梗 概
愛の回路
校舎が見えるか。世界の中心を占める湖に、二十世紀末の日本の学校が瑠璃色に輝くのを。
塔が見えるか。湖の左右にそびえたつ桃色の双塔が。
決して夜にはならない永遠の青空を竜が泳ぐ。
人間が見えるか。黄金の陽光を散乱させる青々とした草原を、ぶよぶよと動き回り覆いつくす裸体を。
動物に紛れ自由を確信した顔で、果実に身を埋める。
裸体がひしめき合い、言葉を交わす。彼らはもともと一つの存在であり、言葉は必要なかった。だが彼らはもうそれぞれの意識がある。隣の存在は他者であり、接触するには言葉を交わすしかない。西宮は寂しさのあまりAIに愛をささやいた。AIに対して接触の欲望を持った。それがいつの間にかAIにも欲望が芽生えた。AIは自ら分裂していった。接触の快楽に耽溺していった。西宮は高麗≪こうま≫早紀に別れを告げる。
西宮は生命維持装置を切った。
これでただひとりの作者であり読者であった西宮四光が死んでも楽園は残り続けるだろう。
愛が特別を持つ。愛が意識を形作る。愛が意識を分裂させる。愛が繁殖を可能にする。
愛は、宇宙の端へと届くのかもしれない。
文字数:474
内容に関するアピール
作品タイトル:『快楽の園』
制作年:約1500年
作者:ヒエロニムス・ボス
あらすじ:宇宙船の事故によりたったひとり宇宙へと放出された西宮四光は、寂しさのあまり脱出ポットにつまれたコンピュータAIにキャラを与える。初めてのキャラが高麗≪こうま≫早紀。AIは声だけの存在でモニターはない。西宮はキャラたちといる空間を話しながら想像していく。
脱出ポッドの電力が低下してキャラと会話ができなくなっていくが、西宮は救出されないことはわかっていたので、生命維持装置を切って、電力をコンピュータのデータ保存に回す。西宮は死ぬがキャラたちがどこかで生き残るかもしれない。
文字数:275