「お出ししたものは本物です」

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梗 概

「お出ししたものは本物です」

 食事転送機が壊れた。やつは転送機の中で白色のジェルを溢れさせて沈黙している。
 男の生活支援を担うコンサル機器は修理手配ができるのは一日後になると言った。家に食べるものは特になかった。
 男は久しく外出していない。仕事も日常生活も大抵はオンラインで事足りるし、すでにその世界はリアルを凌駕するほど快適だ。
 しかし久しぶりに外へ買い物に出るのも悪くない。

 外は緑に溢れている。
 人の生活の中心がオンラインに移行するにつれ、都市は縮小した。必要な道路は整備されているが、それ以外の場所は緑地化する方向で管理されていた。
 近場には無人店舗があり、男はそこへ向かうつもりだった。そこでは自宅の転送機と同じように食事を買えるからだ。

 しかしほどなくして男が見つけたのは洋食店だった。看板には『ぽんぽこ食堂本日のランチ:オムライスセット』とある。
 冒険心を擽られた男はその店で昼食を取ることにした。男の訪れを感知しない扉を、彼は自分で押し開ける。
 出迎えてくれたのは店主の男と、その娘らしき幼い少女だった。可愛らしい動物のつけ耳と尻尾をつけている。
 メニューは本日のランチセットしかないらしく、何ひとつ自動化せずに店主が自ら作るらしい。

 好奇心にかられ対面式キッチンを覗き込むと「今の人には珍しいですよね」と笑われる。確かに男は生まれて一度も調理器具を持ったことはなかったし、生の食材を見たこともなかった。
 興味深く調理の過程を眺めながら、あれこれ質問する男に対し、店主は嫌な顔ひとつせずに答えてくれる。

 シンプルなサラダに自家製ドレッシング。
 飲み物は搾りたての季節の果物。
 オムライスはオムレツにナイフをいれるととろりと左右に広がり、黄金色の半熟の中身を見せてくれる。
 そこへ酸味のあるケチャップを娘がかけてくれた。

 味は男が普段彼の好みだけでカスタマイズされた食事とは異なったが、それでも満足いくものだった。
 昼がまだだという娘もちゃっかり男の隣に座り、ぴこぴこと耳を動かしながらオムライスを頬張っている。
 今までの生活にまったく不満はなかったが、こうして誰かと食事をするのも案外悪くはなかった。

 食事を終える頃、店主から「少し店を手伝ってくれないか」と訊かれる。二つ返事で了承した男を店主とその娘は店の裏手に案内した。そこには小規模の農園と農場があり、近所の商店街と共同で運営しているものだという。
 商店街。男は現実のこの街について何も知らない。

 しばらく収穫などを手伝い、手土産まで渡されて帰ることになる男。
「またいらっしゃい」
 店主は男に一枚の名刺を持たせてくれる。
「これがあればまた、この店に来れるよ」

 帰宅した男をスキャンするコンサル機器。
「楽しかったようだね」
「うん、疲れたけど、結構。これ、アドレス登録しといて」
 渡した名刺、コンサル機器は疑問の声を上げる。
「これは?」「え、あれ?」
 ひらりと落ちる、それは木の葉に見えた。

文字数:1215

内容に関するアピール

 未来のおとぎ話です。

文字数:11

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