梗 概
九姉妹殺し
倉内法務大臣の次男亥作(41)はドアノブにかけた紐で縊死した。亥作の妻と長女は既に亡く、次女の愛(12)は取り調べを受ける。「私達の誰かが父は殺した」愛の人格の一つ真理絵(22)が自白した。愛の持つ九つの人格は、全員父殺しを否定した。
取調べの映像が流出し事件は関心を集めた。「殺人を犯した人格のみが裁かれるべき」急進的な人権団体が声明を出す。統合人格を自称する青年、マエストロ(28)が各人格の物理的分離を提案した。解離性同一性障害は複数の別人が一つの体を共有していると判例が出ており、自己複製体への意識の移植も解禁されて久しい。「次男とは親子の縁を切っている」失言から道義的責任を追及された法務大臣は、孫娘の人格の分割を余儀なくされた。
各人格のセルフイメージが抽出され、性別や年齢を正確に反映した肉体が遺伝子情報から作られる。容疑者保護のため政府の病院船で行われた施術は成功した。リハビリ後の肉体を伴った初顔合わせの夜、船員と医療従事者全てが毒殺された。折からの台風接近に備え沖合に錨泊していた船は九人を残し孤立した。殺人者を警戒し食堂に留まる一同。
多重人格は父の虐待が原因だった。愛を守るため多くの別人格が生まれたが、男装の王子様ルイ(12)しか愛は知らない。自分の虐待すら愛は知らず、別人格から事実が漏れる事をルイは警戒した。人格間には力関係があり持つ記憶にも差がある。最も無知なのは愛本人だった。
夜も更け縄抜け担当の少年拳児(13)が毒の症状で死ぬ。性的虐待を引き受けていた双子のメイド、モナカ(18)とカノコ(18)は手首を切りバスタブで失血死した。翌朝、最も古い人格で暴力の身代わりになっていた無痛症の少女メア(4)がトイレで撲殺された。
連続殺人に冬彦(35)は優位人格のマエストロを疑う。飢えや病気から他の人格が待避する為の生贄が役割の冬彦。孤立を悟り個室に閉じ籠もるが食事を喉に詰まらせて窒息死する。残る愛、ルイ、真理絵にこの殺人は父の死とは無関係かもしれないとマエストロは言う。自分で自分を殺す意味がない。ならば救助まで自室にいると去る真理絵。皆個室に分かれる。
台風一過。夢うつつの愛は何か必死に訴えるメアを見る。無音だがその唇はルイと言っている。外に出ると拳銃で相討ちとなったルイとマエストロが倒れていた。死を嘆く愛に一度は拳銃を向けた真理絵だが、殺人者でも貴女に生きて欲しいと言い残し自殺する。その時愛の心にルイの声が聞こえる。ルイの正体は父の亥作に虐待され殺された姉、泪の死霊だった。
他の人格を欺いて愛の体を操りルイが亥作を殺した。邪魔な愛の分身も始末した。その動機は父の遺伝子をこの世から消し去る事。先刻のメアの霊は警告していたのだ。十人目も殺すとルイは言い、愛が亥作の子を宿していると明かす。体を操られた愛は甲板から海へと身を乗り出す。
文字数:1200
内容に関するアピール
多重人格内でのデスゲームが発想の発端です。事件までの時系列を整理すると、亥作による姉の泪への虐待は、妹の愛が生まれ母が死んだ六歳の時から十歳で死ぬまで続きます。泪の死後虐待の対象は当時四歳の愛に移り亥作が殺されるまで続きます。
泪から生じた憑依霊のルイは、愛とそこから生まれた他の人格とは由来の異なる存在です。泪の死後、父から虐待を受けた愛が身代わりの人格としてメアを作り出した瞬間ルイは憑依し、以後愛の人格の一つのように振るまい他の人格を欺きます。眠ることのないルイのみが、全ての状況と全ての人格の思考を把握しています。
また、愛の持つ各人格の力関係は大まかに以下の様になります。
マエストロ > 真理絵 > モナカ = カノコ > メア > 拳児 > 冬彦 > 愛
実作では病院船でスタッフが毒殺された場面から始め、嵐が過ぎ去るまでの一日半を、愛を視点人物とした三人称で描こうと思います。
文字数:379