梗 概
わずか五度の差
ぬくぬくと布団の暖かさをかみしめていたが、光が顔をかすめて顔をしかめた。布団にもぐったとて一度覚醒した意識はそのままだった。芋づる式に脳の様々な箇所が目覚めていく。冷蔵庫が開かなくなったので、数日分の食糧を調達しなければならないこと。母の所在地が自分と離れているため、様子を伺ったほうがよいこと。
そう。母の居場所を確認しないといけない。
母が離れていっていることを思い出し、ぱっちりと目をひらいた。わたしが物心つくか、つかないかの頃に爆発が起こり、宇宙が広がるとともにわたしたちも、四方八方、360度、それぞれの角度で散り散りとなった。宇宙とは不思議のおおい空間で、空気も一定量、一緒に散り散りになってくれた。そのおかげで、どんどん離れながらも、そこかしこで生活を続けられた。もちろん不幸な角度に飛んで行ったひとのなかには、ずっと陽が射さないところや、ずっと陽が射すところを通過してしまい、亡くなるひともいた。
わたしたちは選ばれた。
選ばれた、幸福な角度のひとびとは、わたしたちは、爆風に飛ばされ、そのスピードで進みながら日常を保った。もちろん、うまい具合に生き続けられる条件を得るのはなかなか困難だった。わたしと、わたしの母はよい角度を保持、デブリをかいくぐりながら、交信し、生きてきた。時に携帯電話、時に光によるモールス信号で交信した。浮かんでいたライトを引き寄せ、半分布団から身を出し、カチカチと母がいると思われる方向へ光を放った。
ちかちかと返事ような光が見えたものの、うまく読み取れなかった。母は携帯電話よりも、モールス信号をよく使っていた。こまめな連絡が多かったせいもある。しばらく考えたものの、それが目覚めた原因の光と同一であると理解するまでに時間はかからなかった。返事と思われたそれは小惑星群越しの太陽光であった。母を探すべく、わたしはヨガにありそうなポーズで回転、全方位を確認する。「まさか」という不安がふつふつとこみあげてくる。まさかまさかまさか!全方位へ散ったわたしたちのなかには、空間移動を可能にしたアプリを使い、この生活に適用、家族をもち、社会をつくる人々もいた。そのアプリを全員が使いこなせているわけではなかった。携帯機種の問題であったり、そもそも携帯電話自体を使いこなせるかという能力の問題でもあった。
おかあさああん
わたしの声は続きのない、まあるい生活可能空気圏のなかだけで反響した。母には届かない。それは承知のうえだった。頭では理解していた。わたしの携帯電話が手の中でブルブルと震えたがそれは、アプリで知り合った高飛車な男からの食事の誘いだった。わたしの顔をただの太陽光が照らしていて、光のせいなのか、不安のせいなのか、涙がぼろぼろとこぼれては浮かんだ。太陽光を歪ませきらきらと反射するので、一層不涙はどんどん空間を満たしていった。
おかあさんはえらばれなかった。ただそれだけだった。
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