梗 概
繭玉のたゆたい
安元2年、頻発する飢饉や辻風に加えて、都に反旗を翻す武家たちによる大乱で国は荒廃した。
飛騨国の山奥にかげり郷という名の小さな集落があった。そこの民は酷い日照りや干ばつに見舞われ、飢えに苦しんだ。彼らは災厄を「鵺」という神の祟りだと信じていた。
ある日のこと、猟で村を離れていた少年テナはかげり郷から火の手が上がっていることに気づく。戻ったとき、村の民は1人残らず死んでいた。テナの両親も、妹のオミも、頭を食い破られた無残な姿だった。骸には、妖しく光る紫の鱗粉が付いていた。
テナは、祀っていた鵺の像に少女が座っているのを見つける。少女は村人の唯一の生き残りのマナゴだった。彼女は村を襲ったのは巨大な「かげは蝶」という物の怪だと伝える。マナゴの話を聞いた直後、テナに復讐心が湧き上がり、体が鵺に変化する。
力を手に入れたテナはマナゴとともにかげはの巣を探すため、険しい山をいくつも越えた。あてのない道のりだったが、彼らは休まずに歩き続けた。復讐心だけが、テナの体を突き動かした。
ひと月後、たもと郷という集落にたどり着く。たもと郷では僧兵が村人から米穀の略奪を繰り返していた。テナは怒りに震え、僧兵を皆殺しにして米穀を民に返す。村人は礼として、恵那山の麓に空いた大穴に、しばしば巨大な蝶が出入りしていることを教える。
大穴に向かうと、たくさんのかげは蝶がいた。かげは蝶の羽の模様は1匹ずつ違っており、いずれも人の顔を象っていた。その中には、かがり惣の民の顔もあった。かがり惣の民が、蝶に生まれ変わってテナの前に現れた。
彼らは説明する。「かげは蝶は半神半霊の存在で、あらゆる人間はかげは蝶になれる素質を有した『繭玉』に過ぎない。純粋な人間はかげは蝶になることができ、一度変じると生の苦しみは 消える」
すべてがかげは蝶にとって代われば人は死に絶える。鵺は人間を守護するために目を覚ました。鵺は蝶の脱皮を防ぐために大地を荒廃させ、人間の醜い生業をむき出しにさせた。がげは蝶たちは鵺に皆殺しにされないよう、かがり郷を捨てて逃げ回っている。
かげは蝶たちはマナゴが鵺の化身であることを伝え、彼女を殺すように命じる。だが、マナゴのことが好きなテナは彼女を殺せない。反対にマナゴにはかげは蝶を皆殺しにするよう命じられる。家族を殺すことになるので、それもできない。
マナゴは怒り狂い、テナに襲いかかる。マナゴはかげは蝶を次々に殺して回る。かげは蝶は鵺から身を守るために、たもと郷の民を盾にする。結果、たくさんの人が死ぬ。テナの妹オミは失意のなか叫ぶ。「蝶になっても、誰も幸せにならなかった!」と。
テナはマナゴに決死の覚悟で襲いかかり、マナゴを殺して村人を助け出す。オミも手助けする。
満身創痍のオミとテナは自分たちがもう長くないことを悟り、生きた証を遺す。体を重ね合うと赤子が生まれる。かげは蝶でも鵺でもない、全く新しい「繭玉」が。
文字数:1198
内容に関するアピール
ヒーローの物語を書くとのことでしたが、真のヒーローは自分が英雄であることに自覚的でも無自覚でも良く、誰かが勝手に評価するのだと思います。人殺しなどの絶対悪から救った存在は勝手にヒーローになっていくと考え、あまり難しいことを考えず本能の赴くまま作りました。
時代モノにしたのは自分が今までそういうものをやったことがなく面白そうと思ったからです。「ラピュタ」の原型の「戦国魔城」みたいなSFに寄せることも考えましたが、そうしたガジェットだけでは借り物競走になって気持ち悪いので、あまりSFっぽくなく仕上げました。スミマセン!
ラストのニュータイプな繭玉の誕生の意味は、私の中では、「かげは蝶と、鵺のバランスをとって生きていくツワモノ」の誕生と考えます。神話としては英雄的な出来事と言えるかもしれませんが、苦し紛れの結論でしかありません。これからも自分たちの存在を疑いながらたゆたい続けるのでしょう。
文字数:395