グリーンエイジ

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梗 概

グリーンエイジ

植民星マーズ2のコロニーでは、伝染ウイルス病が蔓延していた。地球との往来は、連絡に応じ無人船がくるだけであった。
 ある程度の身体接触で感染する。男子の精巣に持続感染、女子の子宮内膜にも常在化、その子宮での妊娠での発生期に新生児に感染すると、性腺や外性器が成長停止のまま女性形に成長する。
 先天感染者の成長期に遺伝子制御薬を導入すれば性成熟し繁殖行為は可能、このとき遺伝子形にかかわらず表現型の選択が可能であった。遺伝子による性、表現型としての性、自覚としての性がいりみだれ、コロニーでは男女の性差は肉体の特徴の違いの意味しかなかった。高齢化で女性形は高率に子宮に悪性腫瘍をきたす。可能なだけ出産した後、女性形は子宮を摘出された。
 このコロニーの、隔離された「奥」では、未感染の個体が数十人が、内部のみで配偶と継代をし、独占的に地球と通信し、制御薬で「外」のコロニーを支配していた。「外」の実際の行政組織や「病院」を維持するのは、「外」で教育された感染者たちである。「奥」と、治療研究する「病院」は地球の物資で装備、しかし、「外」部分は維持する物資がないので産業革命前レベルの生活。
 「外」の、もと美形の女性形で、すでに子宮も切除したミリは、余裕のある暮らしのためときどき男の相手をした。あるとき来た男が、成熟前の修養時期に見知っていたベックであることに気づいた。ベックは、制御薬導入前に脱走し、行方不明だったのである。ミリはベックに思い入れがあった。ベックはミリに、制御薬を入れる前に性成熟の兆候がありグループリーダーの言動が恐ろしくなって逃げたと語る。制御薬無しでも完全な男性形になっていた。
 「奥」で生まれ育った女性フラオは、あるとき感染が明らかになって「奥」から「外」に出された。若く、優秀だったので「病院」の研究部門に配され地球ともやりとりしながら抗ウイルス研究をしている。ときどき生まれるという噂の、制御薬無しでも性成熟する個体を調べたいと願っていたが、手掛かりがなかった。定期的に「病院」でチェックを受ける老人マーコは、制御薬無しの個体について話す通りがかりのフラオに見覚えがあるのに気づく。かってはマーコも「奥」の住人であった。「奥」にいたころのマーコは、理屈をつけては「外」に出て、子宮切除した女性形を買っていた。子宮がないから感染もしないと考えていたが、感染が明らかになり追放された。その直前、フェチの嵩じたマーコはこっそりフラオの私物をウイルス汚染させていた。「外」にでてもかっての資産を残す金持ちマーコは、いま、ミリの客であった。奥で見たフラオのことを明るく話すマーコ。そのうちミリに暴行しようとして、ベックにマーコはのされる。仕返しをしようとマーコはベックを調べ、制御薬を受けていないと知る。
 ベックについてフラオにちくるマーコ。そして、ウイルスをなくすことで「奥」との出入り、地球との行き来ができるようにしてくれと話し、自分がもと「奥」の住人で、フラオを見ておぼえている個人的なことまで口を滑らし、フラオは自分の感染源に気づく。
 ベックを解析したフラオは、今までの解析とまったく違う部分での遺伝子発現制御を解明し、治療用のウイルスベクターをつくりだす。それは、抗ウイルスではなく、ウイルスの存在下でも制御薬無しで性成熟を可能にする。
 フラオはこれを独断で散布し、宣言した。私たちは、ウイルスがなくなった状態には戻れないが、もう、繁殖のために制御薬を求める必要はない、そのために支配される必要もないと。

文字数:1463

内容に関するアピール

いまどきの旬というと、言うのも恥ずかしいですがコロナという感染症、それにMeTooはじめとする、属性に関する取扱いへの異議申し立てでしょうか。

というわけで、これは「感染を前提にしたニューノーマルへの移行の話」です。

舞台を地球にすると、感染拡大中だとパニックにしかならないし、感染後だと規模がでかすぎるので、都合のいいサイズにしてしまいました。

マーコが作者に都合よく頭がピンクにぼけてしまっています。ウイルス解明のため地球から得る援助はフラオの散布で打ち切り、「奥」も存続できませんが、フラオにはいろいろたまったものがあったようです。性の自己決定できない世界に戻るのも、本来の彼女にとってあたりまえなのですがこの世界の人たちに受け入れられることかはわかりません。「奥」での女性の珍重されぶりや必要以上に男に接触させないので男に不満が嵩じるとか、いろいろ書き込みが必要と考えています。

グリーンは「未熟」の意味をとりました。フィッツジェラルドの「金の時代があり、、」みたいな感じで始められたらいいのですが。

文字数:450

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グリーンエイジ

「孕み場」のおかみが、ミリに言った。
「あの男のコまたきてるよ」
 相手もいないので、軒下にずらっと並べられた椅子のひとつに腰かけて、暖かい日差しをあびて、うとうとしていたところだった。
眼をあけて、通りのむこうをみる。紺色の服を着た若い男が、たまにいききする人が、土埃を残す道のむこうの、家の角から、こちらを見ていた。目が合うと、うろたえて男は目をそらした。
 ミリは、そばで立ってやはり男の方を見るおかみに、顔の向きも変えずに返事をした。
「かわいい男の子だけど、こんなところでああいうのは勘弁だな、もっと堂々としないと」
「あんたがいないときにもやってきて、そのときはすぐ帰るのよ。気が付いてから4回目かね、先週から2-3日おき」
「なにやってるんだか」
 そこへ、いつもの冷やかしがやってきた。痩せた中年男である。
「売れてるかい」
「気になるならお前が買いなよ」
「高価いからなあ」
「あたりまえだろ、自分の子種が生きるかもしれないんだから」
 気づくと、若い男は、ずいぶん近くに立って、赤い顔をしてなにか言おうとしていた。
「ありゃまあ」
 ずいぶん大胆になったな、とミリは、冷やかしは放って、
「ご用?」
 笑って見せた。痩せて背の高い、肌のきれいな若い男は、さらに赤くなり、やや小さい声で、
「はいってもいいですか」
 おかみが横から、
「あんたは、ちゃんと男性化してるのかい」
「え、はい、男です」
「1時間で」
 値段をやや高価めに告げたが、若い男は、交渉のそぶりもみせなかった。おかみは、ミリに、砂時計を手渡した。

ミリは、奥に8部屋ある「孕み部屋」のひとつに男を案内した。窓は板戸がしまっているが、隙間から光が入り、ランプは灯されていない。
「こういうところ、はじめてなの?」
「は、はい」
 面倒だな、とミリは思いながら、
「じゃあ、そこで体を流して」
 部屋の隅に、腰までの区切りで仕切られた狭い流し場がある。部屋の外から、頭の位置にある桶に水が注がれる音がした。。
「いま、水も入れてくれたから」
 薄暗い部屋の大部分を占めるベッドのわきで、ミリの視線を気にしながら、若い男はごそごそ服を脱いだ。
 ことがおわったあと、ミリは
「はじめてなのね」
「はい」
「ひょっとして、「館」からきたの」
「はい」
「館」の住人が、たまに、この「下の町」にやってくるという話は聞いていたが、こういうところで自分の客になるとは思わなかった。
「よく場所が分かったわね」
「ちゃんと男になってる人ばかりのところを探したら、いつのまにか入り込んだんです、先週、そしたらあなたをみかけたもんで何度かここまで」
「もうちょっとくだけていいよ、あんたは男性化してすぐなの?」
「いや、僕らはそういうのなしで男や女になるんです」
「館」の住人のそういう話を聴いたような気もした。
「地球18歳です、「表」、、、こっちじゃ、地球16歳で成熟化処理するときいたけど」
「1年かけてね、私はこないだそれで女性になって、ここに回されたのよ」
「だいたい同じ歳、ですね」
 ミリは男に微笑みかけた。
「またおいでよ、妊娠するまではずっといるからさ」

数日たって、男はまたやってきた。
「さかりがついちゃったみたいね」
と囁くおかみを相手にせず、ミリは、にっこり笑って見せた。
「孕み部屋」で、ことがおわり、
「ところであなた、何て名前なの」
「マーコ」
「なんで「館」からでたの」
「相手がいないから。だから、伝染(うつ)ってもかまわないんだ」
「「館」じゃ、ここといろいろ違うと噂はきくんだけど」
「どんなふうにきいたの」
 ミリはシーツに腹ばいになり、マーコはその背中をなでている。
「あんたが、ここにきて何が違うと思ったか教えてよ」
 相手に余分に話をさせる程度の知恵はミリにもあった。
「「館」には、未成熟者がいないんだ、はじめから男か女かきまってる。ウイルスがいないから」
「へえ、じゃあ、男になるか女になるか選べないのね、不便ね」
 マーコは黙った。それから、
「女の人って、あまり「表」というかこの「下の町」にはいないんだね、わかいひとはとくに、このあたりでしかみない」
「そりゃ、みんな選びたがらないもの、お金にはなるけど、あとあとひょっとして手術がいるんじゃね、それに、男性体でも気の荒いやつらが、隙を見ては手を出してくるから、なかなか選びにくいわよ、この「孕み場」にいたら守ってくれるし、孕むまでお金で気に入った客とできるしね、変な奴は相手にしないで、しつこかったら「守り男」に、「孕み場」の境界の赤い線の外に蹴りだしてもらうのよ」
「僕は、気に入ってもらえたんだろうか」
 それにはミリは直接答えず、
「「下の町」じゃ、男性化したばかりの若い男は金がないから、こないのよ、「館」って、お金があるのね」
「成績がいいし、もう、「館」では子づくりしないよう書類も出したからね、そしたら手当金がもらえるんだ」
 よくわからないので、ミリは返事しなかった。はじめの印象とは違い、喋り始めるとなんでもいってしまう勢いだと思っているところへ、
「ところで」
 マーコは、おずおず、ミリに訊いた。
「まだけっこう時間残ってるけど、もう一度やってもいい」
 声を上げてミリは笑った。
「余計なことに気がついたのね、大丈夫よ、延長したっていいわよ」

数日してまたマーコがやってきた。
「手当金って、ずいぶんもらえるのね、私はけっこう高価くつけてるんだけど」
「もうちょっとしたら研修がはじまるんだ、それまではね」
 あいかわらず、マーコは、おわったあと、ずっとミリの背中をなでる。
「「病院」に行く研修、卵巣をとる手技と、全身管理に、サンプルで研究もするんだ」
 いきなり難しい話になった。
「あなたって、「病院」にいくの」
「「下の町」では、16歳で自己決定が認められるだろ、それでみんな病院にやってきて成熟化処理うけるんだけど、未成熟なままなのはぜんぶウイルスのせいなんだ」
「ウイルスがいるから私たちは成熟化処理受けるけど、おかげで性別を選べるから、現状はいいことなんだって、私はきかされたわ、だから」
軽く首を振りながら、マーコは、
「安定化政策だな、、ここが地球から半世代分離れた星なのはわかってるだろ」
「あたりまえじゃない」
「100年前にやってきたはじめの世代に、ウイルスが流行ったのは、はじめはわからなかったんだ、うまれる児にどんどん、男女未決定の「未成熟者」が増えて、地球に救援を求めた。数十人の科学者のグループがやってきて、自分らは「館」に隔離して、ここの行政府と協力して、「病院」をつくって対策を研究した。ずいぶん時間がかかって、「館」以外はみなもう感染状態で、未成熟者は、30歳くらいでばたばた死んでいったんだ。かなりひどいことになったらしいよ。大量の未成熟者の死体を使って、研究は進んだんだってきいた。ほとんど形もない性腺がカギで、なんとか、ウイルスの単離はできたんだけど、抗ウイルス薬はできなくてね、作用する遺伝子はわかったからそこをいじくって成熟化処理ができるようになって、未成熟者が、やっとその先に育てるようになったんだけど、はじめに大量に処理されたときに、本来の男女と違うようになるケースがばらばらでたんだ」
 ミリにはさっぱりわからない。
「そこで処理を見直したら、男女スイッチがみつかって、未成熟者は、処理の時に、一度だけ性別を選べるようになったんだな、いまの、この「下の町」は、自分らで性別を選べることを前提にできあがってる。女性体を選んだ場合、妊娠つづけないとそのうち卵巣に悪性腫瘍ができるから排卵がなくなるまで妊娠を繰り返す、そのためにこの「孕み場」もある、みんな金払って子種をここに撒きに来る、妊娠させるのが第一目的じゃないにしても。それで人口が保たれる」
 なにが第一目的かは口に出さない程度のつつましさはあるらしい。
「「館」は違うのね」
「あっちもずいぶん代替わりしたけどね」
 他人ごとのようにいう。
「女性は奥に閉じこもって、確実に感染してない男性とのみ配偶する、はじめは人工授精もしてたらしいけど設備の維持が大変だから、むかしからの簡単な方法で受精させてる、マッチングして、時期をあわせてその間一緒に過ごすんだ。
 あっちの女たちって、大切にされ過ぎて、あいつら苦手なんだよ、とにかくオトコはバッチいとかいって、女性と子供だけで集団生活するんだ。僕の母親も、すごく頭はいいんだけど」
 その先は言わず、首を振り、マーコはつづけた。
「抗ウイルスがうまくいったら、そのデータをもって、非感染者だけ地球に戻してもらえるんだよ、だからとにかく接触はいやで、いつでも戻れるつもりでいるけど、地球ではあんなんじゃやっていけないと思う。地球の生活についてはちゃんと情報が地球からくるけど、都合のいいところだけ見てるよ、もういいよあんな奴ら」
 何を思い出したのか、マーコは声を粗くした。そして、ミリをみた。
「ウイルスは接触、主に性行為で伝染するからね、僕ももう感染しちゃってる、君から」
 マーコに顔を向けると、ミリからの視線をマーコは逸らした。
「ほんとにはじめてだったのね」
 そこは問題ではなかったはずだが、とりあえず言ってみたのである。マーコはあらためてミルを見つめ、
「こんなにきれいで素敵なひとと話ができて、一緒にいられるのはうれしいよ」
 自分の好みというものが、マーコにはまずあって、ミリがそこにひっかかった、ということを言っているらしかった。もっとも、自分が相当きれいな方だということは、自覚している。
 マーコはこの日も延長した。

その後、マーコは姿をみせなかった。「研修」とやらなんだろうと、ミリは思った。寂しいとは思わなかったが、金払いがいいので、こないのは残念だった。
 そのうち、孕んでいるのがわかった。どの客のものかはもちろんわからないし、それは問題にならない。
 孕んだ後も、差し支えない時期には、「孕み場」に出た。ただし、「子種」が使われるわけではないので、すこし値段は安くなった。
「こういうときじゃないと入れないからな」
 冷やかしにだけ来ていた男も、客になった。
「ふだんはどうしてるの」
「あがったあとでも、卵巣とった後でも、客とるひとはいるからね、そっちへいくよ、ずっと安いし」
 自分は、そんなふうになるまでに金をためて、そうしなくてもいいようにするんだと、ミリは思った。それは、ミリのような女がみな思うことでもあった。
 やがて、「病院」の近くの建物である「産み場」に部屋がとられた。子づくりは「仕事」なので、行政所の役人がいろいろ手配してくれる。柱のたくさん立つ広い空間に藁がしかれ、妊婦たちが思老い思いの恰好で横になっている。生まれたら、その奥の別の広間に行くのである。そして、もらわれていく。
 出産が来た。思ったよりつらく、これを排卵が終わるまで何度も繰り返すのかと思うと、ミリは、かなりうんざりした。しかし、早期の卵巣切除の値段はかなり高価いのである。閉経後は無料になる。悪性腫瘍ができてからでもずっと安くなるのだが、それは手遅れのリスクも高かった。
 本来の性別は、成熟処理の時に教えてもらう。本来の性別と、処理後の性別が一致しないことに問題があるのか、調査するのだという但し書きもあったが、データ処理するものはいない。常に手が足りないので、単に定型作業として性別調査と告知が行われていた。これはのちにマーコからきいたことである。
 出産後のこどもは、町に暮らす、いろんな職業階層の男たちに、引き取られていく。女性はほとんどおらず、地球式の「家庭生活」は成立していないが、もともとが「女性」の遺伝子形で、男性形を選択したものは、自分が女性形を選択したら自分で産んだかもしれないと思って、より引き取る率があがるらしかった。引き取って、自分の仕事を手伝わせながら、成熟処理の年齢まで育てるのである。
 ミリの子供も、1年弱で、引き取られていった。名残惜しいとも思わなかった。それがあたりまえだったからか、ミリが遺伝子としては男性だったからかは、単にそういう性格だったからか、わからない。
 その間も、行政府からは金が落ちてきた。出産に関連するすべてのことが金になるのがミリにはうれしかった。
 そして、ミリはまた「孕み場」に戻った。

戻って数日して、マーコがきた。出産でいなくなったがまた戻るとおかみに教えられて、ときどき様子を見に来ていたらしい。
 ことがおわって、マーコはミリの背中をなでながら、
「覚えてくれてた?」
「もちろんよ」
「館」から金もってやってくる客なんてほかにはミリにはいない。
「もう子供は」
「いい感じのひとがひきとってくれたわ、なんか木で小物造ってるといってた」
「あなたは、どんなひとに育てられたんだい」
「私の父親は、水売りよ、暗いうちから、遠い井戸に汲みに行くの、あんまり大変そうで私にはできないと思って。処理される前、ちょっと手伝ってたりしたからね」
 この町は、この星の植生の中に植民者が住める環境をある範囲でつくりあげた中に、歩いて半日以上かかる範囲に3つつくられた町の1つである。それぞれ標高や地形も違い、産出されるものも違い、ものが動くことが、人々を生かしていた。その中でもこの町は、「館」があって地球とつながっているので特別な位置にあった。共通の水源からひかれた井戸の使用も優先的に認められていたが、これはつまり、早朝から行かねばならないということだった。
「男が子供育てるんだろう」
「まず男しかいないからね、女になって、こういうところでなく生活するのはなかなか難しいのよ、だから本来女でも、男になるの」
「そのぶん、女になったら、男の相手したり子供つくったりしなきゃいけないのか」
「男の相手は、それがお金になるからよ、それでそういうことしなくても生きていけるまで稼がなきゃいけないし。お金になることを只でするなんて、バカのやることよ、孕まなきゃ卵巣が悪くなって死ぬのよ」
 すぐ悪性化するわけでもないが、検査は検査で、病院で金がかかるのだった。
「ある一定の数で女性が選ばれてそれが出産機械になるのは、バランスとれてるからなんとかなってるんだろうけど、大変だな」
 ため息で片づけたマーコに、ミリは軽い怒りは感じたが、口には出さなかった。
「ミリは、ちょっと肉付きがよくなったかな、前はほんとうに細かったのに」
「そう、子供できるとね」
 マーコは珍しそうにミリを見た。
「こういう話すると、「館」ではすごく嫌がられたんだよ」
「事実は仕方ないわよね、あなただって太ったんだし。ちょっと重かったわよ」
 マーコは背中を、そして太腿の裏を、撫で続けた。

つぎの妊娠がわかり、それが進行して孕み場をミリが休むまで、マーコは週に一度は顔を出した。
「もう研修はないの?」
 いつも薄暗い部屋の、ベッドに横たわって、ミリは訊く。
「もう「病院」で仕事してるよ、地球からくるものでなんとかいろいろ動いてる、自動化はされていても、きっちり理解しないと物事は動かないからね、「館」の僕たちは、上の世代は科学者とか研究者とかだったけど、だからって子孫のみんながそれに向いてるわけでも、そうなれるわけでもないんだ、女子はたいがい引きこもるし、男は女子の気を引くことに夢中で、器械もあるのにちゃんと勉強しない。僕はすごく出来がいいんだ」
 嫌味な自慢とも何とも思わず、たぶんその通りなんだろうと、ミリは聞き続けた。
「ときどき地球からものがくる、ここでつくれないものがくるんだ。たとえば成熟化処理の薬剤は、地球からくるものでできてる。地球からものが来ないとここはおわってしまうし、それをもらいつづけるために、ここのウイルスやそれにかかった人たちを調べては、データを送り続けるんだ、植民できる星なんてそうそうないからね、ほかの星でもこういうことがおこってうっかりそれが地球に持ち込まれたらたいへんなことになるから、この星はその治療方法を見つけるためのモデルになってるのさ」
「頭いい、のよね」
「けっこういい方だよ、だからこうやって時々外にでても何も言われない」
「違う、地球のやり方よ」
 マーコはちょっと鼻白んだ。
「輸送ロケットは年に数回一方通行でやってきて、本体もすべてここでいろいろ活用されるから、あれがなくなると、ここの生活はこのままは維持できない、維持できるレベルを探してそこに落ち着けるならそれでもいいはずなんだけど」
 これより生活が悪くなるのは困る、とミリは思う。
「でも、そんなにどんどんロケットくるなんて知らなかった、きれいでしょうに」
「着くのは昼間だよ、夜に降りてこられてもややこしい、みな寝てる、だいたい、燃料ももったいないから逆噴射なんてつかわない、カサつかっておりてくるだけだ」
 逆噴射、の意味はわからなかった。
「人は乗ってこないの」
「超光速飛行で地球から数か月の宇宙の旅に」
 マーコは、ゆっくり、
「生き物は耐えられない、生体高分子はいろいろおかしなことになる、微生物も残らない、活性を何とか保てるものはそれこそウイルスくらい、あれは生き物とは言えないからね、生きてこの距離を渡ろうとすれば数年、いや10年はかかる」
 生き物の定義などミリにはわからなかったが、これについて話を続けるほど、賢くもなく、馬鹿でもなかった。

ふたたび妊娠し、出産した。胎盤の位置がよくなかったらしく、時間もかかった。これをまだ何度も続けるのはきついとミリは思ったが、ほかに実入りのいいしごとは思いつかなかった。
 子供を他所にやって、復帰したら、またマーコが通い始めた。
 顎の下と小腹に肉もついて、すこし髭を生やすようになった。髭は痛くてうっとおしいと思ったが、本人にいうことはなかった。
かなりの仕事を任されるようになったとときどき自慢するので、その都度、よくわからないが話を聞いては相槌を打った。それがことのほか大切なようであった。
 ある日、暑くて、表に顔を出す気分ではなく、奥で、水を張った盥に足を入れていた午後、おかみが、ミリを呼びにきた。
「お父さんだって」
 表に出ると、丈夫な生地の、丈の短い上下を着た、髪の短いやや年輩の男が、店からすこし間をあけて、日差しの下で汗を流していた。ミリは、あっけらかんと、
「父さん、どうしたの、私を買いに来たの?」
 父親は苦笑した。
「そんな気も金もないよ、フラオなんだ」
 ミリの育った、土レンガの長屋の、ほど近いべつの一角に、ミリと同じころにやはり引き取られた子供がいた。フラオと呼ばれ、やや内気だった。物怖じしないミリに、なにかあるとついてくるのだった。
 マイペースのミリは、自分は女性化処理を受けるといって「病院」で手続きをしたのだが、そのころから、フラオはすっかり外に出てこなくなった。
「けっきょくあのコ、どうしたの?」
「女性になったみたいなんだけどな、そこから先が進まなくて、家から出ないので、フラオのオヤジが困ってるんだよ」
「ペンさんか、あの人もはっきりいえない性質だからねえ、しかしあのコが女性か、あまりこういうのに向かないと思ったんだけど。なんとなくこつこつやるなら男の方だろう」
「フラオとまともに話できたのはお前くらいだしな、そりゃペンは腕のいい細工師だけど、女の体でそれでやっていくより孕み場に出た方がいいし、そもそも女性体を選ぶってのはそういうことだろ、ちょっと話をしてやってほしいそうなんだけどな」
「困ったな」
 ミリは、そばで話をきいているおかみを見た。おかみは、
「守り男が守ってくれるのは、追加料金もなければ基本、赤い線の内側だけだよ、子供産む関係じゃなきゃ、そこからは出ないことになってるだろ」
 父親が、
「俺も、腕には自信がない。本来、女だからな」
「本来は関係ないよ」
 ミリは苦笑して言い捨てた。そして、通りの向こうを見て、
「なんとかなるかも」
 おかみとミリと年輩の男が立ち話しているところに、中途半端な笑みを浮かべて、マーコがやってきた。
「ねえ、あとでしっかり頑張るから、私を連れ出してくれない」
 マーコは面食らった。
「連れ出しって、そういうのがあるのかい」
 ずっと通っていたのに、はじめてきくことで、驚いている。
「守り男を連れて行くから金がかかるのよ、その分どこにでもいける、ちょっと外に出たいんだけど、あなた、一緒にいって、お金もだしてくれないかな、私と外を歩いてくれたら助かるのよ」
「守り男って、、、いちおう僕は防御具もってるよ」
「それで何人相手できるのよ、よくきいて、私と歩いてほしいといってるんだけど」
 マーコは、一瞬、「孕み場」から離れてミリと一緒に歩く自分を想像したようだった、そして、すこし小鼻をふくらませ、
「いいよ」
「ありがとう、大好き」
 またマーコの小鼻がひらいた。
 マーコが金を払い、ミリとマーコは連れ立って歩き始めた。場所はわかっている。
 気分を出すために、少し離れて歩くのだと教えられた父親は、若くがっしりした守り男といっしょに10歩ほど後ろをあるく。
 通りの角を曲がり、泥レンガの平屋のおわるところに、赤い石で地面に線がつくられていた。
「マーコ、あなた、いつもこっちからくるの?」
「病院は反対の出口の方だよ」
 赤い線を超える。そこは、ふつうの町である。石畳に、二人くらいが手を広げて歩ける程度の路地がずっと続いている。両側は、壁に石と木を組み合わせた平屋である。この「下の町」では、よほどの金持ちだけが、「館」から放出された光パネルをつかって室内を照らすことができた。
 歩いているのはまちまちの外観の男たち、ごくまれにいる女性は長い衣をかぶって、強そうな男を従えている。体形は直接わからない程度に厚い衣を巻いているとはいえ、それなりに姿のわかる格好のミリは、目を引いた。
「これもまあ、宣伝になるか」
と、ミリはつぶやく。衣の模様は、ミリのいる「孕み場」のものなのである。
 マーコは、通り過ぎる男たちの視線の集中を感じて、身体を固くして、ミリの手を握った。
「守り男は強いからね、「孕み場」の女となにかあったらあとあと行政所と面倒なことになるのはみんなわかってるから、とくにこんな昼間にそうそうへんなことは起こらないよ」
 ばたばたと、背の低いものたちが走り抜けていった。未成熟者たちである。
「こっちの区画には多いんだね、病院近辺は処理済みの人が多いから」
 成熟した男や女と、未成熟者はあきらかに違っている。軽い衣に包まれているが、体形は隠されず、成熟男子のような骨っぽさも、成熟女子のような体のめりはりもなく、ただ柔らかい体のかたまりである。髪も肌も明るい色で、成熟者ほどの背はない。
「そこそこ近いところでよかったね、時間がかかるとけっこう金も要るのよ」
 マーコにいいながら、小さな路地に入っていく。
「ここが、わたしのうちだったのよ、父親だけまだいる」
 自分の育った区画の前を通り過ぎ、さらに狭い路地に入って、ある扉の前に立った。叩いて、声をかけると、小窓があいた。
「ミリだよ」
 ペンが、黙って扉を開け、そばに立っているマーコを見てぎょっとした。
「このひとは大丈夫よ、あっちに父さんもいるから」
 むこうの、路地の入口に、守り男と父親が立って、こちらを見ている。ペンは、父親に手で合図し、そのまま黙って中に戻る。ミリは、マーコを扉の外におき、ペンについて中に入った。
 未成熟者の頃、よく遊びに来たところだった。狭い広間を通って、ミリとペンは狭い入り口から、寝室に入った。
 大きいベッドのむこうに、大柄で成熟した女性形がひとり、立っている。
「よくまあ育っちゃったのね、私より背も高いじゃないの、私が処理に出かけてからぜんぜん会わなかったし、見違えたわ」
 ミリが、フラオに声をかけると、フラオは、泣き出した。ありゃ、と、ミリは
「久しぶりだからって泣くことないわよ」
 そばによって手を握ると、フラオはそのままベッドに座り込んだ。泣きながら、ミリを見て、そのままペンに目をやってすこし顔をしかめる。
「ペン、ちょっとあっちにいってくれる」
 ミリが言うと、ペンは不満そうに寝室を出て行った。ミリは、
「どうしたのよ」
「会いたかったの」
 自分が処理を受けてから会おうとしてもくれなかったのに、何を言うんだろうと、ミリは思ったが、口には出さない。
「ミリは、男になると思ってたのに」
「親父のやってる仕事より、こっちのほうが稼げそうだからさ」
「あなたと一緒になりたかったから、女になりたかったのよ」
「女になってるじゃないの、でも、女は大変だし、孕み場に出るんでもなきゃ金にもならんしさ、、、というか」
 言葉遣いがかわる。
「俺といっしょになるって、相方でやっていくような金は俺にはないよ」
「かまわないわよ、細工師は女でも表に出なくてもなんとかなるんだから、でもあなたが女になってしまって、どうしてもこっちは男になる気にならないし、ずっと未成熟のまま処理も受けなかったの」
「受けなきゃ、さっさと死んでしまうよ」
「それでもいいと思ってたのに、去年よ、いきなり処理もないのに成熟が始まって女性化してしまって、私どうしたらいいのか」
「処理なしでそうなったの?」
「自分で選ぶことに意味があるのに、選びもしないで本来の性になるならそれは馬鹿っていわれたでしょ」
 そういうふうに、行政府が基本的な読み書きだけを若い未熟者に教える寺子屋で、役人が言うことはあった。これだと本来の地球人はすべて馬鹿ということになってしまうが、自分たちは新しいといいたかったのだろう。ずっと覚えていたらしい。
「選びもしないのにそうなってしまったら、それは奇形じゃないの」
 女性化したあとどうすればいいかという話よりも、処理もせず女性化したところがまず問題なんじゃないかと、ミリは思ったが、
「でも女性化したなら、女性化した体を生かした方が金になるよ」
「女性はいいの、でも子供なんて作れると思わないし、作りたくもないの、だいたい、あなたと一緒になるんじゃなきゃ、女性化なんてしたくなかったのよ」
 ミリには話の筋道がよくわからなかったが、
「最近、父さんがしょっちゅう私に乗ろうとするのよ」
 そっちか、それはちょっと印象が違うなと、ミリは、ペンが外にいるはずの、寝室の戸口の方を見た。それから、
「でも、子供作るのが嫌ならさっさと卵巣抜くしかないわね」
「そんなお金ないわよ、使える卵巣抜くというと、そのあと一生懸命稼いでもどうにもならないくらいかかるじゃない」
 これも人口対策なのであった。
 フラオは、しくしく泣きながらミリに縋りついた。汗のほかに、いい匂いがした。ミリはそのまま、いつも客にするように、自分より大柄なフラオの体をなでた。男の体より感触がいいので、念入りになで続けた。
 泣き声が、軽いうめき声に変わったのに気づいて、マーコは手を止めた。体を離す。フラオの涙はすでに乾いている。
 フラオが口を開く前に、ミリは、
「なんとかなるかもしれない、ちょっと相談してみる、またくるよ」
 ベッドに座ったフラオを置いて、寝室をでる。心配そうなペンに、
「卵巣がある間は、乗っちゃだめだよ」
 念を押して、居住単位から出た。
 扉の外のマーコに、
「ねえ、もうこっちの話はおわったからさ、「孕み場」にかえって、もうちょっと一緒にいて頂戴よ」
 マーコの小鼻がまたちょっと開いた。

赤い線をまたいで戻り、薄暗い部屋でことがおわったあと、ミリはフラオのことをマーコに説明した。
「処理されずに女性化したって」
 マーコは、ミリがまず疑問に思っていたところに食いついた。
「よくあることなの?」
「最近たまにあるみたいで、探してるんだ。男性形になったものは2人みつけたんだけど、未熟者ってのは本来女性形だからね、そのまま女性になるのはわかりにくくて。行政所がいまの体制を正当化するのに、自分の意思による性決定処理はとてもいいことになってるから、自分から出てこないし」
「あなた、病院でいろいろやってるんでしょう、卵巣抜いてあげられないかしら」
「あー」
 マーコの目がしっかりした。ミリは、仕事の時はこういう顔なんだろう、でなきゃどうしようもないからねと思った。
「サンプルということで問題ないと思う、卵巣抜いて、ほかにもいろいろと検査するよ、いや、こんなところでゆきあたるなんて、ミリに入っていてよかったよ」
 フラオがなんとかなりそうなことだけは、ミリもうれしく思った。フラオの顔を思い浮かべながら、ミリはマーコに抱きつき、マーコも抱き返した。

フラオが、卵巣を抜かれ、数日かけていろいろ検査されたうえで、「病院」から戻った。
 ふたたび、マーコに頼んで、ミリはマーコとともに、守り男に守られて、フラオのところに行った。
 ペンを外にやって、狭い広間で、フラオはミリに、
「安心したけど、やっぱり体を使うのは嫌よ、だから細工師になるわ」
 ミリは、
「ペンはどうなの」
「たまに乗せてあげたら、細工も取引先も教えてくれるといってる、細工の方は、わたし、けっこうもうできるのよ、父さん不器用だから」
「たくましくなったね」
「女になっちゃったんだから仕方ないわよ、男ならそのまま教えてくれたんだろうけど、でもあんまり乗せたくない」
 なんとかできたらいいのにと、ミリは思う。
 マーコと帰る道、すこし考え込んでいると、マーコは、
「こんどは、僕のところに連れ出したいんだけど」
「あなたの住んでるところって」
「「病院」の隣に、「表」にでてきたもとは「館」のものが住むところがあるんだよ、「別荘」と、中の連中は言ってる。間違えて感染してしまうことは最近ないし、自分から感染面にはいるものはめったにいないから、がらがらでね、まわりに音を気にしなくて済むし」
 そんなことを気にしていたとは思わなかった。
「連れ出せるなんて知らなかったんだ、いっぺんつれていきたい」
「いいわよ、あなたがどんなところにいるのか見てみたいわ」
 それは、大きな嘘ではなかった。館につながるものがどんなところに暮らすのか、興味はあった。

「館」は、「下の町」の北側の、低い丘に建っている。町の側に、斜面にへばりついて「病院」がつながっており、出入りは町と同じ平面になっている。どちらも、町よりずっと品位の高い素材でできあがっている。外壁はロケットを利用している。「館」の、町の反対側は、広い立入禁止区域がある。ロケットが下りてくる場所である。
 病院の右側に、目立たないが、やはり斜面にへばりついた建物がある。病院の中にのみつながっている。
 病院の内装は石が張られ、灯りは電気である。入ってすぐの空間に敷物がひろがり、何人もの未成熟者や、男に付き添われた女性体が座り込んでいる。奥にいくつもの戸口があり、すだれがかかっている。
 みな、その中に呼ばれる順番を待っている。あちこちの話し声が響く。
「久しぶりかな」
 マーコが、ミリといっしょに敷物のわきを歩きながら小声で言った。
「成熟処理以来よ、お産はここにくるまでもなかったし」
 マーコは、守り男に、その空間の壁側で待つよう言った。そして、そのままずかずか、右の方にある戸口のひとつまで歩いて、すだれを分けて、ミリをその中に押し込んで、自分もするっと入り込んだ。そこまでは、ミリは入ったこともあった。手を拡げられる程度の幅と2倍ほどの奥行きの空間に、硬いベッドがあり、奥の側になにかの機械がある。
「この機械はなに?」
 成熟処理をうけるために、この並びのどれかの小部屋に入った時、できなかった質問を、ミリはマーコにした。マーコは、
「卵巣とる時使うんだよ」
 そのまま、その小部屋の奥側の、ひらたくて細工も何もない扉の錠を、金属音をたてながらあけた。
 奥側は真っ白な壁の廊下だった。彼らの入り込んできたのと同様の扉が並ぶ。ほかの小部屋の扉だろうが、3つしかない。そのむこうは扉のついた壁で区切られている。
「感染してない、館に住むスタッフは、あの扉の向こうにいるんだ」
 それだけ言って、反対側のつきあたりの扉を開けて、階段を上がった。
「こっちは「別荘」っていわれてるよ」
 階段を折り返すたびに扉がある。
「こっちにはいま僕しかいないんだ、感染者はね。感染してない人たちの区域から、病院に出るときは完全防護するだろ」
 たしかに成熟処理をうけるときの病院では、「下の町」ではみない、つるつる白いもので全身覆われ頭も透明なおおいをつけたものが、相手してくれた覚えがある。
「僕はもう感染してるから、あんな格好はしないで、表からほとんどそのままつながったこっちの建物に住んでる。どの部屋でもいいんだけど、上の方が景色がいいからね。感染防御がいらないから、僕はずいぶん資源節約に貢献してる。君にときどき会いに行くぶんの兌換券くらいは手当で回ってくるんだ」
 その金のおおもとを、行政所とどうやりとりして手に入れるのか説明するのだが、ミリはよく理解できないまま、4層の階段を上がった。マーコは扉を開けた。
 部屋の窓は、大き目の硝子がはまっていた。「下の町」ではまずみないサイズで、それを通して、町全体が見渡せる。灰茶の、せいぜい2層までの、泥レンガやら木やらを組み合わせて仕上がった住居がずいぶん向こうまで広がって、夕日をあびている。陽は真横に沈んでいくから部屋に光は差し込まない。
 景色の周辺は、緑に溶けていた。
「こんなになってるの」
「下に住んでたんじゃわからないだろ」
 窓のそばにはベッドがあり、奥側に体を流すらしい場所もある。小さなテーブルに、本棚があった。そこに並ぶのが本だということだけはわかった。本棚の横には、ミリの肩幅3つ分くらいの四角い黒い平面が、壁にかかっていた。
「水をあびようか」
 もうすこし見ていたかった。せっかちだなと思いながら、ふたりでシャワーを浴び、ベッドに上がった。時間をかけ、上になったり下になったりし、上になった時には体を動かしながら、ミリは窓から町をみおろした。マーコもおなじように、上にいるときには、町を見下ろすようだった。
「町見下ろしながらこんなことやってたら、バカみたいね」
 おわったあと、ミリはマーコに、落ち着いて言った。マーコは、ベッドに横になったままなにも返事しなかった。満足しているらしかった。
「砂時計も裏返すのわすれちゃったわ」
「大丈夫。ちゃんとした時計がある」
 奥の壁の、黒い平面の上に、灰色の板がはりつき、数字がでていた。その数字は、みるうちに一番右がかわっていく。
「電気があるからね」
 自慢するようにマーコは、戸口まで歩いて、そのあたりを触った。天井のあちこちが黄白色に光った。
「で、時間はあとどれくらいなの」
「多めに払ったからね、あと1時間くらいじゃないか」
 ミリは砂時計をひっくり返した。
 窓の外は、どんどん橙色に染まっていく。腰布を体に巻き付けて、マーコとミリは、町を見下ろす。
 背後でぶちっという音がし、マーコが、しまった、という顔になった。
 いきなり声が響いた。
「久しぶりに休みのこの時間帯に部屋にいると思ったら」
 振り向くと、壁にかかる黒い平面だったものに、年老いた女性の顔が大きくひろがっていた。それは動いた。
 これは「下の町」にはみなかったもので、ミリは驚いてその顔を見続けた。
「なんです、母さん」
「きのうあげてきた報告を読み終わったのよ、あれはどういうこと」
 二人は、ミリの存在がないかのように、向かい合って話をしている。
「わかるでしょう、感染しながらでも成熟できる因子ですよ」
「そんなものは求められていないの、そもそも、卵巣の悪性化は防げないじゃない、地球が求めているのは抗ウイルスそのものよ、やり直しなさい」
 一瞬の無言ののち、
「そんなきたないものを、感染エリアだからって連れ込むんじゃないのよ」
 平面から顔が消えた。
 最後の台詞は自分のことを指して言ったのだとミリが気づくまで、しばらくかかった。そこで椅子をふりあげて平面にぶつけようとしたが、
「あそこにはいない」
と必死でマーコが抑え込んだ。

つぎの出産は軽く、子供の成育もよかったのだが、いつもと違うところがあった。それは、ミリだけにおこったことではなかった。
 子どもは、いままで、未成熟体のまま育つものだったのであるが、本来の性徴をはじめから備えた新生児がどんどん生まれてきたのである。
「どういうことよ、奇形じゃないの」
 あちこちで、産後の女たちがため息をつく。男性形は殊更に目立ったのだが、女性形も、未成熟体に比べれば生後すぐより性徴はくっきりしていた。
 従来の、未成熟体で娩出された子を見て、ほっとする母親も、数日後、じわじわと性徴が発達するのをみて、がっくりくるのだった。
 産み場を管轄する行政所は、はじめ、それを隠そうとし、次に、すぐそばの「病院」に母子ごと順番に運び込んだが、
「成熟しつつある」
と、見ればわかることをいわれて返されるだけだった。
 成熟体の子供をひきとろうというものも、さっぱりいなかったので、はじめは強制的に子供を養父に引き渡すという話もあったが、数人の子供がじゅうぶんな面倒を見てもらわないまま死んだ。
 当面、産んだものが育てろということになってしまった。
「冗談じゃないわよ、なんで女が子育てをするのよ」
 子供を連れて、もといた父親の居住区に舞い戻ったミリは、頭に来ていた。
「「孕み場」にもいけないし、育てるのにもらえる手当なんて、あそこでもらえるお金に比べたらさっぱりじゃないの」
 泣き止みそうもない子供をあやしながら、家の外の路地でミリは毒づいた。奥から、フラオが顔を出し、
「大変そうね」
 ミリは、他人事だから気楽そうなのは仕方ないと思いながらも、すこしイラついた。
「ベックさん、手伝ってくれるでしょ、あなたを育てたんだし」
「父さんは、初めから男になってる子供なんて気持ちが悪いといって、触ってもくれないよ、家に戻してくれただけましだけど、これだってお金渡してるんだから」
 いろいろな目論見が大幅に崩れてしまい、当座の予定もたたない。
「そもそも、私がお金もってきたからって、水運びまでやめてしまったんだから、どうやって子供と父親を食わせていけばいいのよ」
 家の中から、父親が声を上げた。
「お前の稼ぎをあてにしてるわけじゃない、俺は、金持ちだ」
 のぞきみる。小さなテーブルにのせた水タバコを吸って、うっとりしている。
「これ、結構高価いのに、いつのまに買ってきたの」
「仕事したんだ、これ以上はいわん」
 もともと吸いなれないもので、効きもいいようである。フラオは、
「さいごに汲んできた水は、売りもせず、大甕にいれてあるのよ」
「一体なにやって稼いできたのかしら」
「わかんないわよ、それより、あなたの客が、ここにきてたと思うわ、前に、いっしょにここまで来たでしょ、ペンが、見たっていってた」
 マーコのことらしい。ミリは、
「あなたの様子見に来たんじゃないの、とっても大切なサンプルだったらしいから」
 家の中からは、じっと聞いている気配が漂ってきた。それに向かい、ミリは、
「なんでもいいけど、仕事に行きたいのよ」
「じゃあ、そんな子供でも育ててくれるものを雇えばいい、俺はごめんだ」
「しばらく、私が面倒見てあげようか」
 フラオの台詞に、ミリは泣きそうになった。
「ありがたいわ、でもあんた、子供要らないって言ってたじゃない」
「自分の子供はね、でも他人の子供なら動物かうのと一緒よ」
 あまり長く預けない方がよさそうだとミリは思った。

「孕み場」に戻っても、あまり客はいなかった。生まれた子供がおかしい、という話は広がっていて、その原因になることも控える気分になっているようだった。
 数日して、マーコがやってきた。下腹がさらに出ていたが、ミリの方も、自分の肉付きがよくなった自覚があったので、何を言う気もなかった。
 ことがおわったあと、ミリは、
「へんな子供産んじゃったわ、どうなってるの、なにもかもおかしくなったわ、父親はどこでもらったかわからない金持ってるし、」
 マーコは黙って聞いていたが、静かに、
「ここの仕事はそろそろなくなってしまうと思うよ、もう始まってるんだ」
「なにが始まったの」
「成熟化処理しなくても成熟するものがどんどん増えてる、君の知り合いの、フラオみたいに」
「それで、なんでこの仕事がなくなるの」
「本来の性になるからね、女性は増える。産む仕事の値段は当然下がるだろう」
 このうえ金まで稼げなくなるのか、私の人生はどうなるのだと、ミリは思った。
「はやいうちに卵巣を抜いて、別の仕事をしたほうがいいよ、たまに稼ぎたいときは、僕が相手してあげるから」
「そんな金貯まってないわよ、卵巣抜くには早すぎる」
「やってあげるよ」
 マーコは、こともなげに言った。顔にはびっしり汗をかいているのだが、薄暗いのでミリにはわからない。
「悪性の兆候あり、という理屈がつけば、かなり安くなる」
「無料ではやってくれないの」
「さすがにそこまでは無理だよ、診断は、疑わしい、でも、なんとかなるけどね、君の歳で生理が上がったといっても、生体記録とるのは僕じゃないからばれる」
 それがどういうものなのかわからなかったが、マーコの言うとおりにするしかなさそうだった。

「病院」の小部屋で、ミリは、硬いベッドに横になり、体を屈曲させて背中をマーコに向けた。マスクしたマーコの横には、透明な全頭カバーをかぶり防護服を着こんだ助手がいる。
「そう、いまからきれいにして、腰から下を感じなくし、腹の裏に孔をあけて、中をのぞきながら卵巣とってしまう。じっとしておいてくれ」
 背中でごそごそするうちに、緊張感のない助手は、マーコに話しかけた。
「数人みつかったばかりの、処理なしでも成熟化する現象が、なんだかいきなりぜんたいに広がりましたね」
 マーコは、生返事しながら走査する。
「マーコさん、専門なんで教えてくださいよ、こういう時しか話もできないし、あれって、いままでのウイルスをさらに上書きするウイルスがいきなり流行ったってことなんですかね」
「そうなんじゃないかな」
 ミリの背中から下にはもう感覚がない。背中の裏、腹部の奥でなにかがうごく不快感だけがある。
「入れてくれ」
 マーコが助手にいう。ポンプの音がして、ミリの腹部がぷくっと大きくなった。
「いま空気を入れてるんだ」
 ミリに声をかけるマーコに、
「いちいち説明してやさしいですね」
と助手は言う。そして、ミリに向かって、
「もうちょっとしたら、内視鏡で見ながら、卵巣を裏から切り取ります、動くとへんなところに道具が当たってきつく出血して、ものによるといのちにかかわるからじっとしておくんだよ」
「君も丁寧だな」
 マーコの声に、
「すみません、私、いままでに2回ほどやっちゃってるんですよ」
「危ないな」
「マーコさんほどうまくないんですよ、こんなもの着てりゃよけいにね。でも今日は、マーコさん、ちょっ手つきが違いますね、慎重なのか」
 マーコは黙り込んだ。助手は、
「ウイルスとしても、ちょっとひろがるのが早いですよねえ、もとのウイルスみたいに肉体的な接触で広がる早さじゃない、空気に漂うのか、水に交じり込んだのか」
 そのときミリは気づいた。マーコは、父親のところにいった。父親は水源に行く稼業だった。そして、いま、大金をもっている。マーコがフラオから得たサンプルについてマーコ自身の部屋でやりとりする会話もきいてしまった。
 ミリは、がたがた震え始めた。
「怖いのかな、そりゃ怖いよな」
 のんきな声で助手が言う。小声で、ミリは、
「、、、、、お願い」
 マーコの緊張の解ける気配がして、そのあとの作業は滑らかに済んだ。

数日後、父親の家で、術後の創をやすめているミリのところに、マーコがやってきた。
 父親は、あいかわらず戸口からはいったばかりのところに座り込み、テーブルに載せた水タバコを吸っている。ぼんやりした目でマーコをみて何か言いそうになったが、マーコの表情で、口を閉じた。
 奥の部屋の大きなベッドの隅に、ミリは横になっていた。そばまで行くと、気配に、ミリは目を開けた。
 そして、また、がたがた震え始めた。
「怖がらなくてもいい、大丈夫だよ」
 ミリは深い息を、ゆっくり吐き出した。目を閉じて、開けた。
「いろいろありがとうね、でももう、あなたにはあわない方がいいと思うの」
「そういう仕事もやめるからね」
「それもあるけど、あなた、その気になってたでしょう、そんなひとと会える?」
 マーコはため息をついた。そして、ひとりごとのように、
「今回の新ウイルスは、水を媒介して拡がったらしい。うちだけじゃない、3つの町すべてだ。成熟化にはもう地球からの物資はいらない。われわれだけでやっていけるんだ、地球の方もそれがわかってるから、もう物資は送ってこないかもしれない、得られたデータは、地球の求めるものではなかったし。女性の若死にする星をいつまでも植民星としてつないでおくわけにいかないだろう」
「卵巣はどうなのよ」
「とりあえず生み続けるしかないな、そうじゃなきゃ早死にするか。卵巣をとるにも地球の物資がかなり必要だけど、どこまでここでかわりを作り出せるのかわからない」
「いきあたりばったりじゃないの、、、」
「ウイルスの伝播をしらべるために、行政所が水源やら、そこからとられた水やらを調べることになってる。元の水源にはウイルスはもう跡形もなくなってる、と思われるんだけどな」
 誰がそれを思うのよ、と、ミリは思った。
「でも、その手の検査も、地球の物資がなくなりゃ出来なくなるよ、できれば、卵巣の悪性化をとめられるようにはしたかったんだけど」
「あなた、そんなものを作って、播いて、ほんとに余計なことしたのよ、わかってる?」
 ミリは静かに言った。マーコは黙り込んだ。
「でも、それだったら、もうちょっとがんばってくれるわね」
 ミリはすこし体を起こした。目をそらしたまま、
「ベックが、最後に汲んできた水を、大甕にいれておいてるわ、水タバコ吸ってる部屋の端よ」
「ありがとう」
 マーコは立ち上がった。
「君みたいな、きれいで素敵な人にあえてよかったよ」
「こっちは大損よ」
 ふたりは一瞬視線を交わし、マーコは部屋を出ていった。
 隣の部屋で、甕のようなものが割られる音がして、ベックが口汚くののしったが、水タバコのせいで、なにをいっているのかさっぱりわからなかった。

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