ブラックホール・クラウド

印刷

梗 概

ブラックホール・クラウド

事象の地平面なんてなかった!特異点は存在しない!21世紀に提唱され、22世紀に確立した新ブラックホール理論によって、ブラックホールを超々大容量ストレージとして利用する道が開かれた。この物語の主人公はそのパイオニアである。彼は仲間たちと情報とは何か、意識とは何かについて語り、それらのブラックホール内での状態である「ブラックホール相」について議論を交わす。彼らの目的は、太陽系外縁部に発見された小型ブラックホールを、ブラックホール・クラウドとして確立し、その内に仮想量子コンピューターを構築することであった。主人公はその計画を利用し、ブラックホール・クラウドの中で永遠に近い存在となることを夢見ている。

ある日実験の失敗から、彼はブラックホールにどこまでも落ちていくことになる。恐怖は一瞬で過ぎ去り、そこで彼はほとんど情報だけの存在となる。人間としての記憶だけが辛うじて彼の自己を維持する。どれほど時間が経っただろうか。そもそも時間はあるのか。彼はいくつもの情報と出会う。それは地球上の生き物たちの記憶であった。彼はブラックホール・クラウドが確立したと思う。匂いや気配、音楽のようなものさえ周囲に満ちる。それは夢とも物質世界とも異なっていた。これが情報の「ブラックホール相」なのか。昔見たある奇妙な映画のことを彼は思い出す。そしていくつかの記憶と彼は述語的に繋がっていく。

その一つは巨大災害により町も家も友人も親も妻も子供もペットをも全てを半日で跡形もなく喪失した男の記憶であった。男は呆然と現実感のない日々を過ごすほかなくなるが、時を経るに従い、こちらが本当なのではないかと思い始める。

また一つはある原子力発電所作業員の記憶であった。ある日その原発は深刻な事故を起こす。事故現場で吹き飛び直立した1000トンの炉の蓋を目にした作業員は、猛烈な放射線によって生きたまま腐る身体を抱えながら、そこに超越性を見る。

やがて全ての情報は均一になり、主人公はその中で無限に近いと思える時を過ごす。苦痛は感じなかった。苦痛を感じる機能がないのだと彼は思った。彼はフンコロガシの記憶と繋がったときのことを思う。自身の体の何倍もある巨大なフンをひたすら転がしながら、そのとき彼は幸福としか形容のしようのないものを感じていたのだった。

ある日主人公は元の体で目を覚ます。彼は奇跡的に救助され、意識不明のまま何十年も眠り続けていたのだ。再び肉体と感覚を持つことは大いなる喜びであり、苦しみであった。彼の研究は実を結んでおり、偉大で献身的な先駆者の帰還として彼は歓待され、年老いた友人たちと再開する。友人たちはずっと眠っていた彼が、なぜこれほどまで穏やかに老成しているのか不思議に思う。死につつある身体を抱えながら、彼はフンコロガシの記憶を懐かしむ。そして自らの「ブラックホール相」に思いを馳せながら、いったいどちらが本当なのだろうと考えるのだった。

文字数:1211

内容に関するアピール

①今年の7月8日に理化学研究所によって発表された「蒸発するブラックホールの内部を理論的に記述-ブラックホールは未来の大容量情報ストレージ?-」という記事を読みまして、今後ブラックホールが結構普通の存在になってしまうのではないかと寂しさのようなものを感じました。一方でインターステラーのブラックホールに落ちていく描写が理論的に成立するのではとも思いました。

②「旅館アポリア」という展示を「あいちトリエンナーレ2019年」で見まして、そのときは優れた展示だと感じ、とても納得したのですが、日数を経るうちに、絶対無とはああいうものではないのではないか、と考えるようになりました。

この小説はほぼ①+②で出来ています。たとえ事象の地平面も、特異点もなかったとしても、ブラックホールにはなんからの地平であり、なんらかの始まりであり終わりであって欲しいという思いがこの物語を生み出しました。無、そして有を描くことに挑戦します。

坊アピールをしてしまったのでとりあえず最初は坊っぽい内容にしてみました。よろしくお願い致します。

文字数:454

課題提出者一覧