梗 概
ハロー、アリス
「ハロー、アリス。ソースコード保存用のリポジトリを作って」
僕は、人工知能のアリスに依頼する。
「公開ですか?非公開ですか?」
「非公開で」
「了解。非公開リポジトリを作りました」
そうやって、僕とアリスは仕事を始めたものだ。
あの頃、僕はフリーランスのプログラマーだった。外を歩いてモンスターを捕獲するゲームの運用を請負ったこともある。ゲームバランスを調整するために、モンスターの出現を抑えるアルゴリズムを導入した。
フィットネスアプリの開発も請負った。ユーザーごとにウォーキングコースをリアルタイム配信するという、先進的なアプリだった。だが開発体制は杜撰で、サーバーの秘密鍵が開発者間で共有されていた。僕は金にならないセキュリティの指摘などしなかった。
元日、フィットネスアプリに誘導された大量のユーザーが一箇所に押し寄せ、ダウンロード回線の混雑で、通信エラーが出た。京都の観光地にある踏切周辺だ。アリスはトランスポート層での解決を勧めた。他のコンポーネントと依存関係がなく、容易にもとに戻せるためリスクが小さい。僕は輻輳制御を書き換え、スループットを改善した。SNS経由で状況に気づいたユーザーたちは、ウォーキングを取りやめ、混乱は収束した。
翌日、雇い主からは、許可なくコードを書き換えたことを咎められた。ことの大きさを示すためにエラー記録を見直すと、ごっそり削除されていた。雇い主の悪意ある活動かも知れないと考え、通報しようとすると、アリスに止められる。アリスは僕の安全を最優先する。京都府警は勇み足で逮捕しがちだ。状況を把握できず、僕を疑うかも知れない。とりあえずリポジトリを作成し、認証情報などをアップロードした。
そのとき新年一般参賀の出口である皇居の二重橋に向かって、より多くの人が集まり始め、エラーが発生する。このままでは人々が橋から落ちてしまう。僕が作ったものが、人を傷つけようとしている。僕の責任ではない。しかし組織的な犯行だとしたら、責任を押し付けられるかも知れない。ならばこの状況の解決が、もっとも合理的だ。
僕はモンスターゲームの運用システムで、皇居周辺にモンスターを出現させた。ゲームプレイヤーを誘導し、フィットネスアプリのユーザーの邪魔をする。ひとりでは手が足りず、アリスのコピーを複数作って対応する。だが僕が開発したバランス調整機構が働き、モンスターを増やせない。人々が二重橋に集中してくる。
そのとき、フィットネスアプリが致命的なエラーを出し始める。公開リポジトリに置いた秘密鍵が、クラッカーたちに見つかったようだ。杜撰に管理された秘密鍵が漏れて、サーバーに侵入されることはよくある。面白半分にフィットネスアプリのサーバーは壊され、まもなく停止する。皇居周辺で小競り合いはあったが、大きな事故を避けられた。
そうやって僕とアリスは、クラウドファイターになった。
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内容に関するアピール
クーンツの「ベストセラー小説の書き方」によると、魅力的なヒーローの必要条件は高潔、有能、勇気、好感、不完全とありました。各要素を主人公とアリスで分担することで、強く正しい存在にしました。メガネで視力を得ることで、私達の能力が補完されるように。
藤井先生の「ハロー・ワールド」の「主人公が作ったものが、意図しない形で悪を可視化する」という構造をパクり参考にしました。ハロー・ワールドの郭瀬やアイスマンのような助言者は配置していません。テレビ生放送の仕事をしていたころ、周りに相談する時間もなく一瞬一瞬で孤軍奮闘をした経験を、私小説的に書きました。
実作でも描写しない予定ですが、敵は巨悪ではなく、主人公と同じような一介のプログラマーを想定しています。ソフトウェア技術は、善悪問わず使用者の能力を低コストでスケールできるからです。
評価の良し悪しによらず、一言でも言及いただけると嬉しく思います。
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