忘れがたき未確ミカク

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梗 概

忘れがたき未確ミカク

『最後のしまつに、ネッシー巨大うなぎを食いてえもんだ』
優悟が実家を訪れると、随分と背中の丸くなった父が、ぽそりと口にした

分子調理開発の研究員、優悟は、化学材料により、任意の味や食感を持つ食材を出力する研究をしていた。しかし、独特の繊維、溢れ出す謎の肉汁、得体の知れぬ高揚感が織りなす—-通称、UMA味…
「それが、どうしても再現できない!」
その事に悩んでいた

UMAは数十年前に突然町中に溢れ、国は駆除施策の一環として、食品加工を奨励した。スカイフィッシュの唐揚げ、クリッターの粒粒ジュース、くねくねの素麺などが、ファッションフード、B級グルメとして持て囃された
だが、そこは流石日本人、巧みな加工技術で食い尽くし、今では、多少の野生を残すばかり。優悟が物心つく頃には、既に捕獲が禁止されていて、故に、特に中高年から人工肉での再現が嘱望されていた

優悟の故郷の漁港も、UMA漁で湧いたのは遥かの昔。父も他の漁師と同様、廃業した身
そして、死ぬ際に思い出の味を拝みたいのだという
父のためにもUMA料理を復活させたい優悟は、ある時、同僚から噂を耳にする。旧築地市場の地下—-通称”裏築地”にて、UMA食材が出回る非合法のせりが行われる。優悟は一度味わえば再現できるやもと,その宴に潜り込む
そこでは、異様な食材が熱く交わされていた。更に、その片隅に屋台では裏築地専属料理人――紗綾がUMA料理屋を営んでいた。新鮮な河童の刺身、落斯馬らしまの串物、ケセランパサランの天ぷらなどが華やかに踊り、優悟は、怪しげな料理に警戒するが、食指を誘う場の空気に酔って、食べてしまう
その料理の、複雑怪奇な味の中に、自身の理解を越えた地平をみた優悟。それと同時に、紗綾の繊細な調理の所作に見惚れてしまう

そして、例の魚肉ネッシーも売られていた。悩んだ末、優悟は父に持っていく
しかし
「そんなもん喰えるか!馬鹿が!」
後に母から聞くと、父は、自分の代の乱獲が、UMAを追いやったことを悔やんでいた。だから、息子に生態系を壊さず、味を再現して欲しかったのだと気づく
熟考の末、優悟は紗綾の巧みな調理技と自身の分子調理を組み合わせれば、それが達成し得ると確信した
だが、紗綾は料理を芸術だとし、優悟の無味乾燥な料理法に反感を覚え、最初拒否する。しかし、取り締まりで閉鎖が決まった裏築地、その復活を嘱望する紗綾は、結局、優悟の申し出を承諾した
悪戦苦闘の後、優悟の科学と紗綾の技術――それらが調和することで、UMA食材の再現に成功する
そして、その過程の中で、紗綾は、優悟の技術の中に込められた、食べる人への慈しみの気持ちに、分子調理への思いを改めた

その後、築地は復活。日の当たる地上にて、喧騒の中でUMA料理に歓喜しながら、交わし、食べる
そこに、優悟は父を招待する。過去の地元の市場と同じような、活気に満ちたせりの空気の中で食べる、懐かしの味に涙する父。その表情に、優悟と紗綾は、UMA料理の完成したことををやっと実感できた

 

文字数:1259

内容に関するアピール

自分にとって、『美味しい瞬間』とはなにか考えた時、
1. 不思議な未知の料理を
2. ほんの少しの背徳感の中で
3. 皆とわちゃわちゃしながら食べること
だと思いました。秘密を共有するかのように、その場の人達と食べる料理には、得も言えぬ魅力があります。
とくに3. はこのご時世では(あるいは今後もずっと)極めて難しいので、せめて物語の中だけは、わちゃわちゃしながら食べる懐かしの雰囲気を醸し出したいです(ひょっとしたら、少し前までの猥雑な空気を伴った食事も、やがてはまたノスタルジックな思い出になるかもしれませんし)
お題上、あるいはUMAでなく、存在する食材を美味しく魅せたほうが良いかもしれませんが、折角の小説なので、面白げな食材を、ありそうな調理方法で真面目に美味しく表現しようと思いました。

文字数:340

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忘れがたき未確ミカク

# 1
「ツチノコの調理は素人でも容易だった、とはよく言われる話だけど、あれは俗説、つまり嘘です」
4月、毎年恒例の新人研修の講師として駆り出された僕は、何年も前から使いまわされてきたスライドを、会議室のプロジェクタに映し、今年の新卒社員に対して、様々な生物にまつわる、食材としての歴史にについてのレクチャーをする。
今日のお題は、UMA、その生態、そして、既に過去のものになった食材としての活用について。
「愛くるしい見た目と違い、『陸地の河豚ふぐ』の異名を取るほどに奴らは毒性があって扱いが難しく、加えて動きが俊敏、よって捕獲も難易度が高かったそうな。で、その機敏な動きはどこから生まれるかと言うと、体内の燃料袋に入ってる液体を筋肉の収斂で起こした摩擦熱で気化させ、そのガスを体外に放出させることでまるでジェット噴射のように・・・」
パワポに書かれてる内容の要所要所を的確に抽出し、つらつら読み上げていく。『世界をリードする、培養肉開発企業の雄』を自称する弊社、『ネクスト・ハーベスト』だが、研修資料は、日本企業の悪しき伝統に律儀にのっとる、一枚一枚に大量の情報を格納したスライドの束。それを全部解説してると流石に日が暮れるので、要点だけを述べていく。
「だけど、うまく解毒化さえできれば、その味は絶品で、その強靭な筋繊維の織りなす弾力、更にその肉汁に含まれる成分、通称”UMA味ウマあじが、食べたものを魅了したそうです」
まあ、食ったことはないんだけど。
心の中でそんなことを思いながら、講義の予定時間に幾分かの余裕を残して、
「なにか質問は?なんでもどうそ」
と、発表最後のお決まりの台詞を口にする。けど、建前とは裏腹に、面倒な質問は来んなと祈る。早めに終わろういう魂胆の裏には、この後にやりたい研究がまだ多分に残っているから。なので、正直僕の職務とは直接関係ない、こんな不要な労働はこれ以上勘弁願いたい。
しかし、盛んな新卒の中には、空気を読まずに手を挙げるやつがちらほらといて、僕はうっかりため息を吐いしてまう。マイクがそれを拾ってしまい、スピーカーがボボボと唸った。
「じゃ、どうぞ」諦め口調で、一番前のもじゃもじゃ頭の奴を指す。髪型からしておそらく理系院卒だろう。
「それほどに魅力的な食用肉なのに、なぜ、未だ人工肉での再現の目処がたってないのですか?」
耳にタコができるぐらいに、ありとあらゆるところで突っ込まれてきた質問だ。脳が死んでても答えられる。
「仮に一般的な肉だったら、現在の技術でなら、どんな動物や魚介類でも、たった一つの細胞から培養し、本物よりも安価で安全な培養肉が提供可能です。ただし、UMAだけは例外。今話したように、その培養の実現は、全く上手く行っていません。その理由は様々で、一昔前とは違って、絶滅危惧の指定すらありえるUMAは、サンプルも手に入りにくいと同時に、生体構造も普通の生物と大きく異なることから、実験プロトコルもまた複雑。保護団体からの倫理的な制約も大きいです。なので、未だ実験室内でも、食用可能なレベルでの培養には成功していません。ですから、その味を知る、特に上の世代からは再現が切望されつつも、スーパーの棚に置かれるのは夢のまた夢でしょう。はい、他には?」
その後も、真面目な質問、よくある質問、ウケを狙った質問などを僕はぱっぱと捌いていく。『UMAって日本のどこに生息しているんですか?』(非公開です)、『ツチノコがワープするってホントですか?』(しない)、『弊社の社会的目的は?』(HPを見てくれ。でかでかと書かれてるから)
そして、最後に、
「高梨さんは、ホンモノのUMAを食べたことがありますか?」
そんな気に障る事を訊いてくる奴がいて、一瞬言葉に詰まる。念の為に説明するが、(幾分老け顔であろうとも)僕の歳はまだ26で、ぴちぴちの平成生まれだ。
「なので、残念ながら、僕の生まれた時には、既に食肉としての取引が規制されていました。さらに、今の世だと、海外においても、その絶滅が危惧されつつあり、日本からの訪問客がおいそれと食べれるものでもないです。ですので、僕は一回も食べたことはないですよ」そうして、ニッと皮肉を存分に込めた笑みを質問者に返す。
そう、UMAを僕は一度も味わったこと無い。だから、断定口調で書かれたスライドの箇条書きも、わざわざ伝聞推定口調に置き換えて読み上げてるのだ。
人工的にUMAの味を再現したいと思っている研究者のこの僕が、UMAを直接食べたこと無い、なんてのは滑稽といえば滑稽だろう。けど、たとえどう思われようと、その複雑怪奇な未知の味—-UMA味。その人工的な再現が、この僕、高梨亘たかなしわたるの夢なのだ。

# 2
「死ぬまでに、もう一度だけネッシーを食いてえもんだな」
今年の正月に焼津の実家に帰ると、記憶よりも随分と背中の丸くなった父が、そうぼそりと口にした。別にボケたわけでは無いだろうが、いつの頃からか、僕と顔を合わせるたび、その台詞を口にするようになった。
東京と静岡の中部というのはなんというか微妙な距離で、片道二時間程度、スグ帰ろうと思えば帰れる距離だけど、故に帰省する踏ん切りがつきづらい距離感ともいえる。だから、だいぶ久方ぶりに親父と対面したわけだが、改めてその姿をまじまじと見ると、海の男として活躍した頃の精悍な面影は既になく、子供の頃は恐ろしかったその荒々しさも、いつの頃からか消え去っていた。
父だけでなく、地元を少し歩くと、僕が子供のころには活気に満ち満ちていた漁港も、幾年か前よりも更にすさんでいて、誰も漁港には人が居ない。そして、その漁港の入口には、市議会線のポスターやら消費者金融の広告やらに混じって、『野生の狩漁に断固講義します!地球ともっと仲良く!』といった色褪せた保護団体の抗議看板が、そこかしこに立てつけられていた。
そうやって、うらびれた地元の町並みを見て回っていると、父のその、ネッシーを食べたいという夢を叶えてやりたい。そんな思いが、より一層深く食い込んでくる気がした。

ネッシーはUMA未確認生物に分類される生物の一種。そして、UMAとは、比較的最近になってその存在が確認された、生物群の総称だ。記録に残っている限りにおいては、近代以後から、日本各地で数多の種類が同時多発的に、突如として観測され始めたらしい。
その出どころについては、『宇宙からの外来生物』、『米国が密かに開発した軍事兵器の副産物』、『環境破壊によって生態系に極端な変異を引き起こした』・・・などの仮説や都市伝説が、まことしやかに囁かれたが、今に至っても何故突如このような生物たちが現れたかの原因は、結局のところ、よくわかっていない。日本と、その他一部のアジアの国々で同時期にその存在が確認され、その生物学の常識を覆すようなおぞましい生体構造に、日本以外では、捕獲、ないしは駆除が推奨された。
しかし、そのような当然ともいえる対応をする国々とは異なり、日本人の行動だけは異質だった。
なんとこの未知の生物を、モノは試しとばかりに、食べてみる輩が頻出したのだ。そして、そういう悪食共の大抵の感想は、
「割といける」
だったそうな。
勿論これはいわゆる生存バイアスというやつで、ろくな調理法も確立してない黎明期においては、一部のUMAが持つ、治癒が不可能な毒に当てられた名も知らぬ挑戦者たちの、死屍累々の山々が築かれていたはずなのだ。だけど、そういった負の面には、得てして光は当てらない。死人に口なし、臭いものには蓋がされるものだ。加えて、古今東西今昔、大抵のゲテモノ食いの感想は『割といける』以外にない。
しかし、文明開化が唱えられ、新しいものが是とされたその時代。『正体不明のUMAが食える』、その事実を知った時の明治政府は、寧ろ積極的な食肉としての活用を推進した。恐らくその目的には、戦争の準備のために新たなタンパク質の確保や、貿易による外貨獲得があったのだろう。
そして、この『捕食』という対応が、やはりの国に比べて極めて異常であることは、明治の終わり頃に、米国の特使が日本を訪れ、この事態を知った際にまとめた以下の報告が物語る。
『この国の人々は、大変好奇心が旺盛で、我々ですら、未だ十分解明できたとは言い難い、未確認の生物たちを恐れること無く食べようとします。なぜ、自然に恵まれ、一般の食材も多くあるこの島国で、わざわざこのような奇妙な生物を食べようとするのか?その事実に、私は大きく悩まされております』
と。
なんというか、『やべえ国に来てしまった』という悔恨の念が多分に滲み出ている文面だが、これが契機となって、諸外国も日本の食事事情を(若干引き気味に)知ることになった。
しかし何故食うのか?その答えは明快だ。日本国民は誰もが皆知っていたのだ。
「UMAは、実はどれもウマい」
ということを。
どのUMAもその特性や組織構造は多岐に渡れど、どれもこれもが人々を魅了した。丁寧にちゃんと料理してやれば、独特の味が生まれる。そして、そこから生まれるその味わいこそ、通称—-UMA味ウマあじ
『多少見てくれはあれだが、捕獲すればお国から褒めてもらえるし、加工すれば補助金もでる。そして食えば旨いし腹にたまる。こんなに良い生物はほかにない』
それが、日本の人々にとっては、近代化以後の常識になっていた。
そして、昭和も後半になるとUMAブームに一気に火が付き、そのキモかわいい見た目が逆に若者にウケ、同時に地方名物としてUMAが持て囃されるようになり、スカイフィッシュの唐揚げ、クリッターの粒粒ジュース、くねくねの素麺などが、ファッションフード、B級グルメとして大流行した。
だが、このことが現在までに禍根を残すこととなった。食欲旺盛な日本人は、うっかりUMAを食いすぎたのだ。
高度経済成長の最中さなか、日本の人口が増えたことで、急速に消費されたUMA達は、社会に悪をなす害獣の立場から、一気に守らねばならない希少種に陥って、その種としての存続が途端に危ぶまれた。さらに日本でよく売れるということから、海外でも密猟が頻発し、世界的に絶滅が危惧されるようになった。
そして、平成の初期に、やっとこさUMAの捕獲や売買、さらには輸入をも禁止する、通称『UMA保護法』が成立する。
しかし、当然のように思えるこの禁止法は、味に親しみを覚えた中高年にとっては大きな失望となったらしく、成立と同じ年の衆議院選挙で、長期政権を保っていた与党が大敗した。このことにUMA保護法がどれぐらい影響を与えていたかは不明だが、海外では『食欲で政権が崩壊する狂気の国、JAPAN』といったたぐいのジョークが流行ったらしい。
とはいえ、消費者にとっては大きな痛手でも、そこに新たなブルーオーシャンが生まれたことも事実だ。禁止が決まってから、『ならば人工肉での再現をば』と、多くのバイオフードテックが名乗りを上げて、人工的な培養によって、UMA達の肉の再現に取り掛かった。それら企業や多くの研究者が、今では一般的になった哺乳類や魚類の培養肉と同じように、UMAの細胞を培養し、一般に流通させようと目論んでいるのだ。
いわゆる培養肉サステイナブル・ミートは植物ベースの代替肉フェイク・ミートなどとは違って、実際の動物の細胞を培養し、実物の家畜を屠殺することなく、工場で”栽培”され、市場に出荷される食用肉だ。十数年前までは、ハンバーグ一個作るのにも何十万ドルもかかる上、味も微妙なことから概念実験の域をでないものだったけど、ここ数年で指数関数的にその技術が進化し、今では本物よりも低下価格で、牛だけでなく、豚や牛や鳥や魚、更には昆虫などの肉の味と食感も再現可能となってきた。結果、2035年の現代においては、見事に培養肉は社会実装が為されているのだ。
ただ、UMAだけを例外として。
肝心のUMAだけ、今だに実験室環境においても、細胞増殖のプロトコルが確立していなく、そもそも、数自体も昨今極端に減少していることから、手軽に実験の試料としても手に入れるのは困難。当然のように養殖技術も確定していない。なので、UMAの培養肉を再現可能にすることで、このブルーオーシャンから生まれる資本の獲得を目論み、数多の大学や企業、それにフリーのバイオハッカーがしのぎを削ってチャレンジしているわけだ。
ま、とはいえ、そんなUMAに拘るのはある程度慣れ親しんだ上の世代だけ。一般的に消費される食用肉は殆どが豚、牛、魚だ。一般の食肉においては、培養のグラムあたりの単価が安くなるとともに、種類も豊富で味も問題なくなった。そして、原理的には細胞一個から、安価でいくらでも増やせるこの技術は、人類の食に対する考え方に壮大なインパクトを与えてきた。
それは当然、人工肉のような技術革新により盛える者がいれば、その裏で衰退する産業もあるとういうことだ。
車の普及で馬車が消えたように、人工肉の台頭で、元からあった畜産業や漁業は強烈な煽りを受けた。肉の生産において代替技術が確立した手前、持続的可能性が合言葉の一般社会からは、『不衛生で疫病の原因になる』、『集約型の畜産は非人道的』、『乱獲は環境破壊に繋がる』などのバッシングを受け、それまで一般的だった食肉業界、漁業関係者は壊滅的な被害を被った。
特に危険と隣り合わせの遠洋漁業はまたたく間に人件費と燃料費の採算が取れなくなって、そして最後の頼みの綱が、海洋のUMA達の漁獲だったのだけど、その最後の灯火も、くだんの法案の成立と共に消え去ったのだ。
そして、父だけでなく、僕が育った町の漁師たちは皆、次々と廃業に追い込まれていった。

結局のところ、僕が言わんとすることは、培養肉の発展で、ずっと続いてきた、実家の漁業とUMA漁も廃業に追い込まれたということだ。だから、まあ、僕の今の仕事である食品メーカーでの培養肉研究と、実家の家業を父の代で終わらせたことには、少なからぬ因縁が無いわけでもない。
特に父は、昔、遠くの海で捕獲して、みんなと分け合って食べたそのネッシーの味がどうしても忘れられないようだ。
だから、せめて父親が生きているうちに、僕はUMA料理をなんとかして食べさせてやれないか、そんなことをぼんやり考えてながら、毎日研究に勤しんでいるわけだ。

# 3
やっとこさ研修を終え、カリキュラムの経過をまとめて報告書を出した頃には、すっかり夜になっていた。そこから、明日のための実験準備を拵えてから、自分の席で資料を読みつつ、もそもそと夕飯の不味い弁当を食っている。と、ラボのドアが開いて、体躯の良い無精髭の男が入ってきた。
「なんだぁ?やけに明るいと思ったら、まだ人がいたのかよ」
同僚の熊井だ。
「お前こそ何用?こんな時間に」頬がやや赤いところを見ると、深夜残業に勤しんでいたわけでとかではなく、どこかに飲みに行ってから戻ってきたんだろう。
そう言えば、今日は同期飲みがあるとか言っていたっけ。僕はいつも通り、スグに断ったけど。数千円も払って、安い居酒屋でたむろするのは時間の無駄。飯は1人で食ったほうが時間の融通も効きやすいし、好きなものが食べれてずっと良い。
「いや、新しい培地の細胞が元気がどうか気になってな。けど、おまえが居たんなら、連絡して代わりにやってもらりゃよかった」
そう言いながら、ガハハ、と快活に笑う熊井。最初、こいつの名前をてっきりあだ名だと勘違いしていて、それが本名であると知ったときは随分と驚いた。それほどまでに大柄で、筋骨隆々の髭面。そのせいで、同い年とは思えない貫禄があり、名の通り体を表す表現型は研究者のそれよりも、野生の熊のほうがずっと近い。
「で、お前の方は?せっかくの飲み会も断って、こんな遅くまで熱心にUMA研究かい?」そう口にしながら、暑苦しい顔をぐいっと近づけて僕の手元のディスプレイを覗き込んでくる熊井。酒臭い。
その画面には、<<チュパカブラ種のもつ筋繊維の三次元的出力のためのレンダリング手法>>という見出しの論文が映っている。それを見られたのが、妙に気恥ずかしくなって、「いや、別に」と誤魔化すように口にする。
「ただ、crXiv上がっていた調理論文レシピを漁ってただけ。もう帰るよ」
十数年前と違って、3Dでの食品プリンタや培養機などの分子調理の機材が値下がりし、その規格も統一に向かっている昨今、料理というのは同じ材料と機材さえあれば、誰しも完全に再現可能プログラマブルなものとなった。つまり、頑固一徹のラーメン屋の大将や、芸術家気取りの三ツ星シェフは、既に過去のものとなったのだ。
故に、育くまれた調理の知見についての取り扱いは二極化した。
一つは、秘伝のタレのように、その製造方法を秘中の秘として優位性を確保したまま、自社の製品を生産する食品メーカーや、調理方法を特許として申請し、その使用料や管理で儲ける知財IP食品企業。
もう一方は、誰しも自由に自分が行った培養プロトコルや新たな栄養素の成分分析などを、プロも素人も在野の研究者も関係なく好きなように公開して共有するOSCオープン・ソース・クッキングのムーブメント。共有プラットフォーム『crXiv』と呼ばれるサイトに、毎日多くの生物学者、培養開発者、バイオハッカーが数多の調理論文レシピ調理手順式スクリプトをネット上に無償で知見を共有コントリビュートしている。
勿論、弊社ネクスト・ハーベストは前者。だがそこに勤めていても、後者の情報に接触するのも当然自由だ。誰でも平等にアップできるため、中身は珠玉混合だが、時に眼を見張るものある。だから、目を引くトピックにざっと目を通すのが、帰り際の僕の日課となっていた。
「しかし、UMA食材プロジェクトに随分執着しているようだね」熊井がニヤリと笑いながら言う。
「会社からも積極的に取り組むよう言われてるし、月で決まってる裁量自由の研究時間の範囲内だから、別にいいだろ」
「でもUMAなんて、俺らの世代は食ったこともねえもんな。ちとムズいぜ」と、僕らが、何万回も言ったり訊いたりを繰り返した台詞を彼はまた繰り返す。
その会話の流れに僕は飽き飽きしつつも、「せめてこんな味の分布図でなく、ちゃんと食ってみれば、ちっとは状況も変わるのかもな」そう応えながら、味が定量化された値を映しているディスプレイを箸でぞんざいに指し示す。
「お、経験に頼るとは、高梨センセイらしくもない。随分弱気だね」
「うるさいな。いくら規制がかかっているとはいえ、数値の上でしかUMAっぽいなにかを定義できず、それを味を知ってる中高年に感想を聞いて回る度に、違う違うと言われ続けりゃ、愚痴のひとつも言いたくなるだろ」
そう返すと、途端に、なぜか熊井が静かになった。まるで何か言うかを悩んでるようで・・・なんというか、こいつらしくない。
「なんだよ・・・急に黙って」居心地が悪くなって、僕はせっつく。
「ああ、いや」と淀んだ相槌を打ってから、「実は、今日の飲みが早めのお開きになった後、駅前に横丁で1人でちびちび飲んでたんだけどよ。カウンターで偶然一緒になったある爺さんと意気投合してな」
「?」
「それでな、その爺さんに俺が仕事とかの話をしながら愚痴ったんだよ、『一度で良いからUMAを食ってみたかったー』ってな。そしたら、そのじじいが、急ににやっと笑って言うんだよ」
「なんて?」
「『まだ食えるぞ』って」
それに、僕はつい噴き出してしまう。「どうせ若者捕まえて法螺吹いてるとか、耄碌して昔の記憶がごっちゃになってるだけだろ」
すると、熊井がムスッとして、
「俺も茶化されてると思ってそう言ったんだけどよ。けど、その爺さんが言うんだわ。『もしほんとに食べる勇気があるなら、今週、日曜の朝4時に旧築地市場前の倉庫にこれを持って来な』ってな」
そう言いながら、熊井は僕に、ヨレヨレのメモ用紙を見せてくる。そこには簡素な地図と、その爺さんのものと思われる、ミミズ文字のサインが書かれていた。
「いや、しかしな・・・」
「なあ、高梨」
言葉を切って、熊井は途端に酔いが冷めたような、真剣な声に変わる。
「正直お前の言うことは正しいと思う。会社からはUMAの培養で生まれるだろう、膨大な利益を会社から期待されて、俺たちは必死に研究を続けちゃいるが、こんな機械がはじき出す数値だけを頼りに作った肉を上の世代の奴らに食わせる度、毎度毎度、返ってくる言葉は『なんか違う』だ。いい加減にしろ!って気持ちにもなるわな。けど、だからこそ、この状況を打開するには、どんな手を使ってでも、その『なんか』が何かを見つける必要があるんじゃないのか」
そう言ってから、急に僕の肩をガッと力強く掴んで、「そのためにゃ、こんな藁にも縋らなきゃいけないぐらいの気合も必要な頃合いなのかもしれねえ」
彼はつぶらな瞳で僕をじっと睨み、その汗ばんだ手で無理やりに、紙切れを僕に握らせる。やはり酔っているのか、いつも以上に暑苦しい様相の彼。それに向かい合うのがどうにも気恥ずかしくなって、僕はつい目を逸し、研究室の一角を見る。
その隅には、鶏や鮭、そのた様々な哺乳類や魚類の剥製が置いてある。けどそれらは唯の剥製じゃない。このネクスト・ハーベストで、最初に商品化に成功した培養肉の、その培養に使われた細胞株スターターセルを持った個体、いわば記念碑のようなもの。それらの生物が、開発者の名前が彫られた土台の上に鎮座している。それを見て、僕はつい、ゴクリと唾を飲みこむ。ここにUMAを並べることができたら、どれだけ誇らしいだろうか。親のためというのは決して嘘では無いが、僕にも勿論、功名心はある。
だから、熊井の言うところの藁を、ひとまず掴んでやることにした。

# 4
僕が勝手に三大東京地下伝説と呼んでいる都市伝説。
一つは、東京ドームの地下闘技場、ふたつめは、市営地下鉄にあるという旧日本軍地下施設、そして、最後は・・・
「まさかマジで存在するとは」
築地の地下施設、通称—-裏築地。

日曜日、始発もまだ動いてない明朝、再開発が未だ進まない更地の築地にバイクで到着。ちなみに僕一人。当然、熊井も来るものかと思ったが、あいつは「冬の朝は苦手だ」と言い訳をして、なんと来なかった。あんだけ僕に啖呵を切っておきながらそれかよとぶっちゃけ思う。図体のわりには、肝のちっちゃいやつだ。
僕は培養皮サステイナブル・レザーで作られてた牛革のコートを着込み、湾から吹き上げる風の寒さに耐えつつ、ところどころ塗装が剥げたうら寂しい倉庫の前で、侘びしくぽつんと立ち続けていた。
令和の初めに築地市場が移転した後も、しばらくの間はこの辺りも土産屋や料理店、それに卸しの店で賑わっていたらしいが、今ではすっかりうらびれていて、看板をだしている店はほんの二、三軒しか見当たらない。
築地のブランドは既に過去のものになった。
そんな景色を眺めつつ、ほんとにこんなところでUMAが食えるのかと怪しんでいると、薄暗がりの遠くから、鉢巻を締め、半纏を肩にかけ颯爽と着こなす小柄なおっさんが、大股で一直線にズカズカ距離が狭めてきた。そのおっさんにビビった僕は、見て見ぬ振りをしようかとも思ったが、
「おう、てめえが、UMAに興味があるって兄ちゃんかい?」
と濁声で話しかけられ、
「はあ」
と脊髄で曖昧な返事をしてしまったが、改めておっさんの口から『UMA』という単語が出たことに時間差で驚く。熊井の聞いた話は、ひょっとして酒飲みの戯言ではないのだろうか?
「じゃ、みせな」そのおっさんは、手の平をほれほれと向けてきた。油で随分と汚れた作業手袋だ。
「え?」何を?
「『え?』じゃねえだろうが。俺の方では渡辺さんから、連絡をもらってんだよ。『若いのがそっちに行くだろうから、ホンモノを食わせてやれって』な。だから、渡辺さんから、えーとあれだ、あれ、アレもらってんだろ?」
『アレ』を連呼されて、一瞬反応に困ったが、はたと例のメモを用紙を思い出した。おそらく熊井が居酒屋で会った人が、渡辺という名前なんだろう。確かにあのミミズ文字、ワタナベと書かれているように見えないこともない。なので、僕はポケットから、四つ折りにしたメモ用紙を取り出し、言われるがままに、渡す。
「ほい。たしかに」と言うと、そのおっさんは満足げにメモ用紙を開いて、「じゃ、付いてきな」と、行ってひょこひょことまたどこかへ行こうとするので慌てて追いかけていくと、ボロボロの小屋のようなところで、彼は立ち止まった。
「今日は、ここからだ」
と言うと、「せいや!」と勢いづけて、思いっきり引き戸を開けようとするが、滑りが悪いのか、一発ではうまくいかないようで、「若えんだから、突っ立ってねえで手伝えや!」と僕に怒鳴ってくる。しょうがないので、一緒に扉に力を込めると、やっとガラガラと戸が開けた。中は当然、真っ暗。
一体中に何があるんだと、中に進んで、ケータイの明かりでじっくり見るが、特になにもない。湿った空気と、すえた匂いだけが辺りに漂っている。
「ここになにが・・・」と聞こうとした瞬間。
「おい、兄ちゃん。そっから決して動くんじゃねえぞ」
そう言われたかと思うと、突然、『ガガガ!ギ!』と古い機械が作動するような音が響き、次の瞬間、ガクッと地面が沈んだ。
「えっええ、え?」
急のことで僕は驚く。が、隣にいるおっさんはさも当然のように、仁王立ちで構えている。どうやら、舞台の奈落装置のように、僕らが居た四方だけ、ずんずん地下に下がっていっているみたいだ。
なんでこんな仕組みが!なぜ半壊しているようなボロボロの倉庫に地下に繋がるエレベーターがあるのだ?。何が何だか分からなず、混乱している僕に、
「壁にはさわんなよ。指が跳ぶぜ」
おっさんがそう忠告してきて、僕は慌てて背筋を縮こませる。そうして、暫しの間は驚き呆けていた僕だったけど、数秒も経てば、この状況を説明してほしくなるぐらいには落ち着いて、
「あの・・・」と、おずおず声を出すと、
「武田だ」そう、こっちも見ずにおっさんが自己紹介してきた。
「あ、はい。武田さん」確かに名前も重要かもだが、このタイミングで僕が知りたいのは、どう考えてもこのおっさんの名字ではない。相変わらず、僕の乗っている床は一定のスピードで降下を続けている。
「まあ、あせんな。スグ着くから」
そう言われると、最早何も言えないので、僕はひとまず黙る。しかし内心は恐怖でいっぱい。心臓がバクバク脈動している。この下にはヤクザとかが待機していて、殺されて内臓とかを引き抜かれ、そのまま東京湾に捨てられたりしたらどうしようかと嫌な妄想に襲われてきた・・・っていうかその妄想、思ったよりありえるんじゃない?少なくともUMAが食えるよりかは現実味がある。あ、ひょっとしてこれやばいのでは?と、今更ながら、僕は今置かれている状況にゾッとして、悪寒が走って、
「あ、あの・・・」
と、またつい声を出す。
「なんだよ。うるせえな。ほら、もう着くぜ」
青ざめる僕に構うこと無く武田のおっさんがそう言うと、突然、ドスッとした衝撃が床から響いて頭頂を貫いた。どうやら、降りるところまで降り、目的の下層に到達したらしい。暗闇が一点、視界が開け、明るい光と、にぎやかな掛け声が耳に入ってくる。
僕の嫌な予感とは裏腹に、辺りに広がるのは、活気に満ち満ちた市場いちばだった。
「珍しいよ!クネクネの肉、タダのゼリーじゃないよ!クネクネ!」、「スカイフィッシュの鱗をの干物だよ。良い出汁がとれるよ!」、「ほい。これね!大根さんの苗木!」そんな威勢の良い声が、そこかしこから聞こえてくる。
「おう、じゃ、いくぜ」
そう、武田さんは言うと、ぴょこんと効果してきた台座から飛び降り、ズカズカとその賑わいの中を進んでいく。
辺りを見回すとどこも、UMA、UMA、UMAの品の数々だ。
どうやら、熊井の話した渡辺とか言う爺さんは、心底正気だったらしい。でなければ、僕が夢を見ているかのどちらか。目の前に広がる景色は、まだ築地が活気に満ち溢れていた時代のような光景だ。
そこが四方をセメントで無骨に補強された巨大な地下空間で、上を見上げると、照明がところどころ無造作にぶら下げられている。
寒々しそうな地下施設。なのに、そんな事は全くもって感じさせないほど、そこに集う人々の活気で、僕はむしろ暑いくらいだった。
「お、武田さん、今回も来たんだね!これ持ってって!」、「あんた若いねえ!ここは初めて?」、「今日上がった新鮮な牙クジラなの!みてよこの、艷やかな身!」などと、少し進むだけでおっちゃんおばちゃんが、しつこいほどに声をかけてくる。
その床はどこも濡れてヌルヌルしていて、妙に生臭い。そして少し辺りを見渡すと、図鑑や博物館でしか見たこと無いような、巨大なラシマの角やら、怪しげなスカイヘアーのカツラやらの珍品も、これみよがしに売られている。極めつけはエイの吊るし切りのように、口をフックで引っ掛けられ、ブランブランと吊るされている、随分と肥えた蛇のような・・・
「あんな大きいツチノコもいるんですね」好奇心がまさって、つい僕は武田さんに尋ねてしまう。
「ああん?」と武田さんは僕の目線の先を追ってから、「いや、あれはオオサンショウウオだな」と何事でもないように応える。
・・・それはそれで、よりやばい気がする。UMA保護法と、文化財保護法、どっちのほうが量刑が重いかはよく知らないけど。
とにかく、UMAに限らず、そういった普通の市場じゃ出回らないやばいブツが、そこかしこで取り交わされている。地下自体は大きくくり抜かれた、イベントホールのようなだだっ広い空間のようだが、そこらに中にぞんざいに積み上げられた発泡スチロールやら、簡易的に組み上げられた露天やら・・・しかも電灯はおぼつかなく、加えて運搬用の小型輸送車が出たり入ったり・・・そんな感じでごちゃごちゃしているせいで、フロア全体の見通しは極端に悪い。なので、躓かないように必死に道なき道をうねうねと歩いていく。
その途中、
「安心しろよ」
歩きながら、不安がる僕の気持ちを知ってか知らずか、武田さんは言ってくる。
「ここで取り交わされてるのは、車にぶつかってきたり、うっかり陸地に上がったりしちまったりしたUMAやなんやらの食材だ。そういうたぐいの、訳ありの品だけが集まってきて、ここで、取引してんだよ」
僕は些かホッとした。それでもグレーであることは変わらないが、そう言うことなら、まだ良心の呵責に耐れることもできる。
のに、武田のおっさんは最後に、
「建前ではな」
と、剣呑な一言を付け加えてきた。

# 5
武田さん曰く、この市場—-裏築地は、元来、表の(つまり普通の)築地市場のための冷蔵庫代わりだったらしい。
まだ、保冷設備が整わない時代に、なるべく長期に保存をするため使用されたそうな。その後、冷蔵庫などの電化製品が普及するにつれて、その役割は御免となったが、一部の業者達がその場所に目をつけ、改築に改築を重ね、今の広さになったそうな。そしてずっと、表では出回らないような食材をひっそりと買い付けたり、交換し合ったりしていたらしい。
「そのなかで、仲いい組合のような互助会も裏の中で作られれるようになってよ。そんで結局、今に至った感じだわな。それが、年に何度か結集して開かれるこの催し、誰が呼んだか裏築地!てなわけだ」
そこかしこの露天には、ぶよぶよな肉の塊や、うごうごと動く根っこのようななにか、それに、奇声を発しながら痙攣している魚っぽい生物など、元気な客寄せの声とは悍ましいほどに対照的なシュールすぎる謎食材の数々。その正体がとても気になるが、これ以上は知らぬが仏。僕は黙って、武田さんについて行く。UMA保護法はUMAと自覚した上での所持や調理が懲罰の対象だ。無知は身を守る。知らなければ、罪にも問われまいだろう・・・そう信じたい。
そんな僕の気負いを知らず、カタギには見えない業者や、恰幅の良さげな買い手に声をかけながら、陽気に裏築地を進む武田さん。今更だが、このおっさんは、どこを目指しているのだろうか?と、思ったところで、
「ほら、着いたぜ」
と、先頭を行く彼は、地下端、その隅っちょを指し示す。
その一角、薄暗の中、ぽわんと柔らかい色味の明かり—–赤提灯だ。
浮くようにぼんやり灯った赤提灯。そこには毛筆でデカデカと『ゆうま』と書かれていて、恐る恐るゆっくり近づくと、その元にはラーメン屋台のような手押しのリアカーが見える。
そして、そのリアカーにもたれかかて、煙草をふかしている、黒縁メガネの長身の女性がいた。
その、モデルのようにスラッとしたその姿に僕が見惚れていると、
「お、武田ちゃん。おひさ」と彼女が、こちらに向けてひらひらと手を振りながら声をかけてきた。
「おう、沙夜さやちゃん。今日もイカしてるねえ」それに、武田さんは陽気に答える。
沙夜と呼ばれたその女性は煙草を咥えたまま、クイッと小さく動かし「そっちの若いのは?」と訊いてくる。
「おう。渡辺さんの紹介でな。なんでもUMAについて研究しているくせに、天然モノ、食ったこと無いらしいんだわ。せっかくだから、沙夜ちゃんの店で、食わしてやってくれよ」と、僕に構わず、グイグイ話を進めている。
「いいけど、なんか持ってんのかい?まだ仕入れも何もしてないから」
「おう。じゃ、これ」と言いながら、ビニール袋に詰められた怪し気な肉や植物やらを差し出す武田さん。「ここに来るまでに何人かから分けてもらったんだ。これでなんか、作ってくれや」そう言い残し、武田さんはどっかに去っていった。

そうして1人になった僕は、屋台のカウンターに半ば強引に座らされる。これは明らかにヤバい状況だ。
沙夜さんは、その屋台の中で、テキパキと謎の食材を茹でたり切ったり、焼いたりしている。その手際の良さは、マジシャンのパフォーマンスを見ているようで、つい目を引き付けられてしまうが、ずっとボケッと見ているわけにもいかない。
「あのっ・・・」と、今更ながら、勇気を出し、振る舞われるだろう料理を断ろうとしたところで、
「はい、お通し。これはサービス」と沙夜さんは、目の前にコトンと、小皿に盛られたぷるぷるした何かを差し出してきた。
「いや、あの・・・これは?」そう、おずおずと聞く。いや、聞くまでもない、確実にUMAのなにかだ。これを食ったら確実に最後の一線を越える。そもそも、UMAでなくても超久々の天然肉、寄生虫やら何やらがとても怖い。
「河童の頭頂部、いわゆる『皿』の部分の刺身。美味いよ」
しかし、沙夜さんはニッと笑って返してくる。美人の屈託のない笑顔。幾ばくかの逡巡の後、結局、僕はその笑顔に押し負け、その謎物体を箸で掴む。そして、更に何秒か悩んだ後、意を決し、文字通り毒をくらわば皿までと、一気に口に入れる。
舌がそのUMA肉と接触するその瞬間—-電撃が味蕾から末端の神経まで疾走り、全身が昂ぶった。
そのUMA味は、今まで僕が食べたどんなご馳走をも嘲笑うかのようだった。『味覚』の使い方をお前はまったくもって理解していないと、そんな叫びの声を耳元で叫ばれているかのような衝撃が、体内を駆け巡る。
我を忘れて、その肉を口の中で何十回も咀嚼する。噛むたびにUMAの組織がプチプチと切れ、その途切れた繊維から、さらにとめどなくUMA味が溢れ出てくるのがわかる。それを存分に味わってから、ごくんと一息で飲み込む。喉元をちゅるんと通りぬけ、ぽわっと胃が熱くなる。そしてその後には、体中のすべての細胞が歓喜の雄叫びを上げるかのような、そんな光悦感に支配された。
すっかり僕の中からは、UMAに対する恐怖心も罪悪感も消え去って、たまらず次の一切れを掴む。箸でちょっとだけ圧をかけると、その複雑な織り目の間から、じゅわじゅわ、うまそうな汁が漏れ出てくる。
そんな蕩けた頭の中で、僕は大学のUMA生態学の授業を思い出す。河童は両生類のように陸地と海辺両方で活動が可能な生物だが、体内の水分の保有率がある閾値を以下になると、一気に衰弱してしまう。なので、活動時間を少しでも長くするため、頭頂部に皿母器官と名付けられたと特殊な部位から、皿のような円盤形の構造を形成している。その皿のような組織は海綿のように、吸水した水を永く保持できるような構造をしているため、程よい弾力と、そこから滲み出るUMA味のハーモニーがたまらない・・・と老教授が懐かしそうに話していた。
学生時代は、その老教授が昔に食べたその思い出の味に想いを蘇らせるとき、いつもみせる光悦の表情に、半ば呆れ果てていたが、今ならその気持がわかる。
これは、忘れがたい味になるだろう。一片だけ齧りついただけで、そのことが理解できるほどに、脳髄を貫くほどの美味。僕は、その後我も忘れて、その刺し身を一気に平らげる。
ちなみに、この皿の部分は人間の髪の毛と同じように、新陳代謝によって取れてしまうらしく、昔は川辺に遊びに行くと大量のクラゲの死体が転がっているように見えたそうで、河童のものと判別するまでは、別種のUMAと見做され、通称、川クラゲと呼ばれてたそうな。即ち、皿は、河童にとって生え変わる部位。さすれば罪もそこまで重くないだろう。そう、心のなかで言い訳をしつつ、一心不乱に口に運びつづけていると、
「はい、次、人面魚の姿焼き」
ゴトリと、てらてら美味しそうに身を輝かせるその一品を目の前に置かれる。いや、これは明らかにUMAだ。今度こそ言い訳の効かない、見かけから何からガチなやつ。それがヤバいことは頭ではわかっているのに、一度あの魅力を口にすると、最早、理性で自制することなど適わない。自然と箸がその一切れに伸び、ホロホロと崩れるその身を摘んで、パクリと口に放り込む。
先ほどとはまた違う、理解を超えたそのUMA味に、僕はまた虜になる。まるで、舌の上で何十人もの天女が舞っているようだ。万事がそんな感じに、僕はずるずると倫理の梯子を下っていって、禁断のUMAの味をどんどん噛み締めていった。
ラシマの串焼き、ケセランパサランの天ぷら、河童の身の部分の刺身・・・同じ食材でも、UMAは調理次第でその味わいに百面相をみせてきた。僕がそうして無我夢中で食らいつき、UMAに舌鼓を打っていると、次第に周りに人も集まり始める。
「おう、どうだい?初めてのUMAの味は?」戻ってきた武田さんが、僕にそう訊いてきた。
「ウマい・・・どころのさわぎじゃないですね」
その僕の答えに武田さんは満足したらしく、そうだろう、そうだろう、と言いながら、うんうんと頷く。
「しかも料理人が、稀代のUMA料理人、沙夜ちゃんだからな」
それで、僕はふと気になってたことを訊いてみる「でも、彼女、どこでUMA料理の技なんて覚えたんですか?だいたい僕と同じぐらいの年齢に見えるのに」
「おうよ。なんでも高校を卒業したときから、包丁一つで日本を出て、そこまで規制が厳しくない国々を飛び回って、UMAを料理して回ったそうな。捕獲から調理まで何から何までたったおかげで、いろんなUMAの生体構造やさばき方、それにどうすればそのUMA味のポテンシャルを最大限引き出せるかが、ちゃんとアタマん中に入ってるんだってよ」ちょんちょんと自分の禿げた頭部を指して、それから武田さんは余計な一言を付け加える。「それに実は年齢も見かけより・・・」
「なんか楽しそうなお話をしてるね」
そう、沙夜さんが突然こっちを睨んできて、武田さんも僕もビクッと驚く。目つきが鋭い。
その時、僕の横隣に恰幅のよいおじさんが、どかっと座ってきた。何やら怪しげな液体が入ったポリ容器を持っている。その中には、茶色い謎の物体がポチャリと沈んでいた。
「おう、沙夜ちゃん」男は沙夜さんに向かって挨拶する。
「あら、おひさ。おっ!良いもん持ってきたね」
「へへへ、だろ」
「その、中に浸っているのは・・・」僕は隣に座るその人に、恐る恐る尋ねる。
「ツチノコを漬けた酒さ。いい感じにUMA味がでてるよ。せっかくだし、どうだい?お兄さんも一緒に」
僕の返を待つこと無く、彼はキュポンとその蓋を外し、そのポリ製の容器からトトトトトと小気味よい音を立てながら、湯呑にその液体を注いでいく。
しかし怪しい見かけと違って、そこから漂ってくる匂いは、極楽の花の香りを想像するほどにかぐわしく、僕の警戒のガードも一瞬で解かれてしまった。辛抱できずについ口をつけると、そのとろんとしたUMA味にいざなわれるように、口の中で涎がジュルジュルと溢れ出てくる。なので辛抱たまらず、喉を鳴らして一気に飲み込んでしまう。すると嚥下えんかするその一瞬の内に、喉元でしゅわっと消え去った後、ふわっと身体が浮遊する感覚が押し寄せてくる。そしてそのあとには、美酒の未練たらしい余韻だけが、口内に張り付くように残った。
だからつい、誘われるままに、もう一杯、また一杯と、どんどん飲んでしまう。
そのせいで、僕は些か飲みすぎた。陽気になって、初対面のおっさんたちとも肩を組んで笑いながら盛り上がって、時間間隔も曖昧になってきて、一瞬のような永遠にそこに居座っているかのような、なんとも言えない気持ちで、ただただ屋台でUMAを食べ続けた。
すると突然、遠くから聞き捨てならない掛け声が僕の耳を貫いてきた。たとえベロベロに酔っ払っていても、決して聞き逃さない言葉だった。
「ネッシーだよ!ネッシー!ネッシーの肉が入ったよ!」

# 6
今更言ってもしょうがないことかも知れないが、僕は大それた犯罪に手を染めたことはない。小さな過ちを犯したことが無いわけではないが、ここまでの人生、犯罪らしい犯罪もせず、年金も淡々と納め、約四半世紀の歳月を、自分なりにまっとうに生きてきたつもりだ。
だが、今、僕の手の中には、ネッシーの肉がある。
あの裏築地の熱気に当てられ、ガラにもなくズカズカとその掛け声の源に駆け寄って、酔いに任せてその店の店主と話を付けて、気づいたときには肉塊ネッシーを両手に携えていたのだ。結局いくら払ったかもよく覚えてない。
UMA食材を保持した際の量刑についてはよく覚えてないが、お天道さまに顔向けできないことをしたことは事実。いよいよ言い訳ができない。確実に天罰を食らうだろう。
いや正確には、既に食らったともいえる。それは、ここ数年は鳴りを潜めていた、親父からの、鉄拳制裁。

「お前、馬鹿か!」
裏築地でその肉を手に入れたことに高揚したまま、禄に考えもせず、とりあえず親父に食わせてやろうと、裏築地を出て、直接そのまま新幹線で静岡の実家に戻った。そして、実家の玄関先で事情を説明した時、親父の第一声は、その怒鳴り声だった。そしてそのまま、突進するような勢いで握りこぶしを振りかざし、顔を思いっきり殴った後、
「てめえは、もう息子でもなんでもねえ!とっとと東京にえれ!」
そんな罵声と共に唾を玄関の|三和土にぺっと吐いて、僕を敷居も跨がせずにピシャリと追い出した。
なぜ、そこまで父親に拒否されたのか、そもそも昔は、親父だって、嬉々としてネッシーやいろんな海に住むUMAを捕獲していたはずじゃないか。その理由がわからずに、帰りの新幹線で揺れていると、母親から、SNSでメッセージが届いた。
『お父さんのこと、悪く思わないでね。あんたが父ちゃんに思い出の味を食べさせてやりたい、その思いやりは伝わってるはずから』
そしては母は、父の決して口にはしなかった懺悔について、教えてくれた。

結局、せっかくの肉を捨てるわけにもいかないで、そのまま一人暮らしの寮に持って帰り、夕方、試しにフライパンで焼く。朝方とは打って変わって、沈痛な気持ちがゴトリと腹の中に固まっていて、食欲は全く湧かないが、素焼きにしたその肉を、食べる。
「まず・・・」
ペチャリと汁気をが残っていて、生臭く、もちゃもちゃと口に残る。それを鼻を摘んで無理やりにごくりと飲み込む。裏築地の屋台で食べた料理とは雲泥の差だ。
そりゃそうだ。UMAの調理はとっても難しいのだから。
特にネッシーは『巨大うなぎ』の異名を取るほど、その焼き加減に敏感で、元来、熱に対して敏感なUMA細胞に加え、その複雑な筋繊維は、まるで砂糖のように一度温度が違うだけでも、形質も化学的性質も、全く異なる味わいをみせる。とてもじゃないが、素人が調理できるもんじゃない。そんな話を自分でもずっと研修でしてきたじゃないか。
だけど、そんな事に頭がまわらないほど、親父に拒否されたこと、そして、その拒否した理由に堪えたんだろう。

母が語るところによれば、父は過去の自分が、ネッシーを必要以上に捕まえ、それによって本来崩れるはずのなかった生態系を壊してしまったことを、引退してから今までずっと後悔しているということだった。
『だから、あんたに本当に望んでいることは、UMAを食わせてもらうことじゃなくて、あんたの力でUMAの料理をもう一度この世に蘇らせてくれることなの。それで、違法なUMAの乱獲が、これ以上行われることを防いでほしいのよ』
そういえば、と、思い出が蘇る。実家の焼津を離れ、学費の高い生命学部に入って大学院に進み、培養肉について研究したいと話した時、反対されると思いきや、背中を推してくれた父、そして、今の会社に就職が決まったことを、誰よりも喜んでくれたのも父。
殴られたのも、高校の時に港の遊漁禁止区画で、友人と釣りをした時以来だ。
もう70になる親の拳骨は、その時の記憶にあったものより、遥かに弱々しかったけど、僕にとっては、むしろそのことが、よりショックを掻き立てた。なんというか、父親に恩返しをするまでの時間が思ったより少ないことを知らされたみたいで。
でも、残り時間が少ないからこそ、父親に違法でも脱法でもない、ちゃんとした、合法のUMAを食わせたい。そして、市場に出回る、ちゃんとしたUMAの人工肉を作り上げて、自然のUMAが、この世から居なくなるのを防ぎたい。
そのためには、おそらく僕だけじゃ無理だ。UMAの味を知リ尽くした、共犯者が必要だ。

# 7
究極的には料理というのは、食材に『調理』という変換を施し、人間の口に入ることで味覚という情報に還元するための、写像の集合ようなものだ。例えば、精進料理なんてのは、本来、肉を食えない、坊主たちが、せめてその食感を再現しようとして生まれた関数、とも言えるだろう。
何が言いたいかと言うと、たとえ、その起点となる『食材』がそれそのもので無くても、関数となる『料理技術』を作り上げれば、原理的には、UMA味が導けるはずなのだ。
食材から、無限の可能性を引き出す、それだけの力が、料理にはある。
だが、それを実際にやるためには、生粋の腕を持つ料理人の力がいる。僕が知ってる中で、そんな腕を持っているのは、彼女ひとりしかいない。

「っと、まさか、私ら料理人を、そんな都合の良い機械のように考えているわけじゃないよな」
波止場でヤンキー座りをしながら、タバコを吸っている美人というのは、なかなかに凄みがあるなと、僕はその姿を見上げながら一周回って冷静になった頭で思う。特に、その目の前で正座させられ、説教を受けていれば、その凄みも倍増だろう。
つまり、今の僕の状況だ。
沙夜さんの協力を仰ぐために、僕はネットや張り込みでそれらしい人や屋台の情報を集め、やっとこさ神奈川の港近くで、深夜、ラーメン屋台を開いている彼女を見つけた。そして開口一番、僕の計画への協力とその役割を極めてロジカルに説明したのだ。
で、その結果が、これだ。どうやら、完璧に交渉のプレゼンをミスったらしい。
「沙夜さん、一旦落ち着いて話を聞いてください」
「落ち着いてんだろ。十分」
そう言って、沙夜さんは培養レザーのスポーツサンダル、その厚底をぐいっと僕の顔面に押し付けてくる。痛い。
「アンタが、何をしたいか知らないが、私はこれからUMAがまだ残っている国に飛ぶ。料理の腕が鈍るのも嫌だしな」
「え?」
「あ、訊いてないのかよ?」沙夜さんは意外そうな声で続ける。「裏築地は、あの後スグにお上に見つかって、調査の手が入ったんだって。実質の閉鎖だよ」
ああ、「やっぱし、バレましたか」まあ、あれほど派手にやっていれば、こうなることは時間の問題だったろう。たとえ紹介制で、用心深く人集めをしていたとしても。
「ああ。粗忽者共が、外でオオサンショウウオとツチノコのを食べ比べをしていたところを、しょっぴかれたのさ」
「それは、まあ・・・」
実はあまり、慎重に人は選んでいなかったんじゃないか。むしろ、今まで見つからなかったことが奇跡なのだったのでは・・・そういえば僕だって、大したチェックも受けずに入れたし。
「幸いのところ、ガサが入る前に怪しいものはちゃんと隠滅して、無事なんとか皆逃げおおせたけど。でも、こうなった手前、もうあの市場が開かれることは二度とないね」
その話を訊いたところで、僕は勇気を出し、もう一度願い出る。
「じゃあ、沙夜さん、もう一度、UMA料理を一緒に作って下さい」
「あ?話聞いてたかよ。裏築地はしょっぴかれたんだって。それに、私は誰とも一緒に仕事しないよ。特にアンタみたいな、人を人とも思っていないような科学屋とはね」
「もちろん、沙夜さんの要望には可能な限り従います!」
「だーから、そういう問題じゃないって」
「あ、でも一つだけお願いが」
「おめーが、私にモノ頼める立場かよ」
ぐいっと、顔面にかかる靴底の圧力が一層強くなる。既に僕の背骨が折れそうなぐらいの力が込められているが、背筋にグッと抗う力を込め、めげずに必死に言う。
「作る料理では、本物のUMAは絶対に使いません!」
「は!?」
「これは、UMAを救うための闘いなんです!」

そんなこんなの顔面と靴底の押し問答を経て、僕の考えと計画を必死に説明をした後、
「なるほどねえ。アンタは食材で贖罪がしたいわけだ」そう沙夜さんは言う。
・・・これは、ひょっとして冗談?『しょくざい』を掛けた冗談を言ってらっしゃる!?じゃあ、ここは空気を読んで笑うべきなんだろうか。悩んだ末、一拍遅れの間の抜けたタイミングで、「ひー、ひ、ひ」、と絞め殺される鶏みたいな声を捻り出す。
「笑うなら、もっとちゃんと笑え」沙夜さんからの、血も涙もないダメ出し。顔に更に圧がかかる。
「笑ってますよ。靴底に隠れて、笑顔をお見せできないだけです」むしろ、ずっとこの状態で話を進めていることを褒めてほしい。なにせ息もままならないで、酸欠で死にそうなのだ。
そう抗議すると、やっとこさ、彼女は僕を靴置きの任から解放してくれた。
そして、「まあ、そういうことなら、私も協力するのは、やぶさかではない」と念願叶って、イエスの返事を返してくれた。
なんとなくそんな気はしたが、彼女は頼られると弱い姉御肌のようで、「まあ、あたしも長年培った腕を日本で振るえるのに越したことはないしな」と照れ隠しのような言い訳をした後、
「やっぱり裏築地は復活させて、みんなでまた飯を食いたいもんだ」そう言って、はにかむ。
「臭い飯は勘弁ですけど」みんなで仲良く獄中飯、割とありえた話だ。
「面白いこと言うね。アンタ」沙夜さんは、あはは、と大声で笑う。僕のほうはまったくもって冗談のつもりはなかったのだけど。裏築地のような、二度とあのような危うい会合は本当に御免被りたい。そのためにも、合法的にお天道様に顔向けできるUMA食材を再現するのだ。

僕がやろうとしていることは今までの僕の研究とは違って、UMAの肉自体を再現するのではなく、調理された後のUMAの”味”を再現することだ。
植物の細胞や成分を利用して牛肉の味を再現する代替肉フェイク・ミートのように、あるいは、カニカマや大豆ハンバーグのように、哺乳類や魚類などの普通の肉から、UMA味を再現する。つまり、培養した普通の動植物の細胞組織を複雑に組み合わせ、その疑似UMA肉を巧みに調理し、あたかも本物のUMA味を再現するわけだ。
『調理』という工程を挟むから、必ずしもUMA自体を完全再現する必要はない。だから、問題設定の難易度はやや下がる。
それからの数カ月は、毎晩深夜、がむしゃらに試行錯誤の日々だった。僕が候補になる肉を開発し、沙夜さんが調理して、味の精度を確かめる。その繰り返しの毎日。
まず最初は実験環境を揃えるところからのスタートだった。会社の設備を使いたいのは山々だったが、でもそれをすると、権利関係で非常に面倒になるリスクがあったため、あくまで個人の趣味での『自由研究』として割り切れるように、実験設備は0から構築した。3Dプリンタや遠心分離機や、培養孵化器バイオリアクター、それに恒温器インキュベーターなどなど・・・その他様々な機材、試料、それら最低限の設備を揃えるため、伝手を辿って型落ちを譲ってもらったり、中古品を安く融通してもらったりして必死に掻き集めた、加えて、それらを組み込めるよう、キャンピングカーも自費で購入した。すべて合わせると、都内にマンションが買える程度の出費。コツコツと貯めいた貯金はすっからかんだが、これぐらいはしなければ、成果は見込めない。
そして、ある程度環境が揃ったら、UMA料理の開発スタートだ。
まず最初は、比較的簡単そうな、クリプター、クネクネなど、見てくれがゼラチンのようだったりジェルっぽかったりするやつらから始めた。理由は、組成が単純なのと、肉団子と同じように複雑な組織構造を持たないことから、面倒なUMAの筋肉繊維を再現する必要もなく、よって比較的簡単そうだと考えたからだ。
それがある程度形になった後は、少しずつ難易度の高そうなものに手を伸ばしていく。
組織工学の知見をフルに応用して、培養した肉を多重に組み合わせつつ、本物に似通った食感を3Dプリンタで何層も重ねることで再現していく。さらに、味を醸し出す成分を解析するため、沙夜さんが隠し持っていたUMAの干物を炙り、クロマトグラフィーで成分毎に分離し、どのような成分が含まれているか、どうすればその風味を再現できるかを、徹底的にリバースハックしていった。
さらに味だけでなく、見てくれも整えるために、天然由来の着色料で、白く無機質(血液が通ってない細胞の塊の状態では、当然培養肉は真っ白だ)な培養肉に、UMA独自の色付けを行っていく。モチロン調理が行われ、色味が変化することを前提とした色付けだ。
その試行錯誤のたびに助けられたのは、共有プラットフォームのcrXivにアップされていた論文やデータの数々だ。その集合知オープンソースに入っている化学組成のデータベースや、狙った反応を起こすためのプロトコルなどを、そのアーカイブから存分に利用させてもらった。
そして、それは、まったくもって刺激的な日々だった。
最初はその調理実験器具の数々に訝しげな目を送っていた沙夜さんも、遠心分離機によって撹拌したプラズマ上のムースや、液体窒素で急速冷凍することで生まれる、素材の新たな質感やらに舌を巻き、刺激され、存分に自身の技を振るった。
そして僕の方も沙夜さんが持つ、機械並みに繊細な調理技術と、新たな調理法をどんどん発案する発想、そして、方向性をちゃんと判断できる味覚の確かさに、想定を遥かに上回って助けられた。
だが、そうして次々と生まれる試作品を食べる度に思うことは、
「なんか違う・・・」
そう、僕が散々聞かされた感想を、今は僕自身が呟くようになっていた。

「その『なんか』は、おそらく時代の味ってやつだな」
開発を始めてから一年あまりが立った頃、沙夜さんがそうぽそりと口にした。
「時代?」
「アンタにもあんだろ。子供の頃に食ったもんを大人になってから食べると、そうでもなかったりした経験が」
「まあ、あるっちゃありますけど・・・」
なんとなく、沙夜さんの言わんとすることがわかってきた。『時代の味』ってわけではないだろうが、最初に食べた河童の刺身にしたって、あの異様な空気感で最初に食べた念願のUMAだったから異様に美味かった、と記憶しているのかもしれない。
ほんのちょっとだけしか食べてない僕でも、UMAが特別な味として脳内に保存されてる感覚は、正直、ある。
「つまり、思い出として美化されて、実寸以上に美味しかったと感じてるのさ」そう沙夜さんは続ける。
「じゃあ・・・」だとしたら、そんな想像上の味の再現など、不可能なのではないだろうか。そう諦めかけた僕に、彼女は意外な提案をしてきた。
「なあ、いっそのこと。もう今の培養UMA肉ヤツを振る舞わねえか」
「現状の試作品をですか?」
「モチ。正直、これ以上は何をやっても頭打ちな気がすんだよね」
確かに、それは、僕も感じているところ。加えて、もう資金もカツカツだ。でも、
「でも、誰にテスターをやってもらうんです?」
それに沙夜さんは「決まってんだろと」と言いいながら、フフフと笑って、
「みんなだよ」と言う。
みんな?「みんなって?」
「みんなはみんなさ。裏築地の奴ら、アンタの友達や家族、みんなを呼んで、もう一度、懐かしの築地市場を開いてやろうぜ」

# 8
そう決めてから、僕らの動きは早かった。
沙夜さんは武田のおっさんやら顔役の渡辺さんというお爺さんやらに連絡をとって、裏築地の合法的な再開の渡りをつけた。いや、合法なのだから、最早それは裏ではない。だから、お天道様が当たる地上、更地になった元築地市場を開催の場と決めた。そして、僕の方でも、さまざまなSNSで喧伝し、集めれるだけの人を集めた。
沙夜さん話して決めたのだ。どうせ合法なんだから、せっかくやるなら、なるだけ派手にやろう、と。
そうして、一度は決まった覚悟だが、時間が経つにつれ、また楽しみにする人々の声を話を聞くにつれて、どんどん不安が積もっていく。もしこの催しが失敗したときに僕はどうなるんだろうか。仲間内から寄付を集め、加えて『UMA肉復活プロジェクト』と銘打ってクラウドファンディングを行って必死に基金を集めたが、万が一コケるようなことがあれば、二度とこのようなチャンスは得られないだろう。
「だとしても、食うもんには困らねえよ」
こんだけの設備がありゃあな、と沙夜さんは笑いながら言う。完全に他人事だ。
「いやいや、他人事じゃないさ。私だって、それなりに覚悟を持ってこの催しに力を入れてる」
「ホントですか?」
「本当だよ。でも—-」そこで、沙夜さんはちょっと黙って、急に真面目な顔で僕を見つめてきた。初めてかもしれない、その真剣な眼差しを僕に向け、「私は確実にうまくいくって思ってる」と力強く語りかけてくる。
「そんな自信、どっから来るんですか」
そう、冗談めかして応えるが、でも、そんな顔でそんなかっこいい事を言われたら、僕も腹を括るしかない。正直、沙夜さんがどこに勝算を感じているかは僕はわからなかったけど、やると決めたらもう、とにかくやるしかないのだ。

当日、開催予定時刻は8時。
そして、僕が起きたのは10時だった。
「うおい!」
自前のキャンピングカーの床で僕は目を覚ました。時計を見ずとも、起きた瞬間にそのヤバさを自覚し、一気に青ざめる。ぼんやり思い出す限りにおいては、昨日、本番前の最後の決起会と沙夜さんにしこたま飲まされ、そのまま床に突っ伏して寝てしまったようだ。
昨夜、車ごと会場入りしていたのが不幸中の幸いだが、これは・・・明らかにやってしまった。仕込みや会場設営は昨日の内に終わらせていたが、当日もSNSで告知、客寄せ、それにもろもろスタッフへの指示などたくさんやるべきことはあったのだ。
意を決し、ガバッと身を起こして車から飛び出し、辺りを見回す—-
昨日まで更地だったその場所には、人で溢れんばかりに埋め尽くされていた。僕たちが用意したブースの他にも、テントや露天でみんなが好き勝手に開き、色あせたのぼりや、ずっと倉庫にしまっていたであろう店の看板、レトロな服装の人までいる。
そして、僕がずっと準備し続けてきた、UMAの肉をみんなが満足気に食べていた。昔の思い出話に花を咲かせ、味に驚き、いろんなところで盛り上がりを見せている。時代が巻き戻ったかのような錯覚すら覚えた
僕は一瞬で理解した、大成功だ。なぜか。
「おう、やっと起きた?」
暫し、ポカンとその光景を見ていると、調理着を来た沙夜さんが、僕の方に近づいてきた。
「沙夜さん!なんで起こしてくれなかったですか?」
「いや、なんか疲れてそうだったし」
「けど!」
「それに、あんた料理できないから、当日別にそこまですることないじゃん」
微妙に痛いところを突かれた気もするが、それでも反論しようとすると、
「そうだ。丁度アンタの親父さんもお袋さんも来てたよ。さっき、挨拶してくれた」
「それを先に言ってください!」
少し遠くに、たしかに母親と一緒にいる父が目にとまる。少しずつ近づき、そっと声をかける。
「ひさしぶり・・・」
敷居を跨いだところで追い返されてからの再開だ。妙に気まずい。
「久しぶりも何もあんた。どう、元気してた?」母だけがは僕にそう声をかけてくれる。
だけど、父は無言で、そっぽを向いて、海の方を見てて、その顔色はわからない。母が2つ空にタレが付いたスチロールのパックを持っていたから、既に食べた後ではあるんだろう。
「ど、どうだった?」僕は父に向かってそう小声で尋ねる。少なくとも完食したということは、食べれないほどではなかったんだろう。
それでも、父はこちらを向かないので、仕方無しに、僕はそのしわくちゃの顔を無理やり覗き込んで、そして驚く。
父は目を赤くし、泣きはらした顔をしていたからだ。その浅黒い肌にはてらてらとした、号泣の後が残っていた。
今まで一度も見たことがない、父の泣き顔。
愕然とする僕に、
「お父さんね、さっきまでずっと、泣きながら、『これだ・・・これだよ』ってつぶやきながら食べてたの。周りの人からジロジロ見られて、こっちも恥ずかしかったわぁ」母が告げ口するように、そっと僕に言ってくる。
「そうなの?」嬉しさが溢れ、つい父にも訊いてしまう。
すると、無言を貫いていた父が、「うるせえ!」とやっと言って、どかっと僕の腹に拳を入れきた。でも、それが照れ隠しなのは明らかだ。ネッシーを食べて、昔の若かりし頃を身体も思い出したかような、その力強さに僕はホッとする。
「ふふふ」はにかむ僕。
「へへへ」顔を綻ばせる父。
実の親父と、まるで付き合いたての中学生のような気持ちの悪い距離感の詰め方をしていると、突然、沙夜さんが近づいてきて、僕の肩にガッと手を回して
「ほら、食えよ」
と言って、無理矢理にネッシーの人工肉を口に詰めてきた。それを、僕はもごもごと咀嚼する。
「・・・おいしい」幾度も食べたはずの味。なのに、家族や、パートナー、皆に囲まれながらのその味は、昨日まで食べていたものとは、明らかに違うものだった、まごうことなく、あの時食べたUMAを彷彿とさせるUMA味だ。そして、感じたこと無い空気が醸し出す、時代の味だ。
そして、僕の驚く顔に満足したように、沙夜さんは辺りを見回しながら、勝ち気に訊いてくる。
「みんながこんなにも、私とあんたのなんちゃってUMA料理の虜になった。その秘訣はどこにあると思う?」
そんなの言うまではない。こんなみんなの笑顔を見れた理由は決まっている。
「やっぱ原価ですかね」
完全に予算オーバー。こんなに繁盛しても、恐らく儲けどころか大赤字だ。そりゃ美味いだろう。
「そうじゃねえだろ!」沙夜さんは僕の横っ腹に拳を入れてくる。痛い。
続けて脅すように、「変に照れてないで、本心を言いな」といってくる。
そんな暴力で言わされた台詞に本心も何もあったもんじゃないだろうが、まあ、照れ隠しなのは本当だ。どうやら父と同じく、心で本当に思ったことはどうにも口に出せない、不器用な性分らしい。
だって、それは、口にするにはあまりにも陳腐だから。
「まあ、つまり—-」

夕方、一段落ついて、僕が自分のラップトップPCで作業をしていると、「おう、やったな。高梨」と、言いながら、僕の背中を大きなその手でドン、と叩いてきた。
「おう、来てたのかよ」僕が返事をすると、熊井が、まあな、と応えて、さっそく本題とばかりに言ってくる。
「しかし、お前もすごいな。これがUMA味か。俺らが研究室で作っていたのが粘土のように感じるようなウマさだったよ。ここまでちゃんとしてたら、会社でも十分出世、いやそれか・・・」
後ろにある移動式の僕の研究室を見て、ははんと、わざとらしく笑う熊井。「わざわざ会社から離れて独自に研究してたってことは、権利を独占して、これで一山当てるつもりだな」
熊井は、どうだ、とばかりに言ってくる。素晴らしい読みだ。
「どっちもハズレ」
僕は、そう言いながら、クルリとPCの画面を熊井に向ける。そのページはcrXivの投稿確認フォーム。カーソルは既に『Submit』のボタンの上に置かれている。
そして、その投稿する中身は・・・
「お前まさか・・・」
そう、そのまさかだ。ぼくは作り方から、調理方法の流れまで、全ての工程を丁寧に調理論文レシピにまとめ、これから全世界に向けて無償で公開する。まだまだ再現できるUMAの味には限りがあるし、市場流通させるまでには越えなければ行けない壁は多々あるが、世界中で皆と一緒に取りくめば、普通の食卓に並ぶ時代はすぐに来るだろう。
「それに、飯はみんなで食べたほうがよりずっとウマい。そのことが今日、やっとわかった」
そして、僕はカチッとボタンを押して、投稿完了の画面を確認してから、隣に置いてあった、食べかけのネッシーの肉にかぶりつく。その味はどこか懐かしくも、これから訪れる、未知の可能性がどこかに潜んでいるような、そんな不思議な味がした。

# 以下、参考文献
武村政春 ろくろ首の首はなぜ伸びるのか遊ぶ生物学への招待
山口敏太郎 未確認生物UMA攻略図鑑
ポール・シャピロ クリーンミート 培養肉が世界を変える
Researchat.fm Ep60. Lab meating https://researchat.fm/episode/60
石川 伸一 料理と科学のおいしい出会い
石川 伸一、石川 繭子、桑原 明 分子調理の日本食

文字数:26986

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