梗 概
世界は愛で回ってなんかない
骨折により入院を余儀なくされる主人公。
自他ともに認めるほど、あっけらかんとした性格であるものの、ボタンをひとつずつ掛け違えるように、自分の認識と事実との相違点に気づき始める。
看護師のどこか的外れと思える質問、友人たちの不思議そうな目。そして、なにか伝えようと開きかけた自分の口。
なにが違うのか、なぜだか分からないまま、日記をつけ始める。
心配顔の親は、どこか悪いのでは、熱があるのでは、と微かな体の異変を探し調べているが、なぜかそんなことにまで違和感を覚えてしまう。
ある日、ぞろぞろと同じようなスーツを着た集団が、ぞろぞろと建物に入っていくのを見かけた。何気なしについていくと、長机に均等な距離を置いて座り、同じ大きさの白い紙に全員が鉛筆でなにか書き込んでいる。また違う部屋では、同じように配置された人々が、同じタイプライターで何かを打ち込んでいる。一言も交わさず、もくもくと作業を行う人々を見て、これこそが自分の求めているものでは、と思いいたる。
コツコツと積み上げていく、みなと同じように動き、集団美のためのひとつとして、呼吸を合わせる。それこそ自分がなすべきことなのではないか、と考える。
些細なきっかけから、もくもくと作業を行う、その集団にいた少女と話をするようになる。
なぜその集団にいるのか、いつからなのか、自分にもすべき役割があるのではないか。ヤマウチは少女を見ていると、なぜだかそんな風につよく思うようになった。
ずっと口を閉ざしていた少女はある日答えた。堪えきれなくなった様に、吐き捨てるように、見下すように、また少女自身を貶めるように、そして、ヤマウチがはめていた指輪を掻きむしるように奪った。
ヤマウチはショックだった。同時にバチバチという音を立てて視界がホワイトアウトし、雷にでも打たれ、膝に走る衝撃から自分が倒れゆくのだと理解した。
雷が落ちたように見えたのは、ヤマウチ自身だけの症状ではなかった。そのあとに大規模な停電が発生し、3歩以上先は見えないほど深い闇の世界となった。しかし、どこからともなく、火のともったとても大きなろうそくをもった白衣の人間がわらわらと、でてきた。
「まただ」「お前か、ヤスダヨウコ」「まったく」
口々に悪態をつきながら、少女を押しのける。倒れているヤマウチをのぞき込み、悲しんでいる。
「またやり直しだ、はこばにゃならん」
白衣を身にまとった集団は、明かりをもつ者と、ヤマウチを運ぶ者に分かれ、てきぱきと事態を回収しているらしかった。
「いつ戻る」
それを助けるでもなく、無表情に見届ける少女は白衣に問いかける。何人かの白衣が怒ったように目を吊り上げ、何人かの白衣は悲しそうに肩を落としている。
「ふん、明かりが欲しけりゃその性格を直すことだな、口も、手癖も!」
「でもやっぱり無理があるんじゃないか、動力源を分散させるのはいいが」
「わしらが諦めてどうする、世界は愛で回るんだ。それを証明するぞ!」
人間とほぼ大差ない人型AIロボットが、人間とともに暮らし始めたのは、数年前。労働力低下を阻止することができた。さらに新たな機能が加わったのはほんの1年前。公共的エネルギーの動力源を埋め込み、さらに国民に対するモラル教育の一環として、負の感情を投げかけられた人型AIロボットは、自己破壊するようプログラミングされている。もちろん公共的エネルギーの動力源も破壊される。
少女が吐き捨てた言葉がヤマウチを傷つけ、自己破壊プログラムが起動した。
「世界は愛で回ってなんかない」
ヤマウチから奪った指輪を少女は握りしめ、泣いていた。その内側にはYY to YYと彫られている。
「ユウヤ」
ヤマウチと呼ばれ、運ばれていく“人型”AIロボットの素体を、みえなくなるまで見つめ続けた。
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