Food(Lost Soul)Print

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梗 概

Food(Lost Soul)Print

日本を訪れる。実に11年ぶりの故郷だった。
ぼくは仕事の傍ら、旅ログというアプリを使って世界中を旅して回り、その映像をウェブ上にあげることを趣味としていた。配信者は、移動の間だって、それをエンタメにする必要がある。そのために、金を惜しまずファーストクラスに席を取った。
バーカウンター。シャワールーム。ラウンジ。そういったところをフラフラしながら、暇そうな人とおしゃべりする。シート周りも大切だ。リクライニングに、モニター、そして備え付けのフードプリンターとドリンク類をチェックする。
「おお、これ、ヘスティアの最新モデルだ」
生体IDを登録し、起動する。小型冷蔵庫サイズの電子レンジという見た目のそれは、なかなかお目にかかれない高級品だ。
朝食のメニューとして、『ミシュラン2ツ星の最高級和牛(肉)』『高級料亭「暁月」の特別御膳(魚)』が表示された。
魚を選択すると、画面が切り替わり、割烹着を着た初老の男性が調理する姿が映し出される。料理のダイジェスト映像ののち、扉が開く。スマホで写真を撮り、ウェブに掲載する。「これがファーストクラスの朝食、空の上とは思えない!」っと。
 
 
簡易式の疫学チェックのみで入国する。空港直結の快速に乗り込み、実家へ向かった。
途中、乗り換えの駅で降りると、小腹がすいて、コンビニで弁当を買う。
特に何が食べたいというわけではないが、一番人気のものを選択する。
コンビニロゴが入ったフードプリンタがちゃきちゃきと調理し、チン!と鳴ったところで取り出す。
 
 
陽が落ちたころに実家に到着する。「なんか食う?」と弟が持ってきたのは親子丼。口にすると、少し辛味が強い。
「これ、少し辛すぎない?」
「えー、兄貴の昔のデータ使ったんだけど?」
思い出すのは、10年前、ひたすら激辛料理ばっかり食べ歩いていた時のことだ。
「十年前の激辛親子丼、懐かしの味が辛辣すぎる」っと。
十年越しに生体IDの登録情報を更新する。実家のフードプリンタは2世代前のモデルだ。
まあ、これでもギリギリ行ける。自分のデータを更新していると、ふと、父のデータが気になった。ログを漁ってみると、最後に食べたのが寿司と表示されていた。さっきの口直しにと、調理を開始する。
「中トロしかねーじゃねーか」
とはいえ、2世代前だと、調理できるものも限られる。ペースト上のライスとマグロは、見栄えこそイマイチだが、食感と味は確かにそのままだった。悪くないチョイスだ。
 
 
翌朝、深夜過ぎに帰宅したはずの母は、俺より早くに目を覚まして、朝食の支度をしていた。味噌汁と白米とおかず類。
「足りなかったら自分でプリントして」
母の趣味は料理。フードプリンタを使わずに調理器具を使う。
うーん。なんだろう。何か足りない。
これが久々に感じる家庭の味というやつか。
「この味噌汁、ダシ入れた?」
「あ、忘れてた」

文字数:1173

内容に関するアピール

 
美味しいご飯を食べたいという気持ちとなんでもいいから軽く済ませたいという気持ち。
 
インスタント食品をよく食べる。
一方で、コロナ禍でおうちごはん的な流れがある。
 
SFでは3Dプリント的に料理が生成されたり、配給されたりする描写がある。
未来ではそうなるかもしれないが、一方で手料理というのはどういう扱いになるのだったか。
 
高級な料亭や、家庭では、手料理の文化があるのか。
あるいは、誰かとの思い出となるのか。
 
料理することを代替させること。これにはどういう意味があるのか。
例えば家政婦的な仕事。
アウトソーシング。
 
コロナ禍で高級家電が売れている。
IoTで素晴らしい機能のある電子レンジや冷蔵庫。
これを作るといいとか、みんなはこんなものを食べているとか。
そういった情報がある。
 
生活の変化と食事。
ますます自分で料理する必要がなくなったら?
それでも料理をするのかな。するかな。

文字数:384

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