蘇生樹

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梗 概

蘇生樹

その奇病が流行しはじめたのは半年ほど前だった。健康だったはずの人が、何の症状もなく突然死する。死んだ身体のなかには種があり、それが植物として育つのだった。

種の生命力は大変に強く、土に植えなくても発芽して育つ。流行初期の頃は、骨壺を割って植物が這い出てくる事象が各地でみられ、この奇病が世に知られることとなった。

恋人が突然死んだとき、わたしはすぐに奇病のことを思った。焼いたあとの骨をくまなく探すと、やはり種があったので、庭にうめた。木の様子は人それぞれというが、恋人の木は生前の姿を反映するようにひょろひょろと育った。かわいくもあったが、所詮は木である気もした。

病気は蔓延した。感染を恐れて家から一歩も出ない人も感染した。世界各国の専門家が感染のメカニズムを解明しようと奮闘したが、成果は得られなかった。

あまりにも打つ手だてなしという状況におかれた人々の間では、木になることを「死ぬ」ではなく「生のかたちが変わる」と希望を込めてとらえる向きが強まった。そうして人から生まれた木は「蘇生樹」と呼ばれるようになった。

世の中は混迷を極めた。日本初の蘇生樹をなのるものがいくつもあり、有料で公開されたり、蘇生樹に帰依することで死後に立派な木になれると触れこんだりした。死後に蘇生樹の手入れを行う業者もあった。

蘇生樹を切ったり捨てたりすることの倫理的是非についても議論が起こった。何しろ蘇生樹に意識がないと言い切れるだろうか。一方でまだ木になることに抵抗のある人の間には、感染を防ぐためにこれは食べたほうがいい、あれはだめというでたらめも流布された。

その間にも恋人の木は育ち続ける。他人の庭先の見たこともない花に見入っていると、「娘の木なんです」と言われたりする。

わたしは、そのすべてに疲れ果てた。

近しい人が蘇生樹になった人同士が集まる自助グループに参加した。蘇生樹とどう接しているか、生前のその人などについて行き場のない思いを語り合い、心の安寧を得るための場所である。

わたしの恋人は、自分が生きることで犠牲にしている人や動物や植物に過度に感情移入し、落ち込むような人だった。生きるために口にするものや、地球温暖化の煽りを受ける北極の動物たち、貧困にあえぐ子供たち。彼はいま木になって幸せだろうか。

自助グループの会で、姉を亡くした女性と親しくなった。家に招かれ、女性の姉の蘇生樹を見た。繊細で美しい佇まいだった。BB弾くらいの大きさの赤い実がついていた。

「食べてみる?」と言われた。女性は気持ちがふさぐときに姉の実を食べるのだという。口に入れると少し酸っぱい、野性味のある味である。

家に帰ると恋人の木も実をつけていた。金柑ほどの大きさの橙の実だった。食べると彼の見ていた世界の記憶のようなものがぼんやりと浮かんだ。思い立って、彼の好きだった粒入りオレンジジュースを木にやると、嬉しそうに葉が震えたように見えた。

文字数:1200

内容に関するアピール

世界に木が増えていく話にしました。実作では、増えた木々が引き起こす世の中の混乱や風景、恋人の木が育っていく過程、また恋人の木への感情・自分が木になるかもしれないことへ感情のやり場に悩む主人公の心情の機微を描きたいと思います。

文字数:112

課題提出者一覧