身振りの味

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梗 概

身振りの味

新しく発表されたアプリ「KAPPO-GI」は、料理中の動画を撮影することで料理にかけられた愛情を計測できるというものだった。
 栄養士タレントの大空ナオミは美味しい手抜き料理で人気を得ていたが、TV番組のドッキリでそのアプリを内緒で使われてしまう。結果、料理に愛情をかけていないと判定され、ナオミはショックを受ける。「KAPPO-GI」の世間的位置づけはジョークアプリなので、TV番組自体は笑い話として終わったが、ナオミは納得がいかない。絶対高スコアを取ってやろうと決意する。
 番組を見た両親から電話がかかってくる。たまには帰ってこい、という言葉にナオミは「忙しいから」と断る。タレントとしてデビューするという夢に反対されたことでナオミは両親と距離を取っていた。
 ナオミはアプリの仕組みを研究する。どういった挙動が評価されるのか理解し、実践することで、次第にスコアは上がっていく。料理中の、より効率的な動線について学びを得るなど収穫もあったが、ちょっとした移動が減点につながることもあり、それは謎だった。
 ナオミのスコアが全国トップクラスになりつつある折、一通のメールが届く。アプリの開発者からのものだった。会って話がしたいというのだ。指定された訪問先は、ホスピスだった。
 ナオミが出向くと、意外なことに相手は高齢の女性だった。それでもキャリアを感じさせる切れ味の鋭い風貌をしている。彼女は八束ちぐさと名乗った。聞くと、アプリの情報はフィードバックされ、ちぐさの探していた条件に合致するユーザーを探すようになっていたらしい。得点基準となるベースの動作は、ちぐさの亡くなった恋人の仕草をインプットし、規範としていたという。動機は、亡くなった恋人の作った料理をもう一度味わいたかったから。あのちょっとした減点の謎も解けた。ベースとなったキッチンと、ナオミ宅のキッチンでは配置が異なるせいで、評価の修正が追い付かなかったのだ。
 「私はもう手足が不自由だから、あなたにお願いしたいの。あの子の味を作れるかもしれない」
 こんな回りくどい方法を取らなくても、誰でも、料理ができるひとに頼めばよかったのでは? というナオミにちぐさは首を振る。恋人と二人で作成した思い出のアプリだからこそ、このアプリで探したかった、とちぐさは語った。
 ちぐさがナオミに求めたのは、たった一杯のお味噌汁。彼女はそれを満足そうに飲み干す。
 「大切なひとは、ある日突然いなくなってしまうものよ。あなたも後悔しないようにね」
 ちぐさの言葉で、ナオミは家族とあらためて連絡を取ろうと決める。

文字数:1073

内容に関するアピール

登場人物を駒のように扱ってしまうという反省があり、感情を持った等身大の人間をきちんと書こうと考え、こうした内容にしました。誰かが作ってくれたあたたかい味噌汁が飲みたくなる、そんな小説にしたいと思います。

文字数:101

課題提出者一覧