幸せの分割

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梗 概

幸せの分割

パートナーのリサを事故で失ったジャーナリストのケイは、失意の中で生活していた。ある日彼女はSMクラブに迷いこみ、女主人のアリスに首を絞められてリサの幻覚を見た。店に通って喪失感を減らそうとするが、逆に増大する。

ケイはアリスに過剰な要求をし、身体的リミットを迎え気絶する。退院して店を訪れるがリサの幻覚は現れず、ケイは刺激を強めるアリスに「幸せを分けられないの?」と告げた。「幸せ」はケイのセーフワード(「この語でプレイを中断する」という目的で予め決めておく言葉)で、アリスはプレイをやめるだけのはずだったが停止する。その後アリスは店から消え、ケイは更なる喪失感に見舞われる。

ケイはアリスの刺青の形から、アリスがリサの勤務先だったプロト社のAIと推測する。ケイは喪失感をアリスとリサの謎を追うことに振り向け、プロト社を取材訪問し、リサの同僚のマレクを見かけて尾行する。彼の研究室にはアリスがいた。マレクは事実を語る。

アリスは標準プログラムにリサがパーソナリティを付与した特別仕様のAIだ。ケイの気絶の後、マレクがリサ分のプログラムをいったんプロテクトしたが、アリスはケイとの再会時に停止した。マレクはセーフワードを使ってテストするが、アリスはプレイをやめるだけで停止を再現できない。マレクは重大な不具合と見て、リサのパーソナリティを削除するという。

ケイは、アリスはプレイ中リサの表情になり、再会時はプロテクトのためにリサと会えなかったと理解する。ケイが、アリスを買い取るからリサを削除しないでと頼むと、マレクはケイの首を絞めて恨みの告白をする。

マレクは、アリスの開発にあたってリサに協力し、奴隷を演じる中でリサに恋愛感情を抱いた。彼が思いを告げるとリサは、マレクには感謝しているがパートナーはケイだけだと告げた。逆上した彼はリサを殺し、事故として偽装した。

遠のく意識の中、ケイがマレクに「幸せを分けられなくてごめんなさい」と告げると、彼の力が弱まる。見ればアリスが稼働し、リサの表情でマレクの首を絞めていた。マレクは恍惚の表情を浮かべて絶命する。アリスはマレクの最期の抵抗で完全停止する。

「幸せを分けられない」は、最期の朝にリサが告げた言葉で、ケイは、リサがケイに幸せをくれないという意味だと思って傷ついた。しかしアリスに助けられたことから、その言葉は、幸せの形は人によって異なるという意味で、リサはケイの幸せを守り抜いたと理解する。

退院後の再会時にアリスが停止したのはセーフワードへの正常反応でhsなく、マレクに襲われた時の動作はセーフワードでは説明がつかない。ケイはアリスが、「幸せを分けられない」を単なるセーフワードとしてではなく、意味の先を解釈して行動したと考えて満たされる。

ケイは口止め料として動かないアリスを貰い受ける。ケイはリサの喪失感を消すのではなくアリスと分けあって生きようとする。

文字数:1199

内容に関するアピール

今回の課題で「増えていく物語」を想定し、最初から何かを失っている「喪失感」が増えていく話にしました。

作中、女主人(ドミナトリクス)のAI(エージェント)を開発している会社は複数あるという設定です。女主人AIの標準タイプは、奴隷側の身体的な計測値が閾値を越えると単純にプレイを止めますが、プロト社はセーフワードと計測値のバランスを取ってプレイする仕様で、ユーザから高い満足度を得ています。リサは自ら女主人となってテストを行い、アリスに一定のパーソナリティを与えているため、アリスは奴隷の要望に沿った繊細な動作が可能です。

リサが女主人を演じたのは仕事の一環ですが、アリスの制作にあたり感情移入しており、アリスを一つの作品として仕上げています。

欲したものを得られず壊したマレクの喪失感は深くて変容することもなく、彼は破滅に至りました。一方でマレクが殺されるのは彼自身の願望でもありました。

文字数:391

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