八百話

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梗 概

八百話

初めてその漫画を読んだとき、はまり込み作品はもちろん、関係するすべての出版物を読み漁った。更には絵柄も完全に似せて描けるようになっていた。それでも熱は冷めず、次回刊行物まで待てないそのあいだ、どんな人だろうと、ネットで検索、どんな小さなコラムやインタビューも目を皿にして読み込み、好きな食べ物が見事に自分と一致していたことから、ますます親近感を覚えていった

 

熱は冷めやらず、そして幸運なことに、その漫画家のアシスタントという立場になることができた。

漫画家のアシスタント、といえど、人嫌いであるとのうわさは本当で、なかなか先生の姿さえ見ることはできなかった。先生の執筆時間は夜であるため、メシスタントとして夜食を届けにいくことが唯一のできることであった。

ある夜、いつもどおり夜食を届けに漫画家の部屋へ向かうと、顔色の悪いやつれた老人に遭遇。そのおどろおどろしく、不審な雰囲気にあまりにも驚いているところ、老人がわっと向かってきたことから、ますます驚き、重たい皿で殴ると老人はあっけなく死んでしまった。

出来事に震え慄き、状況を理解できるようになると、その老人が、あの漫画家であることに気づく。固く閉ざされていた漫画家の部屋は開いており、たまたま居合わせてしまっただけだったのだ。絶望しながらも、漫画家の机を見ると書きかけの原稿がそのまま残されていた。自分が殺してしまったのだ、この続きをもう読めないのか……。そう泣いていると、編集担当からの鬼のようなLINEが着信音を響かせて届く。

「まだですか」「今回は絶対に午前7時にいただかないと印刷所がカンカンです」

 ああ、この編集者漫画家が絶命しているなど思いつきもしないだろう…、今回はどの作品の〆切だったか……。そう思い改めて書きかけの原稿を見ると、まさか、それは一度読んだことのある作品であった。しかし、それはまだ書きかけの状態である。ストーリーも絵柄も完璧に覚えているのに、これはどういうことだ、と疑問が湧いているうちに、あることを思いついた。

自分がこの続きを描けばいいのでは?

絵柄も真似て描ける。この作品のエンドまで知っているので描けばいいだけだ。漫画家はもとより人嫌いで誰かに会うことはない…。ましてや、この漫画家が死んだなど死体を隠し、急いで漫画に取り掛かった。

 

 

それから夢中で打ち込んだ。人を殺したのだという事実から目を背けたくて、そして何故か、読み込んでいたあの漫画家の作品は世に出ていないことになっており、提案するストーリーすべてに編集担当は喜び、ヒットに繋がっていった。何が何だか分からないまま、とにかく記憶から消えてしまう前に、紙に落とし込んでいった。

 

毎度のごとく担当編集から急かされる、ある夜。ずきずきとした頭痛、じわじわとした腰痛、迫る〆切を前に、ペンを走らせている丑三つ時。小用に立つと、部屋の前に夜食が置いてあった。焼きおにぎりである。大学受験を思い起こさせる匂い。ありがたいと、手を付けると、焦げた醤油が胃もたれもせずちょうどよい濃い味で、味覚を満たしていく。作業を進めつつ片手にもつにはぴったりであった。

焼きおにぎりに始まり、その夜以降、気づけば夜食が用意されているようになった。

かんだ瞬間にじゅわっと旨味があふれた唐揚げはご丁寧に串にさしてあった(!)。辛子がきいた、ふわふわの卵サンドイッチ。ほかほかの肉まん。大福といった甘い物であることもあった。

なんて気の利いたメシスタント!都度腹具合を見透かしているかのような、そして原稿に集中できる手を汚さないチョイス…。最高なのはすべて自分の好物であることだ。

度々、アシスタントが来てくれていたが過去隠ぺいした自分の罪に気づかれまいと突き放すようにしていた。原稿などの手伝いはもちろんさせないので、すぐに離れていくものばかりだった。今回のアシスタントも、きっともうしばらくすれば去ってしまうだろう。今回、それは少し惜しいな、と干渉に浸りつつ、だいぶ自分も年を取ったのだとため息をついた。小用のために部屋をでると、重たそうな皿に美味しそうなみたらし団子を載せた若者が驚いて立ち尽くしていた。柄にもなく、ああ、君か、と思わず声をかけようとした。若者が皿を振り上げて、ぼたぼたと落ちるみたらしをもったいない、と見つめていた。

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内容に関するアピール

文字数オーバーですみません…。

あと本当に手塚治虫先生すみません…。

 

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