並行家族 さよなら、東京。。。。。

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梗 概

並行家族 さよなら、東京。。。。。

2021年の夏、少し重なった・・・・世界の僕から、手紙が届いた。この世界で昨年亡くなった祖父の遺言だった。

アメリカが日本の都市に投下した爆弾によって、並行世界を移動できる『遷移者』となった最初の世代である祖父は晩年、痴呆症を患っていた。自分が今ここに居ることを認識できなくなり、並行世界を徘徊するようになった祖父は、並行世界を跨る<管理局>によってしばしば保護される。管理局は時空改変を防ぐためすべて元通りアンドゥを実行し、この費用と罰金が家族に請求された。時空改変の懸念から世界移動は規模を問わず厳罰であり、遷移者が世界移動を重ねる毎に罰金が増えていく・・・・・。祖父の徘徊癖が家計を圧迫したため、管理局に探知される前に、祖父をこちら側へ戻す役割を僕が担うようになった。それは昨夏、ちょうど東京五輪の延期が発表され祖父が亡くなる頃まで続いた。祖父の死は寂しい半面、父と母は懸念が片付きどこかほっとした様子だった。

事態が変わったのは、祖父の死から半年後。祖父の意識が遠く離れた世界まで移動し続けている、と離れた世界のが、この世界までジャンプして来て、こちらの・・・父に伝えた。祖父は何か明確な意図を持って、ある世界を目指して移動している。

僕の出番だった。

意識を「1」「0」のビットで表すならば、世界移動とは脳に記録されたビット情報の書き換えに相当する。世界Aと世界Bにおける意識の書き換えには常にビットの消去が伴い、情報消去により熱が放出される。異なる世界で違う体験をしている人間ほど書き換えが遅くなり、脳への負荷が増す。最悪の場合、移動先の世界で意識が統合できず、分離しばらけてしまう。そのリスクを避けるため、また管理局の探知網から逃れるため、祖父は近い世界から少しずつ渡り歩いているようだった。

だが、僕は違う。標準教育を受け、世界独自の歴史や物語との接触を忌避しているすべて・・・の僕は、近くの世界を渡り歩かずとも遠くの世界へ移動――通称ジャンプ・・・・ができる。書き換える情報量が小さく、脳への負荷を考えなくて済むからだ。

こうしてる間にも、祖父の世界移動によって、わが家の負債は指数関数的に増大していく。祖父を追いかけて、僕は連続的にジャンプした。

到達したのは、2020年に東京五輪が開催された世界。「東京五輪を見るまで死ねない」という祖父の言葉を思い出し納得するも、開催を強行した東京五輪は酷暑で選手から脱落者が続出している。後から追いついてきた祖父に事実を伝えると、

「温暖化が原因なら地球を冷やせばいい」

と、世界移動により移動先の世界へ熱が散逸することを利用して、地球を冷却しようと言い出す。僕は荒唐無稽と取り合わないが、「最後は一緒に五輪を見てほしい」と頼まれ、2021年に東京五輪が開催される世界へ移動した。

東京は冷夏だった。

僕は祖父に遺言(「好きに生きろ」)を託され、元の世界の僕に手紙を出す。1kBの情報にも満たないその文字列が、僕の人生を大きく変えてしまうことを確信しながら。

文字数:1273

内容に関するアピール

並行世界を移動することで罰金が増えていく・・・・・話です。東京五輪に行きたい祖父が、並行世界を移動し続けます。

並行世界間で物理法則は共通しており、「僕」の受けた標準教育とは、世界独自の歴史や物語を排し、物理法則や数学のみを教える教育のことです。この際、単位もK(ケルビン)、J(ジュール)なども人の名前ですので、単にケーとか、ジェーとか読むようになってます(アルファベットは共通)

祖父の言っている「並行世界移動に伴う熱移動による冷却」については、移動する世界Bのメモリ(脳)に情報が書き込まれるときは、元の世界Aの熱分子の乱雑な運動エネルギーが利用され、メモリの消去で移動する世界Bに熱が放出されるイメージでしょうか。冷蔵庫の冷媒がそのまま人間の意識に置き換わる思いですが、もっと詰められると思います。

タイトルの「東京。。。。。」は東京五輪という意味です。

文字数:381

課題提出者一覧