に合わせて複数のモニタを駆け巡ってアニメーションが追いかけてくる。

「うわ、なんか嫌だな……」

ナナはサイネージの前で立ち止まって広告をじっと見る。男性アイドルより、市居が見せられているスポーツチャンネルの方がよほど興味がある。広告がナナのことを「高校生」「女子」としか判断していなさそうなのは明らかだった。なんとも言えない不愉快さがあったが、ただ逆に、こうした広告でナナが本当に好きな物――たとえば、日曜の朝に密かに楽しみにしている女児向けアニメの情報とか――が表示されていたとしたらそれはそれで嫌だっただろうが。

「東京、怖いところだね……」

「そう?俺、ちょっとわくわくしてきた。この広告に出てるスポーツ用品店、駅から近いみたいだし後で寄ってみようかな」

浮かれ気味の市居を横目に、ナナはホテルに急ぐ。他の高校生たちはめいめい声を掛け合ってこれからどこかで夕食を一緒に食べようとしていたが、そこに加わる気もしなくて、ホテル近くのコンビニで弁当を買って済ませることにした。決済アプリを立ち上げてレジを済ませる。東京にいる間は一日3000円まで自由に決済できる設定になっていた。それ以上の金額が必要になったら電話して、と母からは言われている。しかしナナは活動中どこにも寄り道する気はなかったのできっと必要ないだろう。東京での活動がスコアに悪い影響を与えたら意味がなくなってしまう。ナナはもう今は大人からやれといわれたことしかやりたくなかった。夜になって、今日の分の「キモチログ」を書いて提出する。少し待ってから行動スコアのページにもアクセスした。

スコア35.1

ほんの僅かでも、昨日より数値が上がっていることに安心する。どこかで大きく稼がなくてはいけないが、今はできることがないのでじりじりしながらも就寝して、明日に備えるしかなかった。

翌朝、8時にホテルのロビーに降りるとちょうど市居もフロントにルームキーを預けようとしているところだった。フロントといってもカウンターはなく、自動販売機のようなのっぺりとした柱のような機械が5本ほど立っていて、そこにキーを差し込むだけだ。連泊なので帰ってきたときは身分証をタッチすれば同じカギが返却される。地方では見かけないものだったので物珍しかった。

「あ、西宮さんおはよ。今日の会場の場所分かる?」

「うん、ここから歩いて10分くらいのとこ。貸し会議室のビルだったよね」

「似たような名前のビルが多くて俺ちょっと自信なくてさ。一緒にいかない?」

いいよ、と答えて二人はホテルのエントランスを出る。車道には自動運転のタクシーがビュンビュン走っていた。

「誰も乗ってないけど、手あげたら止まってくれるのかな?」

「アプリで配車手続きしないといけないみたいだよ。無人のは今から誰かを迎えにいくとこなんだろうね」

「へー、西宮さん詳しいね」

「私も今調べただけ」

マップを確認して歩きながらナナは素っ気なく答えた。意外なことに、地元より都心の方が通信環境が良くないようだった。使われている端末が多すぎるのだろうか。位置情報の精度もあまり高くないので、ナナは周囲の建物の名前を確認しながら目的地のビルを探した。

「あ、ここだ」

それぞれ会社の違うチェーンのコーヒーショップが三軒連なっている先に貸し会議室の入っている古いビルが建っており、一階エレベータ前には「高校生インターンは8階中会議室へ」と掲示が出ていた。他校の高校生とも乗り合わせてエレベータで8階へ行く。まだ少し時間には早かったが、会議室にはもう20人ほどの高校生が集まってきており、席は6割ほど埋まっていた。参加者は全部で30人ほどと言ったところだろうか。ナナと市居も空いている席に座って時間が来るのを待ったが、定刻を過ぎても誰もこなかった。はじめのうちは神妙にしていた高校生たちが少しずつおしゃべりを始める。大きな声で笑い立てる男子生徒が出てきたところで会議室のドアが開いた。

「はい、静かにしてくださーい」

スーツ姿の男性がパンパンと手を叩きながら入室してきて高校生の前に立った。見た目こそばっちりきまっているが、眼が血走っていて寝不足の顔だ。30分近く遅れてきたことについての詫びもなく、どちらかというと皆が騒がしくしていた様子に腹を立てた態度で会議室の備品のマイクを握って話し始める。

「あのね、遊びに来たのと勘違いしている人は帰って良いから。

 デジタルAソリューションズの四ツ島です」

会議室がシンと静まりかえる。

「皆さんには、職業体験として、これから内閣府が推進しようとしている施策のPR活動のお手伝いをしてもらいます。あ、その施策、うちの会社が委託してるんだけどね。

 ま、大した作業じゃないんで安心してください。普通に取り組んでもらって、あとで感じたことを報告書にまとめて学校に出してもらえたら、いい活動記録になると思いますよ。よかったですね。これから言うことをしっかり守って聞いてくださいね。はいあっち見て」

四ツ島は会議室の後方を指さした。高校生たちの首が一斉にそちらを向く。そこにちょうど段ボール箱を積んだ台車を押したスーツ姿の女性が入ってきた。

「じゃ、あとは八雲さん説明して」

四ツ島はマイクのスイッチを切ると、自分は椅子に座ってノートPCを取り出した。代わりに台車の女性が片手をあげて高校生たちに説明を始める。

「八雲円香と申します。それでは皆さん、二人一組になってここにある箱をひとつ取ってください。その中身が、本日あなたたちに掲示してもらうPRポスターです。一番上の紙を取り出して、箱の中身がそろっているかをまずは確認してください」

ナナと市居は自然とペアになって、八雲の指示通り箱をひとつ受け取る。開けてみると、そこにはA4サイズのポスターが束になって入っていた。両面テープや文房具、マルチクロスなど細々したキットが同梱されている。それから、分厚い冊子が2冊。冊子の中には新宿駅の地図と、ポスター一枚一枚の掲示場所が細かく指定されている。二冊あるのは二人用だからか。よく見ると、ポスターの裏側に通し番号が書かれており、それを指示通りに貼っていくための指示書のようだった。箱の中身は問題なくそろっていた。

「それを持って、設置場所に移動してください。私と四ツ島さんも後でそれぞれの持ち場を巡回して確認します。今日は15時までに終わらせるようにしてください」

「職業体験って、ただのポスター貼り…?」

釈然としない様子の市居だったが、ナナも同感だ。しかし四ツ島の「すぐに移動して!」のかけ声に追われて箱を抱えて会議室を後にした。

ナナは指示書をめくって、持ち場を確認する。ちょうど昨日高速バスを降りた場所に近かったので、どこに行けばいいかはすぐに分かりそうだった。ビルを出てこれから通勤といった風情の人々の行く方向に逆らって駅へ行く。

「このあたりかな?」

土地勘がないので自信がなかったが、指示書の通りなら駅地下一階の連絡通路の近くで合っているはずだった。箱の中のポスターを一枚取り出すと、裏の通し番号はW2945と印字されている。

「データでくれたらいいのに…。文字列検索できないと不便だね」

ナナは冊子をめくりながら番号を探す。箱の中のポスターは少なくとも300枚くらいはありそうだ。今日中に終わるとは到底思えなかった。

「一枚目は……あの柱の右側! 二枚目も続けて貼ればいいみたい」

「よしきた」

ナナが指さしたところに市居がポスターを持って行って、両面テープで貼り付け始める。柱の反対側にはサイネージが設置されていて、市居がちょろちょろすると追跡して広告が表示される。その横にべたべたと紙のポスターを貼っていくのはどうにも不格好だった。

「なんだこりゃ」

指示書に従うと、ポスターは16枚一組で一面を作っていて、柱の面に沿ってその通りに貼り付けてはみたが、完成したポスターはまるで意味が分からないものだった。ポスターなのに文字も書かれていなくて、抽象的なピンクとパープルのマーブル模様が連続して描かれているだけだ。かといって美術館に飾られている抽象画のようかと言われると全くそんなこともなく、純粋に無作為な模様が羅列されているだけだった。

「なんかのコードが埋まってるのかな?」

市居は首をかしげながら貼り付け終わったポスターに自分の端末のカメラをかざしてみたが、特に反応はない。首をかしげながらポスターに近づいたり、遠ざかったりして市居は謎解きをしようとする。

「市居くん、時間ないから次いこ」

「うん、でもさ、なんか意味不明すぎて気にならない?」

「別に……指示通りだったらなんでもいいよ」

「西宮さん、冷めてるなあ」

その時反対側のサイネージから音声広告が流れる。

『日々の生活の中で不安、緊張を感じていませんか? そんなあなたに毎日のちょっとしたモヤモヤを忘れさせてくれるリリコの痛快深夜トーク配信をお届け!15歳未満は視聴禁止だよっ』

「えっ何、今の俺に向けた広告?」

「そうなんじゃない? 今ちょっとイラッとしたでしょ。もしかしてどこかにカメラがあって、リアクション見られてたとか……」

そう言いながら見渡してみたが、カメラなんて駅の至る所に設置されているから、それが防犯用なのか広告測定用なのか、あるいはその両方なのかは全く分からなかった。気になってナナもポスターの前に立ってみる。徹底して無意味な模様を見ていると、なんだか不思議な気分になってくるが、市居のようにその意味が知りたいとは思わなかった。少し待ってみると、今度は背後にあったサイネージがナナを補足して広告を表示する。

『恋する女の子を応援! 気になるあの子の視線を独り占めする秋のコーデ特集『Chi・wawa』創刊1周年記念号配信中! 割引コードを送るから端末を近づけてね!』

「……何これ」

さすがのナナも鼻白む。

「なに、西宮さん恋愛中なの?」

「そんなわけないよ、受験生だよ? 広告のシステムが狂ってるんじゃない? しかもダサい広告だった。ちょっとショックだな……」

「俺たちが地方民だからサンプルが少なくて精度が低いとか?」

「せめて、そうだったらいいけど」

次のポスター貼りに取りかかる。今度は連絡通路の壁面の一部が指定されていた。

「通し番号F3829から85まで。縦7枚、横8枚連続だね。一カ所でこれだけまとめて貼ればいいなら全部終わるかも」

二人で手分けしポスターを貼っていく。貼り終わると、今度は無表情なキジトラ柄の猫の顔の形になった。何を伝えたいものなのかはさっぱり分からないが、それでも具体的に意味を持つものが書かれているからさっきのものよりは貼り終わった達成感もあった。

「ちゃんとやれてる?」

二人が猫の顔を眺めていると、背後から声をかけられた。会議室で八雲と名乗った女性の方だった。八雲さんは二人が貼り付けたポスターをじっとみて、手元の端末に眼を落とす。

「上から3、右から数えて4枚目だけ上下が逆みたいだよ」

その指摘に二人は顔を見合わせる。

「でも、ちゃんと猫の絵になってますよ」

「それが違うの。剥がしてみて」

言われた通りにすると、確かに通し番号の印字が逆さまになっている。向きを直して張り直すと、ちょうと猫の右目の下半分だけが上下逆になってしまった。

「なんか気持ち悪い……これであってるんですか?」

「指示書の通りなら、そうです」

八雲さんはそっけなく答えると、二人の段ボールの中身の残りを確認してから、手元の端末にしきりに何かを打ち込んでいる。各班の進捗報告を確認しているのだろうか。

「あのー、八雲さん」

市居が少し遠慮がちな声で話しかけた。

「これって俺たち、何をさせられてるんですか?」

八雲さんは端末から目を離さなかった。

「さあ、私も知りません。カリキュラムは別の部署が作ったので」

「じゃあ、このポスターの伝えたいことは?」

「それも知りません」

「じゃあ誰がこれを作ったんですか?」

「それは……社外秘なんです。ごめんなさいね。

 じゃあ、次に行きますから、時間まで頑張って。あ、お昼は好きなときに取ってください。休憩中に箱をなくさないように」

「はあい」

八雲さんはカツカツとヒールの音を構内に響かせながら去って行った。

 

「社会人ってなんかつまらなさそうだね。だいたいあの人たち何の仕事してるんだろう。社外秘、社外秘って、本当は自分たちもよく知らなかったりして」

市居は作業に飽きが来ていて、指示書をめくろうともしない。次の場所もナナが確認して、移動しようと促した。

「次はレストラン街の近くだよ。貼り終わったらお昼にする?」

「お、いいね。何食べようか」

「終わってからね」

二人が歩き始めると、その後ろを清掃用のロボットが追いかけてきた。

「わ、何。俺たちの歩いたところ拭いてるの? 」

市居がぎょっとして振り向くと、清掃ロボットのディスプレイが光り始める。ここでも広告だ。

「野菜を食べよう! 野菜は足りていますか? 健康なメンタルは健康な食生活から! 厚労省推奨マークのついた店舗なら一日に必要な野菜の半分以上が摂取できるランチが提供されます。野菜を食べよう!……」

「もう、何なんだよ……健康なメンタルって。俺たち健康そのものじゃんね」

「どうかな……でも嫌だね、何を判断して追いかけてくるのかな」

「うーん、俺たちが貼ったポスター、もしかして目に見えないものを測っているのかな。イライラとか、ドキドキとか、野菜が嫌いとか…?」

市居がロボットに対してシッシと手を振る。

「広告、うるさいから止めて。ていうか、お掃除ロボなんだろお前。ちゃんと掃除しろよ」

彼の動作にロボットが動きを止める。

「この広告に興味がありませんか?」

「ないない」

「それでは、こちらはいかがでしょうか。一日10分視聴するだけで記憶力が……」

「あーっ、もう、いいから!」

ロボットはなおもしつこく広告を3本再生してから、「この広告による収益は私たちの清掃活動に役立てられます。ご協力ありがとうございました」と無機質なアナウンスを流して去って行った。

 

「キャッチセールスは禁止になったのに、こういうのはいいのかよ…」

昼飯はレストラン街の喫茶店に入ることにしたが、二人ともなんとなく食欲がわかなかった。ナナは食事の写真を撮ってアプリに登録して、午前中の活動内容を「高校生のためのキモチログ」に登録する。少し待ってからスコアの確認をした。

スコア44.5

スコアがかなり持ち直してきた! やはり東京まできてインターン活動をしたのはかなり効果があるようだ。今は日々の活動ログだけだが、最後までやりきれば「高校生活の成果」というカテゴリでレポートが書ける。四ツ島も八雲も嫌な大人だが、今は彼らに従って活動をやりきるしかないとナナは改めて思う。ナナが記録を作成している間、市居は友人とメッセージをやりとりしているようだった。

「本当はこのインターン、同じ部活のヤツも一緒に来るはずだったんだ。でも交通費と宿泊費が自己負担だから親に許可がもらえなかったってさ。でも不参加で正解だったかもなあ、そいつ」

市居はため息をつきながら端末を制服のポケットにしまった。

「でも市居くんだって行動スコアに加点がされてるんじゃない?それ目当てでしょ」

「まあ、それもあったんだけど、本当は社会見学したくてさ。俺、志望校はN県の方の大学にしたから、なかなか東京行く機会もないかなって思って。分かる? S大学」

「うん。スポーツ推薦あるんだね」

「そうそう。スポーツ推薦ならスコアあんまり関係ないから。それなのに何やってるんだろ。途中で抜けてアキバでも行ってこようかなあ」

「そんなことしたらマイナス評価になっちゃうんじゃない? それに位置情報、一時間おきに保護者に送られてるからすぐバレちゃうよ」

市居がいなくなったらペアになってくれる人を捜し直さないといけないのでナナも困ってしまう。喫茶店を出て、次の持ち場を探す。また同じような連絡通路にもう一カ所だ。移動しようとした矢先に、ちょうど巡回してきた四ツ島と鉢合わせた。

「あ、きみたち。インターン生だよな」

「四ツ島さん」

進捗の報告を求められるだろうかとナナと市居は身構えたが、四ツ島はカバンからタブレットを取り出して二人の前に差し出す。

「今日やってもらった活動ですが、途中までで終わりになりました。残りはもうやらなくていいから、今日の活動のチェックアウト手続きをしてもらいます。自分の名前を探してタッチしてください」

「え、どうして急に」

「そんなことボクも知りませんよ。早くして」

促されるままに、二人は自分の名前を画面から捜してタッチする。「本日の活動終了」ボタンが出るのでそれを押した。

「これでもう今日は終わりですから、あとは自由にしてください。明日もまた8時に今日と同じ会議室に来るように。君たちはいいよな。ボクはこれから会社に戻らないといけないんでね、それじゃあまた」

四ツ島はつかつかと立ち去っていった。

「急に終わりって、何があったんだろう」

「ポスター貼り、意味なかったのかな。意味不明そうに見えて意味があるのかなと思ったけど、やっぱりただの不良品だったとか…?」

ナナはさっきの一ピース狂った猫の顔を思い出して少し胸が悪くなる。

「まあいいか。俺、これからアキバに遊びに行くけど、西宮さん一緒にくる?」

「私はいいや。戻って勉強するよ」

そっか、じゃあまた明日といって市居は山手線の乗り場に消えていった。ナナはホテルに戻る道を歩く。市居のように清掃ロボットに絡まれたくないので、なるべく人通りに紛れるようにした。

ホテルの自室に戻ったちょうどその時、マキからメッセージが来た。

 

マキ:東京いるんだよね? いいなー。

ナナ:よくないよ。インターンだもん。初日だったけど変な感じ。

マキ:そうなんだ、もう終わったの? 話しようよ!

 

ナナが返事をする前にコールが来て、承認すると音声が繋がった。

「東京の話きかせてー」

ホテルのしんとした部屋の中にマキのちょっと間延びした脳天気な声が響く。彼女は地元で就職予定だから、受験勉強も評価スコアもお構いなしだ。地元の企業ではまだスコアより学校の内申書重視のところが多いのだ。つまり、先生さえ味方につければそれなりに取り計らってもらえる。人なつっこいマキはそういったことに苦労していない。

「まだよくわかんない。人はすごく多いけど、他にはそんなに変わんないかな」

「そうなんだぁ。仙田くんが行きたくて行きたくてしょうがない東京なのにねえ」

「え、まだあの人と付き合ってるの……」

仙田というのは書類送検されたマキの彼氏だ。マキより年上で、二十歳は過ぎていたはずだ。まだ続いているとは思っていなかった。

「付き合ってるよお。仙田くんかわいそうなんだよ。東京で働きたいのに、昔の職務履歴がデータになってないからさ、東京の会社だと応募もできないんだって。それで、勝手にデータを追加しようとしてばれちゃったの。」

「よくやるよね……そりゃ捕まるよ」

「そう? まあ仙田くんは自分のデータだけ書き換えようとしたから足がついちゃったけど、もし大勢でやったらばれなかったと思うんだよね」

「大勢で……。ねえマキ、例えば「18歳女子」が好きそうなもの、ってイメージを書き換えたりできるのかな」

「例えば?」

「女子高生と言えば好きそうなもの、を書き換えたいの。ファッションとかドラマのことばっかりじゃなくて、例えば……将棋が好き……とか……」

「将棋ぃ? 好きなの?」

「ううん……別に……」

「じゃあダメじゃん。実際みんなが好きって思うものならいけるんじゃない?」

「大勢は好きかもしれないけど、それが好きじゃない人だっているじゃない。広告のロボットがさ、そういうのを無視して、こっちを見たときに「女子高生だー」って勝手に判断して押しつけてくるのがいやなの。そういうのに気付かずに、自分でも「こういうのを好きにならなくちゃいけないのかな」って思うのはうんざり」

「なるほどねえ、仙田くんにいい方法ないか聞いてみるよ。捕まるくらい悪いことして、色々詳しくなったみたいだからさ」

 

二日目の会議室には、定刻になっても一日目の三分の二ほどの生徒しか集まっていなかった。市居もなかなか姿を現さなかったのでナナは気をもんだが、ギリギリになって駆け込んできた彼の姿をみて、ほっと胸をなで下ろした。おはよ、と挨拶して今日もナナの隣の席に座った。五分ほど過ぎたところで昨日と同じように横柄な態度で四ツ島が入室してくる。八雲も一緒だ。

「今日はこの会議室でグループワークをしてもらいます。4人一組で班になってください」

四ツ島の合図で八雲が資料を配る。A4の紙が閉じられた書類の冊子だった。ナナと市居はすぐ後ろのテーブルに座っていた男子二人組と一緒になった。関西の高校生たちだった。

「課題は「身近な不便を解決するアイデアを一つ出しましょう」だって」

市居が冊子をめくりながら内容を読み上げた。学校の授業でも何度もやらされたような課題だったので、皆それほど戸惑うこともなく課題に取り組んでいった。いくつかアイデアを出し合い、良さそうと思うものを選んでふくらませていく。ナナたちの班は市居のアイデアで「目が不自由な人の交通安全」をテーマにした。視覚障害者が道を歩くとき、清掃ロボットにエスコートをさせて道の安全を確保するというものだった。

「広告を流すより、その方がずっと世の中のためになるじゃんね」

プレゼン用の資料を作り終えて、市居が満足そうに言った。

「ふーん、じゃあ、そのロボットの運用費用はどうするの?」

各班の進捗を確認して回っていた八雲が市居に質問した。

「え? 税金で良くないですか? 公共の役に立つものなんだから」

「国からお金をもらうって、君たちが考えているより大変なんですよ。なので「税金で解決」ではなく、ちゃんと費用面の課題が解決できてないと発表になりませんよ」

結局、エスコート中はずっと利用者に広告を表示することで企業からお金をもらうという企画に変更になった。市居は納得のいかない顔をしている。

「こんなサービス、俺、自分に必要になっても使いたくないな…」

「しかたないよ、他に方法なさそうだし」

時間になり、四ツ島が各班の発表者を前に集めた。ナナは発表者をやらせてもらうことになった。後で「キロク」にそのことを書いてスコアが欲しいと思ったのだ。

高校生らしい素朴で純粋なアイデアがいくつも発表されていき、最後の講評の時間になった。四ツ島がマイクを持つ。

「はい、それでは結果発表です。皆さんの発表資料とプレゼンの様子から得点が出ました。発表していきます」

「質問です!」

市居が急に手を上げた。四ツ島はあからさまに面倒そうな顔をしながら「はいどうぞ」と促す。

「得点って、誰が採点したんですか?」

「社外秘です。では第三位から」

にべもなく答えると、四ツ島のPCからスライドが投影される。

「第三位、グループC、45点。第二位、グループA、52点、一位はグループE、66点。以上」

四ツ島は機械的に結果を読み上げると、パタンとノートPCを閉じた。「結果は以上です」ナナたちは選外だった。

高校生たちがあっけに取られているのを見て八雲がフォローを入れる。

「各班のフィードバックは個別にメールで送ります。結果は個々人で報告書に添付して、活動成果として学校に報告してください。明日がインターン最終日です。明日は弊社のオフィス見学を通じて職業体験をしていただきます」

 

夜、ナナはもう一度マキに連絡を取った。

「ねえ、やっぱり変なんだよ。私たちが一生懸命考えたことを機械に採点させてさ、理由がさっぱりわからないの。どんなに頑張っても結果がすべてだし、点数の付け方もおかしいの。なんとかならないかな」

「なんとかって?」

「採点してるってことは、機械なりに判断基準があるってことじゃない? 誰も信用できないくらい、それをめちゃくちゃにしたい。広告の指標も、学校のスコア評価も、今までに貯めたデータを消してゼロから考え直せるようにしたいの。ていうか機械頼みじゃなくて、ちゃんと人間の頭で考えるようにしたい」

「面白そうじゃん。なんか方法考えようよ。昨日仙田くんにも聞いてみたけどさ、例えばみんなで同じデータを機械に流し込んで「汚染」するのはどうだって言ってたよ」

「汚染?」

「評価のエンジンってさ、大勢のデータを見て学習しているわけでしょ。大半の女子高生がファッションに夢中だからファッションの広告を出す。海外留学して、部活の部長をしてた生徒は大学出た後もいい職業に就きやすいから入試で評価が高くなる。じゃあ、全然関連性のないことをみんなで一斉にやれば、エンジンが変な学習をしておかしな結果を出すようになるはずなんだよね。ほら、あったでしょ。ラーメン食べながら「コーヒーおいしい」ってみんながふざけて投稿するから、機械がラーメンとコーヒーの違いがわからなくなっちゃった話」

「そんなのあったっけ」

「面白そうだからやってみようよ」

「だけど一人でやっても意味がないんだよね」

「うん、だけど仙田くんがいい方法教えてくれた」

「いいこと?」

「うん、最初は実際にやらなくてもいいんだよ。動画をいっぱい投稿しよう。機械にとってはあたしらの実生活も動画も意味がほとんど変わらないから。一本の動画を元にしてちょっとずつ内容を書き換えて、機械には別の動画だと思わせて大量にアップロードするの。仙田くんこの前の騒ぎでそういう加工のやり方覚えたっていって、教えてくれた」

「そんなことで効果あるのかな?」

「やってみないと分からないよ。だけど、機械のエンジン作ってる奴らなんてさ、あたしらが自分の行動を見られてるって意識してないと思ってるだろうし案外うまくいくかもよ。わざわざ偽物のデータを大量に作るなんて、きっと想像もしてないよ」

「わかった。どんな動画にしようか?」

「この前一緒に投稿した動画あったじゃん。あれ使おう」

マキが言っているのは、ナナの評価スコアが急落した前の週末に二人で撮ってアップした動画のことだった。

「あの時の? でも普通の動画だよ? 好きな服着て、好きな食べ物食べて……」

「まあね。それをうまく加工するわけよ。あたしらの顔は、男にしたり、中高年にしたり、老人にしたりする。着ている服も色を変えたり、別の服に替えてみる。食べているものもね。色々作って投稿してみて、ウケたやつがあったらもっと作ろう。今晩中にやっちゃって、明日の朝反応見ようよ。面白くなるかも」

 

乗り気になったマキからワークスペースへの招待が届いた。ナナはノートを開いてそこに参加する。ナナはまずは加工前の動画を再生してみた。マキと二人で繁華街を歩いているところを自撮りして、それからコーヒーショップで新作フレーバーのラテを購入してポーズを決めている。その時は久しぶりに遊び歩いた休日で浮かれていたが、こうして見直してみると恐ろしくどうでもいい日常の一コマだ。少し気恥ずかしくなる。

「まずは顔を変えてみよう」

マキは手際よくワークスペース内にいくつかの見知らぬ人間の顔を並べていく。男女それぞれ、若者から老人まで各種そろっていた。

「よくそんなに集めたね。知り合いの顔?」

「誰のでもないよ。私が時々趣味で作ってた人たちの顔。いろんなひとのパーツを合成して作ったの」

「すごい。マキ、こんな特技があったんだね」

「うん、あたし本当は美大に行きたくてさ。色々素材作って、映像作品つくったりしてたんだ」

「美大行かないの? すごいよこれ」

「あはは、無理だよお。美大に行く人たちは子どもの時からずっとポートフォリオを作ってて、それが評価に出されるから。高校生になってからだと遅すぎるんだよね」

マキは通話しながら手際よく動画に顔を当てはめていく。スカート姿の老人がラテを片手に喜ぶ姿が映像になった。口の周りにホイップがついている。

「このままの動画と、服も替えた動画を作ろう。どれがいい?」

ワークスペース内にいくつもの衣装が並ぶ。ロングスカートからレザージャケット、スパッツ、下着姿……。オリジナルの動画に衣装を当て込んで、画面の中のナナはパンクロッカー、マキはサラリーマンのスーツ姿に早変わりする。二人とも手を叩いて笑う。続いて手にしたものもラテからラーメン、蛍光塗料の缶まで何でもありにした。

「もう訳が分からないよ」

笑い涙を拭いながらナナが言った。

「訳が分からない方がいいんだよ。機械が勝手に意味を考えてくれるんだから。できた順に投稿しよう。あ、その前に」

マキは動画の格納されたディレクトリにバッチをひとつ突っ込むと、実行した。

「これ、昨晩話をしたら仙田くんが作ってくれたやつ。中の情報を少しだけ書き換えて、それぞれの動画が複製だって分からなくしてくれるって」

二人はいくつかのアカウントから大量の動画を投稿し続けた。最初はぽつぽつと再生されていくだけだったが、数十分もすると、いくつかの動画ののびが良くなってくる。ナナは自分の本アカウントでSNSのタイムラインをぼーっと眺めていた。ふと、お気に入りの女子高生タレントの投稿が眼に留まる。

<なにこれ、シュールすぎる(あはは)(キラキラ)(いいね)>

投稿には先ほどナナたちがアップした動画が引用されていた。服装は元の動画のままで、顔だけ老人にすげ替えたバージョンだ。その投稿から5分もしないうちに、動画の評価がうなぎ登りになっていく。人間の目で見れば合成動画なのは明らかな雑な出来だったが、絵づらの面白さで人目を引いたようだ。

「マキ、見てる?」

「うん、やったじゃん。これは伸びるね。似たようなやつどんどん流そうか」

二人が話しているうちに、今度は別の動画が「急上昇」としてナナの目に入ってきた。それは彼女たちが作った動画ではない。

<真似してみた>

動画の中のナナたちににた格好をした中年男性が、家の中で彼女たちの仕草を真似て即席で再現している動画だった。映っているのはおそらく本物の人間だ。人気動画のパロディばかりしている投稿者のようだったが、ファン数が多くてすぐに投稿動画が評価されていく。眺めているうちに、ナナは心臓がバクバクしてきたのを感じる。自分が投げかけたものが見知らぬ人の手を渡ってどんどん遠くに拡散されていく。それを作ったのがナナたちだということは誰も知らないし、知ったところで興味もないだろうが、それでもどういうわけか、再生数が伸び、「LIKE」の数が増え、何らかのコメントが付くたびに背筋にゾクゾクするものが走った。マキと同じ空間にいたら、手を取り合って小躍りしていたかもしれない。今までの学校生活で感じた達成感のどれとも違う。

「これ……クセになりそうだね。もう二度とやらないって決めておかないと大変なことになりそう」

「あはは、分かる」

数時間後にはもうこれ以上二人で動画を流さなくても良さそうで、面白がった動画の閲覧者たちがリポストとパロディを目にもとまらぬ速さで量産しはじめていた。

「あとは寝て待てじゃない? うまくいく気がする」

マキがあくびをしながら言った。

「そうだね……もう寝ようか」

二人は通話を切って、ナナはマキのワークスペースから退室した。その後もずっと端末を握りしめていたが、やがて端末の利用時間が長すぎることを警告するポップが出た。これ以上の利用は保護者に通知が行ってしまう。仕方なくナナは端末をオフにして眠ることにした。

翌朝は早朝にそわそわした気持ちで目が覚めてしまった。飛び起きてすぐにSNSをチェックする。まずは深夜に自動生成されたと思しきネットニュースのヘッドラインが飛び込んできた。

<「○○だけど女子高生みたいに××してみた」動画が今すごい!>

たった一晩で、ナナたちの仕掛けは思い通りに功を奏したようだ。実際の動画から合成、3D、イラストまで、様々なミームが生まれて多様化していた。ジンジャーラテを飲み干す老人、ヒップホップを踊る中年サラリーマン、女子高生の制服を着てポーズをキメる、政治家に似た誰でもない顔の人々……。

気が付けばインターンの集合時刻が近くなっていて、ナナは慌ててホテルの部屋を出た。異変に気が付いたのは、ホテルのエレベータ前に取り付けられたモニタの広告だった。例によってナナの姿を認めると、属性情報から同年代の女の子向けの広告を再生しようとする……が、そこに映ったのはバーチャル美少女が膝の関節痛に効く薬を宣伝するものだった。どう見てもナナ向けのものではない。

ロビーに降りると、今日は市居の方が先にいてナナのことを待ってくれていた。しかし市居はなぜか清掃ロボットに捕まる傾向があるのか、例によってまた延々と広告を見せつけられている。

「に、西宮さん、おはよ」

市居は笑いをこらえながらナナに向かって手をあげた。

「ね、これ見てよ。なんか変なんだよ、こいつ」

ナナが広告パネルをのぞき込んでみると、市居向けに再生されているのは林業従事者向けのチェーンソーのメンテナンスオイルの広告だった。広告の表示指標が狂っているのは確かなようだ。

ホテルの外に出てみると、自動タクシーがひどい渋滞を起こしていた。無人の車体に罵声を浴びせながら車を降りるサラリーマンが何人もいる。

「ふっざけんな、 関係ない住宅街を余計に走りやがって。後でクレーム入れるからな!」「なんで途中で居酒屋に立ち寄ろうとした⁉ 通勤前なんだぞ、あほか!」「もうコーヒーは買ったわよ!何度も止まらないで‼」

大騒ぎの車道を横目に集合場所へ向かう。会議室で着席して時間になるのを待ったが、待てど暮らせど大人は誰も来なかった。

「今日のインターン、中止らしいよ」

一時間ほどが経過したところで誰かがインターンの開催概要ページが更新されていることに気が付いてそういった。間に合わせもいいところの文字で大きく「中止になりました」とだけ書いてある。

「西宮さん、ニュース見た? なんか面白いことになってるね」

「データプラットホーム、壊れる だってさ。外国のハッカー集団が金銭目的でいろいろな広告代理店のデータを抜き取って、代わりにおかしなデータを流し込んだらしいよ。声明が出てるって」

「えっ、そうなの? 他には?」

「他って? それだけみたいだけど…」

「たとえば、おかしな動画が流行って、それで機械が変な学習しちゃったとか…」

「ああ、今朝俺もみた! また変な動画が流行り始めたよね。ああいうのすぐ増殖してそればっかりになるから、俺あんまり好きじゃないんだよなあ」

「そう……」

ナナは今日のことが自分とマキの手柄なのではないかと思ったが、効果のほどは結局わからずじまいだった。

「インターンなくなっちゃったし、もう俺帰ろうかな。高速バスの自動運転も危ないらしいから、電車にしようっと。西宮さんも一緒に帰る?」

「うん、そうする」

 

二学期が始まり、ナナは再び進路指導室にいた。先生用の端末が使えなくなって、マミ先生は紙のカルテにナナとの面談情報を書き込んでいる。

「ごめんね、西宮さん。本当なら、過去の先輩たちの進学実績と比較して進路の提案をしてあげられるんだけど。評価スコアもレコメンドのシステムも、教育系のものは向こう5か年利用停止になっちゃって」

「いえ、いいんです。私もう志望校決めました」

「そうなの?」

「はい、N県のS大学にします。学部はこれから考えますけど」

「理由は? 大学の就職先と自分の適性のマッチ度、計測してみた?」

「そういうの、考えないことにしました。S大はキャンパスの立地が良くて、学食もおいしいらしいので。あと、軽音楽部がたくさんあって活発だって話を聞いたので、入学できたら音楽やってみたいんです」

それじゃあ、といってナナは立ち上がった。マミちゃんは「あ、ちょっと!」と引き留めようとしたが、ナナはあらかじめ記入した手書きの進路調査票を机に置くと、颯爽と退室した

マミ先生はため息をついて、ナナの提出した進路票を手に取る。下にもう一枚、前の面談でもらった紙があった。「市居勇斗 第一志望 N県立S大 スポーツ学部」

 

先生は書類を二枚まとめてファイルに綴じた。

文字数:19384

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