apple計画

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梗 概

apple計画

2025年9月

apple計画の成功に沸き立つアメリカ国防省。

2024年11月

映像作家の加藤おさむは林檎作りの名人、名田栄なださかえの取材を行う。栄は物心ついた頃から林檎農園を手伝っていた。剪定せんていがひと段落し、休憩する栄。いい剪定をするには経験が必要なので後継者の清(孫)にはまだ任せることはできない。そんな祖父に不満もらす清。それを聞いて笑う栄と加藤。

その頃、防衛大臣、佐々木孝弘たかひろがアメリカ国務長官ローバト・ジャックと非公式でビデオ会議を行う。ロバートからapple計画の話を聞き佐々木は驚く、ロバートはお互いの国益になることだと説明する。

2025年4月

林檎園では摘花の作業を行い、余計な花を摘む栄と清。栄が加藤に摘花を行わせる。映像が撮れないと不満をもらす加藤。栄は何事も経験と言って、加藤も摘花の作業を行う。

2回目のビデオ会議。日本政府として人道的にもこの計画には賛同できないと表明する。ロバートは今年の秋頃を目安に実験を行う用意をしていることを明かす、佐々木は猛反対するも、ロバートは佐々木の話を全く聞かず、ビデオ会談は終わる。官僚が部屋に戻る中、毎年やっている実験で大臣は実情を知らないという話になる。

2025年7月

林檎が五、六個の実を付けるので、摘果を行い、1個にしていく。近年は清の提案で「寿」などの文字が入った林檎を作る。夏が過ぎると収穫が始まると加藤に笑って話す清。栄は黙っていた。

緊急で3回目のビデオ会談が行われる。ロバートは自分のスキャンダルが出て、大統領から辞任を迫られていることを明かす、佐々木を睨むロバート。だが計画は止まらないと言ってビデオ会議は終わる。

2025年9月

林檎全体に光を当てるために葉つみを行う。光が当たっていない林檎には玉まわしを行い、光を当てる。一年精魂込めた林檎がようやく収穫の時期を迎える。

その一週間前、アメリカ軍がグアム海域で原子力空母を泳がせ、その際発生する熱エネルギーを海に放出し、海面温度が高くなり、人工台風が発生する。人工台風は当初の予定通り日本に直撃するも、佐々木の命令でMUレーダーを使い電磁波で台風をできるだけ被害がでない地方に回避した。佐々木は官僚のシナリオ通りに動き、アメリカ国務省・防衛省共に自然災害をコントロールできた事例ができ計画は成功した。

台風の被害で約1年かけて作った林檎は収穫できなくなり、清は涙する。栄はどこか冷静だった。自衛隊やアメリカ軍が被災地支援を行う中、その助けに感謝する地元の人間。栄は農業保険に入っており、減収分は補填できた。加藤は栄の冷静さに疑問を感じ理由を聞いた。栄は自分が30年前まで防衛庁にいたことを話、アメリカが40年前からapple計画を行っていることを話す、加藤はこの映像を流していいか栄に聞いた。栄は黙っていた。その数日後、加藤は車の事故で亡くなった。

文字数:1199

内容に関するアピール

この作品のアピールポイントは「反米」です。テーマが「旬」ということなので、今の時期、旬の林檎を扱い、林檎農園で何か書こうと思いました。「林檎を一年育てました」という話では、SFにならないので、SF要素を入れるために人工台風をアメリカが作り、その人工台風を日本政府がコントロールし、被害を最小限に自国にぶつけるというSF要素を入れることにしました。林檎農園で林檎を育てる中で人工台風をぶつける計画に右往左往する日本政府を描いているのは名田栄という存在を隠すためです。この作品の根底にあるのは名田栄のアメリカに対する強い怒りです。彼の半生はアメリカに林檎を通して間接的ではありますが蹂躙されています。ですから彼にとって加藤の死ですら一つの道具であり、強い反抗でもあります。しかし、アメリカも彼の存在には気付いており、栄は上手く抗えない。そんな彼の静かなる反米意識がこの作品のアピールポイントです。

文字数:396

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apple計画

上空から降ってくる六角の結晶を体に受け止めながら、黒い学生帽と黒い詰襟の学生服を着た幼さを残した一人の少年が駅のプラットフォームで夜行列車を待っていた。少年の名は名田栄なださかえ。栄は故郷に大事なものを残したような寂しさを感じ、結晶が降る上空を見ていた視線は自然と下降し、無機質な茶色の線路を見ていた。

🍎

栄は幼い頃から父の手伝いをやっていたので父の林檎園は自分が継ぐものだと思っていた。しかし、小・中と青森県の模試で1位2位を行き来する栄を見た中学校の水野先生から

「名田、お前は東京の学校で勉強したほうがいいかもな」

と言われ、家庭訪問の際に先生・両親・栄を含め、先生の友人が経営する偏差値の高い進学校に行くことを薦められた。授業料などは先生が理事長に話をつけ免除という形にするという話だった。栄の母は「生活費などもありますからねぇ」と言いながらも、栄が見るに内心喜んでいるように思えた。父は黙っていたが何か考えているようだった。

🍎

ある日、父の林檎園の剪定を手伝っている時に父から「梯子を持っとけ」と言われ、梯子を手でしっかりと固定していると、父が剪定をしながら背中を向け話しかけてきた。

「栄、最近調子はどうだ」

栄は全くと言っていいほど普段は話さない父が話しかけてきたので少し驚いた。

「いや、別に・・・。」

「・・・そうか」

背中を向け話をしていたので、父の表情を読めなかったが、父は話すことに慣れていないようだった。

「この前、あの・・・水野か?」

父は先生の名前を覚えていなかったようだ。栄は「うん」と頷いた。

「その水野先生が家庭訪問に来たじゃないか?」

「うん」

「あのな・・・お前は頭がいいから・・・、先生が言うように、東京の高校に行って・・・、いい大学行って、いい会社に行く方が向いているんじゃないか?・・・金の事なら心配するな・・・なんとかするから。」

栄はこの林檎農園を継ぐのは悪くないと思っていたが、一度は世界を知りたいという好奇心から、父に「うん」とだけ言った。父はそこから黙ったまま、剪定を行い、剪定を終えると「次に行くぞ」とだけ言って、次の林檎の木に栄も梯子をもって向かった。

🍎

まだ汽車は来ない。しかし、時間が経つごとに栄の心の寂しさが募っていく、その時

「おーい、名田」

遠くから聞こえる声の方向を見ると、茶色のスーツとベストと着て、茶色の帽子を被り、少し濃い茶色のネクタイをした丸眼鏡の若い男が走って駅のプラットフォームに入ってきた。水野先生だ。栄は上京する際に先生と一緒に東京に行くことになっていたので、先生が5分前になるのにまだ来ないことに少し心配していた。

「えらく早いな。お前はいつも時間ギリギリに学校に登校するくせに」

と言って、2本持っていた缶コーヒーの1本を栄に渡した。まだほんのり温かいコーヒーを手に取ると少し栄の心の寂しさも少し晴れた。

「先生に言われたくないですよ。先生はいつも定刻通りに授業やったことないじゃないですか?」

栄は心の寂しさを悟られたくなかったので、いつものように生意気な口を聞いた。先生は缶コーヒーを開け、飲みながら話を聞いていないように言った。

「あれ、ご両親は?」

先生は面倒なことを言われるといつも話を変えると思いながら

「ウチは車が2人乗りの軽トラしかないんで母とは家で別れて、父は30分前に僕を駅で下すとすぐ家に帰りました。」

と説明した。先生はキョロキョロ周囲を見回しながら「ふ~ん」と言った。何を探しているんだ?と思っていると、右手から小さな音が聞こえた。その音は徐々に大きくなり、肉眼で遠くからその音を鳴らす物体を確認できた時には、強い閃光を放ち、悲鳴にも似た大きな音を鳴らしていた。

「汽車だ」

思わず声がでてしまった。図書館の資料で見たことはあったが、本物をみるのは初めてだった。そして、プラットフォームに汽車が到着するとまばらではあるが何人かの人が降りてきた。

「乗るか」

と先生が言うと、栄の足も自然と動いた。車内に入ると茶色の木の板でできた背もたれとふかふかの緑の座面があり、頭の上にはハンモックのような荷物置き場もあった。車内の人は少なかったが、スーツを着ているものもいれば、鮮やかな着物を着ている女性もいて、ウチでは冠婚葬祭で着物を着ている両親や親戚ぐらいしか見たことがなかったので、栄はちょっとした社交界に来ているように思えた。先生が切符の番号を見ながら席を探し、栄に窓際に座るように促した。窓際に座ると、先生は栄の荷物を受け取り、自分の荷物と一緒に荷物置き場においていた。栄は周りに木々しかない寂しい駅を見ると、心のうちにある寂しさが一層、色濃くなる気がしたので、自然と目線が自分の足元に向かった。その時、「うん?やっぱりいたか」と先生が声をあげた。先生を見ると先生の目線は汽車の前方を向いていた。自分も立って、先生と同じ目線で見ると一台の軽トラが見えた。見覚えのある車だった。

「名田?あれお前の家の車じゃないか?」

軽トラを見ながら、先生の言葉に頷いた。汽車が出発の合図を鳴らし、緩々と動き出すと、段々と運転席に座っている人間が見えてきた。父でないか?暗くてよく見えないが、涙が流れているようにも見える。あの父が考えられない。列車のスピードは段々早くなり、もうすぐ車を抜き去りそうだった。車と自分の窓側の席が限りなく近くなった一瞬、車のクラクションが鳴り響いた。父だ。そう確信した。そして、声をだして泣いた。やっと気付いた。いや気づかないふりをしていたのだ。大事な家族を残してきたことを、先生が自分の肩を強く掴み、自分を席に座らせた。先生は暖かった。そのまま泣き疲れ寝てしまい、汽車は東京へと走った。

 

2025年9月

 

アメリカ国防省。茶色の大型会議用のテーブルで皆々好きな恰好・姿勢で椅子に座り、小さな映画館ぐらいの大きさのモニターで地図をみんなで見ていた。会議が始まり、概要の説明を終え、5分間沈黙の時間が過ぎていた。皆々、国防省の高官で分刻みで仕事をしているので、予定時刻より計画が進んでいないことにイラついていた。円卓の中央に座る計画の長、サン・リーだけが爪切りをして口笛を吹いていた。サンの目の前に座る同期のジェイク・ジョーソンをイライラの最高潮だった。

「サン!まだ当たらないのか!」

サンは口笛を止めたが、爪切りは相変わらず続けていた。

「みんな賭けをしないか?あと10分で当たるか?当たらないか?10分以内で当たったら、俺の勝ちで皆は俺にベンジャミンを一枚払う。逆に10分以上たったら、俺が迷惑料も兼ねてベンジャミンを一枚ずつ払う。」

皆、笑って「OK」と言って続々テーブルに紙切れを置いた。しかし、同期のジェイクだけは黙ったままだった。ジェイクの隣にいる高官が「ジェイクあなたは賭けないのか?」と聞くと、ジェイクは笑い

「みんな、この男がハーバードでなんと呼ばれいたのか知らんのか?」

とジェイクが次の言葉を言おうとした時、サンが爪切りを終え

「じゃあ、ジェイク以外は賭けるということで、20枚か、今日の夕飯はRoyalでメシを食ってもお釣りがくるな

と言った。みんな笑ったが、ジェイクだけが舌打ちをして、席を立った。ジェイクの秘書官が席を立つジェイクに行先を聞くと「トイレだよ!こんな茶番に付き合えるか!」と言ってその場を離れた。サンが

「ジェイクの秘書官も大変だね。ウィルくん。君のような優秀な人材はぜひ我がチームに来ていただきたいね。」

ウィルは下がった眼鏡を上げ「ありがとうございます」とだけ言った。

「では、画面に今からストップウォッチを表示させる。今からスタートでいいかね諸君」と言って、ウィルとサンの秘書サシャ以外、全員笑って「OK、OK」と言った。

「サシャくんスタートしてくれ」

というと、サシャは「OK」と言って、enterキーを押した。モニターに地図とストップウォッチが表示されカウントが始まる。その時、地図上で全く動いてなかった円が動きだし、異常な速さで目標物に当たった。その間の分数は5分とかからなかった。秘書官のサシャとサン以外、皆驚き、サンに「イカサマじゃないか?」「ありえない!」「サン何をやったんだ!」と怒号が飛んだ。

「じゃあ、君たちの部下に電話してみたらどうだ?」

と言って、皆日本にいる部下に電話したが、通話ができなくなっていた。しかし、メールが皆に一斉送信されてきた

「Mission complete!!」というメールだった。

🍎

ジェイクがトイレから戻るとみな沈黙し画面を見ていた。ジェイクは秘書官のウィルに「当たったのか?」と聞くと、ウィルは頷いた。席に戻り

「ハーバードのトリックスター、サン・リーを皆甘く見ていたな。」

と言って笑った。サンは

「たまたまですよ。天気なんて気まぐれですからね。」

と言って、微笑した。

 

2024年11月

 

映像作家の加藤修かとうおさむはスノーチェーンを巻いた車で10cmほど積もった雪の上を走っていた。色んな土地に車で取材に行ったことはあるが、雪国は初めてだったのと、チェーンを巻いている為走りにくい運転とゴールが見えない運転に肉体的にも精神的にも疲れていた。そしてやっと目的の場所である林檎農園がまだ遠くではあるが見えてきたので自分の運転してきた道のりに間違いがないことに気づき、少し安堵した。

🍎

加藤はカメラを持って車をおり、雪が積もる林檎農園の木々をカメラで撮影しながら、加藤は歩いていた。木々は枯れ木のようであったが、ここに実ができることをインターネットの動画サイトでは見ていたが、加藤の頭の中ではあまりイメージできなかった。そんな木々達を撮影しながら歩くと、まだ中学生ぐらいの少年が梯子の足場が崩れないように手で梯子をしっかりと固定しながら、梯子に乗った老人が大きな剪定はさみで枝を切っていた。加藤はしばらくその光景を無言で撮っていた。最初は林檎の木々と栄と少年が同じような大きさで写るように広く画角を撮り、次は画角を狭く撮り、木々を切る栄の体全体や少年の表情が写るように撮っていると、少年が梯子を固定しておくことに飽きたのか目線がこちらを向き、加藤の存在に気付いたようで梯子に乗っていた栄の背中を触り、栄が少年を見ると少年は加藤を指差す

「おぉ」

と言うと、栄は剪定はさみを少年に渡し、梯子から降り、笑顔で加藤に近づいてきた。少年も栄の後を追うように加藤に近づいてくる。

「もう、撮ってるんかい?」

と栄が言うと加藤は「ええ」と言って、栄さんを撮っていた。少年も追いついて、栄の後ろにいた。

「こんな老人撮って面白いんかい?」

と笑いながら栄が言うと、加藤はまた「ええ」と言って、少年を写そうかと考えたが少し躊躇していた。そのことを栄が察したのはどうかはわからないが、後ろにいる少年を前に出し

「孫の清じゃ」

と言って、清を紹介した。加藤が

「こんにちわ」

というと、照れくさそうな笑みを浮かべながら清も

「こんにちわ」

と挨拶した。加藤が栄に顔を向け

「栄さん?清君も撮影していいんですか?」

と聞くと

「おお、構わんよ。清の親からも承諾は得ているし、清本人も良いって言っとる。なっ、清?」

すると清は笑顔で頷いた。やはり、先程、加藤が清を撮ることを躊躇していたのを栄は見抜いていたのかと思うと今回の撮影に加藤は少し難しさを感じた。今回の加藤の撮影のテーマは「なぜ防衛庁の帝王とまで言われていた男が林檎農園を経営しているのか?」という所にある。しかし、そのテーマも見透かされているように感じた。そもそも加藤が映像作品を作る場合、狙い通りにいつもいかないわけなのだが。そんなことを加藤が思っていると栄が

「おい、加藤君。わしの要望は2つだ。」

と言ってきた。加藤の心の中は少し曇ったが、平静を装いつつ、加藤は栄にカメラを向けたまま

「なんでしょう?」

と言った。栄は少しオーバーに横に大きく手を広げ

「一つ目はこの林檎で最高の林檎が作られていることを写すこと。そして、二点目が重大になってくるのだが・・・。」

と言って、少しの間があった。加藤の心の中は今にも雨が降りそうだ。

「わしをイケメンにとることだ!」

と言って、加藤のカメラを指差し、栄は大笑いした。清は「イケメンって古いよ爺ちゃん」とクスクス笑っていた。加藤は心の底からホッとした。そんな加藤の心中を察したのか

「おっ、長旅でお疲れのようだな?」

と栄が言うと、栄は清に「小屋に案内しろ」と言った。加藤は目が覚めたかのように反射的に

「いえ、このまま撮影させてください」

と言った。栄は不思議そうな顔で

「剪定するだけだぞ?」

と言うと

「はい、それが大事になってくるかもしれないので、撮っておかないといけないんです。」

と言ってカメラを回し続けた。

「変わった男だな。」

と栄が笑うと、「ついてこい」と言い、剪定を行う次の木に向かった。清も加藤も慌てて栄を追いかけた。

🍎

栄が剪定の途中に「清もう作業終わるから小屋温めておけ」と言って、清が小屋に行ったのでなぜか加藤が梯子を固定する係になっていた。カメラはハンディカムで幸か不幸かズボンにギリギリ入るサイズので、仕方なく加藤は梯子を固定していた。

「栄さん。私撮影に来てるんですけど?」

と不満を漏らしたが、栄は口笛を吹きながら

「あんたも梯子ぐらい上ったことをあるだろう?」

と言ってきた。梯子なんて仕事でいくらでも上ったことがあったので「なにを今更」と思ったが口には出さず「ええ」とだけ言った。

「どうだ?そこから剪定するワシをみるのは?」

「えっ?」

と思い、栄を見ると、お日様の光が栄の剪定ばさみに反射し、神々しいものに感じ、まるで幾つもの無駄な未来を切り、本来の主線軸である未来を太く大きな流れにしているかのように思えた。

「単に映像を撮っているだけでは第三者の視点でしか見られていないが、自分も参加することによって、ワシがやっている作業にも頭の理屈だけじゃなく、感覚で得られる視点というものもあるだろう?」

と言って、加藤に笑顔を向けてきた。加藤は頷いた。すると遠くから

「爺ちゃんもう温まったからいいよ~!」

という清の大声が聞こえてきた。すると栄も

「今、行く~!」

と大声をだし、加藤に「行くか」と言って、一緒に小屋に向かった。その時、加藤は無意識に梯子を持って栄の後をついて行っている自分に気付いた。やはり「この老人は難敵だと思いながら栄と小屋へ向かった。

🍎

小屋に入るとストーブをたいてあり、外気との温度差で加藤の眼鏡は直ぐに曇った。ポケットからハンカチを取り出し、眼鏡をふいたが逆にハンカチについてあった手油が眼鏡につき、不快になった。先程まで剪定の作業やカメラを撮っていたり、動いていたので寒さをあまり感じなかったが、ここにきて、一気に寒さを感じた。清からストーブの近くに3つ置いてある木の椅子のどれか座るように顎で促されたが、首を横に振り、座るのを断り、立ちながら、ハンディカムで小屋を入口から映し出し、既にストーブの前に座っている清と栄を映し出した。清は「さむさむ」と声にだしストーブの前で手を出し早く温まろうとしている様子だったが、栄は暖かい眼差しでストーブを見ていた。1・2分、三人の間で沈黙の時が流れたが、その沈黙は決して嫌な空気ではなく、加藤には三人の思考を落ち着かせるために必要な時間のように感じられた。

「加藤君、君は剪定をどう思った」

加藤は数秒考え

「宇宙を感じました」

と言った。清が

「加藤さん。ここは林檎農園だよ」

と笑っていたが、栄は暖かな眼差しを浮かべながらストーブを見続け

「ある意味正しいな」

と言って、清はぎゃっとした顔で栄を見た後、栄の方向に体を向け

「爺ちゃん、普段から言ってるじゃん。剪定は技術と経験って」

栄は呆れた顔で少し顔を上げ、目線を下の清に向け

「あのなーー清、今はそんな話をしているんじゃないんだよ。センスの話をしているんだよ。ワシが最初にお前にこの話をした時、お前なんて言ったか覚えてるか?」

清は眼を上げ、考えている様子だったが、加藤のビデオカメラrecしだして3min2s~3min17sを数えた時

「なんていったけ?」

と言った。栄はため息をつき

「ポッキーみたいだ」

清は寒い中で顔がほんのりと赤かったが真っ赤になった

「ま、お前もまだ小さかったし、ポッキーを折っているようにイメージをしたかもしれないが、加藤君が今言った「宇宙」と「ポッキー」ではスケールが全然違うだろう?一方は人間が作れるお菓子で一方は人間が今だ完全に手に届かないものだ。このセンスの差は剪定する時に大きな差がでる。一方は無規定な物を想像し、一方は規定されたものを想像する。まっ、それにしても宇宙はでかすぎるが・・・」

と言って、カメラ目線で加藤を見て、自分の手を見ながら

「そうじゃな、ワシは・・・自然かのう・・・まだ我々が自在に操ることができない自然、いまはまだな・・・。」

清が悔しそうな顔で栄を見ながら

「じゃあ、爺ちゃんは俺が「ポッキー」って言ったから剪定させてくれないのかよ?」

と言った。栄は笑って

「前に言ったろ、いい剪定をするには時間がかかるって、それに最近は剪定もさせてるじゃないか?」

すると、不満げ顔で栄を見て

「教師付きの剪定だろ?」

と言った。栄はまた笑い

「まだまだ独り立ちとまではいかんな。」

と言って、清の頭を撫でた。加藤は自分がカメアシをやっていた頃、先輩がカメラを触らせてくれなかったことに苛立ちを感じていた自分を思い出し、加藤も少し笑い出した。

「なんだよ。加藤さんまで笑いだして!」

加藤は笑いを堪えながら

「いやこれは違うんだ」

と言って栄と一緒に笑った。

🍎

防衛大臣、佐々木孝弘は5、6人が入れる小会議室のテーブルを人差し指でコツコツとたたいていた。もう20分遅れている。どこかのお寒い国のお偉いさんなら兎も角、表面上は我が国の同盟国と言われいる国がこの扱い、それに優秀と言われる我が国の秘書官たちが焦り気味なのに、ボスが遅れている状況の国の秘書官達は何も気にしていない様子で当たり前かのような顔で無表情で、立って待っている。この差は能力の差か?国柄の差か?どちらかわからないが、テーブルをコツコツと叩いていることにこちらの秘書官の動揺を誘っているだけで、相手の国は何のリアクションも返ってこない。佐々木は深くため息をつき、テーブルをイジメるのをやめた。もう数分したらこのweb会議を終了させるかと天井を見ながら考えていると急にアメリカ国務長官ロバート・ジャックが画面に現れ

「遅れてすまない。別の会議が長引いたものでな」

と会議の資料を見ながら、こちらに話しかけてきた。佐々木は感情をあまり出さないように笑顔で

「いえいえ、20分ぐらいしかたないですよ。それにこのプロジェクトは実質的にMrリーと事務次官の田中が話を進めているそうですか、大丈夫じゃないでしょうか?」

ロバートは会議の資料を見ながら、全く佐々木を見ず、話をする

「ああ、サンとMr田中が話をすれば大体話は進むが・・・、話はどこまで聞いているんだ?」

と初めてロバートは佐々木を見た。

「アメリカのグアム近海で実験をしたいからそれに日本も参加してくれという話を聞いているが・・・。」

ロバートが横にいたサンを睨みつける。サンはロバートを見ずにそっぽを向いた。

「全く、こういうサボタージュを起こすから、話をしなくてはいけないんだ。」

横からサンが

「サボタージュではないですよ。私もMr田中も議論を詰めるとこまで詰めてはいます。最終的な決断は政治家がすべきですからね。我々はそのカードを用意するだけです。」

とロバートを見ずiphoneを操作しながら言った。ロバートは舌打ちをして「まあいい」とだけ言って、プロジェクトNo:89678、通称:apple計画の説明をしだした。佐々木は当初普通に聞いていたが、話を聞くにつれ、血の気が引いていった。鏡で自身の顔を見たわけではないが、恐らく青くなっていることだろう

「そんな計画聞いてないぞ・・・。」

と言って、官房長官や秘書官を見ると全員下を向いた。何か言い返そうと考えたが、ただただ目の前で話すロバートの話に驚くばかりで何も口がはさめなかった。ロバートは説明を終えると

「お互いの国益になることだ。次の会議があるから失礼する」

と言って、その場を退席した。佐々木は一時呆然とした。

 

2025年4月

 

雲一つない青空、青森はまだ少し寒さが残っているが確実に暖かくなってきていた。加藤は林檎園の木々をカメラで撮影していた。木々たちは白やピンク色の花が咲き乱れ、桜の花にも似たような花々なので花見でもしたい所だが、無常にも清や栄は花をちぎっていく、加藤はカメラで花をちぎる栄を写し

「栄さんなんで花をちぎっているんですか?」

と聞くと、カメラを向けられることに慣れたのか加藤は一切みずに花をちぎっていく栄

「ああ、これはな、摘花と言って、余計な花を摘んでいるんだ。」

栄は一通り摘花の作業が終わると、梯子を降りて、別の枝に移動し、加藤の方向を見る

「この枝に大きく咲いている白い花があるだろう?」

「はい」

と言う加藤。白い中心の花を指をさす栄。カメラを花にズームアップする加藤

「これを中心花と言って、その周りのピンク色の花があるだろう?これを側花と言うんだ。」

「はい」

とまた答える加藤。

「側花をちぎるのは、中心花に養分を行き渡せるため、木の体力の消耗を防ぐためにやるんだ。」

加藤は摘花作業にはいって、今まで大した説明をしなかった栄がここになって、なぜ説明をするのだろうと不思議に思っていたが、摘花作業の意味を説明してくれることは加藤が説明するよりも、栄が説明する方が説得力があるのでそのまま撮影していた。すると

「じゃあ、今の説明で大体わかっただろう?加藤君。やってくれ」

加藤は心の底から

「えーーー」

という声がでた。栄は笑顔で

「経験しないと何事もわからないから」

「でも、撮影があるんですけど・・・。」

「大丈夫。ワシが加藤君の勇姿を撮影しておこう。」

いや、そういうことじゃなくて・・・と言おうとする前に、栄は梯子を軽快なスピードで降りて、加藤の目の前に来て、カメラを奪い取り、代わり手袋を渡され、栄がどうぞと言って、梯子に上るように促し、渋々加藤は手袋をはめて、梯子を上った。栄は加藤が摘花する映像をカメラで撮りながら

「加藤君いいよ。いいよ!」

と言って褒めちぎっていた。清がそんな加藤の姿を見て笑いながら

「いいね!加藤さん。じいちゃんにいいように使われてるね!」

と大声で言われ、まさしくその通りだなと思った。

🍎

2回目のロバートとのビデオ会議。正直佐々木はこの会議にあまり意味を感じていなかった。なぜなら、国務省も、身内である官僚でさえも、この計画に対して、否定的な意見が全くなかったからだ。1回目のロバートの会議を終えた後、全ての関係者を呼び、現状がどのようになっているかの説明を受けた。「毎年、やっていることですから、後は大臣の承認が得られれば、いつでもできます。」という回答だった。佐々木は思った。こいつらは東大や偏差値の高い大学を卒業し、直ぐに官僚になったので良くも悪くも世間の常識というものを知らない。もし世間にこの計画を公表してしまったら、「自分は日本史上最悪の大臣」と言われるだろうことを知らない。全ては省内の権益だけが彼らの頭の中にあるだけだ。そんなことを考えているとロバートがまた10分遅刻し、ビデオ会議にでてきた

「いやいや、すまんね。会議がまた長引いてしまって」

と言って、またペーパーを見ながら話をしている。宮本武蔵のような男だなと思いながら、できるだけ強い口調で

「日本政府として人道的にもこの計画には賛同できない」

と話をした。ロバートはペーパーを読むのを止め、目線を上に上げ何か考えている様子だった。

「Mr.tanaka、君はどう考えている。」

田中も下を向き数秒考えていた。そして、考えがまとまったのか目線をロバートに向け

「両国にとってデメリットよりメリットが大きいと考えます。」

佐々木は反射的に言葉が出た

「田中、お前はどこの国の官僚なんだ!」

田中はまた下を向いた。ロバートは笑い

「まだ日本政府としての見解には個人差があるようだね。もっと話あったほうがいいのではないか?後、今年の秋ごろを目安に実験を行う予定だから」

とロバートが言うと、佐々木は眼を見開き

「ありえない」

と言った。ロバートまた笑い、

「また日本側として結論をだしてくれ」

とだけ言って、ロバートは勝手にビデオ会議を終了させた。

🍎

ビデオを会議が終わると、当たり前の如く、大臣室に呼ばれる田中と副大臣。政界の風雲児の異名をもつ、佐々木からお説教を受ける。田中は心の中でため息をついき、毎度の事ながら嫌になっていた。毎度大臣が変わるたびに大臣からはこの計画で注意を受け、そのたびに大臣の面子を立てるように何か策を労さなければいけない。そんなストレス社会の生活が嫌になり、田舎に行って野菜を作り、自給自足の生活を送る人間のドキュメンタリーを見て、憧れもするが、いつも最終的に「現実逃避だな」と思って、テレビを切って、今の生活を受け入れる。そんな日々だ。

「田中!聞いているのか!」

佐々木の怒声が飛ぶ、政界の風雲児の名は伊達でない。だから、今回は難しい。言葉の真偽をすぐに見抜いてしまうからだ。官僚の習性をよく知っている。しかし、佐々木は官僚出身の政治家でない。なのに、なぜ官僚の習性をよく知り、見抜けるのか、田中はおそらく自分の横で白いスーツに銀の眼鏡をかけ、オールバックの男、岩井副大臣が全てのケースに関わっていると考えていた。岩井は多くのエリート官僚を輩出している東東大学を主席で卒業し、10年ほど官僚をしていたが、官僚に嫌気がさし、佐々木の秘書となり、今の副大臣というポストにいる。田中が他の省庁の人間と夕食を食べる際に必ず岩井の悪口がでてくるのだが、それは妬みでしかないと思っていた。なぜなら、岩井の下で働くようになって、岩井の優秀さを肌で感じていたからだ。例えば田中が100時間かかる仕事を岩井がやると10時間で終えてしまう。それぐらいの優秀さだ。そんな男が自分の横で目を光らせていると考えると、焦りを超え、恐怖しかなかった。だから、ありのままを話すしかなかった。

「佐々木大臣、先程は申し訳ございませんでした。この計画は今回が初めてででなく、毎年行っている長期計画でして、その働きによって在日米軍駐留経費負担が減額されるという話になっているのです。」

と田中は言って、頭を下げながら、田中は佐々木の目を見ていた。佐々木は一旦、岩井に目線を移し、田中から岩井を見ることはできなかったが、何か岩井からサインを得たのか、佐々木は目線を田中に戻したので、慌てて田中は大臣室に轢かれいてる絨毯を見た。佐々木は声の調子を少し落とし

「どういうことだ?」

と聞いてきたので、頭を上げ佐々木を見ながら、Apple計画の概要と今後のスケジュールについて説明をした。その間も佐々木よりも岩井の厳しい目線が気になったが、あえて無視をした。岩井の目を見るとその時点で全てを話してしまいそうだったからだ。Apple計画は佐々木や岩井がどんな行動をとっても、ルートは違えど結果は同じなのだから。

 

2025年7月

 

栄の林檎農園は雲一つない青空が広がっていた。加藤はその青空を三脚に設置したカメラで撮影し、6sか7s撮ると、カメラを青空からゆっくりと地上に降ろし、清と栄が林檎の摘果をやっている姿が写るように広い画で撮りだした。すると急いでカメラを離れ、走り出し、中央のまだ摘果されていない木へ行き、加藤も摘果を行いだした。加藤としては最初は作業を手伝う気がなく、栄と清の林檎農園の作業を写すだけで終わろうと考えていたが、作業を一緒にやって初めて気付く点もあったので、自分も作業を手伝うようにしていた。

「加藤君の摘果だと、授業料をもらわんといかんな」

と後ろから声がしたので振り向くと、笑顔で栄が摘果する加藤を見ていた。この爺さんは・・・と思いながら

「なんでですか?栄さん。」

と言った。

「そうじゃの・・・」

と言って、カメラの方向を栄がチラリと見ると、すぐに目線を加藤に戻し、カメラを指差し

「加藤君、餅は餅屋じゃ、カメラを持ってきなさい」

加藤は不満はあったが、今まで栄が言ってきたことに間違いはなかったので、カメラに向かい、三脚からカメラを外し、加藤はrecしているの切ろうかと思ったが、このやり取りを写しておくのもおもしろいと思い、わざとrecさせたまま栄の元に戻り、栄と栄が握っている枝を映し出した。

「加藤君、君が摘果したこの枝なんだが、先端近くに4つ残しているだろう?」

加藤は栄と栄の手元にある林檎を撮りながら、はいと言った

「まず、この林檎なんだが、あまりにも先にありすぎる。林檎が拳ぐらいの大きさになった時に枝が大きく揺れ、他の林檎を落とす可能性もあるから摘果しないといけない。」

加藤も知識としては知っていたが実践では役に立っておらず、実物を見ながら説明されて、なるほどと自然に口にでた。

「そして、次の林檎なんじゃが、この林檎をよーーく見れば、わかると思うんじゃが、少し何かに食われた後があるじゃろ?」

はい、と加藤が言うと林檎をズームにして、少しへこんだような後を写す

「これはカメムシに食われた後なんじゃが大きくなると変形の元になるのでこれも摘果する」

頷く加藤

「後は、残った二つの林檎が大きくなるのを待つのみという感じじゃな」

と言って、笑顔で加藤を見る栄。加藤もその顔を映すべく、自分が途中まで摘果した枝と栄を映す

「じゃあ、自分は摘果しない方がいいですか?」

と言うと、栄は首をふり

「いや、一本摘果をやってもらって、この2点が気になった点で後は事前に勉強しているからか、よくできていたよ。手伝ってもらうのは非常に助かる。いい生徒であって、誰かさん見たいに悪い生徒じゃないよ。なあ清?」

と栄が最後の清の名前を大声で言うと、清は遠くから「聞こえねー」と大声で言った。栄と加藤は目を見合わせて少し笑った。加藤は清の表情が気になったのでカメラをズームさせ、清を見ると、清はムスッとした表情をしていた。

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ロバートからの急な要請で3回目のビデオ会議が開かれることになった。佐々木は緊急でビデオ会議開かれる理由について詳しくは知らせれてはいなかったが、予想はついていた。ロバートはまたも遅れてビデオ会議に参加した。しかし、いつもの余裕のある表情は消え、目つきは鋭く、佐々木の一挙手一投足を見られているように感じた。ロバートは開口一番

「私は国務長官を辞することになった」

と言った。佐々木はテーブルの下で強く拳を握ったが、表情には出ないように注意し、「えっ!」と言って、驚いている様に演じた。

「なぜですか?」

と佐々木が問うと、ロバートは佐々木を睨み

「最近の大統領の支持率の低下については知っているだろう?」

と言ってきた。

「アメリカで報道されるレベルのことでしたら存じていますが・・・。」

と佐々木はわざととぼけたが、ロバートは苦虫を嚙み潰したような表情を見せ

「私は今回職を辞する原因は君にあると思っていたんだが?」

「なんのことでしょう?」

佐々木はロバートを見て、ロバートは佐々木を見ていた。数秒の沈黙。ロバートは目線をはずし、宙に目を移すと

「まあいい、今回の辞任理由は私の極めてプライベートな事だ。外交上の問題ではない。しかし、プライベートな問題だからと言って、このまま職を続けるのは職務上問題があると私が判断し、今回職を辞することを大統領に伝えた。」

「そうでしたか、大変残念です。ロバートさんとは良好な関係を気付けるものと思っていたのですが・・・。」

と佐々木が言うのを遮り、ロバートが

「佐々木。勘違いするなよ。私が職を辞してもApple計画は止まらないぞ。これは大統領からも命令されている。」

佐々木は笑った。

「いえいえ、私はロバートさんが職を辞められるのが本当に残念だということを伝えたかったんですよ。」

ロバートも笑った。

「そうか、それはありがとう。佐々木、せいぜい君もプライベートには注意することだな」

と言ってビデオ会議が勝手に切られた。佐々木は隣に立っていた岩井を見て、拳を突き出した。岩井は少し戸惑いながらも拳を突き出し佐々木の拳にコツンと当てた。

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岩井はビデオ会議が終わり、副大臣室に帰り椅子に座ると、大きくため息をつき、テーブルにあるティッシュを一枚とり、銀縁眼鏡のレンズを拭きながら、このApple計画が自分たちが予定した通りに進行していることに疑問をもった。岩井が田中から聞いたApple計画の概要と今後のスケジュールを聞いたとき、岩井自身は官僚出身ということもあり、アメリカが非人道的な計画を組み、日本にそれを強制してくるのは日常茶飯事なので慣れていたことで、岩井個人としては「またか」というのが本音だった。その「またか」をなくために官僚を辞め、佐々木という政治家の秘書になり、副大臣にまでなったわけなのだが、元々弁護士から政治家になったいわば「成り上がり」の佐々木にとっては到底許すことのできない話だろうと思った。実際、田中の話を聞いているとき、佐々木は田中を鬼のような目で見ていた。自分は官僚を辞めなければ、ずっとあの立場にいたのかと思うと、岩井は田中を可哀そうだと思っていた。しかも、その後

「計画の中止はできないのか?」

と佐々木に問われた田中は

「日米で予算が既に組まれているのでできないです」

と回答をすると、烈火のごとく怒られた。岩井は佐々木の性格を知っていたので、このまま放置すると田中にパワハラと言われる可能性があると思い、佐々木と田中の間に入って、岩井は佐々木を宥めた。しかし、佐々木はまだ怒りの持って行き所がわからなかったようで

「ロバートを辞めさせろ。あいつは日本政府をあまりにもナメている」

と言った。岩井はある意味、佐々木のその強引さに関心したが、それは日本政府がいくら言ってもダメだろうと思っていた。しかも優秀ではあるが秀才レベルの田中にはそのような外交能力も持ち合わせていないだろうと思って、横から田中を見ると、田中頭を下げながら地面を真剣な目つきで数秒見つめ、頭を上げ

「国務副長官のサン・リーと話をしてみます」

と言って、現在に至るわけだが、田中がサンと交渉して上手くいった成果なのか疑問が多い、サンと何度か話したことがあるが、かなり頭の回転が早く、こちらがかなり先読みしないとサンの術中にはまり、サンの思い通りに動かされてしまう。というよりも思い通りに動かれてしまったことも気づかずに終わってしまう場合もある。サンという男はそういう人間だ。岩井はティッシュでレンズを拭くのをやめ、電話を取り、田中に電話した。田中が電話に出ると

「副大臣室にいるからすぐ来てくれ」

とだけ言った。その間、雑務をこなしながら、数分待っていると、秘書から内線で連絡があり、田中が来ているとのことで、田中を副大臣室に通すように伝えた。ドアのノック音がしたので、「どうぞ」と言うと、緊張した面持ちの田中が岩井の部屋に入ってきた。岩井はいつも田中が岩井に脅えたようにしているので疑問に感じていたが、あえて聞かずにいた。

「田中さん、今回の件はありがとう。ロバート国務長官を辞任までさせたことと計画に関する対応策もできているので、何とか佐々木大臣の面子は立ったと思う。」

田中の表情が少し緩んだ。

「いえいえ、お役に立ててこちらも光栄です。」

岩井はどのように切り出そうか先程から考えていたのだ、ここは単刀直入に聞くことにした

「ところで、君は本当にサン・リーと話をしたのか?」

田中の表情が一瞬微妙に変わるのを岩井は見逃さなかった。

「はい、話をしました。」

「ロバートに話してもいいんだぞ。彼はまだ国務長官ではあるんだ。自分の寝首を搔いたサンをクビにするのも簡単な話だ。」

田中は何か考えているようだった。

「電話してもいいですか?」

一瞬間を開け

「誰にだ?」

と岩井が聞くと田中は

「サン・リーと話をした人物です。」

と言った。岩井は少し考えた後、

「いいだろう、しかし、スピーカーにするんだ」と言って、テーブルに電話をおき、電話をかけさせた。電話には電話番号と伊勢という名前が表示されいた、通話中になると

「もしもし、伊勢です」

という年老いた老人の声が聞こえた

「伊勢さん。やっぱり無理でした。」

というと老人は数秒黙った。岩井は老人の声に少し聞き覚えがあった。

「岩井くんはいるのか?」

「はい」

「岩井くんに変わってくれ」

「今、岩井さんも聞いています。」

「わかった」

「岩井くん、お久しぶり、伊勢です。」

岩井は名前を知らない老人と話すことに少し戸惑った。

「すみません。物覚えが悪いものでどこかでお会いましたか?」

「ああ、すまない。覚えてなくても仕方ない。東東大学の同窓会で挨拶した伊勢というものだ。」

「伊勢・・・そんな方はいなかったように・・・あっ!」

この電話をかけいる人物が岩井の予想している人物ならサン・リーと話をし最終的な落としどころをつけることも可能だと岩井は判断した。岩井の脳裏にこの計画にこの人物が関与していると考えるといつからどこまで自分はこの人物に操作されていたのかなど色々な思考が錯綜した。

「岩井君、色々と思う所はあるだろうが、お互い日本の国益を考え行動しよう。君が不安視しているのは田中くんができない所ができているという点だろう?」

岩井は自分の思考が完全に読まれており、偽名を使っているが想定している人物で間違いないと感じた。

「そうそう岩井君、君にはやってもらいたい事があるんだ。」

岩井は今の今まで将棋の駒の指し手だと思っていたが、所詮自分も将棋の駒の一つでしかなかったことに愕然とした。

 

2025年9月

 

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9月1日 日本時間午前7時

グアム近海

中心点

15.971331, 138.494871

中心点には原子炉15基を搭載する巨大原子力潜水艦「apple」が潜っていた。

ポイント1:中心点から北に500km離れた所から、原子力潜水艦S01が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント2:ポイント1から15度移動した地点、原子力潜水艦S02が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント3:ポイント1から30度移動した地点、原子力潜水艦S03が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント4:ポイント1から45度移動した地点、原子力潜水艦S04が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント5:ポイント1から60度移動した地点、原子力潜水艦S05が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント6:ポイント1から75度移動した地点、原子力潜水艦S06が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント7:ポイント1から90度移動した地点、原子力潜水艦S07が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント8:ポイント1から105度移動した地点、原子力潜水艦S08が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント9:ポイント1から120度移動した地点、原子力潜水艦S09が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント10:ポイント1から135度移動した地点、原子力潜水艦S10が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント11:ポイント1から150度移動した地点、原子力潜水艦S11が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント12:ポイント1から165度移動した地点、原子力潜水艦S12が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント13:ポイント1から180度移動した地点、原子力潜水艦S13が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント14:ポイント1から195度移動した地点、原子力潜水艦S14が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント15:ポイント1から210度移動した地点、原子力潜水艦S15が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント16:ポイント1から225度移動した地点、原子力潜水艦S16が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント17:ポイント1から240度移動した地点、原子力潜水艦S17が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント18:ポイント1から255度移動した地点、原子力潜水艦S18が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント19:ポイント1から270度移動した地点、原子力潜水艦S19が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント20:ポイント1から285度移動した地点、原子力潜水艦S20が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント21:ポイント1から300度移動した地点、原子力潜水艦S21が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント22:ポイント1から315度移動した地点、原子力潜水艦S22が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント23:ポイント1から330度移動した地点、原子力潜水艦S23が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

ポイント24:ポイント1から345度移動した地点、原子力潜水艦S24が熱を発しながら高速で反時計回りに15度移動

 

9月1日 日本時間午後5時

ポイント1~24までの移動を高速で同じ速さで繰り返す事により、原子力潜水艦が発する熱エネルギーで海面温度が高くなり、強い上昇気流を発生し、20数個の積乱雲を生む、積乱雲はその規模を拡大させ、各ポイントで作られている積乱雲をどんどん巻き込み、大きな熱帯低気圧が作られる。そして、中心点にある「apple」が電流を流し、スイッチを入れることにより、加速度的に渦を巻き、中心付近の最大風速が17.2メートルを超え初めて人工台風が出来上がる。そのまま「apple」が人工台風をコントロールする

 

9月1日 日本時間午後7時

台風が出来上がるとポイントをぐるぐる回っていた原子力潜水艦を同盟国や本国に帰還させる。「apple」は緩やかに日本へと移動する

 

9月2日 日本時間午後11時

19.914527, 131.749598

「apple」は極めて緩やかに北上をしており日本への上陸はまだ

 

9月3日 日本時間午後10時

23.096586, 128.810518

沖縄付近に来るも上陸はまだ

 

9月4日 日本時間午前9時

24.599568, 127.985234

沖縄に上陸する

 

9月5日 日本時間午後9時

30.288709, 126.339340

東シナ海に移動し、沖縄をはずれる

 

9月7日 日本時間午前9時

34.179540, 128.634663

長崎県対馬市を直撃

この時点で「apple」は電流を流すのを止め、偏西風で日本海側に流されるようにすると

「apple」は長崎県佐世保市の米軍基地に戻る

 

9月7日 日本時間午前11時

佐々木大臣の命令の元、山口県沖を移動する人工台風をMUレーダーでコントロール下に置いた。MUレーダーで日本海側を移動させ、本土に直撃しないよう移動させる

 

9月9日 日本時間午前9時

青森を日本海側から直撃した人工台風は青森全域を通り、そのまま太平洋側へと流れていき熱帯低気圧に変わる

 

9月11日 日本時間午前11時

太平洋側へと流れた熱帯低気圧は消滅

 

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岩井と佐々木は大臣室のPCで台風の消滅を見ていた。MUレーダーのおかげで首都圏直撃という最悪のシナリオを回避できたことに佐々木を喜んでいた。それを見ていて、岩井は複雑な思いでいた。なぜなら、MUレーダーを使うところから、青森に直撃し、台風が消滅するまで伊勢のシナリオ通りに進んいるのだから、自分はその話をただ大臣に伝えるだけのメッセンジャーで終わったからだ。確かに国益のことを考えるとこれが最善策なのかもしれない。ただこれで本当に良かったのかという問いの答えはないように思えたので考えるのを止めた。今回の事で岩井は官僚出身である自分に限界を感じていた。

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青森の林檎農園ではほとんどの林檎が地面に落ち、売り物にならない形になっていた。清はその光景を目にして、涙を流していた。加藤はその光景を映しながら、栄の表情を映していた。栄は冷静であって放心しているようにも見えたので、カメラを清に戻そうとすると、栄の口元が一瞬上がるのを見て、加藤は違和感を感じた。すると栄が清の元に近づき、笑顔で清の肩に手を置き、清が振り返り栄を見ると

「片付けるか?」

と言って、清は頷いた。

「そのままでは商品にはならないが、落ちた林檎でジャムも作れる。お前の一年が全て無駄になったわけじゃないぞ」

清は何度も頷き、涙をパーカーで拭いていた。加藤は孫を慰めるための笑顔かと思ったが、違和感は拭い去ることはできなかった。

🍎

夕日で空がオレンジ色に変わるころ、農園に転がっている林檎を片付けていると

「今日はこれくらいにするか」

と栄が言って、栄と清は小屋に戻ろうとしていた。加藤は栄を呼び止め、かろうじて、林檎がまだ実っている。林檎の木の下で栄の単独インタビューしたいと話した。栄は分かった、と一言言って林檎の木の下にあった岩に座った。栄の足元には落下した林檎がたくさん落ちていた。加藤は三脚でカメラを固定し、加藤と林檎の木と落下した林檎が映るようにカメラを固定した。

「栄さん。今日はお疲れさまでした。」

「お疲れ」

「今日は台風によって林檎がたくさん落ちていて後片付け大変でしたね。」

「なーに、何年もやっていればこういうこともある。」

「そうですね・・・。ただ気になることがありまして」

「ほうなんだね?」

「栄さん笑ってましたよね?」

「うん?いつ?」

「林檎が落ちているのを見た時ですよ」

「あー、あの時か、あそこまで見事に落とされていたらなー、笑ってしまうよ」

栄は帽子をとって頭をかいた。

「本当ですか?」

加藤には正直はぐらかされているように思えた。

「まあ、本音を言うと少ない額ではあるが、農業保険で楽して金が入ってくるから、運がいいぐらいの考えだったというところかな。」

事実は言っている。しかし、そこが本音とは思えないように思えた。しばしの沈黙、栄の顔が夕日が落ちはじめ半分が影になった頃、先程の違和感を感じた嗤いになる

「何か納得いかないという顔だな。加藤君」

「・・・はい」

「加藤君にも一年の成果を与えないといけないか・・・。」

栄はなぜ林檎が落ちていたのに嗤っていたのかという話を始めた

🍎

加藤は栄の話を聞き驚いた。

「そんな計画があったなんて・・・防衛庁の帝王・・・自然・・・すべてが繋がりました。ですが、いいんですか?この映像が流れても?あなたにはメリットはないはずだ。」

栄は嗤う

「メリットはあるさ!自分の農園にわざわざ台風をぶつけるなんてマゾヒズムの極みを本心でやっていると思っているのか?」

「だが、あなたはこのことで世間から糾弾されるはずだ。」

栄は大きく嗤い、大きく手を叩く

「そんなことこの農園を初めて40年もこんな計画に携わっていたら、どうでもいい話だ。」

加藤も嗤った

「では、これは公開しますよ。」

「どうぞ」

と言って、栄は立ち上がり、沈みゆく夕日に向かって高らかに笑いながら歩き出した。

🍎

翌日、加藤は映像の編集をするためにホテルでノートパソコンを使って映像の編集を行っていた。耳はヘッドフォンで完全に塞がれている状態だった。すると突然、首元に痛みが走ったので首元を見ると縄で縛られていた。後ろを見ると、スーツ姿の男が二人。一人は自分の首を絞め、もう一人はドアの小さな穴から外を眺めているようだった。それを見た時、加藤の意識は永遠に途切れた。

🍎

栄と清が林檎を片付けていると、栄のスマホが鳴った。着信相手を見ると「中国人の息子」と書かれてあったので、清に

「おい、ちょっと電話が鳴ったから、そこで林檎の片付けやっといてくれ」

と言って、清が頷くと清から離れながら電話にでた

「今、作業中なんだが」

「いや、申し訳ない。こちらもあなたが絡んできたら面倒なんでね。あまり電話したくなったんだが、一応報告を思って」

栄は雲一つない澄み切った青空を見ながら

「加藤を殺したか?」

と言った。

「加藤誰だ?」

「ふ~ん」

と栄が言いながら

「なら、なんのようだ?」

と問うと

「いや、我々の計画には余計な事が起これば、排除しなくてはいけないというルールがあるんだよ?それを君は知っているのか?」

と中国人の息子は問うた。

「それこそ、民間人のワシには何のことかわからんな」

と言って、栄は少し笑った。

「まあいい」

と言って、中国人の息子は問い詰めるのを止め

「今後は注意していただきたい。余計なことはしたくないのでね」

「なんのことを言ってるのか、さっぱりわからんが、とりあえず承知した。」

と栄が言うと電話は切れた。

 

1959年9月27日

 

台風が吹き荒れる中、青森の民家で一人の男の子が大きな産声を上げ誕生する。まだ名前は決まっていなかったが、大きな台風が来て、林檎の収穫は絶望的であったが、待望の長男であり、この民家の家族を幸せな気持ちにしたことから、両親は将来、この子が家族を栄させてくれるだろうという思いから、その男の子に「栄」という名をつけることにした。

文字数:20151

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