梗 概
ママが還るところ
惑星『グルク』の支配的生物『グルチ』は、神経節の遺伝子転写物の高分子を感覚器で受容することで他者の記憶を官能することができる。この特徴により、グルチは生殖の際に母親の記憶を色濃く引き継ぐことになる。潮汐ロックのためにグルクの地表の大半は熱帯と寒帯に覆われ、その間に環状の水に溢れた土地『ラ』が存在する。
熱帯の新興国で成人したばかりのグルチ、チチョムは、役所の窓口で激怒していた。先ごろ収束したパンデミックで飽和した土葬式の墓所が足りなくなり、寿命が近いチチョムの母、ママのために準備していた墓所を潰してほかの死者に細かく割り当てるという報せを受けたのだ。氏族を無視してやたらに土葬した遺体から漏れ出る高分子がばらばらに想起させる記憶は、今や都市部でひどい社会問題となっている。ママはどこに埋められるのかと問うと、他の死者と同様火葬して甲殻の破片を小さな壺に入れることになると役人はこたえる。チチョムは奮然と役所を去り、砂まじりの熱風をフードで防ぎながらママの墓探しに奔走する。
方方を当たるが増え続ける墓に空きを見つけられないチチョムは、親しい宗教指導者チャルチャチャルに愚痴を言う。かれは火葬を選ぶしかないと逆にチチョムを説得しはじめる。ママの古くからの友人で一番の理解者だと思っていたかれの言葉にチチョムは泣いて反発して家に帰り、心配するママを無視して部屋に閉じこもる。チチョムはママの記憶を引き継いでいるので、彼女がどれだけ伝統的な葬儀に憧れを抱き、正しいところへと自分を送って欲しいと思っているかを知っている。
安息日にママはチチョムに教会へ行くように促す。チチョムはチャルチャチャルから謝罪をうけ、ママの故郷であるラへと向かい、そこで暮らすことを勧められる。ラのうつくしい海では現在も海洋葬が行われている。ママの肉体は出稼ぎにやってきた熱帯の地ではなく、海へと還るのだ。出発の日がやってきて、チチョムはママの手を引いて港へと向かう。すっかり老いて小さくなったママの身体に触れているうちに、チチョムはママがいなくなることへの不安を感じるようになる。ママの氏族が住む島へと向かう舟で、チチョムは寒帯出身で同じ氏族の青年ラルーと出会う。三年前に死んだラルーの母親はラに安置されており、これから遺体を海に送るのだという。チチョムはかれの母親の葬儀に参列する。ラの植物で作られた棺から取り出された母親の朽ちた甲殻を、チチョムたちは海水で丁寧に浄める。母親の記憶が海水に溶け出していくような感覚を得たチチョムは、祖霊たちが作る大きな円環の上を自分自身が歩んでいると感じる。甲殻を納めた壺をラルーに手渡したとき、チチョムはママを失う不安が薄らいでいることに気づく。
チチョムはラルーを夕食に誘い、永遠に続く薄明の海辺を歩く。脚を洗うラの波しぶきが、新たな記憶を作っていく。
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内容に関するアピール
お墓が増えていく話です。
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