梗 概
フード・オブ・ワンダー
約300年にもわたる努力の結果、人類は火星のテラフォーミングを完成させたが、直後に起こった戦争のために地表の殆どは砂漠化。人々は貧しい生活を余儀なくされたが、複数の地下コロニーを拠点とし、時に助けあい、時にどつきあい、なんとか生活を送っていた。
青年、リン・トミナガは、コロニー間の輸送を担う、地表を走る輸送車を襲い、金に換える「賊人」だった……が、その日、彼は逃げていた。襲った相手がマフィアだったからだ。車を破壊されたマフィア達は怒り狂い、そのうちの一人が撃ったグレネードがリンの前方に着弾。直撃は免れたが、すぐ下が洞窟であったため、足場が崩れ、リンは穴の中へと飲まれていった。
見知らぬ場所で、リンは目覚めた。そばにいたのは、シショウと名乗る中年の男と、エルハという少女の二人。聞けば、二人が食材を採りに洞窟を探索していると突如、天井が崩落。洞窟昇降用のウィンチで難を逃れた二人は、瓦礫の中央で倒れているリンの姿を発見し、二人が切り盛りしているこの食堂まで運んできたのだという。
エルハはその装備から、リンが賊人であることを言い当てるが、シショウは「一生懸命生きようとしている奴は、俺は好きだよ」と言い、暖めたスープを差し出す。リンはそれを一口飲むと、味の向こう側に、命の豊かさや、シショウという人の内面を感じ、衝撃を受ける。リンはスープを飲み干すと、考えた末に「ここで働かせてください」と頭を下げ、シショウはそれを迎え入れる。
リンは調理技術を次々と習得。最初はリンへの敵意をむき出しにしていたエルハも、次第にその実力を認め、絆が生まれ始めていた。
しかしある日、買い物から帰ったリンを出迎えたのは、荒れ果てた食堂の姿だった。シショウ曰く、マフィアのリーダー、ジル・ロセットがリンへの報復を果たすために姿を現し、食堂にリンがいないことが分かると「アジトへ来なければ、こいつを殺す」と言って、エルハを連れ去ったらしい。責任を感じたリンはかつての装備を携え、エルハを奪還すべく立ち上がる。シショウは無謀だと言ってリンを引き留めるが、リンは「誰かのために奪い返すってのは、初めてだな」と言い、食堂を去る。
洞窟内に建てられたアジトに着いたリンは襲撃を開始。何とか屋上へ辿り着いたリンに向けられたのは、ジルと十数名の部下が向けた銃口だった。ジルはリンへ降伏するように言うが、リンはエルハの姿を確認すると、ジルへ不敵な笑みを返す。直後、リンの設置した時限爆弾が階下で爆発し、建物全体が崩壊を始める。崩れゆく建物の中で、リンはエルハを抱きかかえると、急上昇して宙を舞う。リンの背面にはウインチが装備してあり、その先端は洞窟の天蓋へと打ち込まれていた。
「俺が落ちてきた時も、こうやって飛んだんだろ?」
地面へ降下し、得意げに言うリンの尻を、エルハは蹴る。
「遅いのよ、バカ!」
「助けたのに! この恩知らず!」
二人はそうやって、罵りあいつつも、笑いあい、食堂への帰路へとついたのだった。
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内容に関するアピール
正義について色々と考えた末に、私が辿り着いたのは「正義は他者との関係の中で育むものだ」というものでした。
人は一人では生きていけません。いや、それどころか、人間だけですら生きていくことは出来ません。人間は、惑星が育む多様な存在の中で、ようやく生きていくことができる脆弱な存在です。そして、だからこそ、互いの存在を尊重して生きていくための「正義」が必要となる。
その意味では、新たな他者と関係する度に、正義は作り変えなければならない。つまり正義とは、一定の形に留まる類いのものではなく、常に変化し、成長し続けるものであるともいえます。
そこまで考えた時に「正義のヒーロー」を描くことというのはつまり、「成長し続ける人間」については描くことなのではないか……そう考え、今作を執筆しました。
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