ムタビリスの庭

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梗 概

ムタビリスの庭

蚕の繭の中だと思った。
実際にそう錯覚させるくらい、何もかも真白な部屋の真白なベッドで目を覚ました少年は、芙蓉と名乗る少女が席を外した隙に脱出を図る。
無機質な廊下を進み建物の外へ出た少年の目に飛び込むのは、手の行き届いた一面の芝、ラベンダーの花壇、飛び交う蝶と蜜蜂、鼻腔を擽ぐる草木の香り、そして全てを囲うように立つ壁は頭上高く聳え、広さがないこの空間は鳥籠よりも牢獄に近い。
他に敷地内に見えるものといえば、古びた木造の校舎と繭の部屋があった塔のみ。
一通りの観察を終えた頃、校舎から三人の少女がこちらに向かってくる。
三人のうち二人は屈託のない笑顔。後ろで一歩引いた少女の方は怪訝な表情のままじっと少年を見つめ、やがて二人を割って会話に入ってくる。
「この子の世話は私が見ます。主上には私から。あなた方は下がって頂戴」
二人は一瞬顔を見合わせ軽く会釈を交わすと、校舎に引き返していく。

<少女の部屋にて>
私は時雨。ここの生まれじゃないから、君が男であることがわかる。
ここ? ここはガーデンと呼ばれている集落。さっきの二人のような庭出身<オリジナル>は男を知らないから、きっとバレてないと思う。
うん、ここに男がいることがわかれば、どうなっちゃうかわからないね。
え、君、記憶ないの? それは大変…
じゃあ、男は最近絶滅したってのも知らないんだ?

時雨は生まれ故郷である聖地ロスト・アベルカへ帰るために脱出計画を企てている。
時雨の髪飾りは故郷譲りの機械虫で、夜な夜な壁を登り外界と通信を繰り返している。
明日、アベルカの民が時雨を連れ出しに来る。
自分が何者なのかを知るために、少年は時雨と共に庭を出る決意をする。

<当日>
救出地点へ向かう二人に、芙蓉が立ち塞がる。芙蓉は少年に対して真実を語る義務がある、として少年とともに塔を登る。

庭は世界の延命に必要な機構であり、塔ではAIによる生殖・妊娠・育児が行われている。
庭の整備には世話係が必要だが、遺伝子的に欠陥の多い男性性は淘汰された。
少年は男として庭に生まれた欠陥バグだ。そして少年を男として意識する時雨もまた欠陥だ。
庭の支配するこの世界において性欲は必要ない。
だが語る芙蓉自身も、性欲のない自分自身が本当は好きではない、と自虐的に笑う。<災厄>に際して庭を構築した両親の間に生まれた芙蓉。愛から生まれたはずの芙蓉自身は、愛という感情を知ることはない。
だから芙蓉は二人を送り出す。
一緒に庭を出ようと提案するが、芙蓉はもう庭に取り込まれていた。足に庭が絡みついている。彼女は庭なしでは行きていけない。

正午0時。爆発音と共に液体金属が壁を貫き、壁の一部が抉られる。
初めて見た外の世界はただただ荒涼としていて、それがどこまでも広がっている。
二人は新たな世界に向けて一歩を踏み出した。
庭の住民は物珍しそうに外の世界を眺めていたが、やがて興味がなさそうに庭へ戻っていく。

文字数:1200

内容に関するアピール

今回は「あなたの思うヒーローの定義はなんですか」という課題だと勝手に解釈して考えました。
私のヒーロー像とは、誰かの導き手になりうる存在です。そこには正義も悪もなく、対象が一人でも多数でも関係ありません。
今回の物語では、主人公ではなく時雨をヒーローとして設定しました(ヒロインではない)。
自らの目的の達成、主人公の導き手、芙蓉の無念を晴らす、という三要素を通して、最終的には未来の人類の希望となる存在です。

余談ですが、これまでは物語を考えたあとにSF要素を後付していましたが、それを反省し、ベースとなる世界観を作ってから物語を考えるようにしました。
が、相変わらず説明しきれない点や詰めきれずに破綻している点も多々見られ、要約力も磨いていかないとなと感じています。
それでも、個人的には前二作よりもSFっぽいお話を作れたかな? と思ってます。

※突然の訃報でラスト2日が消滅…

文字数:384

課題提出者一覧