梗 概
清掃ボランティアのその理由
明子は、家を取り壊して更地にした本籍地を訪れた。車で十分の距離に住んでいるが、一人暮らしで働いている身で管理に手が回らない自分の代わりに、草刈りなどをしてくれている親族に年賀の挨拶をするためだ。
集落には、家人が不在のまま「負」動産と化した家と、明子と同じ世代が建て替えた、あるいは静かな環境を求めて移住してきた住民が建てたこだわりの現代建築家屋が混在している。両極にふれた建築物で構成された集落が、広い田畑の中に浮島のように点在している。変化はいくらかあるが、発展とはまるで縁のない地域だ。
折角松の内に来たのだ。明子は七日参りをした神社に参拝していくことにした。
地域の目抜き通りを歩く。両側の建物は集落と同じ状況だ。道も、人はおろか車ともすれ違わない程空いている。信号もない。空しくなって明子はマスクを外した。
鳥居に御手洗、小さな社殿のみがある神社だ。明治の改革で随分といじられたようだが、歴史だけはある。歴史だけがある神社には、松の内だというのに人影がない。しかし、管理はされているらしく、敷地内は地面に草もでこぼこもない。とりあえず明子は参拝を済ませた。
敷石がない土の地面は足に優しい。久し振りの感触だ。嬉しくなり、周囲の地面を見た。小さな穴があり、その周囲だけが盛り上がっていた。蟻の巣穴だろうか。一カ所だけの凹凸は目立つ。明子は心中で蟻に謝りながら、かがみ込んでかるくならした。
何となく、社殿の裏を見たくなった。
おそろしく季節外れの光景だった。真夏のアスファルトの上方のように空気が揺らめいている。明子は背を向けて走り去ろうとしたが、足が動かなかった。
揺らぎが、向こう側を透けさせたまま、蛸のような、あるいは直立した甲虫のような表現しづらい形を取った。そして声には出さずに話しかけてくる。明子は、自分の手に手に負えない事態に陥った場合の常で、冷静になった。
曰く、それは世界の秩序を保つことを使命としている。手違いで秩序崩し生物たる人間が少ない(人口の少なさは事実ではあるが、明子は無性に腹が立った)地域に来たが、それなりの秩序崩れはある。丁度この周辺に縁がある人間が来たので、周辺の秩序直しの手伝いをしてもらう。大きなことは自分達がやるので、細かいことを担当して欲しい。(エントロピー減らし?ラクスウェルの悪魔にでもなれというのか、と思うと、肯定の思考が返ってきた)
秩序直しについての情報が、暗記するようなイメージで頭の中に入ってきた。勝手に人を手先にするな、だいたい「秩序」の定義のすり合わせから始めろ、と言いたかったが、秩序保全生物は既に消えていた。そして頭の隅が勝手に、実際にはどうすべきか考えている。
まずは、神社の保全と周囲の清掃活動だ。(当面その程度でいいらしい。まったく理解不可能だ)
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内容に関するアピール
前回の講座後の会話で、減っていくものだと悲話になりがちだよね、という意見を聞きました。ならば、と減って嬉しい事例を考え、本棚のエントロピーなど二、三思いつきましたが、なんとか転がったものが「エントロピー減らし生物」でした。
肩に力が入りがちなので、あまり深い意味はないような話にしました。自分でもこの生物が何を考えているのか知りません。多分世界のあっちこっちに、意味もなく掃除や片付けをさせられている人がいると思います。
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