梗 概
鬼遣らい
<舞台設定>
現代の東京都心。新型ウィルスの感染拡大に見舞われている。
<主な登場人物>
●語り手(主人公・名前無し)
三十代男性。既婚。営業で外回りをしている。
●謎の少年
緑と黒の市松模様に染めた羽織をまとい、帯刀している。
<物語>
外回りの最中、主人公は謎の少年が刀で人の首を刎ねるところを目撃。逃げ遅れたために少年から道案内を頼まれ、怖くて断れず行動を共にする。
自分は「鬼」を狩りにきたのだと語る少年。主人公はほどなく、その「鬼」が新型ウィルスの感染者を指していると気付く。
「鬼」の匂いを嗅ぎつけたと称して、無症状の人間を次々と殺害する少年。その姿こそ鬼としか見えない。
機動隊や、通りすがりの剣道日本代表の少女との死闘もまじえながら、殺戮行は続く。
主人公にある疑いが芽生える。少年はあの漫画の主役ではないのか。読者のひとりだった主人公は恐怖も忘れ、君はこんなことをする人間ではないはずだ、と訴える。少年は自分が漫画の主役であることは認めるが、主人公の制止は聞き入れない。
「誤解しているみたいですが、俺の本質は暴力装置ですよ。ありとあらゆる行動が、すべて暴力に結着するように作られている。あなたが言う俺の優しい心根も結局、これだけ優しい人間が振るう暴力なら仕方がないと思わせる仕掛けにすぎません」
そんなことはない、という主人公の否定を少年は一蹴する。
「俺が刀を振るう漫画が何万部、何億部と売れても、そこに描かれた優しさも未来も、本棚に仕舞われたまま繙かれる気配がない。どうしてだと思います? 皆刀が大好きなだけなんですよ。何でもキレイに断つことのできる刀が。だから、俺は皆の笑顔のために刀を振るい続けなきゃならないんです」
にっこり笑う少年を「お前こそ、まるで鬼じゃないか」と主人公が詰ると、少年は首を傾げる。
「あなたも同じじゃないですか。だから案内を頼んだんですよ」
少年は、主人公がクラスターの発生源となった飲食店へのバッシングに、SNS上で加担したことを知っていた。店主が自殺してしまったことも。
突然、主人公は目の前にいるのが少年なんかではないことに気付く。汚らしい無精ひげ。たるんだ頬。ただの気がふれた男でしかなかった。やはり鬼だ。そして自分も。街頭ビジョンからは絶望的なニュースが降り注ぐ。第二、第三の新型ウィルスが流行しはじめたというのだ。世界が脱臼していく音が聞こえる。
主人公の携帯電話が鳴る。妻からだ。昨日から体調が悪く、念のためと病院へ行っていた。
「ねえ、わたしの検査結果、陽性だった――」
まるで妻の声が聞こえたかのように、刀を持った男がこちらを見た。
文字数:1090
内容に関するアピール
旬のネタとして、「コロナ禍」と「鬼滅の刃」を選びました。疫病を鬼と表象してきた歴史をふまえ、両者を接続しています。最近の世相を見ていると、「刀」を手に取る人が目立ちます。「刀」を手に取れば世の中は実に生きやすい。思い悩まず人や物事を「斬る」ことができる。彼らが誰かを「斬る」ときは、きっと鬼の顔をしていることでしょう(こんな風に一括りにして語ってしまう私自身も同類ですが)。そんな鬼たちの所為かどうか、世界はめちゃくちゃだと感じる瞬間が頻繁にあります。この時代感覚を物語に落とし込むため、めちゃくちゃな設定を導入しました。ジェットコースターのような疾走感のある小説に仕上げるつもりです。
文字数:293