最後の彩鹿サイカ

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梗 概

最後の彩鹿サイカ

彩の森にマイ族という民族がいた。彼らは光学外套オプトヴェールで動物に変化して狩りをする。マイ族の少年ケイは、父の作る山料理から愛を感じながら、狩りのいろはを学ぶ。純真な彼は獲物に止めを刺せず「肉が不味くなる。苦しませるな」と叱責された。

狩りの中でも、彩鹿狩りは重要だ。

彩鹿は幾万色に発光する映角で交信する動物で、美食家に好まれるその肉は、経験した発光パターンや食糧に応じて、記憶の想起や視覚と融合する共感覚的味覚を引き起こす。レバーは血のたぎる強さの感覚を、脳は情動経験や記憶に応じた質感を喚起する。マイ族の男は雌彩鹿に化けて、雄と森で交流して肉の味を調整し、一番美味しい3歳の時に命を獲る。

光学外套は映角顔料で染めた糸をマイ族の女達が独自技術で織ることで生まれるが、近頃、彩鹿の数は減り、マイ族には何故か女が生まれなくなり、伝統は絶えつつある。

ケイは幼い彩鹿と出会い、ジルと名付け、雌に化けて狩りの準備をする。共に山をめぐり、食べ、時には料理まで振る舞った。ケイは彩鹿の生態を学んだ。

ところが、先進的な族長の息子、アマネはケイを呼び、野蛮な狩りを止め、マイ族存続に向け光学外套を製品化することが必要だと説く。ケイは戸惑うが、彩鹿の減少は森を汚染する街の人間のせいだと思い、彼らを憎んだ。

やがて、ケイはジルの映角の発光の意図を読むようになり、味に対する反応を見て料理の腕を上げた。崖から落ち、熊に接近された時や、街の人間との小競り合いの際にジルに救われた結果、雌鹿の身体に化けたまま、彼に魅了され初恋を抱く。ケイは彩鹿の領域深くへ案内され、彩鹿の色数・知性とマイ族の光学外套の性能は共進化したと知る。また、愛するが故に彼を狩りたくないと心から思った。

会合に呼ばれたケイはアマネたちに彩鹿の領域について詰問される。街の人間と共に彩鹿を資源化するために、情報が必要だという。資源化で得た資金で女が生まれない原因を調べなければ、マイ族は滅ぶと言われるが、ケイは拒否し、ジルを守ると誓う。

訪れた街の人間が調査を開始した。一方的に森の占有権を主張され、アマネは憤慨するが、街の人間の手に斃れる。父も他の者も森を追われた。ケイは殺人を犯しながら計画阻止を試みるが敵わず、彩鹿のほとんどが連れ去られる。

ジルはケイを彩鹿の墓場に案内し、自ら身体を差し出す。マイ族との関係の中で彩鹿は自らの存在意義を「色彩を豊かにし、美味しく食べてもらうこと」へ変えていた。雌彩鹿はマイ族から雄を奪われていた故、数が減っていた。マイ族は逆に、彩鹿に合わせ、狩りをする男だけに変質していたのだ。

彩鹿は滅ぶ、ならいっそ、愛するが故に食べなくては。ケイはジルの心臓を一突きにし、脳のソテー、レバニラ、血のパスタ、彼の全てを食べた。脳はジルとの思い出全てを、レバニラは生命の躍動と初恋の感覚をもたらし、ケイはその味を二度と忘れない。

遠い街に出たケイの家に保存されたジルの肉は、彼の初恋を知りたい者を今も待っている。
 
 

文字数:1240

内容に関するアピール

バ美(鹿)肉(バーチャル美鹿受肉)をする狩人によるジビSFです。

印象に残る食べ物が登場する小説を読んだ際に、その小説世界を追想したいという思いが読み手を「この食べ物が食べたい」という思いに駆り立てるだろうという仮説の元、ジビSFを練り上げました。

作中には数多の山料理が登場します。ヤマモモ、キノコ、山菜、色めく鳥たちや野うさぎの出汁のスープも。生きることは食べることであり、食べることは殺すことです。

料理をすること、食べることの発展とともに人類は変質し、時には知性を高めてきました。COVID-19もある意味、コウモリ食が人類を変質させた例と言えるかもしれません。本作でも。人間の変質を取り扱います。

また、男の人間が雌に化け、雄の動物に恋をするという愛の形も読みどころにできると思っています。

 

 

文字数:346

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彼らは何故、透明で無味無臭なキノコを好んで食べたのか?

#ローマ市立科学大学:ジョビナッツィ氏の手記 2033年2月
 読める手書き文字で手記を書くのは苦手だ。だから、手書きで手記を書き出したあと、途中でやめてラップトップでタイプして書くことにした。文字を手書きでしか学べない時代だったら、僕は大学で職につくことなんてできなかっただろう。手書き文字を見ていると音が聞こえてしまうから、長い時間見ているのは厳しいのだ。大聖堂で鳴るオルガンのように、美しく響くわけではなく、大抵はひどい不況和音として知覚されるんだから。
 ただ、良いこともある。実験に協力してくれる子どもたちとはすぐに打ち解けられるし、気持ちを分かってあげられるからだ。
 今日来た3人の子のうち、1人は共感覚者なのか怪しかった。ただ、嘘だと決めつけることはできない。他者が何をどう知覚しているか、今の段階の僕らは知覚し得ないのだから。あの子は音を聞くとそれがピッツァとして知覚されると言っていた。初めて聞く事例だし、知覚内容が具体的すぎた。
 それに、音と知覚に関連がなかったのだ。ドはジューシーでニンニクが高らかに香るマリナーラ、たくさんのバジルが添えられて、レはクワトロフンギ、シメジとエリンギ、マイタケの香りがオリーブオイルと調和し奏でられると。ミはシスト橋の脇に新しくできたロマーナそのものだった。共感覚者ならば、ドとレのミの鳴り方や音階に関する知識が、知覚されるピザのメニューと何らかの関連を持ってしかるべきなのだが。果たして。
 まあ、きっとピザの音楽というのも、あるのだろう。
 僕もかつてそうだったように、特別な何かでありたいと思う心は分かるが、そうそう自由にならないのだ。この共感覚というやつは。彼にはぜひ、音が聞こえるほどうまいピッツァ屋として名を成してもらいたいものだ。
 2人目の女の子は色字共感覚の持ち主だった。僕の感覚に近いが、僕よりも暮らす上では支障がでなそうだった。彼女はローマアルファベットとキリルアルファベットに色や性格を見出していた。単語を色で覚え、長い文には微笑みや悲しみを見出すそうだ。ローマアルファベットとキルリアルファベットがいがみ合っているから、近くに書きたくないし、街中で看板が並ぶのを見るのも嫌らしいが、これはスラヴ民族と我が国の関係に関する書籍でもどこかで読んだことの影響だろうか?
 3人目は言語味覚共感覚者の男の子、この子についてはまたまとめよう…。

#ハルのダイアリー 2033年3月『〈Sai〉はじめました』
 小さなころからやりたかった〈Sai〉ついにはじめました。うちはパパママが厳しかったから、小さい頃めっちゃ流行ってたのにこれまでやったことなかったの。ゲームは禁止でスマホも1日1時間だなんて言われてた。スクリーン中毒を防ぐためとか言ってたけど、むしろウチの両親がアナログ中毒なんだよね。メモも手書きだし、ネットで検索すらできないし、その割に周りの言ってることは鵜呑みにするから、前にもこのブログで愚痴ったけど「人民解放軍がすぐにでも日本に上陸してくる」とか「日本人はみんな知らないし、メディアは報じないけど」なんてことばっかり言ってた。どうればいいだろね。
 まあ、親の悪口はさておき、私もついに憧れの〈Sai〉をはじめましたとさ。最近のVRデバイスってすごいね。重そうだな、目がつらそうだなと思ってたけど、全然そんなことないの。つけてるの忘れちゃうくらい。
 パートナー動物はアナグマを選んだよ。見た目は普通のアナグマなんだけど、眼の周りに〈Sai〉っぽさがあるの。名前はリズ。リズは目の周りの黒いところが彩皮(さいひ?って読むのかな)になってて、まだレベルが低いから色数はたった2色で、薄青と薄緑で、彩度だけ何十段階かに変わるみたい。キューン、ゥキューンって鳴きながら、苔でふわふわの木の根をちょろっと登って、うろから顔を出してたの本当にかわいい。
 で、早速、リズは私に料理を作ってくれました。3種のキノコの行者ニンニク炒め。え、待って、普通の森のシーンより、料理の方が本物っぽいのはどうして?ってなりました。大きな樹とか、木の間に覗く空とか、立ち込める霧のしっとりとした白さとかは確かに綺麗なんだけど、でもやっぱりちょっと、ゲームだなって感じ。でも、料理の方は見てるだけでキノコの出汁が薫ってきそうで、触ったら熱そうだからちょっと後に下がりたくなるくらいリアルだった。リズも匂いがわかるみたいで、キイチゴみたいに濡れた小さい鼻をひくひくさせて、ヒゲも揺らしてた。
 〈Sai〉やってる子に聞くと、普通じゃんってなるみたいだけど、リズの料理の動きもすごいリアル。だってアナグマだよ?わたし、〈Sai〉で動物が料理するってのは聞いてたけど、二本足で立って、両手を使うんだと思ってた。リズは拾ってきた鉄の飯ごうをくわえて持ってきて、後ろ足をで小刻みに早く動かして種火を作ったら、キノコと行者大蒜を加えて飯ごうに放り込んで、しっぽで火加減を調整しながら焦げないようにしてた。
 でも不思議、食べるときだけ目を閉じるの。すごい真剣な顔で。
 食べ終わると少し疲れちゃうみたいで、ゴロンと寝っ転がってお腹を見せるの。
 ゲームだって分かってるんだけど、こんなところ作り込んでるなんて思わなかった。VRで〈Sai〉をやりながら白いご飯を食べる人がいるのも納得。
 スマホにアプリも入れたから、これでどこでもできる。クエストが始まると光学外套オプトヴェールを使いこなさないといけないらしいけど、これはまだ良くわかんないや。
 このブログはほぼわたしの独り言なんだけど、もし読んでいる人がいたら、おすすめの攻略サイト教えて下さい。ゲームはじめて過ぎて、わかんな過ぎるから。

# ハルの裏アカウント 2033年4月
 VRゴーグルがないと思ったら彼がAV見るのに使ってた。もうホント最悪。高いから買い直せないし、本人は私に見られてた自覚ないから言いづらいし。アルコール消毒?ってしても大丈夫かな?彼になんて怒ればいいだろ。

# ハルのダイアリー 2034年7月『【〈Saiプレイ日記〉】あとシークレット動物、見ました。あと、透明なキノコの話。』
 〈Sai〉、レベル198まで行きました(やった)。あと少しでレベル200。無課金なのに頑張ってるんじゃないかと思う。だって廃課金勢はレベル5000超えとかゴロゴロいるって言うじゃない?
 タイトルに例の動物の名前を書くと運営に何か言われるかもしないから、少しぼかしてます。あと、謎の透明なキノコをゲットしました。攻略サイトにもないし、なんだろこれ。ってなってます。
光学外套オプトヴェールもどんどん進化してて、今いる森で見る大体の動物には変装できるようになったよ。野ウサギ、雷鳥、イノシシ、カワセミ、マガモに野鳩、あと鳥が20種類くらい。ウソとかオオルリとかたくさんあって名前覚えられないね。カモシカもいるか。操作が難しいのはムササビ。飛膜を広げて滑空するんだけど、一回で50メートルも飛ぶし、雨が降ったときはしっぽを傘にしないといけないし。落ちたら襲われてすぐ死ぬし…。
 1年やったけど、狩りはまだ全然だめ。慣れないし、なんだか殘酷な気がするし、動き回ってるとすぐに光学外套が破れちゃうし、この前はフランスとドイツのプレイヤーと協力したけど、足手まといになっちゃった。イタリアの子は光学外套で鹿に変装してて、ドイツの子が羨ましがってた。レアキャラなんだって。鹿。攻略サイトを見ると、たしかに全世界に5000体くらいしかいないって書いてあるから、確率的にはすごいもの見たんだなって感じ。動画サイトにアップされても、運営にすぐ消されちゃうんだって。上げた人はすぐにアカウントをバンされてるらしい。
 鹿の子『僕はマルコ。今度2人でビデオチャットしよう。狩りのやり方教えるよ』とか言ってきたから、繋いだら〈Sai〉の話は全然しなくて、日本人のガールフレンドが欲しいとか言ってた。年齢見たら11歳って書いてあったから、なんだか可愛い。これがイタリア流かなぁ。
 鹿は彩鹿さいかって言うらしい。〈Sai〉に出てくる動物はみんな、キレイな採皮を持っているけれど、彩鹿のそれが一番面積が大きいみたい。彩鹿の場合、毛皮じゃなくて光るのは映角つのだった。私が両手を広げたくらいの幅がある角は、目まぐるしく映すものを変えていて、木の幹の細かいテクスチャを表現したり、霧を感じると淡い白の色だけでなくて、触った時のしとやかさが分かるような質感がした。
 彩鹿の映角は、カメレオンやシマウマみたいに擬態するためなのかな?と思ったけど、そうじゃないみたい。クエストの後、マルコとフランスの子と一緒にパートナー動物の料理スキルを披露し合ったあと、光学外套を着て彩鹿に化けたマルコがわたしたちに打ち明けた。食べるものによって、彩鹿の角は色を変えるのだと。確かに、マルコの映角には、わたしとリズが鮎を釣った〈青雫の森〉の奥地の小川が映っていた。わたしたちが釣りをした渓にしかないペールブルーの苔に包まれた丸っこい岩が見えていたから、間違いはないと思う。リズとわたしが作ったのは、若鮎の背ごしで、森の奥地で迷ってライフが減ったときはよく作ってます。若い鮎は柔らかいから、骨付きのまま、薄い筒切りにして食べることができて、すり潰した青タデと酢を軽く合わせると瑞々しくぷるんと震える。酢が匂いを中和してくれて、脂肪が少なくてさっぱりと食べられる(実際に食べに行きました)
 フランスの子も驚いてた。彼は相棒の雷鳥と一緒に、ウサギ肉のホワイトソースソテーを作って振る舞ってくれたんだけど、木の根元に入った亀裂にぽっかりと合いた巣穴の中から見上げる幾つもの木立と、ウサギが済んでいた〈赤銅の森〉にしかいない赤蛇から軽やかに逃げるシーンが、断片的に映角に映し出されたからだ。
 マルコは去り際に透明なキノコをくれた。アイテム図鑑に載らないそれを見て、リズはキョトンとしていた。ぶよぶよと透きとおる手のひら大のそれは、ライフの回復もあらゆる不調なステータスも解消してくれる食材だという。それを食べたときだけ、彩鹿の映角は何も移さないゼロの状態になるらしい。貴重だから今は食べないけどね!と言ってマルコは去っていった。
 味も匂いもしない透明なキノコは理科の実験で使う真水よりもまずいよ!マルコはそう言ってた。でも、食べたことがあるのかな?検索したけど、そんなキノコの話はどこにも出てこない。不思議。とりあえず、私は一つ持っているから、いつどうやって食べるか悩み中です。

# ハルの裏アカウント 2034年7月
異動してから仕事ホントつらい。メイク落とすのも忘れてソファで寝ちゃう日々が続いてる。肌ボロボロなのに、最近また色々流行りだしてるから、ワクチン打つまでマスクつけないといけない。帰ってからは全然動けない自分に自己嫌悪。〈Sai〉は毎日できるのにね。あー、ヤマモモ食べたい。

# ハルの裏アカウント 2034年9月

〈Sai〉だけが癒やし。仕事行って寝るだけの生活が続いてるから、〈Sai〉の料理見ながらコンビニのパックご飯食ってる。

# ハルの裏アカウント 2034年10月
先輩が倒れたからしわ寄せが来る〜

# ハルの裏アカウント 2034年11月
彼のために料理作りました。[添付ファイル1][添付ファイル2] 野ウサギの肉をブナの実のソースでイワナの肝焼きを行者大蒜と生姜のタレで。

# ハルの裏アカウント 2034年11月
忙しすぎてとっくに別れてるから、さっきのは〈Sai〉で作った料理だけどね。ARカメラがアップデートされてすごいよ。実際のテーブルの写真に合成すると、本当に作ったみたいに見える…。

# ハルの裏アカウント 2034年12月
ランチで上司に料理の写真見られた。今度僕にも作ってよだって。誰が作るか!あーあ。早く左遷されないかなあいつ。

# ローマ市立科学大学:ジョビナッツィ氏の手記 2035年1月
 音ピッツァ共感覚少年は今日もやってきた。統計上は彼が共感覚者でないことはもう分かっているのだが、わたしの居室に入ってくると澱んだ目を輝かせ、熱っぽく、遊び盛りの子犬のようによく喋るから、放っておけなくなったのだ。一度、彼の叔母がやってきて、家ではゼンマイの切れたおもちゃのように何をしても動かない彼が生き生きしているのを見て、ぶくぶくとだらしなく付いた贅肉を揺らしながら、口に手を当て飛び上がっていた。彼女は目に涙を浮かべながら、不幸な交通事故で両親を失ったピッツァ少年をよろしくと言っていた。
 さて、今日は特別な、本当に特別な食べ物が居室に持ち込まれたから、食いしん坊のピッツァ少年がいないほうが良かったのだが、結果的にピッツァ少年が役に立ったのだから、良かったことにしよう。
 隣の研究室、創発感覚ダイナミクス研究ユニットに所属するエレナが、共感覚をもたらす鹿肉とその鹿の角を持ち込んだのだ。総量が40gにも満たないジャーキー状にパッキングされたそれは、フリーズドライ処理されており、とても美味しそうには見えなかったが、僕とエレナはそれを口に運ぶことにした。
 味わいをここに書くことは極めて難しい。あれは、果たして、味だったのか。妙に固く、凝縮し熟成された鹿特有の明らかな獣の匂いが鼻孔を優しくなでて、食欲であるか畏れであるか分からない感覚をくすぐる。
 僕はブナの大樹の下、小柄な雌鹿が自分に寄り添っているのを見た。鬱蒼と茂るサルナシの隙を縫うように背を伸ばす青いトリカブトを踏みつけている逞しく太い脚をそっとどけた。僕が立ち上がると、雌鹿は人間の女がするように首元から僕を見上げて、ふわりと鼻を這わせて匂いを嗅いだ。僕が顔を下げると、雌鹿は僕に口づけをした。
 知覚している間の時間がどれほどであったか、定かでない。肉を食べたことによるものだと信じられずに、何歩か後ずさって書類の山にぶつかり、崩してしまったほどだ。
 エレナは魚影がいくつも踊る清流で雌鹿と共に釣りをし、ハーブで塩焼きにして食べる様を見たと言った。
 「ジル、アイシテル。ジル。アナタガスキ」、僕とエレナが鹿肉を知覚している間に、肉の一部を摘んだピッツァ少年はそう言う言葉を聞いたと言っていた。
 しかし、これは共感覚と言えるのか?数学的に単純化して言えば、空間上で味を表す点と、このような視覚像や音を表す点を対応付けるルールがなければならない。ピッツァ少年の音ピッツァ感覚の間に相関が見いだせないように、味と共起する感覚の間に関連を見出すのは極めて難しそうだ。
 いや、そもそも、味自体はそういった数学的な取り扱いが難しいのだ。例えば、甘みでも、糖度のようなものは測れるが、〈甘さ〉という意味では、私にとってのチョコラータの味わいと、エレナにとっての味わいは異なるだろう(彼女が昔手作りしてきたチョコラータはひどいものだった)
 エレナ曰く、サイカの肉らしい。サイカは日本のトウホク(津波があったエリアだろうか)にだけ生息していたが、サイカと共に暮らしていた山の民と共に滅亡したらしい。その肉は、いま僕たちが体感したような視覚像、音、匂い、触覚、それから単語や長い言葉の感覚を伴う共感覚をもたらすから、美食家の間では熟成肉が未だに高値で取引されているらしい。一般市場でなく、ダークマーケットの話だ。
 今回の肉は、美食家でなく、ある事業家が持ち込んだ者だという。〈Sai〉という有名なゲームの創始者だと言って、ピッツア少年は目を丸くしていたが、あいにく僕はゲームに興味はない。エレナも娘や夫と一緒に楽しんでいるらしい。〈Sai〉はサイカをモチーフに作られているそうだ。
 その事業化は字面の通り漆黒のサングラスをかけて、エレナの研究室を訪れたらしい。エレナがエスプレッソを淹れて彼に差し出した際、背後からサングラスを覗いたが、ほとんど視界がないと思われるほど、暗かったそうだ。
 サイカの角は装置に繋がれている。エレナはサイカの角の分析を依頼された。視覚、聴覚、触覚、味覚、生物の感覚をエミュレートするモジュールが繋がれ、末端は通信端末に繋がれ、感覚に対する反応を記録するようになっている。エレナは、どこから解析を始めればいいか悩んでおり、僕とディスカッションしにやってきたのだ。ピッツァ少年が、そんな悩みを吹き飛ばした。
 僕とエレナがホワイトボードでディスカッションしていると、彼が僕の居室の電話で勝手に注文した2枚のピッツァが届けられた(そもそも、僕の決済情報と連動しているのだ)、1枚はロマーナで、もう1枚はサルシッチャ。ピッツァ少年はあろうことか、よろめいて、サイカの角が繋がれた装置にサルシッチャをべったりぶちまけた。
 エレナのスマートフォンが鳴った。実験技師からだった。記録端末のディスクがいっぱいになってダウンしたと。1TB以上のディスクを積んでいるはずだからおかしいと言って再調査するように命じていたが、結果はかわらなかったようだ。
 ピッツァの味が、巨大な言語データと視聴覚データに変換されていたのだ。角を通じて。ピッツァ少年。君の手柄だ。

# ハルのダイアリー 2035年9月『【〈Sai〉プレイ日記】イタリアのマルコから連絡があって』
 去年の7月くらいにアイテム図鑑に載ってない透明きのこをくれたマルコから連絡があった(昔の記事を確認したところ、7月でした。それにしてもこのブログの検索、すごく使いづらいね)。〈Sai〉上でのいろいろなイベントの案内も送ってくれてたんだけど、仕事が忙しかったからスルーしてたのが気まずくなったから、そのまま連絡取らなくなってたんだよね。メッセージで彼に呼ばれて〈黄花の森〉の西の果てに行ったら、彼ともう一体、彩鹿がいた。マルコの台湾人の彼女の淑華シューファらしい。お前12歳だろ…と思ったけど。淑華は18歳らしいから、許容範囲かな。マルコのパートナーは雷鳥からイノシシに変わっていた。雷鳥はどうしたの?と聞いたら、マルコは口をつぐんだ。淑華が「死んだの」と言ったから、わたしは悲しかった。柔らかそうな褐色の羽毛も、グルグル鳴く声もすごく可愛らしかったのに。
 でも、パートナー動物が死ぬなんて、そんなこと〈Sai〉上で起こるのだろうか?ライフが無くなっても、森の外れの宿からやり直しになるだけだし。
 そのあと、マルコと淑華とビデオチャットをした。彼らは〈Sai〉に現れる彩鹿の映角と同じ形の角を生やしていたからすごく驚いた(このブログは驚いてこぼしたクラフトビール(1300円)を拭きながら書いています)。実際角が生えているわけはなくて、〈Sai〉専用の角形のコントローラーだった。VRゴーグルを装着しながらでも使えるように頭の後ろ側を回す形で両耳にかけて使うそれは、後頭部と側頭部の一部を覆う感じで30cmぐらい上に伸びて、両手のひらを広げたくらいの幅に広がっている。
 どこでそんなの売ってたの?って聞いたら、マルコは絵文字の😁のお手本みたいに口を大きく開いて、歯を見せてクシャッと屈託なく笑って、外したコントローラーに記されたロゴを見せてくれた。マットな淡い白字に仕上げられた素材にGil, Incと黒い文字が刻まれている。〈Sai〉の開発元だ。彩鹿への変化能力を持っている者の中の一部にだけ試験的に提供されているものらしい。詳しいことはあんまり言えないらしいけど。
 ビデオチャットの間2人は透明なペーストをもぐもぐと食べていた。マルコ曰く、透明なきのこから作ったものらしい。味も匂いもしないきのこ。Gil, Incから、コントローラーの保有者に定期配送されるらしい。一本で成人男性の2、3日分の栄養がまかなえるらしい。マルコは買ってもらったばかりのおもちゃを見せびらかすみたいに透明なペーストを突き出しながら、自慢げに話していた。きのこを配るのは多分、ゲームに没頭してもらうためのキャンペーンか何かなんだろうな、思った。
 遅くまでビデオチャットしていたら、マルコがママに怒られて連れて行かれた。私も落ちようと思ったけど、淑華に呼び止められた。淑華曰く、ゲーム内の透明きのこを早く棄てたほうがいいらしい。なぜ?と聞くと、透明きのこを持っていると、彩鹿に変化できるプレイヤーと誤認される可能性があるらしい。
 コントローラー貰えるなら、いいじゃんと思った。
 淑華は言った、その代わりに、パートナーを殺して食べることになると。

# ハルのダイアリー 2035年9月『【〈Sai〉プレイ日記】透明きのこは捨てられない』
 アイテム図鑑にないアイテムをどう捨てればいいか知ってる人教えてください〜。調べたけど出てくるわけないし。どうしよ。アイテムメニューに出てくるんだけど、捨てるコマンドを使えないんだよね。
 ていうかどうやってマルコは私に渡したんだ。連絡つかないし。

# ハルの裏アカウント 2035年10月
子会社の方にいってたあの使えない上司が戻ってきてまた忙しくなった。噂だと子会社の方でセクハラみたいなことして居づらくなったって聞いたけど、じゃあクビにでもしてよ。どうして日本の会社は男に甘いのか…。

# ハルの裏アカウント 2035年11月
全然更新できてませんが生きてます。〈Sai〉だけは毎日やってるわたし。えらい。

# 全日経ビジネス2036年1月号『次世代のゲームテック特集Ⅰ』 p33 – p37
 〈Sai〉というゲームをご存知だろうか?身近に存在するあらゆるデバイスに向けて、全世界に対して配信されているアプリケーションだ。英語圏では〈Sai〉がすでに商標登録済みであったから、英語タイトルは〈The Forests of Sai〉と言う。昨年ユーザ数が16億人を突破した。これは、全世界の人口の2割弱ほどがプレイ経験があることを示しており、リリースが2025年であることを考えると、10年で16億人のプレイヤーを獲得したことになる。この成長は巨大SNS(Facebookやinstagramなど)が成した成功に匹敵する。
 〈Sai〉を運営するGil, Incは未公開企業であるが、時価総額は10兆円を超えると業界関係者は予測する。主に米国系およびシンガポール系のヴェンチャーキャピタルや事業会社から資金調達を行っているため、日本ではこれまで着目されていなかった。
 その創業者が日本人であることは広く知られてはない。これまで着目されていなかったし、一切のメディアの取材を拒否してきたからである。本特集は創業者のケイ・ヤツモリへの世界初の独占インタビューをお届けする。
―――今回、長年取材を受けていなかったあなたが、取材を受けることに決めたのは、何か理由がおありなのですか?
 機が熟したから、とでも言いましょうか。

―――意味深ですね(笑)さて、〈Sai〉は圧倒的に美しく華麗な森と動物たち、料理の描写を特徴としていますね。これほどまでに成長を遂げた後でも、あなたは未だにグラフィックの細かな指示を出されていると聞きました。実際に、経営と開発の両立を?
 ええ。私にとって、両立はそれほど難しいことではないのです。私にとってはただ、私の中にある鮮明なイメージに沿っているかどうかを確認するだけなのです。私が制作したものに関しても、そうでないものに関してもね。グラフィック関連のスタッフは全社で500人ほどいて、わたしは上がってきたものの最終的なチェックを行っています。指示を出すことはあります。

―――なるほど。〈Sai〉は個人制作のフリーゲームとしてリリースされたversion 0.1の時代から、動物のキャラクターが料理をすることが特徴的です。また、彩皮と呼ばれる色とりどりに輝く皮膚を持った動物が現れ、プレイヤーと動物のキャラクターに独特さを生んでいます。これらは何からインスピレーションを受けたのでしょうか?
 多くのクリエイターが幼い頃に熱を上げたものを想像力の源泉にしているのと同じように、私もこの目で見て、味わい、記憶しているイメージをストレートに表現しています。もちろん、私の故郷に存在しない各国の料理や凝った料理などは。実際に現地に赴くなどしてインスピレーションを得ていますが。

―――失礼ですが、料理をする動物がいるとは思えないのですが。
 私の故郷はもうこの世から消えていますから、証拠を示すことはできません。そういう場所が確かに合った、もしくは、そういうお話もあり得る。そういうことにしておいてください。
 火を使い、料理をすることで人類は道具の使い方を覚え、進化してきました。ヒトの中には、動物と共に生き、動物に料理を教え、お返しに彼らの中で独自に進化した料理を教えてもらい、共生していた者もいたと。

―――想像力はビジネスにおいても重要ですからね。その想像力が、あなたをここまで成功させたのかもしれません。あなたをこれほどまでの成功に導いたものはなんだと思いますか?運でしょうか?それとも、特別な才能を持っていたからでしょうか?
 強い想い。でしょうか。何をするときも決して忘れない想い。受け継いだ想いと、受け継いだモノを、わたしはうまく利用してるだけですから。

―――その想いを、今後はどのようなプロダクトにつなげていくおつもりで。
 米国のファンドから出資を受けている当社は、情報公開に関する公平性を強く求められていますので、ここでは披露することができる情報が少なくて申し訳ないです。ですが、近々、かねてより準備してきた幾つかの新機能をリリースする予定です。そこには、新型のコントローラーも含まれます。一部のユーザに対しては、私が直々操作をして、テストを行っているのですが。

―――全世界の5000人ほどのプレイヤーに、先行公開していると噂の。特別な鹿のキャラクターを運良く手に入れたプレイヤーだとか。
 噂には、イエスともノーとも答えかねますが。一部のプレイヤーに提供させていただいています。それは、私が受け継いだモノでこの世界を変える一歩目になります。私にとっては、かえるというより、戻す方が合っているかもしれませんけど。

―――最後に、あなたにとって、ものづくりとは?
 約束であり、怒りであり、再生への祈りです。

―――ありがとうございました。

# ハルの裏アカウント 2036年2月
 ブログ書く気力もないくらい疲れてる。

# ハルのダイアリー 2036年2月『【〈Sai〉プレイ日記】マルコと淑華』
 マルコからメッセージかと思ったら、彼のお母さんを名乗る人が代わりにログインしてた。様子が変だから検査のために入院してるって。淑華に連絡したら、彼女は台北から台湾の東の方の花蓮の近くの緑豊かな村に引っ越したお休み中だって。街で生活して、クルマが沢山走るのやビルが立ち並ぶ景色を見ていると、気持ち悪くなるらしい。
 疲れてるから。今日はここまで。
 相変わらず、リズは可愛いです。
 毎日の料理、あの子が作ってくれればいいのに。
 
# ハルのダイアリー 2036年3月『【〈Sai〉プレイ日記】■』
 閉鎖します。

# ハルの裏アカウント 2036年3月
毎日会ってたのに、急に会えなくなるなんて。

# ハルの裏アカウント 2036年3月
会いたいよ。また、一緒にご飯食べたいよ。

# ハルの裏アカウント 2036年3月
前の彼と別れたときは、こんなふうにならなかったのに。

# ハルのダイアリー 2036年4月:プライベートモード『今日のこと』
 ケイと名乗ったあの男の人は、わたしにちゃんと謝ってくれた。真っ黒なサングラスを外して、深く頭を下げた。〈Sai〉の中で光学外套は、彩鹿に変化できるプレイヤーを示す目印みたいなもので、マルコと淑華がつけていた角形コントローラのトライアルの申し込み証を兼ねていた。システム上、本来は他のプレイヤーに渡すことができないはずだったが、〈Sai〉Gの開発元のGil, Incのオペレーションでミスが起きて、マルコに1つ余分に与えられ、余分に与えられた分はシステムの制約の想定の外になってしまった。
 角形コントローラの使用開始前に、彼はプレイヤーに試練を課す。3年以上連れ添ったパートナーを殺して食べなければいけないのだ。何故そんなことをするの?とわたしが聞いたら、彼は一瞬、すごく暗い顔でうつむいてからすぐ顔をあげて、女の人みたいに細い拳を強く握りしめて言った。あなたは日本人だし、こんな機会だから特別と。
 コントローラーは彼や彩鹿と同じ知覚をもたらすものだから、そのためには、彼と前提条件を揃えないといけないと。
 つまり、似た心の傷を負ってほしいのだと。
 詳しく話すよ。と彼は言って、続けた。
 〈Sai〉は日本の東北地方に実際にあった森をモチーフに作られた。彼を含む山の民は森を彩の森と呼び、そこには彩鹿と呼ばれる鹿が住んでいた。彩鹿は〈Sai〉の中の鹿と同じで、何万色にも輝く角を持っていた。彩鹿の肉は共感覚という特別な感覚をもたらす。
 彼は彩鹿の肉のひとかけらをわたしにくれた。食べると、リズと共に遊んだ〈碧寂の森〉の渓から、崖を駆け上がり偽ピークに近い小尾根を駆け上がる感じがした。視界には、リズではなく雌鹿がいた。
 彼は、雌鹿はかつての彼だと言った。
 マイ族は輝織キオリと呼ばれる布を纏って、動物に変装して、森を探索し、時に必要なだけ動物を狩って暮らしていた。森から街へ出て、知識を得て戻ってくるものはいたけれど、街から森に入ってくる者は殆どおらず、長年外界から隔絶されていた。マイ族は、彩の森を輝織でぐるりと囲っていたから、その境界は人の目から見ると同じ風景が続いているように見えるから、迷いをもたらす魔の森だと考えられていたからだそうだ。
 彩鹿とマイ族は滅んでしまった。雄の彩鹿を狩るためにマイ族の男は彩鹿の雌に変化して暮らした。彩鹿の姿になって、寝食を共にし、3歳、肉が一番美味しい時に狩っていたのだ。
 〈Sai〉と同じように、彼らは一緒に料理をしていた。
 そして、彩鹿にとっての料理の意味は、わたしたちのものとは異なっていた。彩鹿にとっての料理とは、新しい言葉や映像、新しい感覚を得て知能を向上するための源だったのだ。
 彩鹿は料理を食べて得た刺激に応じて、その映角の発色パターンの数を増やす。だから、彼らはいつしか、マイ族よりも料理が得意でない雌彩鹿よりも、人間の方に愛情を抱くようになった。逆に、マイ族の方の男たちは、雌彩鹿ばかりを愛するようになり、マイ族の女性に対して性的不能になってしまったのだ。
 それが原因で数が減っているところに、人間の開発の手が伸びてきた。彩の森の周辺環境は悪化し、崖は崩れ、湧き水は枯れ果て、植物は力を失い、大地と水を支える力を失った。彩の森自体は見つからなかったが、彩の森から、彩鹿にとって重要な食べ物である透明なきのこが次々と消えていったらしい。
 彼は、マイ族の村と彩鹿の滅びが避けられないと悟った。
 滅びがさけられないのなら、せめてと、自分が共に暮らした彩鹿を、自らの手で殺して食べている。
 それ依頼、彼は彩の森のことと、自分が深く愛した彩鹿のことを忘れられないでいる。
 角型コントローラーは、彩鹿の映角を模して作られている。人間の近くを彩鹿の知覚に近づけるらしい。
 言っても伝わらないから、試してほしいと、彼はわたしにコントローラを渡した。
 部屋の隅に、それはある。
 彼はエンジニアに頼んで、リズのデータを元通りにすると誓ってくれた。さっき、私は、久しぶりに〈Sai〉にログインした。
 アナグマのリズがいた。あの時と同じ姿で。
 でも、これはリズだろうか?
 いつもの仕草を見てたら、泣いてしまって、それ以上スマホを触れなかった。
 リズ。
 おかえり?かな。

# ローマ市立科学大学:ジョビナッツィ氏の手記 2036年5月
 マルコという少年の共感覚が実に不思議だと思ったのは今年に入ってすぐのことで、最近同じような共感覚者が急増している。〈Sai〉というゲームのプレイヤーが何人も同じ感覚を訴えている。住む場所によっては私よりも日常生活を送りづらくなるに違いない。
 なにせ、見たり読んだりすると強い味を感じてしまうのだから。しかも、辛いとか甘いだけでなく、何かの料理の味を知覚するのだ。今日も遊びに来ているピッツァ少年のように、ピッツァだけをたらふく食うならなんの問題もない。しかし、そう都合良くはいかない。スシの次にスンドゥブが来るかもしれないし、その後にトルコのチョルバスやナス煮込み、フレンチが続くかもしれない。風景によっては苦味や辛味の連続体として知覚されるのだから、何も見たくなくなるのも理解できる。
 マルコ少年も、真っ黒なサングラスをかけていた。
 エレナが昔の解析結果を持ってきてくれた。解析結果はGil, Incにすでに手渡されているらしい。3Dグラフとしてプロットされるデータを見る。彩鹿の角は、味と言葉をつなぐ架け橋になっており、彩鹿は角を通じて言葉を学習し、知能を進化させていたと仮説を立てられる。
 今はすでに絶滅しているため、検証のしようがないのだが。
 
# ジョビナッツィ氏への手紙 2051年 9月
拝啓 
 
 先生とエレナ・アンジェリーニ教授の立てた仮説が概ね正しいことを、私は知覚エミュレートデバイスを用いて検証しました。日本、アオモリ県、ハチマンタイの北、十和田湖の近くに彩の森の跡地は見つかりました。地元の人間の伝承にも、彩の森の痕跡はあるようです(それにしても、ニホンゴとは思えない。フランス人が喋っているかのような言葉で、聞き取るのが難しいのですが)
 土砂崩れなどで荒れ果てていた森も少しは再生して、彩鹿の近くを9割型エミュレートするデバイスをつけていても、何なく過ごすことができます。
 彼らにとって、風景とは料理だったのです。それも、調和の取れた風景であれば、美しく設えられた懐石料理の如く。
 風景が失われることは、絶え間無く知覚される味が乱されることにほかなりません。不快な味を知覚し続けることは、あまりのストレスです(実際、東京ではこのデバイスをつけていられませんでした)
 しかし、目を開けていると、あまりの味の多さに、戸惑いを覚えます。脳が疲れるというのを、科学者の私が使うのは正確性に関して躊躇いを覚えますが、とにかく、疲労感を覚えるのです。
 私は森のハズレにひっそり立つ枯れかけた赤松の樹の根本で、幾つかの透明なきのこが生えているのを見つけました。
 無味無臭、真水よりも味がしないそれ。
 彼らにとってそれはきっと、最も疲れない栄養源だったのでしょう。

                         敬愛する先生へ
                   ピッツァ少年より愛を込めて
 

 

 

 

 

 

 

 

 

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