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梗 概

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ムクは、運搬ロケット乗りである。酒場の女が、子供ができたというので喜んでいたが、すこしカレントを送ったら流産したとまた知らせが来て、がっくりきていた。
 とある星の土壌を運搬する仕事が入る。多数の運搬船が同様にチャーターされている。一面に黄色い草のそよぐ大地の一部が整地されていて、船はそこに着陸していく。
 周辺には生物が生息し、体型は女性によく似た、体毛のやや濃い生物が原住民として住んでいる。この星はま未登録で、知的生物に関する審査も行われていない。女性器類似の管状構造もあって慰安目的につかうものもいた。船に乗せて出ていくものもいたので調査対象になり、言語構造は理解されている。しかし、似ているだけでまったく男性に満足をもたらさないので、その後放置されていた。
 大地のあちこちには孔が開いている。朝、ムクは、体毛の薄い男児体型の原住民が孔のそばに倒れているのを見つける。孔の中には縦横無尽に洞窟が拡がり、原住民たちは大騒ぎしてそれを迎える。男児体型の原住民の名はシン、外に出たがっては困るのだという。数人の原住民によってシンは地底湖水につけられ、回復する。成人女性形の原住民は、太陽の光がかわり、こどもたちは外に出ることができなくなった、それでもときどきシンのような、外に出たがる個体もいるのだと説明する。
地底洞窟に社会が形成されている。色の白い男児形と女児形のほか、体毛の濃い女性形の人々がいて、それらは年齢はさまざまで地上に自由に出入りできる。
 色の白い人々は、長く生きられない、とくに外に出てしまってはもう駄目だ、そもそも配偶の相手もきまっているとシンにいいきかせられている。それでも、つぎに来るときは連れて行ってほしいとシンはムクに願う。その気もなくムクは了解する。
 ムクが数年後運搬で再訪するときには、星の形自体がかわっている。初期に連れ出された原住民が、多星人環境で学習し、この星の認可を求めるのだが、うまくいっていない。認可の前に星ごとつぶす計画が進む。
 ムクはシンに再会する。本来の配偶相手から逃げ回っていたという。一人くらいならいいかと、シンをつれていくことを了解すると、シンの配偶相手である、女児形の原住民リスが、隙を見て抱きついた。ふたりはそのまま固まって繭のようになってしまう。
 星をつぶしてしう計画が発動し、ムクは繭を船に運び込み、上空で待機、星はその場で超振動破壊され、不定形にゆれる土塊になる。
 土壌採取の権利を放棄して、ムクは去る。むかし子供が出来たらつかおうとしていたプログラムを入れているところで、繭はアメーバ状に変形し、ムクにのしかかる。ムクは自衛装置をオフにして自分が食われるにまかせる。
 数年後、無人走行の船が、パトロール艇にみつかる。毛の濃い女児がひとりで船のAIに相手されている。滅びた星の一族らしいことがわかり、女児はパトロール艇に回収される。女児は、新しい船で、新生児のように泣く。

文字数:1218

内容に関するアピール

滅びる星のひとりを、身を挺して救う話ですが、最後に至る手前まで本人はそうは思っていなかったと思われ、そうなってしまったのはたまたまです。最後のその時にその選択をするのが、強さと正しさ、という理屈で持ってまいりました。
 字数が少なくて説明しきれませんが、放射線等に弱い男児形と女児形が配偶し、アメーバ状から、成人になる女性に育つ形になり、卵を産んでそれがまた男児形と女児形になります。女性器に見えるのは卵管で男性器に対応していません。いろんな体形の知的生物の混在する世界のなかでの話です。商業的理由で、存在していると認められないまま滅ぼされる星もあり、こうやって救われたひとたちのドラマもその後作ることが出来そうに思います。
 実作と梗概を同じ締め切りでつくるのはきついとアゴ出してます。前から考えていたものをこの際書いてみたいと思って持ってきました。梗概は制限字数ちょっと超えてしまい残念です。

文字数:396

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荷物からっぽの宇宙艇が通常空間にジャンプアウトし、通信可能になった。
 たちまち落ちてくる、各種情報の中に、気になっていた発信元があった。ムクは、それを開いてし、たちまちがっくりなった。
「ごめんよ、やっぱり産むのやめとくわ、頂いたお金は手切れ金にしとくからね」
 こっちはもうそんなに若くないんだ、俺にだって待つ女と、子供がひとりくらいいたっていいだろう、と、彼は毒づいた。
 本当に彼女が妊娠していたのかはわからない。数か月まえにいた星の女で、彼のような運搬艇乗りの男でにぎわう店の女だった。意気投合して数日を過ごしたのだが、彼女にとってはそうやって男を乗り換えていくのはいつものことだったはずだ。だから、こちらにしても、口説くことに全くためらうこともない。
 自分のどこにも根がないから、待ってくれるというのなら、そこに喜んで帰っていく心の準備はいつでもあった。相手がいないだけだ。やや色黒で背は高くないが、外見にそれほどの引け目もない。ただ、30台も半ば超えて、すでに加齢遺伝子回復注射を数度は入れた。
 妊娠した、どうしようか迷っていると、検査証明付きでしらせてきたので、とりあえずなにがしかのカレントを送信して、ジャンプしたのだったが、カレントは裏目に出たのかもしれない。そろそろ自力で産むのはつらいような年齢にみえたので、頼ってくるかと思ったのではあったが、その年齢だってどこまで本当なのかはわからない。かなり前にも似たようなことがあった、もうちょっと時間をかけて、釣り上げなけりゃいかんのだろうかと、彼は意味のないことを考える。釣られたのは自分の方だったと考えるのは嫌なのである。
 そうこうしているうちに、宇宙艇は目的星に近づく。操縦設備のある小部屋(セル)には、航宙イメージが部屋全体に張り出されている。イメージのむこうに恒星が現れ、そのなかに黒い丸い染みが現れて大きくなる。惑星がやがて恒星の画像を完全に遮った。惑星上空を回って、昼の側からまた夜の側に回り、指定された座標におりていく。
 マニュアル操作は最近面倒でしなくなったが、万が一がないとはいいきれないので、AIのやることをみながら、気を抜くことはない。

発着場から駐機場に、彼は機体を移動させる。まずその入り口で、コンテナを、コンテナ溜りに異動させて切り離した。その奥に、彼のものと同様の、甲虫のあたまのような形をした宇宙艇が十数機ならんでいる。
 広く整地された駐機場のわきに、すこし大きい航宙機体に並んでバラックのような平屋がある。駐機場の、発着場とは逆には黄色い草原があり、木立が点在し、ずっとむこうには山があった。また、平屋の反対側には、背の高い重機が立っている。
 平屋が、契約先の事業所になっているはずである。到着の手続きはすでに通信済みだが、顔は出しておかねばならない。彼は艇のハッチを開けて、簡易梯子を下りた。
 白いというよりやや青い太陽が空にかかる。雲はほとんどない。風はゆるやかで、オゾンのにおいがする。体に悪そうだと思いながら、彼は平屋に向かう。
 平屋は、柱の上に屋根があり、数か所に壁がとりつけられてあるだけで、ほとんどが外から丸見えである。なかに、通販の事務所セットの、最も安いと思われる低いカウンタがあって、内側にいくつもある安楽椅子にひとつに、ムクよりやや若い痩せた男が体をあずけていた。サングラス、刈り上げた青い髪、白い肌はやや赤く、軽いシャツに膝までのパンツ、ラフな格好である。ルール通りに航宙服を着たムクが屋根の下に入ると、体を起こして、やあ、と頷く。ムクは、声をかけた。
「手続きの確認頼むよ」
 男は立ち上がって、手元の端末をみながらやってきた。
「ムク、だね、最終確認するよ、ああ、俺はここの担当の、シリスです、よろしく」
 たがいの手の先をすこし触れさせて挨拶をかわす。
「手続きからここの調査から掘削からぜんぶやらされてるんだ」
 そりゃまあ優秀、と思いながらそのへんをみわたす。平屋の下には、カウンタのほか、なにもない。実際のやりとりは通信で行われるし、端末より先の事務機能は、駐機場の彼自身の航宙機にまとめてあるのだろう。形ばかりのオフィスなのだからこれくらいのいい加減な出来でも十分なのだ。
「この横の、大きい機が俺のだ、ここにいなかったらあそこにいるからよろしく」
「契約では、ここの土を運ぶのだね」
「そう、稀少鉱物がかなり濃い地層があるんだ、長距離ジャンプで輸送してもたぶんもとがとれる。あそこで、ずっと地下の状態を調べてるところで」
 背の高い重機は、ボーリングのようである。
「あなたは運ぶだけだから、ちょっと待ってください、掘る連中が何人か、露出地層からいいところを集めて戻ってきたら、みんなでコンテナに詰めて飛んでもらいます」
「手伝いはいらないのかい」
「資格持ってるのはわかってる、でも実際にそれをするとお代が上がってしまうから、こちらから頼むまでは手は出さなくてもいいです、これも契約通りね」
 念のため要員というわけか、頼んでくれた方がカレントもたまるしこっちはありがたいんだけどなあ、とムクは思う。
「では、待ってたらいいのかな」
「そうですね、お楽しみ用になにかご希望のプログラムがあったらお分けするよ」
 自分の機で適当に待機しろということである。食料も、おそらくそれほど在庫もなく高価いだろうから、手持ちで済ませるのがよさそうである。そう思っていると、シリスはさりげなく付け足した。
「いまは日が高いからね、暗くなったら、ここで飲み物を出すよ、カレントはいただくけれど、そんなにはしない」

自分の機で、とりあえず休む。操縦セルでは、飛行中を除いて寝泊まりはしない。
 安全のためにセルは3つあり、もうひとつのセルは緊急用の隔離空間。あとひとつのセルはなかば物置状態で、簡易ベッドもおいてある。着陸状態ではここで寝泊まりする。時間つぶしに仮想現実プログラムを遊ぶこともあるし、女性を連れ込むこともある。彼は異性愛者だからで、もちろん十分な合意の上でお互いに楽しむだけなのだが、航宙機に連れ込まれるほどの警戒心の弱い相手はなかなかいない。
 転寝から覚め、ふたたび機外にでると、すでに空は暗い。足元もみづらく、平屋のあたりにぼうと灯りがともって、人が何人も動く影が見えた。
 屋根に入る。サングラスを外したシリスがにやにや笑いながらカウンタに椀を並べている。あちこちで、みるからに操縦士たちがかたまって話をしている。10人もいないから、出てこないものもいるのだろう。やや若いものから年寄り、男が多いが、女もいる。手に手に椀を持っている。明らかに酒である。空間に、甘い香りとアルコールの匂いが混ざり合っている。
「来たかね、あんたも飲めばいい」
「こんなものをわざわざ運んできたのかい」
「ここのものだよ」
 入ったところと反対側の、建物の外から、背の高い人間型、ただし歩行型ではなく浮遊型のロボットが、頭部を光らせ、すっとすべりこんできた。
「こいつは便利な奴でね」
 シリスがいう、そのロボットの後ろから、ずっと背の低い、ややぽっちゃりした女性体が何人か入ってきた。黄色い布を体に巻き、操縦士には見えない。栓のされた球体をかかえて持っている。
「ありがとうよ」
「キョウハ、コンダケデ、イイノカ」
「そう、あとは適当に相手をしてやっていってくれ、いつものように」
「ソウカ」
 女性たちは、球体をカウンタの足元において、部屋の中に散らばっていく。
「なんだね、あの女たちは」
「女じゃないよ」
 シリスがいう。
「この星の連中だよ、最低限のやりとりはできるようになってる、あのロボットが毎日いっては、言葉を教えてるんだ。文化が違うから、本当に情報交換しかできないんだけど、まあそれでいいだろうさ、そして、飲み物もいただいてくる。彼らにとっての主食のひとつなんだそうだ」
 知的生物はあちこちにいるが、ここにいるという情報は事前にはなかった。そういうと、
「まだ登録されてないからね、酒をつくるってだけでじゅうぶんな文明だと俺は思うけどね」
 ムクのところへも、椀を持って現地女性体がやってきた。ムクの胸くらいの背丈、色は白く、ずんぐりして、胸も尻も腹もでかい。顎と額はやや後退しているが、顔も含め女性にきわめて近い外見である。
「アナタ、ノマナイノカ、ワタシハノミタイガノンデイイカ」
 ここでの消費はあとで勘定されるのだろう、とんだ課金システムだと、やや感心しかけると、シリスが、
「警戒しなくてもいいよ、酒はこいつらが只でもってきてくれるんだから、俺がとるのは場所代だけだ」
 それがふつうは高価いんだがなあと念のために値段を聞いたら、たしかに、前の星の飲み屋より余程安かった。口をつけると、甘い当たりに、のどにすっと通っていく。
「これ、お前も飲むのかい」
「マダ、キョウノブンヲ、セッシュシテイナイ」
 彼女、というべきなのか、その女性体は、椀を口につけて、くっとあげた。
「すごいな」
「すごくないよ」
 いつのまにか横にいた、すこし若い、おそらくこれも操縦士が口を出す。
「俺らと違って、酔っ払うわけじゃないからね、代謝が違うんだろうよ」
 星が違えば生物も違う。同じものを飲み食いできるだけでも珍しいと言える。
「俺らのアミノ酸がこいつらとは似てるみたいだな、体も、似てるけどな、形だけは」
にやにやしながら言った。
「でも、けっきょくがっかりするんだよ、やっぱりああいうもんは文化なんだ」
 そのまま操縦士はむこうをむいてしまった。
 これは同職種のパーティだなと、ムクは椀を持ってすこし部屋を見渡す。知った顔はない。ムク自身が、大声で議論するのが好きな性質でもない。静かにしているのが好きなものは、自分の機内から出てこないだろう。
 それでも椀はなかなか美味で、すこし頭もゆるくなった。自分も帰ろうかと椀を置いてカウンタからはなれると、
「アナタ、カエルノカ」
と、現地女性体の一人がやってきた。
「デハ、ワタシガイッショニイッタライイカ」
 ムクは、シリスに、何を言っているのかわからないという顔を向ける。
「ああ、そうしたがる男がちょこちょこいたから自分から言うようになったんだ、けっこう、試した男は多いんじゃないか、女はわからんが」
 こともなげにシリスは、
「体が似てるから、いっぺんヤってみたらおもしろいよ、こいつらにはセックスなんてものがないから、なにをやっても何の意味もないんだ、木の洞とやるようなもんだ」
 どういうたとえかわからない。
「そういう文化なんだろうよ、いろいろとしてくれるんだ、食い物もくれる、言葉も覚えてくれる、体も提供してくれる、いいかね、こいつらとヤるのはセックスじゃない、罪もなければ恥もない」
「この星の男はどうしてるんだ」
「男なんて、いないんだ」
 ああ、そうなのか、と、ムクは理解した。
「だから、こいつらは男性のカウンターパートとしての女性じゃない、単にそれに似た生き物なだけだ、詳しいことはまた教えてあげるからさ」
 そういって、シリスは、薄暗いなか、安楽椅子に座り込んだ。むこうには数人女性操縦士らしい2人が、椀を手にして話し合っていたが、こちらを振り向きもしなかった。
 女性体はしばらくムクをみていたが、相手する素振りがないので去った。
 結局、ムクはひとりで自分の艇に戻った。飲み屋から好みの相手を連れ出すのはわかる。しかし、堂々と自慰マシンを持って帰る気にはまだなれない。

簡易ベッドで、ゆるめた作業着のままずっと寝ている。酔いは醒めているが、コンテナ詰め作業開始の連絡がなければやることはない。
 VR相手に遊ぶ気分でもなく目を閉じていると、艇がすこし揺れた。
 特に問題になる揺れではなかったし、センサーでもそれは確認したが、ムクは起き上がって、ハッチを開けた。
 地球より自転がやや遅い星である。朝はまだ来ていない。空には星、一方の地平線がわずかに白い。ゆるい風が相変わらずふいている。並んだ宇宙艇をハッチから眺め、簡易梯子で地上に降りる。
足元は暗い。ゆっくり歩いて、駐機場の端にくる。むこうの平屋は、灯りがひとつついているだけである。薄暗い中、何人かが安楽椅子に寝そべっている。2人でからみあって寝ているようにもみえたが、どういう組み合わせかはわからない。
 数人の背の低い影が平屋から出てくる。現地女性体のようである。みわたすと、あちこちの艇のハッチを開けて、女性体が飛び降りる。見かけより俊敏なようだ。
 薄暗い中で、彼女らはゆっくり駐機場から、草原に向かう。みわたすと、駐機場の山側の端に、やはり草原の中から女性体が何人もあらわれ、草原に向かっている。
 山の方から、唸るような甲高い声が聞こえ、なんとなくそれにあわせて女性体たちは草原に入り込んでいく。甲高い声は続く。女性体の姿も見えなくなったままの草原を見ているうちに、背後の地平線がどんどん白く広がり、空の星が消えていく。草原からふたたび女性体たちが、ばらばらと立ち上がっては、現れる。向きは反転し、みな山に向かうようである。黄色い衣をまとって、ゆっくり歩く。中に、白く丸いものをかかえるものもいる。
 空が青くなり星が消え、この星の太陽がでる頃には、女性体たちはすっかり山の方に消えてしまっていた。
 平屋から、ぶうんと低い音を立てて、浮遊ロボットが出てきた。ふわふわと、やはり山に向かい、駐機場の端の、草分け道から入り込んでいった。
 甲高い声は、すっと消えた。しばらくして、あちこちで低くしゃべるような音がした。その音も、風の音に紛れるように小さくなっていった。
 地面がまた揺れた。

昼前に、シリスから通信が入った。
「掘削のほうで、交代希望が出てるんだけど、入ってもらえませんかね、契約切替るので」
「いいですよ」
 朝番と昼番に分かれているが、おもいのほか作業が長くなっていて、話が違うと、一定以上の作業に出ないものが出ていると説明された。時間に合わせて駐機場のなかを宇宙艇を移動させ、発着場の隅から、山の反対側の、指定座標まで低い高度で移動した。海まではまだ遠い。
 大きい孔があいていた。そばに数台の掘削機体があり、一台、ヘッド無接続で待機している。
掘削機体に宇宙艇をヘッドとして数か所のパイプでつないでしまえば、そのまま作業ができる。甲虫のあたまの下に、四角い手足がついた感じである。
 掘削計画が、操縦席の彼の目の前にふわっと現れた。
「ずいぶん実際とはずれてないか」
「純度の高いところを狙っていくとちょっとずれてしまうんだ」
 こちらを仕切っているのもシリスのようだ。遠隔で、あれもこれも大変だなと、受け持ち区域をもらって、大きな穴を拡げる作業を始めた。
 横からこちらの機体の番号を呼ぶ機体がある。
「その辺はまた開くから気を付けた方がいいぞ」
 何が開くんだいとききながら、大穴に面する地面を掘り込むと、いきなり赤い水が噴き出した。
「ほら、出た」
「どうするんだこれ」
「おいとけば止まる。そこはもう、そこまでにしておいた方がいいな、重くなったら困る」
仕方なく、すこしずらしたところから作業を再開する。また水が出た。
「なんだよこれは」
「地下にそういう水脈が走り回ってるんだ。おかげで作業がなかなか進まない」
 声をかけてきた機体は、自分の作業に戻る。
 すこし場所をかえてあたらしく穴をあけてみると、孔の下に空間があり、やはりそこには赤い水がたまっていた。やれやれと思ってみていると、彼の開けた穴から差し込む光の中に、一体の現地女性体が、赤い水のなかを泳ぐように現れ、水のなかのなにかを抱え込んで、陰の中に泳ぎこんでいった。
 あいつらもこの中にいるのか、これは迂闊に穴をあけられないなと、ムクは、場所をかえながら掘削を繰り返したが、予定の工程は終わらなかった。
 いまのところ、コンテナ半分ちょっとにつめられる程度の採掘量だった。

朝の空は白かったが、夕暮れの空も、黄色い程度である。焼けるように赤くはならない。
 平屋にはもう明かりがついている。カウンタにはすでに椀が並んでいた。
「さっき声をかけたのは俺だよ」
 ムクとあまり歳のかわらない、恰幅のいい、垂れ眼の男が椀を持った。
「作業が進まないのは困るよな、長いと取り分がけっきょく減ることになる」
「はじめての場所だからわからんのだけれど、この現場は、いつごろからあるんだい」
「まだ長くないよ、俺も2回目だが、前からあのシリスが仕切ってる」
 操縦士は、ソワと名乗った。
「穴の中にこの星のやつらがいたな」
「いるんだ、よく水の中でばちゃばちゃやってる」
 穴を掘って住民がどうなっても現状では誰も何も言わない。知的生命体として登録されていれば、大問題になる。
「それが面倒だから、登録しないんだろうな、商売ってのはそういうもんだが」
 ムクは、いい気はしなかった。
「シリスも、ずいぶんモードが変わったもんだ、前の時は、あちこち調べたり、連中のところに出かけて行ったりする余裕もあったんだが、もう相手はロボットにまかせっきりで、採掘優先でやってる、それが仕事だからといえばそうなんだが、この事業にしたって、もとがとれるかどうかもわからないものに投資するのも考えもんだ」
 なぜか上からの目線である。
 シリスをすこし遠くから眺める。椀をひとつとって飲み干し、にやにや笑いながら安楽椅子に寝そべっている。
 地面がすこし揺れた。
「もうちょっと揺れるかと思ったんだが」
 ソワはつぶやいた。ここまでの会話でお互いの性的嗜好の確認が出ないので、ソワは同性愛者ではないのだろうと、ムクは思った。
 ロボットが、また、現地女性体を数人引き連れてやってきた。あとは昨夜と同様である。ムクは、翌日の朝番採掘を引き受け、数杯飲んで、機体に引き上げた。

翌日の昼頃、朝駐機場に帰還する。その朝は、思ったより採掘が進んだ。
 誰もいなくなっている平屋の裏から、草原を眺める。平たいようで、あちこちに出たところや、窪地があるようだ。
 近くで、草ががさがさ揺れた。野生動物がいるのか聞いておくべきだったと思いながらそちらを見ると、草の根もとから整地されたところに、這い出して来るものがいる。
 裸のネズミのような色だが、子供よりすこし小さいくらいには、大きい。形は、人間の子供に見えるが、まったくの無毛で、全身がてらてらぬめっている。そいつは、現地女性型と似た顔をして、こちらを見上げた。
 そして、すこし高い声でつぶやくように声を出した。
「ありゃあ」
気づくと、平屋にシリスがきていていた。
「ここまで来るか、ひょっとして地面にまた穴でもあいたかな」
「なんだいこいつは」
「ここの子供だよ、子供というのかね、幼生というのか、」
 立てそうもない子供から目を離さずに話す。
「基本的には出てこないはずなんだよ、たまに出てきたがるのがいるらしいんだが、連中見張ってるんだけどな、こないだから地面が揺れてるから、そのむこうに新しい穴ができてるんじゃないかな」
「どうするんだこいつ」
「放っておいていいよ、連中が、気づいたら連れに来る。そうじゃなきゃもたないかもな、昼、この光の下には出てこないんだ、あまり長いと死ぬ」
「おい、なんだよそりゃ」
「気にするんだったら誰か呼んできてやればいい、でも、そいつ、もたないかもしれないよ」
 ムクは、あわててその子供に寄っていく。子供は声を出すのをやめて、頭をもたげるのもやめ、肩で息をして、目を閉じた。首筋には鰓のようなものもあるが、機能しているようには見えない。
 両手に子供をのせて持ち上げる。軽い。そのまま、来たらしい方に、草を分け入っていくと、すぐに、ぽっこりとあいた穴があった。こちらから斜めに崩れて、むこうから湿気の強い空気が漂い出てくる。ムクは、左手だけで、ぐったりした子供を支える。ぬるぬるして、袖も濡れる。腰のストックから、折り畳みのヘッドカバーとライトを頭にかぶり、屈まねば入れない斜面をずるずると入り込んでいく。その先は暗い。照らしながら10メートルほどはいったところで、赤い水面があった。
 そこは、地底の、池のようである。暗い中を照らすと、あちこちに土壁が立って、低い天井の下で、隣接する池につながっていくようだった。そのむこうにはまた穴があるのか、外光が入り込んでいるように見えた。
 奥の方までちらちらとライトで照らしていると、足元に、似たような子供たちが、泳いで、数人群がってきた。水がはねる。さらにそこに、腰まで水につかって、数人の、現地女性体が、ざばざばと歩いてやってきた。地上でみたものたちほどの肉付きではなく、地球人としても、そこそこすっきりした体で通用しそうだ。地上にいる連中とは違うのだろうか。たんに歳のせいなのか。
 その一人が黙ってムクから子供を受け取り、赤い水につける。ほかの女性体は、水の中でうねる子供らになにかいってきかせる。子供らはすっと体を引いて、どこかへ泳いで行った。一人だけは、水からなかば体をあげて、水につけられた子供を、やや遠くから見ている。
 漬けられた子供は、じっとしている。女性体数人も、それをじっと囲んでいる。
ムクは、しばらくそこにいたが、なにができるようにも思えなかったので、土の斜面を外へ、いざりだしていった。
 平屋に戻ると、シリスは立ったまま端末相手にやりとりをしている。ムクがカバーとランプを折りたたんでしまい込んだところで、シリスは端末をカウンタに置いて、大きく呻き、安楽椅子に座り込んだ。
 そして、ムクに向いて、
「帰してやったのかい」
「ああ、穴があって、奥に地底湖だか池だかがあって、大人っていうのか、迎えに来た。あの子供を、赤い水に漬け込んでいたが、それでなにかいいことあるのかい」
「分析はしてみたけど、生体に対する影響なんて、それだけじゃわからないよ、その生体の性質もわからなきゃ解析不能だ、でも、元気がないのを漬け込んだのなら、そのまま死ぬか、それでよくなるか、じゃないか」
「あいつらはあんなところに住んでるのか」
「半分がね、まあ、どうでもいいじゃないか」
 黙ってみていると、シリスは、喋るのが好きな男のようで、訊かれもしないのにまた口を開いた。
「幼生と、成人型にわかれるんだよ、あいつら。成人型はどこにでもいる、山の方にもばらばら住んでるけど、幼生は、地下の湖だか池だか、あそこでしか育たないんだ。成人型が地下の、水の中に卵を産む。それが泳ぎ回って育って、水からあがる、それでも地下だ。若い成人型は地下で卵を産み続け、あの、子供みたいな幼生を育てる。幼生は、やがて白い繭みたいなものになる。すると連中、それを山の方にもっていって、蛹から、成人型、あの女たちになるんだ。出たばかりは女の子みたいだよ、あの生き物たち、胸のところからは、幼生を育てる乳みたいなものも出るんだぜ、みんなが面白がって自分の「もの」を突っ込むのは卵管さ。ま、ここに酒もってやってくる連中は、もうほとんど卵を産み終えた連中ばかりだ、たるんでるだろう」
「ほかにどんな動物がいるんだ、この星には」
「いないんだ、あいつらが唯一の動物で、それが唯一の生態系なんだ。なかなか面白いから、仕事しながらフィールドワークでもできるかとこの仕事に入ったんだけどね、知的生物登録以前に、まず生物圏としての登録がぜんぶ会社に邪魔されて、どうにもならないんだよ、こういう話だってあまりしちゃいけないんだ、たまに会社の回しもんもやってくるが、あんたは違うよな、そういうやつは子供を助けたりしない」
「君は、研究するひとなのか」
「なかなか仕事場がなくてね」
 シリスは首を振る。
「先に仕事があれば、あとから成果はついてくると思ったんだが、がちがちの契約で縛られて、発表どころか身動きが取れない、いいところまでまとまってるっていうのに」
「大変だな、どこの仕事も」
「こうやって、あちこちで宝の山がつぶされていくんだ」
 シリスは、また、首を振った。
「あの恒星、ここの太陽は、ずっと遠くから観測するのと、ずいぶん性質が変わっているんだ、数十万光年からみたということは、数十万年前とは違うということだ。そのときはもっと穏やかな星だった。今のあの星の太陽風は、かなりきついんだ。で、ここの幼生はひ弱で、地表に出てこれなくなったんだと思う。それでも数十万年では完全に性質は変わらないから、ときどきああやって、外に出てこようとする個体があるようなんだ。ふだんは成人型がいっしょにいるから大丈夫だが、どっかで地面にいきなり穴が開くと、そこから出てくる、そんな生物がいつまで存続できると思う?」
 いろんな分野からこの惑星を解析してきたのだろう、それが世に出せないのだから、無念なのはよくわかった。酒も飲みたくなるだろう。
「あいつらは、ここの、唯一種、絶対動物なんだ。いつからそうなのかは知らない。どうやってそうなったのかもわからないが、繭の期間がカギなんじゃないかと思う。安定しているうちはいいが、途中でうごきはじめて、いろんなものを吸収してしまう。おたがいにすら吸収しあおうとする。弱い個体は干からびる。だからけっきょくほとんどが消える。たぶん似たような生き物ばかりで、お互い食いあって、最後の形がああなんだろう、それが人間にけっこう似てるから面白いじゃないか、豊富な植物と、女たちだけでできてるのさ、アダムのいないイブたちだ」
 一気にしゃべり続けて、大きく息を吸い込んだ。すこし落ち着いたようである。
「こんな単純な生態系が、ひ弱じゃない、わけがない。幼生がお日様の下に出られないんだ。どこかでなにかおかしくなればあっというまに、いつなくなるかもわからない。滅びる楽園で、酒を飲んで暮らす日々は、なかなか楽しいよ」
「そりゃ、やけくそだな」
「やけくそなのは連中だよ、この星のやつらは地下湖にでかけては、入れ代わり立ち代わり、やけくそのように卵を産み、幼生を育てては繭を運んでる。育ちあがるのはごく一部だ。山には近寄るな、繭だらけだ。食われるよ、入れるのはロボットだけだ」
 鼻で笑い、シリスは平屋から出て行った。

その日の作業がおわった段階で、本社から、全機対象通信で、契約内容の変更が告げられた。
 ここまでの採掘量でいいから、それをコンテナに詰めて、運べということである。
 それぞれのコンテナに8割づつほどになる。途中でロストするリスクを勘案して、空コンテナは作らない。荷下ろしを順次行うため、5台づつまとめて2時間毎に到着するようジャンプを調整する。惑星の向きと効率から、出発は、作業終了翌日の早朝に設定された。
 翌日は、それぞれの機がコンテナを運んでは、採掘したものを詰め込んでいく。コンテナの中は固定剤でかためてしまい、そのまま航宙機につないで、つぎつぎと駐機場に異動してきた。
 コンテナより航宙機の方が多い。余った航宙機には掘削機がつながれている。
そしてまた、黄色い夕暮れになる。平屋にいる面子はあまりかわらないようだ。
「掘削機まで引き上げるんだろうか、こちらに引き上げてきてあるが」
 ムクは、駐機場とおくの掘削機をみながら、ソワにつぶやいた。
 ソワは、右眉を上げ、肩をすくめた。
「ありゃ、高価いもんだからな」
 安楽椅子に座り込んで、シリスの飲むペースは速い。時々わざとらしく笑う。そのときまた、地面が揺れた。誰かが、
「飛べるんだろうな、揺れてとべなきゃ困るぜ」
「大丈夫だよ」
 シリスは声をあげた。
「同じように自分も揺れればいいのさ」
 軽い笑いがすこし起こっただけだった。ソワは、いつになく、シリスを観察していた。ロボットが、今夜も、現地女性体をひきつれてやってきた。
「今日で最後か」
と誰かが言う。
「そう、最後なんだ」
 シリスが答えた。
 暗い外から、屋根の下にゆっくり何かが入ってきた。背が低いので誰も気づかないが、現地女性体の、地下で見たような、ずっと若いタイプである。平屋で毎夜みるものよりずっとほっそりしている。そのうしろに、もっと小さい、子供型がついてきている。どちらも黄色い衣をまとうが、子供型の方は、不慣れな感じでその端を床に引きずっている。
 2人はゆっくり、壁のそばで椀をすするムクのところまでやってきた。ムクの胸よりも低い成人型と、腰あたりまでしかない子供型がすぐそばに立って見上げているのに気づいて、ムクは小さく声を上げた。
 成人型は、甲高い声で、
「コノコドモヲ、アナタハ、ハコンダ」
と言った。つまりあの時の子供なのだろう。
 この光景に気づいた者たちから沈黙が広がっていった。静かな中、
「コノコドモヲ、ツレテイクカ」
「おい、どういうことなんだ」
 ムクは、きょろきょろ周りをみわたした。いつのまにかシリスが近くに来ていた。
「助けてやったんだろう、文化が違うからなんともわからんが、あんたに、その子供についての決定権があるということじゃないか、人間風に考えればな」
「そういわれてもな」
 ムクは、腰をゆっくりおとして、いままでの現地女性体にくらべ格段に若く見えるこの成人型と顔の高さを合わせた。
「この子供は、連れて帰ればいい、俺に、いや、私につい来る必要はない」
「ソウカ」
 若い現地女性型は、甲高い声で子供型に話しかける。子供型はやはり甲高い声でそれに応じ、ムクの膝にやってきて、すがりついた。
「イクトイッテル、ソトニデタイトイッテル」
「どうなんだ」
 シリスは、ゆっくり、
「宇宙には耐えられんだろうけどなあ、穴から逃げるくらいだから、とっととどこかにいってしまいたいんだろうが」
「体がもたない、そうだ」
 現地女性型は、ソウカ、と答えたが、子供型は動こうとしない。そこにもう一体、衣も付けない子供型が駆け込んできた。
 ムクの膝にかじりついた子供型は、小さい声をあげ、逃げようとしたが、駆け込んできた子供型はそのまま衣の上からすがりついた。二人はそのまま倒れた。
 ムクも、ほかの操縦士たちも、シリスも、あっけにとられてそれを見ている。
 抱きつかれた子供型は手足が突っ張っていたが、みるからに力が抜けていき、二人の体の輪郭が曖昧になっていく。
「こうなるのか」
 シリスが声を上げた。
「これだけは見られなかったんだ」
 そして、操縦士たちに、
「すまないもう終わりだ、今日は無料だ、もって帰ればいい、自分のところで好きに飲んでくれ」
 何が何だかわからない展開に、操縦士たちは、男も女も首をかしげて、平屋からぞろぞろ出て行った。子供型二人は、その形を失い、白い塊になりつつあった。ムクと、現地女性体たちがそれを見ている。
「なにがあったんだ」
「ニゲテイタ」
 若い成人型が答えた。
「ズットニゲテイタノデ、ココマデキタ」
「何を逃げていたんだ」
「ココハバショガチガウ、ココデコレガオコッテハイケナイ」
「そこを問題にするのか」
 シリスが感心したように言った。
「今のはな」
 声を低める。
「交配したんだよ、たぶんそうなんだろうと思ったんだ、子供型の遺伝物質の量が成人型の半分だからな、どっかで倍にならなきゃいけない、環境の異状に子供型が弱いのもそのせいだ
「あの子供は、交配から逃げ回って、ここからも逃げようとして、結局つかまったんだろう、交配はたぶん、俺たちの立ち入れないところでおこっていると想像していた。見ることのできなかったものを、最後の最後にみられた、すばらしい」
 矢鱈に感動するシリスを、ムクは黙ってみていた。シリスはさらに、
「なあ、あの子供は逃げたがっていた、その繭はその子供の次の世代だ、連れて行ってやってくれないか、この星は生物登録さえされていない、何の問題もない、もうこの星もなくなるのだからせめてそいつを」
「おい」
 外の暗がりから、ソワがゆっくり入ってきた。
「そいつは守秘義務に反する」
「やっぱりあんただったね」
 カウンタの上の椀を、シリスは口につけた。喉を鳴らして飲む。
「これがもう飲めなくなるなんてな」
 ムクは、
「どういうことだ」
「気にするな。この時点から、本社の契約代行者は俺になった」
 ソワは、手元の端末を操作する。そしてムクに、
「すまんな、気にしなくていい、あんたは船に戻れ」
「いったいどうなってるんだ」
「知る必要はないさ、明日は予定通りにみな順番に飛んでもらう」
 いつのまにか平屋から現地女性体たちは消えていた。酒をすすめる客もいないし、逃げたがる子供型は繭に固まってしまった。繭をおいていったのは、この形なら連れていけるだろうということなのかもしれない。しかしそう勝手に決められても困るのだ。

自分の機体にもどったら、通信が入っていた。
 珍しいことに直接通信である。ほぼすべてテキストレベルなのだが、でかいノートが添付されている。とりあえず、本文だけ解凍してみた。
 シリスからであった。
「権限をとられて、ネットワークも使えないし、外とのやりとりができない、ついては、自分のつくってきた、この星についてのまとめをあんたに託したい」
 まずそういう意味のことが書かれている。なんで俺にそんなことを、と、ムクは思う。
「ボーリングといっていたものは、この星をばらばらにしてしまう高周波ボムだ、じわじわ発動していて、地震はそのためだ。プログラムを細工して、引き伸ばしていたが、さっき、もとに戻されてしまった。明日出発後本格発動する。重力があるから実際にはばらばらにならないが、この星の生命体はたぶんすべてなくなる。生命体がなくなってからゆっくり資源回収しようというのが本社の意向だ。あんたは、あの繭をつれていってやってくれないか、この星の唯一の生き残りになるかもしれない。
この星のデータのこともあって、会社側が俺を邪魔に思っているのは知っている、共用回線にはもう触れないし、どさくさでなにをされるかわからないから、今まで出すことのできなかったこのデータを、繭と一緒にもっておいてほしい。今日の分の情報も入れてある。育ったら教えてやってくれ、理解できるよう生育するかわからないが、知能はある筈だ。
交配してできた繭はしばらくは無反応だから今なら触ることもできる。そのうち一度柔らかくなり、貪食能があがるようだが、交配してからの時間がはっきり今までわからなかった。それも測って、データに加えてくれたらうれしい、どうしてもわからなかった部分なので」
 ここに至ってなぜデータの完全性を求めるのか、とすこし呆れる。
「奴(ソワのことか?)は馬鹿で単純にボムの動作を戻しただけだが、ゆっくり動かしてきた分にいまからの動きがいきなり上乗せされることになって、プロセスが明日を待たずに一気に進むかもしれない、気を付けること」
「おい」
 思わず声を出した。ほかの連中はどうするのだ。それよりも、と、急いでハッチを開ける。なぜ、頼まれたとおりに自分がしようとしているのか、わからなかった。一度助けてしまったのが、いけなかったのだろう。地面が揺れた。
 平屋には、繭がころがっている。子供型のひっかけていた黄色い衣がそのまま床に落ちて砂にまみれている。カウンタにはまだ酒の入った椀が並んでいる。口のついていない椀の中身を飲み干して、
「さあ、いこうかね」
 また地面が揺れた。いきなり頻度が上がっている。
 黄色い衣を繭に巻き、持ち上げた。簡易梯子を上がるのは難しく、梯子にのってそのまま引き上げさせ、機内に入る。
 繭は、安全用隔離セルに放り込んてハッチを閉めた。
ゆっくり静かに機体を動かす。駐機場から直接飛ぶのは、周囲の機体に干渉しそうでちょっと怖い。
「何をしてるんだ」
 ソワから通信が入った。
「すまん、明日は初めに飛ぶ組に入れてくれ、いまのうちに機体を動かしておくから」
 そして、機体を動かし続け、コンテナに接続した。ソワが何度かその必要はないと通信してきたが、すべて無視した。そして、ほかのパイロットたちに、地殻変動があるかもしれないから、自分はすぐに飛べるよう準備している、とやはり直接通信を送った。
 通信はそのあと、すべて妨害で遮断された。ビューワで外界を観察していると、シリスが、じぶんの船から出てくるのが見えた。ほかの機体のあいだからなのでよくわからない。平屋に向かっている。ソワもついていって、口論している。
 観察拡大率をあげた。シリスは、見通しのいい平屋で、床から酒の詰まった球を持ち上げて、流し込むように飲んでいる。そしてまた、にやにや笑いながらソワに何か話している。見ているうちにまた地面が揺れている。
 何度も酒を流し込んだ挙句に、シリスは平屋を出て、自分の船に向かい、手を挙げた。
 たちまち、その船の周りにイルミネーションがともった。お祝いのためのもので、にぎやかである。ソワは、あぜんとしてそれを眺め、再びシリスに何か言っている。シリスは、相手せず、今度はこちらに向かって、ゆっくり手を挙げた。
 つよく地面が揺れて、画面から二人がはずれてしまった。あちこちの機体が起動された。外側の安全照明がつぎつぎ点灯されるのでわかる。
 コンテナごと、機体を発着場に移動させる。ほかにもコンテナに向かう義理堅い船もあるが、つながず直接発着場に向かおうとする船もある。ムクは、すぐに、推進系統を本格作動させた。

 時間としてはもう朝といえるのか、眼の下で、惑星は、ぶよぶよと浮いていた。網目のように亀裂が入り、ところどころで電のようなものが光る。高周波ボムが本格起動し、あの生き物たちはもう、生きてはいないだろう。
 それまでにすでに大地が揺れ続け、飛べなかった船、ぶつかりあって落ちてしまった船もあり、ほぼ半数が失われたようだ。シリスも、ソアも、いる気配がない。コンテナをつないだ機体は数機程度のようである。
 船団ともいえないものが、周回軌道にのって、とりあえず、操縦士同士で通信している。もらえるカレントはどうなるんだ、俺はコンテナをつんでない、どうみても運べなかったのは仕方ないだろう、なにももたないのにわざわざ指定された場所までいってやらなくちゃいけないのか、補償をよこせ、などとやりあっている。
 こうなった以上、そろってぞろぞろ行く必要はない。ムクは周回軌道から離脱し、ジャンプした。
 そして、持ち込んだ生物のことを考えた。繭がそのうち蛹になって、あの女性体になるのなら、そこから育てなければいけない。
 むかし、妊娠したといわれて、調子に乗って子供を育てることにかかわるアプリをおとしてきてあったのだが、あらためてそれを解凍し、船の人工知能体系に放り込んだ。参考にできるよう、シリスからもらったデータも開示した。
 どう育つものか、どう育てるものかもわからない。人間を育てるようにそだてて、そうなるだけの能力があるのか、知能のシステムがそれをうけつけるのかもわからない。しかし、会話はできていたので、期待するしかない。
 この船は、寝たきりになっても、救難信号を出しながら乗員の面倒を見てくれる各種の機構は標準装備している。自分の手が回らなくてもなんとかしてくれないかな、と期待しながら、ちょっと様子を見ようと、隔離セルのハッチを開けた。
 軟体化した繭が、いきなり右足に飛びついてきた。
 はじめ、ムクは、なんとか引きはがせるだろうと思った。しかし、繭はゆるめた作業服の間から入り込んで右足を包み込み、じわじわ上がろうとしてきている。繭の向こう側に突き出た足先が、変な方向に曲がって、繭に引き込まれて行ってはじめてムクは状況を理解した。
 いま、繭に自分は食われつつあるのである。こんなに早く起こるとは。
 痛みはない。神経になにかを作用させているのだろう。左足で跳ねながら、操縦席に戻る。彼は、自分の資産の処理、繭から生まれるだろう人間型の生き物を、人間扱いさせるための法的届け出が行われるよう、AIに入力した。そして、ジャンプ離脱を、元の目的地への半分の距離にセットしなおした。目の前にコンテナがやってきて、本社の連中がだまって見逃すはずがない。
 操縦室内のビームがこちらをねらっているのがわかった。彼は、AIに、
「防御態勢解除だ、これは敵ではない、育ててやれ」
 こんな終わり方をするとは思わなかったよ、あとは元気で育て、ムクは、腰を覆い、胸に上がってくる繭に、そう語りかけた。
 心臓に達しても、すぐに意識はなくならない、しかし、血流が減少するとともに、目の前が暗くなっていった。そのまま、ムクは、繭に完全に吸収された。
 たっぷり栄養をとりこんだ繭は、そのまままた、白く、硬くなっていった。

救難信号を出しながら通常空間で亜高速飛行する船が、遠宇宙で見つかった。通報があったので、その宙域の管理代行社が、救命設備も持った警備船を、通常コースからすこし外して確認することになった。
「数年前のものですよ、ここよりもっと深いところで、惑星ひとつぶっつぶした会社があって、船がたくさん行方不明になったんですがね」
 警備船では、データベースをみながら、若い男が、年輩の男に説明している。
「そこのコンテナひっかけています、こちらからの通信に対しては、AIが、乗組員は一人、操縦能力なしと応答してきます」
「自動操縦はできるんだろう、つまりその乗組員に、全体の判断能力がないということか、いきなり寝たきりにでもなったのか、それにしても緊急避難先の設定ぐらいするもんだが」
「ちなみに、その会社ですが、資金回収に失敗して、知的生物虐待の疑いも出て、引き取りてもなく解体してますよ、惑星もつぶされてそれっきりです」
 ひどい話だな、といいながら、年輩の男は警備船を操って、コンテナ船に接近した。救護機能のシグナルを出して、船を横並びにして通路をつなぎ、若い男が入っていった。
 コンテナ船の操縦セルには、ぶかぶかの作業服のうえに黄色い衣を巻き付けた、背の低い、顎と額のやや未発達な女の子が、立っていた。瞬きもせず、じっとこちらを見ている。
 若い男は、
「やあ、わかるかい」
 話しかけながら、この船のAIに情報を求めた。そして、年輩の男に通信した。
「このコひとりですね、法的地位は確認しましたが、生物種は不明になってますよ、そんなことあるのかな、そのうえけっこうな財産持ちですよ、保護機構にとりあえず船ごとひきとってもらうしかないでしょうが」
「ここから出るの?」
 女の子がやや高い声で話しかけた。いきなりのことなので若い男は驚いて、
「そう、助けに来たんだ、この船でとりあえず近い星まで行こう」
 女の子はまた黙って、若い男を見上げた。男は警備艇に、船は分離させて待機、作動の確認ができたら協調ジャンプしますと連絡し、手元の端末と、こちらの船のAIとで、やりとりさせ続けた。
 操縦席のまわりに空間画像が広がった。星が前面に光っている。女の子はそれを指さし、
「これは外?」
「そうだな、外はこうなっている、というか、俺たちはこの中にいるんだ」
「私たちはもう、外にいるということ」
 面倒な会話だなと思いながら、男は女の子をちらっとみた。
 女の子は、今生まれたような顔をして、目の前の星を、じっとみつめていた。

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